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第八百七十話 大地を穿つ(五)

「よいぞ! これが人間! これこそが人間の底力というわけだ!」

 重力場じゅうりょくばによって地上に拘束こうそくされ、影の巨人に取りかれるながらも、大口を開けて呵々《かか》と笑うトールの姿には唖然とさせられるほかなかった。

 なにもかもが異様で、異常だ。

 鬼級幻魔は個性に溢れ、我が強いとはよくいわれるが、それにしてもだ。

「な、なに?」

「どういうこと?」

「なにをいってるんだ?」

 火倶夜かぐやたちは、そんなトールの反応にこそ警戒する

 トールは、自身の影から出現する巨人を殴り飛ばし、さらに頭突きを叩き込んだ。さらに雷光を帯びた巨大な金槌による一撃で影の巨人を完璧に粉砕することによって拘束を振りほどけば、またしても重力場から飛び立つ。

「人間よ、われうぬらを賞賛しょうさんするぞ!」

 上空へと至ったトールの巨大な双眸そうぼうが捕らえたのは、火倶夜である。赤黒い両目を激しく輝かせた鬼級幻魔は、一瞬にして火倶夜との間合いを詰めたが、直後、眼前に猛火もうかが舞い、トールの進撃を食い止める。

 そして、火倶夜が炎の翼を羽撃はばたかせて飛び立てば、大量の火の粉が舞い踊って、連続的な爆発を起こした。瞬間、トールの槌が叩き潰したのは、炎に映る火倶夜の影に過ぎない。さらにその一撃によって大爆発が起きて、金槌のみならず、トールの上半身に亀裂を走らせた。

「効いた!」

 真緒まおが歓喜の声を上げるも、つぎの瞬間には、トールの右腕に走ったひびは、元通りに塞がってしまった。

 相手は、鬼級幻魔だ。

 多少の損傷など、体内に充ち満ちた魔力によって瞬く間に復元してしまう。

 復元すら不可能なほどの大打撃を立て続けに与えなければ、勝機はない。

(いえ)

 火倶夜は、トールの背後へと至り、上空から炎の雨を舞い散らせた。火倶夜が身に纏う星装せいそうは、常に火属性の星神力せいしんりょくによって燃え盛っているようなものであり、その背に生えた翼は、軽く羽撃くだけで破壊的な炎を生み出し、操る。

 そうして舞い散った火の粉が、彼女を振り仰いだトールの巨躯を包囲し、火倶夜の合図によって同時に爆発を起こしたかと思えば、極大の火球が雷魔将らいましょうを飲み込んでいった。間断なく続く爆発の連鎖が、凄まじい熱量が、結界内の大気をき尽くすかのように暴れ回り、魔素という魔素が熱を帯びていく。だが。

「幻魔は、人間を見下すのが習性。それも致し方あるまい。人間は、幻魔との生存競争に敗れ去り、滅び去った種族。幻魔と比べれば下等にして低劣ていれつなるしゅであるという事実は、うぬらにも否定できまい」

 爆発が止み、濛々《もうもう》と立ちこめる爆煙ばくえんの向こう側から、トールの喜びに満ちた声が聞こえていた。

 トールは、この状況をこそ、楽しんでいる。

 火倶夜たちは、攻勢を止めない。

 火倶夜が朱雀院流すざくいんりゅうの火属性攻型魔法を連続的に叩き込めば、瑛介えいすけと真緒は、それぞれが独自に編み出した闇属性攻型魔法を立て続けに発動する。火と闇、二つの属性の無数の魔法がトールの巨躯きょくを攻め立て、直撃し続けるのだが、しかし、決定打にはならない。

 なりようがない。

「だが、我は知っているぞ。うぬら人間があればこそ、我ら幻魔は誕生しえたのだ、と。故に我は、うぬらに敬意を払おう。我ら幻魔の祖よ、魔法の始祖よ」

 トールが、爆煙を消し飛ばすようにして雷光を放った。全身が白金色はっきんしょくに輝き、傷ひとつない巨躯を見せつけてくるものだから、火倶夜たちも圧倒されるしかなかった。

 星象現界せいしょうげんかいを発動し、星神力を込めた攻型魔法を叩き込んでいるのにも関わらず、トールには、全く通用していないとでもいわんばかりだったし、実際、その通りのようだった。

「星象現界といったか」

 トールの目が、火倶夜たち三人を一瞥いちべつする。

 その瞬間、トールが放った雷撃は、無数に蛇行しながら火倶夜に殺到したものの、やはり、直撃の瞬間にその進路を変え、トール自身にこそ直撃した。

 その際の負傷も、瞬く間に復元してしまうのだが。

「やはり、魔法の扱いに関しては、人間のほうが遥かに巧みであるな」

 トールは、人間たちの体内に満ちた魔素質量に目を細めた。かつてこの地上に満ちていた旧世代の人類とは比較にならないほどの魔素質量は、妖級にすら匹敵するどころか、圧倒するほどのものである。

