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第八百六十七話 大地を穿つ(二)

「相変わらず、基本に忠実ですね」

「そりゃあ日流子ひるこ様だもの」

 真妃まひめが感心しながらも獣級幻魔アンズーの群れを黒い魔力の帯で絡め取れば、詩津希しづきは、巨大な岩塊そのものをくり抜いたような槌を振り回し、ライジュウを殴殺おうさつしていく。

 トール軍を構成するのは、雷属性を得意とする幻魔が大半だという話であり、実際その通りだった。そのため、その対策として編成された導士たちが大いに力を発揮していた。

 つまりは、氷属性の魔法が、雷属性の幻魔に効果的に機能したのである。

 魔法力学において、相性の悪い属性というのは、双極属性とも呼ばれる。

 雷属性の場合は氷属性であり、故に第五軍団の中から選りすぐられた氷属性の使い手たちが、この先行攻撃部隊に編成されているのだ。

 そして、氷属性の魔法の数々が、アンズーやライジュウ、ユニコーンといった雷属性の幻魔には極めて効果的であり、一撃一撃が大打撃となっていた。

 咆哮ほうこうとともに降り注ぐ無数の雷撃が、どこからともなくほびえ立った氷の柱に吸い寄せられていく。まさに避雷針そのものの如き無数の氷柱が、当然のように雷撃を無効化していけば、先行攻撃部隊の全導士が有利に戦うことができた。

 属性の偏った編成というのは、通常、あまり良いことではないとされているのだが、幻魔の属性が判明している場合には、極めて効果的な戦術となる。

 もちろん、雷属性の幻魔ばかりではない。

 光属性や地属性の幻魔も数多く存在しており、千体以上の幻魔が、たった百人の先行攻撃部隊と激戦を繰り広げていた。

 そして、日流子が妖級幻魔グレムリンを討ちたおすと、部隊を包囲していた幻魔の群れが、蜘蛛の子を散らすかのようにして去っていったものだから、導士たちは少しばかり面食らった顔を見せた。

「どういうことかしら?」

「日流子様が斃した妖級が部隊長だった……とか?」

「だと、いいのだけれど」

 日流子は、戦場の周辺を見回して、息を吐いた。

 グレムリンもまた、雷属性を得意とする幻魔だ。下位妖級幻魔であり、その姿は半身が機械化した小さな魔物とでもいうべき代物であり、さながら機械型幻魔に似ている。だが、グレムリンを構成するのは紛れもない結晶構造、つまり魔晶体であり、機械などではなかった。

 紛らわしいことこの上ないが、グレムリンからしてみれば、こちらの都合など知ったことではあるまい。

 機械じみた部位から発電し、雷属性魔法を強化するのがグレムリンの特性であり、破壊的な魔法を乱発する小さな怪物に対し、ヒルコは、地属性魔法で対抗している。

 基本に忠実という評判通りに戦団式魔導戦術せんだんしきまどうせんじゅつ四百伍式よんひゃくごしき岩雨陣がんうじんでもって、岩石の雨を降らせ、圧壊させたのである。

 その戦いの末に幻魔が逃散したというのであれば、なんの問題もない。しかし、別の理由ならば、考えなければならない。

 いや、と、彼女は胸中で頭を振る。

(考えなければならないのは、常に、よ)

 自分自身をいましめるようにして、日流子は、部下たちの様子を見た。

 戦場となったの恐府きょうふの最西端の一帯であり、広大な平原のただ中である。

 恐府南部を覆う黒禍こっかの森とは大きく異なる地形は、オベロンにいわせれば、トールの趣味が大きく反映された、この上なくつまらない空間であるという。

 雷神の庭、と、オベロンは呼んでいた。

 そんな平原の一端にあって、日流子隊の導士たちは簡易拠点の設営を始めていた。負傷者は多数。皆、治療に専念しているが、時間はかからないだろう。死者が出ていないことに安堵あんどする。

「まずまずね」

「はい。一人も脱落者が出ませんでしたし」

「ふう……恐ろしいったらありゃしなかったけど」

「あなたは怖がりすぎです。詩津希杖長(じょうちょう)

「〈から〉の中だよ? 怖がらない方がどうかと思うけど」

「怖がるのもわからなくはないけれど、本当に恐ろしいのはこれからよ」

「脅かさないでくださいよ、日流子様あ」

「ふふ、大丈夫、安心して。わたしがいるわ」

 涙目にさえなった杖長に対し、日流子は、慈母のような微笑みを投げかけるのである。

「わたしが皆を護ってあげる」

 そんな日流子の言葉が、詩津希のみならず、真妃の心にも大きな力となったのはいうまでもない。

 第五軍団の導士たちにとって日流子はアイドルであるとともに、女神そのものだった。


『雷神の庭への攻撃が開始されたようですね』

 などと火倶夜かぐやに語りかけてきたのは、彼女の右肩に留まった金色のはねの蝶である。複眼が禍々しくも赤黒く輝いていることから、ただの蝶などではないことはひと目で分かるだろう。

