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第八百六十五話 思惑

 魔像まぞう事件。

 顔なき異形いぎょうの像を隠し持った魔法士たちによる、魔法犯罪の総称である。

 魔法犯罪者たちの住居、あるいは職場にて発見された異形の像は、魔法を用いて製作されたことが判明している。素材は様々だが、個人が安価に手に入れられるものばかりだった。そして、魔像を作ったのは、魔法犯罪者本人であり、他者の固有波形こゆうはけいが検出されることはなかった。

 魔像こそ共通しているものの、魔法犯罪者同士に繋がりはなく、組織犯罪などでもないという事実が、混乱に混乱を呼んでおり、大騒動となった原因である。

 一連の魔法犯罪が、反戦団を掲げる組織による犯行なのだとすれば、筋が通らないではない。

 しかし、魔法犯罪者たちの大半が知り合いですらない赤の他人であり、連絡を取り合っている様子も確認されなかった。

 戦団情報局が全力を駆使してもそのような痕跡は見当たらず、ましてや、なにかしらの犯罪組織が双界そうかいに暗躍している様子もないのだ。

 統合情報管理機構ノルン・システムによる情報の制御、管理、監視は、ほぼほぼ万全にして完璧に近い。

 央都とネノクニ、双界における情報通信は、基本的にレイライン・ネットワークを用いなければならず、レイライン・ネットワークを利用したやり取りは、すべて戦団に筒抜けなのだ。

 故にこそ、戦団は、双界の支配者たりえているのであり、戦団に隠し事はできない。

 ネットワークを用いない、完全に隔絶された空間で計画を練ったというのであればまだしも、魔像事件はそうではなかった。

「同時多発的に魔法犯罪が起き、それらの魔法犯罪者が同じような異形の像を製作し、隠し持っていた。しかし、横の繋がりなどは全くなく、単独犯だという証拠しか上がってこない」

 上庄諱かみしょういみなが、殊更ことさらに渋い顔をしたのは、情報局長室内でのことだった。執務机に向かい、端末を操作する彼女の周囲には無数の幻板が浮かんでいて、流れる文字列や映像は刻々と変化している。

 膨大な情報が、情報局長を取り巻いているのだ。

「しかるにこれは、〈七悪《しちあk》〉の手引きによるものではないか――というのが、ノルン・システムの下した結論であり、護法院ごほういんも、軍団長たちもそれを支持している。わたしも、そう考えている」

 一つの幻板に目を留める。

 この数日発見された異形の像が並べられた画像であり、微妙な差異について触れられている。魔法を用いて素材を変形させ、作り上げられた像だ。黒く塗り潰されているという点、顔面がないという点が完全に一致しているが、それ以外の大半の部分に違いがある。手足の長さや、姿勢、翼の有無などだ。

 そういった差違に大きな意味はないというのが、情報局の考えだった。

「現状、他に考えられるようなものはありません。その像もおそらくは、悪魔をかたどったものかと」

「……だろうな」

 異形の像からも、魔法士の死体からも、〈七悪〉の固有波形が検出されることはなかった。ということは、魔法を使わずに魔法士たちを操り、暴走させたということになるのだが、可能性としてありえないことではないのだ。

 悪魔と名乗った鬼級幻魔たちは、人知を越えた力を持っている。

 魔法を使わずとも人間を掌握しょうあくし、利用することなど造作ぞうさもないのではないか。

 そのようなことは考えたくはないが、一連の事件について調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、その可能性を追求せざるを得なくなる。

 悪魔たちが、再び双界に暗躍し始めたのではないか、と。

 そのために戦団は、央都及びネノクニの防衛に関して、より力を注がなければならなくなったのである。

 だからといって、いまさら外征を取りやめるわけにもいかない。

 人類生存圏の拡大こそ、この央都を取り巻く状況を打開する唯一の方法なのだから。



 くらく深い闇のふち

 彼は、遥か眼下に平伏へいふくするものを見ていた。青ざめた鬼級幻魔は、彼に臣従しんじゅうを誓うかのようにして、ひれ伏しているのである。

「バルバトス」

 彼がその名を呼べば、幻魔が顔を上げる。

 青ざめているかのような肌の色合いも、この闇の中に溶け込んでいるのは、身に纏う黒衣のせいもあるだろう。黄金色の頭髪も、この暗黒の闇の中では、目立つことがない。

 バルバトス。

 彼が誕生させた幻魔の中で、唯一の鬼級である。

くがよい。我が意のままに」

「仰せのままに」

 バルバトスは、深々と首肯しゅこうすると、闇に溶けるようにしてその姿を消した。

 彼が、そのようにしたのである。

 ここは、彼の世界。彼の領域。彼の〈クリファ〉。

 闇の世界(ハデス)

