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第八百七十一話 大地を穿つ(六)

 第五軍団先行攻撃部隊による雷神らいじんの庭攻略作戦は、今月、六度目を数えている。

 そして、六度目の作戦は、現状、上手くいっているといっていいのではないか、と、日流子ひるこは見ていた。

 少なくとも、いまのところ一人の脱落者もいないのだから順調そのものだろう。

 雷神の庭。

 雷魔将らいましょうトールが領地とする、恐府きょうふ北西部の一帯である。

 鬼級幻魔オトロシャを殻主かくしゅとする〈クリファ〉恐府は、央都四市のうち、葦原あしはら市、出雲いずも市、水穂みずほ市と隣接している。そして、第五、第十、第十一衛星拠点が、恐府の動向を監視するために日夜活動しているのである。

 央都の成立以来、恐府が能動的に動いたという記録はない。

 近隣の〈殻〉から攻め込まれた場合、敵勢力を撃退するためにこそ戦力を動かすものの、積極的に外征を行ったという記録はなかった。

 常に受動的であり、消極的な動きしか見せないというのが、オトロシャ軍なのだ。

 だからこそ、戦団は、長らく恐府をもっとも警戒しながらも、どこか楽観視しているというところがあったのは否定できない事実だろう。

 央都四市による人類生存圏を確立した後、その殻に閉じこもっていたのも、安心感の現れである。

 しかし、人類生存圏の将来を考えれば、このまま放置しておくわけにはいかないというのも当然の結論だった。

 央都近隣における最大規模の〈殻〉が恐府だ。

 戦団が勢力を伸ばし、人類生存圏が拡大し、順風満帆に人類復興が進もうというその矢先に突如としてオトロシャ軍がその方針を転換し、大戦力を派遣してこないとも限らない。

 そうなれば、さすがの戦団でも抑えきれず、人類生存圏そのものが壊滅的被害を受けかねないだろう。

 であれば、まず、真っ先に最大の脅威であるオトロシャ領を制圧するべきだ――と、戦団最高会議が結論するのも自然の成り行きだったのかもしれない。

 他にも多数の〈殻〉が央都に隣接しているとはいえ、オトロシャ軍に比べれば規模は小さく、戦力も少ない。

 万が一、恐府攻略中の隙をかれるようなことがあったとしても、戦団の戦力で対応できるはずだ。

 なにより、大規模幻魔災害の頻発によって不安定になった人心を落ち着かせるには、近隣の大勢力を制圧して見せるのが一番ではなかろうか――戦団の大幹部たちは、そのように考えたのだ。

 もちろん、〈七悪しちあく〉の討滅こそが最優先されるべきなのだが、〈七悪〉の拠点が不明だということもあれば、六体もの鬼級幻魔の勢力という事実もあって、仮に拠点の所在地が判明したとしても、手の出しようがなかった。

 戦団の全戦力を投入したとしても勝利できるものか、どうか。

『そんときゃ、総長閣下を叩き込めばいいだけだろ。そうすりゃ、〈七悪〉なんざイチコロだ』

 などと、戦団最高会議の場で言ってのけたのは、天空地明日良てんくうじあすらであり、神威かむいが当然のように渋い顔をしたのを覚えている。

『おれを戦略兵器かなにかと勘違いしているんじゃないか?』

『違うってのか?』

『まあ……否定はしないが』

 神威は、苦笑するほかないといわんばかりに頭を振ったものだ。

 神威の竜眼りゅうがんに関する調査結果は、戦団最高会議に共有されている。竜眼を解放した神威が竜級幻魔に等しい力を発揮できるという驚異的な事実も、それによって竜級幻魔ブルードラゴンを呼び寄せることになるという脅威そのものの現実も、だ。

 故に、神威を当てにしてはならない、という結論に至るのだ。

 央都から遠く離れた場所ならばまだしも、央都市内や近郊でその力を発揮すれば、人類生存圏そのものに致命的な打撃を与えかねない。

 そんな会議の様を脳裏のうりに思い浮かべたのは、雷神の庭攻略が想像以上に上手く行きすぎているからだ。

 順調なことに越したことはないのだが、しかし、それ故に不安に駆られることもあった。

 恐府攻略の第一歩として、この先行攻撃作戦は行われている。

 第十衛星拠点からは第五軍団が、第十一拠点から第十軍団が、そして、第五衛星拠点からは第三軍団が、それぞれ百名前後の導士による先行攻撃部隊を派遣している。第十軍団は、拠点維持のための人数も動員しているが、ともかくだ。

 三方からの同時攻撃である。

 これによってオトロシャ軍は、戦力を三方に分散する必要があるというだけでなく、近隣の〈殻〉からの侵攻にも対応しなければならず、そのために〈殻〉全体が混沌とした状態になりつつあるようだった。