「あなたの進言通りにね」

 火倶夜は、眼下を見渡しながら、いった。

 黒禍の森をひたすら北西へと進軍している最中だった。

 火倶夜率いる第十軍団先行攻撃部隊は、その人数を三百名に増員しているのだが、それもこれも、各拠点に人員を配置しなければならないからにほからならない。

 攻撃部隊の人数は、相も変わらず百人程度であり、各地に築き上げられた拠点の維持と防衛に人員を割いている。

 第十軍団の先行攻撃任務は、順調そのものといっても過言ではなかったし、このまま全てが上手くいけば、恐府攻略の目処めども立つのではないかと思えるほどだった。

(だからこそ、注意しないとね)

 黒禍の森の地形は、起伏きふくに富んでいる。

 峻険しゅんけんな山がそびえていれば、急激な断崖だんがいに出くわすこともある。突然の急斜面で滑り落ちることもあったし、大穴から幻魔の群れが飛び出してきたこともあった。

 これまで、数え切れないくらいの幻魔と遭遇し、撃退してきているのだ。

 既に五つ目の拠点を構築している。

 オベロン管轄区・黒禍の森のただ中に、だ。

 戦団上層部は、オベロンを恐府攻略に利用できないものかと考えていた。

 オベロンは、オトロシャに臣従を誓いながら、寝首を掻く日を今か今かと待ち構えているような、逆臣ぎゃくしんそのもののような幻魔だった。オトロシャの支配から脱却するためならばなんだってしそうなオベロンならば、恐府攻略に利用できるのではないか。

 そもそも、オベロンのほうから声をかけてきたのであり、戦団を奇貨きかと見ているのだ。

 奇貨。

 オベロンのその言葉にどれほどの意味が込められているのか。

 オトロシャ打倒がオベロンの望みであり、そのために戦団を利用しようというのであれば、互いに利用し合えば良いのではないか。

 利害の一致。

 幻魔と協力することなどありえないが、しかし、互いに利用し合うというのであれば、悪くはない。

 幻魔は、滅ぼすべき存在だ。

 だが、利用価値があるものまで滅ぼす理由はない。

 利用価値がなくなれば、そのときにこそ、滅ぼせば良い。

 戦団最高会議は紛糾したが、導き出された結論に、否やはなかった。

 既に幻魔を利用し、共闘しているという前例があったという事実も、大きい。

 問題があるとすれば、オベロンの真意がどこにあるのか、不明という点だが。

『もし万が一の場合には、おれが出る。それでいいだろう』

 神威かむいの一言には、軍団長たちも頷くしかなかった。

 神威の力は、絶対的だ。

 鬼級ですら敵わず、竜級にすら食い下がれるほどだ。

 それだけの力があれば、抑止力としても十二分に効果を発揮するのではないか。

 実際、龍宮りゅうぐうは、あれ以来、近隣の〈殻〉に攻め込まれた形跡がなかった。

 竜級幻魔オロチの存在が、極めて絶大な抑止力として機能しているのだ。

 そして、それそのものが戦団に、人類生存圏にとって大いなる恩恵となっている。

 少なくとも、龍宮近隣の〈殻〉は、迂闊には動けないという状況にあり、龍宮は愚か、その南方に位置する出雲いずも市に軍隊を派遣する素振りすら見せていなかった。

 迂闊に動けば、竜を刺激しかねないのではないか――殻主たちがそのような考えを持ったのだとしてもなんら不思議ではない。

 竜級は、それほどまでに圧倒的な存在なのだ。

 故に、万が一にもオベロンが戦団を裏切るようなことがあったとしても、最悪の事態は回避できるだろう、と、神威はいうのである。

『もちろん、この力を使わないに越したことはないがな』

 とも、総長は言った。

 神威の竜眼りゅうがんは、何度か検証が行われた結果、無造作に使ってはいけない禁忌きんきの力であると再定義された。

 元より制御が困難であり、竜を招きかねないことがわかっていたがために何十年もの間封印処置が施されてきたのだが、龍宮戦役と、それ以降に繰り返された検証によって、確定的なものとなったのだ。

 力を使えば最後、ブルードラゴンを召喚してしまう。

 ブルードラゴンは、竜眼に引き寄せられるようにして神威の前に現れ、そして、破壊の限りを尽くすのである。

 神威は、どうにか生き残ったものの、それは幸運以外のなにものでもなく、故に、竜眼の力に頼ってはならないという結論に至るのは、道理であろう。

 とはいえ。

「全部、あなたの言ったとおりになっているわ」

『当然でしょう。わたしは、あなた方と協力しているのですから、嘘をいっても仕方がない』

 金色の蝶は、オベロンの声でいうのだ。

『打倒オトロシャ。それこそ、あなた方の、そしてわたしの目的でしょう。そのためならば、どのような協力も惜しみませんよ』

 そして、眼下の森が爆砕ばくさいされていく様を見れば、オベロンが忠告してきた通りに鬼級幻魔が姿を見せていた。

 雷魔将らいましょうトールの巨躯が、結晶樹を粉砕しながら突き進んできているのだ。

 大地を穿つ雷光そのものの如く。


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