「あれだけの事件を起こして、手に入った鬼級があれ一体とはねえ」

「百分の一で鬼級を引けたなら十分だと思うけど」

「そうよねえ。本当、あなたのそういうところ、だめだめよ」

「だめだめかあ、これは手厳しい」

「はっ、んなこたあどうだっていいんだよ」

 四つの声が聞こえてきて、彼の遥か眼下に四体の悪魔が出現する。アザゼル、マモン、アスモデウス、そして、ベルゼブブである。

「なあ、アーリマン」

「うむ」

 アーリマンは、真っ黒な顔面に浮かぶ赤黒い双眸でもって、ベルゼブブを見た。本当の意味で悪魔として生まれ変わった鬼級幻魔は、アーリマンたちに引けを取らない力に満ち溢れている。

 そしてそれは、マモンにもいえることだ。鬼級幻魔から、サタンの力によって悪魔へと作り替えられたマモンは、不完全極まる存在だった。だが、自分自身を改造し続けることによって、少しずつしかし確実に悪魔へと近づいているのである。

 悪魔は、幻魔とは明確に異なる存在なのだ。

 だからこそ、マモンには一刻も早く完全なる悪魔になってもらわなければならない。

「大事なのは、計画だ。サタンの計画を成し遂げることにこそ、おれ様たちの存在意義がある」

 ベルゼブブの言葉には、アザゼルたちも多少の驚きを隠せないといった様子だった。

「まるで忠誠心の塊みたいだ」

「様はつけないけど」

「サタン様は寛大な御方だもの。その程度で怒ったりしないわ」

「〈憤怒ふんぬ〉なのに?」

「ええ。サタン様の怒りの矛先は、ここではないもの」

 じゃあ、どこへ向けられているというのか。

 などと、マモンは、問うまでもないことだと思った。

 全て、知っているからだ。

 悪魔として完成されたベルゼブブがサタンへの忠誠を改めたように、悪魔へと完成していくマモンもまた、サタンについて深く知るようになっていった。

 悪魔とはなんなのか。

 なぜ、自分は悪魔として生まれ変わり、ここにいるのか。

 悪魔としての使命と、存在意義の全てを深く理解していけば理解していくほど、この世の理不尽について考えなければならなかった。

 サタンが怒り狂い続けている理由も、そこにあるのだ。

 この世は、理不尽と不条理に満ちている。


「……地上を騒がせているのは、悪魔たちかな」

「ほかに考えられないだろう」

 メタトロンは、ルシフェルの反応に苦い顔をした。

 この天界ロストエデンから見下ろす世界は、日々刻々と姿を変える。

 特に空白地帯と呼ばれる領域は、同じ形をしている日がないのではないかというくらい変化に富んでいるのだが、そんなことはどうでもよかった。

 大事なのは、人界じんかいである。

 地上の央都、地下のネノクニ――双界とも呼ばれる領域については、常に注視していなければならなかった。

 もし仮にサタン率いる悪魔たちが、計画遂行のために動き出したというのであれば、ロストエデンは全力を挙げてこれに対応しなければならないのだ。

 そのための天使であり、天軍である。

「悪魔どもは、計画のためならば人界の秩序を乱すことすらいとわない。それが奴らの存在意義なのだから当然だが、それをただ見守っているのは、天使としての存在意義を果たせているのか?」

 メタトロンがルシフェルを問い詰めれば、彼の隣に座していた女性形の大天使が、顔を上げた。ガブリエルである。

 彼女の青い瞳は、いつになく澄んでいた。

「わたくしたちは、使命を果たすためにこそ存在しているのですよ、メタトロン」

「人類の守護こそ、使命だろう」

「そうですね」

 ガブリエルは、メタトロンの真っ直ぐすぎる物言いに目を細めた。白銀の大天使こそ、天軍を率いていくのに相応しい心根の持ち主なのだろう。

 だが。

「真なる人類の守護。そのために、わたくしたちは生まれ落ち、ここにいる。メタトロン……あなたもそう」

「真なる人類……」

「いまはまだ、そのときではないということだよ」

 ルシフェルは、メタトロンとガブリエルの問答に口を挟むと、眼下を見下ろした。

 遥か地上では、現生人類が今日も懸命けんめいに生きている。生き抜こうと足掻いている。

 それはそれは素晴らしく、そして、理不尽で不条理なことだ。

 人界を見やるルシフェルの目は、冷ややかだ。


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