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第八百六十二話 幸多と明日花と明日良

「なるほど。事情は良く理解した。しかしだな、明日花よ。傍目はためから見れば、恋人との逢瀬おうせを楽しんでいるようにしか思えなかったのも事実だぞ」

「それが勘違いたっていってるんでしょ。ねえ、幸多こうた

 からかい半分冗談半分といった様子の明日良あすらに困ったような素振りを見せつつも、明日花は、幸多に笑いかけてきた。うなずくしかない。

「は、はい」

「お、もう名前呼びか? いつの間にそんな関係になってたんだよ。そういうことはもっと早くお兄ちゃんに教えておくべきだったな。そうすりゃおれももっと――」

「だから!」

 明日花は、明日良が勘違いを前提に話を飛躍させるものだから、声を張り上げるしかない。

 冗談の類などではなく、明日良の脳内では一つの恋物語が組み上がり、急速に進展しているのではないかと思えるのだ。

 それは全くの勘違いであると説明し、理解したといっているにも関わらず、そこに拘っている理由は、明日花にも少しはわかるのだが。

 要するに、兄は妹のことが心配なのだ。

 昔から明日良のことしか眼中になく、明日良以外の男を男と見れない人間として育ってしまった明日花の将来が心配でならない、というのが、明日良の言い分だということは、明日花自身、重々承知している。

 極度のブラザーコンプレックスだということは、彼女自身が理解していることなのだ。

 だが、そればかりはどうしようもない。

 明日花の中では、明日良こそが最高の男なのだから。

 故に、明日花が幸多と二人きりで話し込んでいる様を見て、一人勝手に盛り上がりだしたのだというのであれば、納得もするのだが、かといって捨て置いていいわけではない。

 これが明日花だけを相手にしていることならばともかく、幸多にまで迷惑をかける有り様なのは、星将せいしょうとして、軍団長として如何なものなのか、と、いわざるをえない。

 明日花は、明日良をこの世のだれよりも高く評価しているという自負があるが、同時に、だからこそ、理想の明日良像を崩さないで欲しいという気分もあるのだ。

 明日花が懇切丁寧に忠告すれば、さすがの明日良も考えを改めてくれたようだが。。

「……わかった、わかった。おれの勘違いだってことにしておく」

「しておくじゃなくて、勘違いなのよ」

「わかったから、もうこれ以上なにもいうな」

「……本当、人の話を聞きやしないんだから」

「大変そうだね?」

「ええ、本当に大変。でも、最高のお兄ちゃんなのよねえ」

 そういって明日良の顔を覗き見る明日花の表情は、先程までと打って変わって弛みきっている。彼女の明日良に対する信頼は、この勘違い騒動程度で揺らぐことはないのだろう。

 幸多は、そんな明日花にこそ好感を抱くのだ。

「それで、お兄ちゃんはなにをしてたってわけ?」

「見りゃわかるだろ。任務だよ、任務」

 明日良は、明日花の精神状態をを多少心配しながら、導衣どういを示した。導衣を身につけているということはつまり、戦闘の可能性がある任務に就いていたということにほかならない。

 そんなことは、子供だった理解できるはずだ。

 やはり、と、明日良は、明日花と幸多の距離感の近さに目を細めるのである。

 しかし明日花は、そんな兄の心配などお構いなしに質問を投げかける。

「任務? どんな?」

「一連の騒動に関して、進展があった。いや、進展っていうよりは拡大だな」

「拡大……」

「ああ。あの像をまつってる連中がさらに何十人もいたんだよ」

「ええ?」

「何十人も?」

 想像だにしない事態に、明日花は幸多と顔を見合わせた。幸多も目をぱちくりとさせている。

「で、そいつらが一斉に暴走しやがったんだ。だれもがそこら中で魔法をぶっ放しまくったのさ。そして、その果てに全員が死亡し、幻魔の苗床なえどこになった」

「それは……」

「さすがに鬼級おにきゅうは一体も誕生しなかったが、妖級がそこそこいたからな。まあ、手近にいた戦力が動員されたというわけで、おれも幻魔の掃討を手伝っていたというわけだ」