 それこそ、オベロンの思う壺である。

 恐府の全周囲から同時に攻め込めば、大戦力を一カ所に集中させ、攻め込んできた敵軍を即時撤退させるという常套手段じょうとうしゅだんが使えなくなるはずであり、恐府攻略の足がかりを作るには絶好の機会となるだろう――というのが、オベロンが戦団に提示した作戦だった。

 そう、今回の攻撃作戦は、全て、オベロンが提供した情報を元に組み立てられたものなのだ。

 日流子が不安に駆られる理由は、そこにある。

 オベロンは、鬼級幻魔である。

 その目的がなんであれ、全面的に信用することなどできるはずもない。

 龍宮りゅうぐうのオトヒメとは、置かれている状況がまるで違うのだ。

 オトヒメは、オロチの安眠を護ることによって周囲への破滅的な被害を防ごうとした。そしてそのためにこそマルファスが飛び回っていたのであり、戦団も協力を余儀なくされた。

 オロチの、竜級幻魔の覚醒は、人類生存圏にも致命的な被害をもたらしかねなかった。

 実際、わずかな目覚めによって、龍宮を中心とする周囲一帯を徹底的に破壊し尽くしているのだから、杞憂きゆうなどではなかった。

 だが、オベロンは、どうだ。

 己が欲望のため、野心のためにこそ、戦団を利用しているのではないか。

 戦団がオベロンの目的を終えた後、戦団を裏切り、戦団の敵となって立ちはだかるのではないか。あるいは、この共同作戦そのものが、オトロシャの大いなる策謀なのではないか。

 そんな悪い考えばかりが、日流子の胸中に渦を巻くのだ。

「軍団長、どうされました? 随分と深刻な顔をされている様子ですが」

 人丸真妃ひとまるまひめが質問を投げかけたのは、第二簡易拠点が完成してからのことだった。

 恐府の侵入地点に構築した第一簡易拠点に続いて設置された簡易拠点は、擬似霊場発生装置ぎじれいばはっせいそうちイワクラを中心とし、展開型簡易防壁てんかいがたかんいぼうへきヤマツミを無数に積み重ねるようにして構築された、鉄壁の城塞である。

 本能的に機械を忌み嫌う幻魔には、〈殻〉の内側に建築された異物たる簡易拠点は、そう簡単に攻撃できる代物ではない。

 そもそも、擬似霊場による結界が幻魔の侵入を阻むのだが。

 とはいえ、絶対に安心していいわけでもない。

 幻魔が他の〈殻〉への侵攻を行うように、殻主の命令、あるいは上位者の命令があれば、たとえ擬似霊場結界の中であろうとも攻め込んでくるのが幻魔である。

 先の戦いでの消耗を回復するべく休息を取る導士たちがいる一方、第二簡易拠点の周囲を警戒する導士たちもいるのである。

 そんな中、浮かない顔をする軍団長の表情というのは、どうにも可憐すぎた。

 だから、真妃はつい声をかけてしまったのだ。

「現状、すべてはオベロンの情報通りに推移すいいしてるわ。各方面からの同時攻撃によって、恐府の戦力は分散していて、だからこそわたしたちの作戦行動は全て上手くいっている。上手く行きすぎているといってもいいわ」

「上手く行きすぎている……」

「考えすぎではありませんかね?」

 大黒詩津希おおぐろしづきが、入念に自分の体をほぐしながら、いう。

「軍団長、心配性ですし」

「そうね、そうよね。考えすぎ、よね」

 日流子は、詩津希ののほほんとした様子に少しばかり安堵あんどを覚えた。いつものことだ。心配性の日流子は、周囲の普段通りの様子にこそ、安心するのである。

 敵地にあって普段通りに振る舞えるものの心強さたるや、日流子には、有り難いことこの上ない。

 ここは、敵地。

 中でもオトロシャの〈殻〉の中なのだ。

 さながら鬼級幻魔の腹の中にでも飛び込んだかのような感覚がある。

「オベロンがなにを企んでいるにせよ、情報の正確性については疑うまでもありません。火倶夜かぐや様がトールと遭遇する事件があったようですが……それもなんとか事なきを得たようですし」

「それはつまりトールがこちらに、雷神の庭に戻ってきたということ。どうやらトールは、みずから前線に出ることを躊躇ためらわない性格の持ち主のようだし、警戒を怠ってはいけないわね」

「はい。最大望遠にて全周囲の警戒を行っていますので、御安心を」

「ええ」

 優秀な部下に恵まれたものだ、と、日流子は思う。

 真妃や詩津希がいてくれるからこそ、日流子は、あるがまま振る舞うことができるのだ。

 素晴らしい部下に恵まれているという実感を抱きながら、ふと、頭上を仰いだときだった。

 幾重にも積み重なった鉛色の雲の狭間に稲光が走った。

 それは、この雷神の庭にいる間、常に起きていた現象であり、だから気にする必要はなかったはずなのだが、その稲光が地上に向かって落ちてきたというのであれば話は別だろう。

「危ない!」

 咄嗟とっさに叫んだときには、雷光が大地に突き刺さり、爆光が吹き荒れていた。

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