 でなけば、鬼級たるトールと正面からぶつかり合うことなど不可能だったし、一瞬とはいえ拘束することなどできるはずもない。

 そして、莫大だ。

 とてもではないが、人間業にんげんわざとは思えない。

 魔天創世まてんそうせいによって滅びたはずの人間がいま目の前にいるというだけでも、ありえないことなのだが。

 いや、だからこそ、と、トールは考える。

 人間たちが超高密度の律像りつぞうを構築し、それによって想像だにしないほどの威力を持った魔法攻撃を叩き込んでくるのだが、彼は、あらがわなかった。

 トールの意識にあるのは、人間たちがどうやって自分に対抗しているのか、という一点だけだ。

「星象現界……」

 その言葉がなにを意味するのか、トールには、想像もつかない。

 だからこそ、考えるのだ。

 魔法と同じだ。

 言葉に込められた意味を解き明かすことによって、真理に到れるのではないか。

 闘争こそが全てのトールにとって、この人間たちとの戦闘ほど有意義なものは、この百年なかったかもしれない。

 そして、だからこそ、彼は、人間たちから視線を外した。またしても背後から組み付いてきた影の巨人を雷光でもって吹き飛ばし、脚を地面に縛り付ける重力場を打ち破って、結界の外へと向かう。

「下がる……のか?」

「どういうつもりでしょう?」

「わかりませんねえ」

 火倶夜たちには、トールの行動が攻撃のためのものには見えなかった。だからこそ、意図が読めない。

 こちらのきょを突こうとしているわけではあるまい。だとすれば、あまりにも堂々としすぎていたし、こちらのことを見ていなさすぎた。

 トールの周囲には、律像も浮かんでいない。

 つまり、魔法を準備していないということだ。

 そして、トールは、黒天大殺界こくてんだいさっかいの真っ黒な壁に左手で触れると、ぐいと押した。凄まじい反発が、トールの腕を押し返す。それでも、巨人はその行動を止めない。

 押し続け、さらに力を加えていく。全身に満ちた莫大な魔力が、トールの巨躯を雷光で満たしていけば、白金色の輝きに満ちた。力が何倍にも膨れ上がり、結界の表面に亀裂が走った。

 瑛介は、火倶夜に目で促されるまま、黒天大殺界を解除した。

 暗黒球が音もなく消滅すると、トールは、手に込めていた力を霧散させた。白金色の光もまた、消える。

 そして、鬼級は、火倶夜たちを振り返った。

「人間たちよ。此度こたびは、うぬらの奮闘ぶりに敬意を表し、いさぎよく下がろう。素晴らしい魔法技量と並外れた魔素質量、そして、魔法技術は、我を感嘆かんたんさせ、敬服けいふくさせた。誇るがよい。この鬼級幻魔トールをしてここまでいわせた人間は、うぬらが最初なのだからな」

 トールは、そのようにいってのけると、堂々とした足取りで来た道を引き返していく。

 その進路上に存在した幻魔が踏み潰され、あるいは吹き飛ばされていく光景には、火倶夜たちも唖然とするほかなかったが、なによりも、トールの発言にこそ、呆気に取られるざるをえない。

 攻撃する隙はあった。

 だが、攻撃したところでどうなる相手でもない。ましてや、見逃されたのだから、こちらから攻撃を仕掛ける理由がなかった。

「なに? なんだったの……?」

「どういうことなのでしょう?」

「鬼級がわたしたちを賞賛するだなんて……どういうこと?」

 火倶夜たちが混乱していたのは、数秒に満たないわずかな時間に過ぎない。トールの後ろ姿を見続けている暇もなかった。

 なぜならば、トールが雷鳴のように真言を発すれば、雷光そのものとなって黒禍こっかの森から消え去ったからだったし、周囲に大量の幻魔がいたからだ。

 トールが進路上の幻魔を蹴散らしたのも、いつの間にかこの戦場を包囲するようにして無数の幻魔が集まっていたからにほかならない。

 数百体以上の霊級、獣級幻魔が、妖級幻魔サイレンに率いられるようにして、展開しているのである。

 そして、それら幻魔の軍勢に対し、先行攻撃部隊が大攻勢を展開しているのもわかる。しかも、押されているようだ。

 丘の上に布陣する導士は、約百名。

 対する幻魔は、千体を越えるようだ。

 既に百体以上の幻魔を撃破しているようだったが、それだけでは足りない。

 火倶夜は、近距離にいたサイレンを星神力の炎で灼き尽くすと、透かさず全周囲に炎を拡散した。

 星象現界は、消耗が激しい。

 故に、通常、妖級幻魔が相手でも使うことはない。

 しかし、いまは別だ。

 なにせ、星象現界を使った状態で、戦場のど真ん中に放り出されたのである。

 それならばいっそのこと、星象現界で灼き尽くしてしまえばいい。

 火倶夜は、トールとまともな戦いにならなかった鬱憤うっぷんを晴らすようにして、幻魔の軍勢を殲滅せんめつした。

 たった一人で。


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