 明日良は、そこまでいって、嘆息たんそくした。

 この真夜中、突如として葦原あしはら市の各地で起きた魔法犯罪は、それぞれの地区を担当する導士たちによって速やかに鎮圧ちんあつされた。直後、それは魔法犯罪ではなく、幻魔災害となってさらに被害を拡大させたのであり、複数の妖級が発生した現場は、とんでもないことになったのだ。

 明日良が飛び込んだ戦場は、複数の妖級幻魔が蹂躙じゅうりんしていた東街とうがい区の真っ只中だ。

 明日良は、それら妖級幻魔を容易く殲滅してみせたが、しかし、被害を完全に抑えきれたわけではなかった。市民の中から多数の犠牲者が出ており、死者も出たという。

 魔法犯罪に巻き込まれた市民もいれば、幻魔災害によって命を奪われた市民もいる。

 そして、魔法犯罪者の身元を洗い出し、調査した結果、異形の像が発見されたというわけだ。

 顔のない黒き異形の像。

 なんの繋がりも関係性もない魔法犯罪者たちに唯一共通するのが、それである。

「……この一連の騒動、おれは〈七悪しちらく〉の所業だと踏んでいるが、皆代みなしろはどう見ている?」

「どうしてぼくに……?」

 幸多は、明日良に問われて、ただただ当惑した。明日良の視線の鋭さは、刃物のようだ。

「おまえが一番〈七悪〉と遭遇しているからな。なにか、閃くものでもあるんじゃないかと期待したのさ。で、どうなんだ? おまえは、この一連の騒動になにを感じた?」

「ぼくは……」

 幸多は、明日良の鋭く射貫くような眼差しを受け止めながら、考え込んだ。明日良は、冗談や軽口で聞いてきているのではない。真剣に、真摯しんしに、この状況をどうにかしたいと考えているのだろう。

 まさに導士のかがみだが、しかし、そうでなければ星将になどなれるはずもない。

「いえ、ぼくも、〈七悪〉が関連しているのではないかと思っています」

「やっぱ、そうだよな。そうなるよな」

長田刀利ながたとうりは、ぼくたちの目の前で死亡しましたが、そのとき、魔力を爆発させるようにして死んでいったんです。その様子が、アルカナプリズムのときと同じように思えて……」

「アルカナプリズムって、ああ、虚空事変こくうじへんか」

「そういえばあのとき現場にいたのよね、幸多って」

「うん。それで、そのまま任務に参加した――というのはともかくとして、ボーカルが死亡した原因は昂霊丹こうれいたんを大量に摂取した結果引き起こされた魔力の暴走、でしたよね」

「そうだな。今回もまた、魔力の暴走の末に多数の死者が出ている。そして、その死によって満ち溢れた魔力が苗床となり、次々と幻魔が誕生したというわけだ」

「〈七悪〉の目的は、七体の悪魔を揃えること。そのためならばどんな手段だって用いるのが、〈七悪〉です。幻魔が忌み嫌う機械を使うことだって躊躇ためらわないし、人間社会に溶け込んで暗躍することいとわない」

 幸多の頭の中で、〈七悪〉と名乗った鬼級幻魔たちの姿が浮かんでは消えた。サタンを君主とする総勢六体の鬼級幻魔。彼らはみずからを悪魔と名乗り、七体揃った暁には、人類を滅ぼすなどと宣言している。

 だが、人類は、とっくの昔に存亡の危機に瀕している。

 央都、ネノクニ合わせても百三十万人ほどの人口であり、人類生存圏の外に生存者を期待することはできない。

 宇宙に進出した人々が遥か遠い星の彼方で繁栄を極めているのだとしても、地球上の人類とは、もはやなんの関係もない。

 サタンたちも、宇宙に飛び立った人々など、気に留めてもいまい。

 つまり、地球上から人類を消し去ることなど、七体の悪魔が揃うまでもなく簡単なことなのだ。

 六体もの鬼級が力を合わせれば、それだけで央都もネノクニも容易く滅びせるだろう。

 それなのに、サタンたちは、〈七悪〉というものに拘っているかのようであり、七体の悪魔を揃えるためにこそ、双界の影に日向に飛び回っている。

 今回も、そうした暗躍の一つではないか。

「奴らにしてみりゃ、この程度造作もない……か」

「でも、固有波形は観測されなかったんですよね?」

「そう、そこが問題なんだ」

 明日良は、異形の像の調査結果を思い出しながら、いった。

 様々な場所で発見された異形の像は、細部こそ大きく違うものの、基本的にはほとんど変わりがない。真っ黒で、顔面がなく、人の形をしているものの、そこかしこがいびつなのだ。

 それら異形の像に共通しているのは、その形だけだ。

 像の制作者は魔法犯罪者本人であり、像から検出される固有波形も制作者たる魔法犯罪者のものだけだったのだ。

 それそのものがありえないことのように思えるし、不自然極まりないことのように思えた。

 情報局が血眼になって情報を集め、精査しているのだが、異形の像にも、魔法犯罪者たちにもなんの繋がりも見つかっていない。

「今回の一連の騒動、関連しているのは、いずれの魔法犯罪者も奇妙な像を持っているという点だ。それ以外に彼らの繋がりを示すものはなかった。まあ、最初の四人は、いずれも央魔連おうまれんの人間だったが、今日暴れ回ってた連中は、なんの組織にも所属していない一般市民だった」

「つまり、央魔連が〈七悪〉に乗っ取られたとか、そういう可能性はない、ということですよね?」

「おそらくな。まあ、そうはいっても、央魔連はかなり厳しい状況に立たされているだろうが」

「……ですよね」

 幸多の表情が暗くなったのを見て、明日良は、ふと思い出した。

「そういや、支部長がおまえの親類だったか」

「はい。大和やまと支部と出雲いずも支部の支部長が」

「これから、大変かもしれないし、戦団としてはしてやれることはないが……家族なら、親族なら、支えてやれよ」

 明日良のこちらをおもんぱかるような言葉を聞いて、幸多は、はっと顔を上げた。強く頷く。

 確かに、戦団が央魔連のためにできることなどなにもないだろう。央魔連が戦団に助けを求めてきたというのであればまだしも、そうでなければ、対処のしようがない。

 央魔連は民間の組織であり、魔法士の互助団体なのだ。

 政府そのものといっても過言ではない戦団が、央魔連の混沌とした現状に口出しする理屈はなかった。

 仮に央魔連が崩壊したとしても、第二第三の央魔連が結成されるだけのことだ。

 央魔連とは、その程度の存在価値しかない。

「じゃあ、おれは行く。もう真夜中だ。おまえたちもさっさと寝ろ。おまえ、明日は任務だろ」

「そうだけど、午後からだから」

「そういう問題か?」

「そういう問題でしょ」

 明日花が困ったような顔でいえば、明日良は、なんともいえない表情をした。明日花はまだまだ置き続けるつもりでいるらしい。

「まあ、いい。皆代、話が聞けて良かった。それから、九十九つくも兄弟によろしくな」

「は、はい!」

 幸多が返事をしている間にも、明日良は屋上から飛び立っていた。地上へと軽々と飛び降りると、そのまま本部棟へと入っていく。

「驚いたでしょ。お兄ちゃん、ああ見えて面倒見がいいのよ」

「ううん。真白ましろ黒乃くろのが良く軍団長に感謝してるのを聞いてたから、驚きはしないかな」

 幸多が思ったままのことをいえば、明日花は、しばし彼の顔を見つめ、微笑んだ。

 九十九兄弟が明日良のことを良く想ってくれていることが、嬉しかったのだ。


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