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第八百六十話 央魔連(四)

 地上と地下を結ぶ唯一の階段は、横幅が狭く、一人ずつ降りていかなければならなかった。

 その上、階下には重々しい暗闇がうずくまっている上、照明器具が設置されている様子もなかったため、魔法で照らし出す必要があったのだ。

 その結果、先頭を行くこととなった八田はったが、魔法を使っている。

 ゆらゆらと浮かぶ光球を先導させれば、遥か階下まではっきりと照らし出された。階段を構成するのはむき出しの地肌であり、建材などで補強されているようには見えない。地面、そして地中を魔法でくり抜き、階段として用いることができるように段差を作っているだけなのだ。

 そんな階段を降りきると、広い空間に辿り着く。

 階段よりもよほど広大な空間であったため、八田は、光球の輝きを強めた。

 八田に続いて汐見しおみが広間に辿り着き、導士たちは望実のぞみの後に到達している。

 美由理たちの目に飛び込んできたのは、この広間の全体像だ。八田の光球によって照らし出された空間は、真四角の立方体のようであり、周囲を取り囲む壁や天井は、階段と変わらず剥き出しの地肌そのものだ。

 そうした事実から、建築業者や建築家が関わっていないのではないかと考えられた。

 ある程度熟達した魔法士ならば、この程度の地下空間を作ることくらい、容易い。

 魔法は、万能に極めて近い技術である。

 神のように天地の形を作り替えた過去の魔法士たちに比べれば、地下に広間を作るくらい可愛いものだったし、央魔連の支部長候補だった長田刀利の魔法技量ならば余裕だろう。

 長田の魔法技量が卓越していることは、襲撃事件でも明らかだ。

 並外れた攻撃魔法の使い手であり、導士ならばさぞや活躍しただろうと評判だった。

「建築基準法違反だな」

「確かに」

 美由理の冷静な一言に思わず頷いたのは、躑躅野である。彼女には、美由理の感想がちょっとした冗談のように聞こえてならなかったのだ。とはいえ、聞き返すわけにはいかない。

 美由理は、至極真面目な顔をしていた。

 広間を見回せば、すぐに目に付くのは、その異様な構造物だ。

 まるで祭壇さいだんのように盛り上がった地面の上に、異形いぎょうの像が立ち尽くしていたのだ。

 八田が、祭壇に上がり込むと、像を正面から覗き込んだ。

 小さな像だ。しかし、見たこともない代物である。

 極めて人間に近いなにかを模した像であるそれには、顔がなかった。人間同様に手足や胴体、頭部はあるのだが、顔面がないのだ。凹凸がなく真っ平らで、鼻や目、口といったものが見当たらなかった。

 まるで影に覆われているかのように真っ黒なのは、顔面だけではなく、全身もそうなのだが。

 黒い異形の像。

「この像はなんなんです?」

「わたしに聞かれても困りますよ。わたしだって、こんなの初めて見たんですから」

 望実は、八田に質問されたものの、困惑を隠せないでいた。彼女の頭の中では、混乱ばかりが広がっている。

 長田刀利の執務室にいつのまにか地下室が作られていて、そこがまるで祭壇のようになっていたのだ。そして、祭壇には聞いたこともなければ見たこともない異形の像が立ち尽くしている。

 想像だにしない事態に直面し、目眩めまいさえしそうになる。

 長田刀利が引き起こした大事件と、それに伴う幻魔災害、そして、その中で最愛の甥が瀕死ひんしの重傷を負ったということもあり、望実は、精神的に追い詰められていた。

 しかも、だ。

 央魔連の中では、支部長である彼女の責任問題に発展していて、いままさにそのことで幹部会が紛糾しているのである。

 そして、強制捜査だ。

 もはや望美はわけがわからないといった状態だった。

信教しんきょうの自由は保障されているが……とはいえ」

 美由理は、異形の像と祭壇を眺めながら、考え込んだ。

 見たこともない形の像は、闇そのものを擬人化したかのような、そんな印象を受けた。闇を神格化し、信仰の対象とすることそのものは、決して珍しいことではないだろうが。

 魔法時代が到来し、魔法が普及すると、宗教は急速にその力を失っていった。

 人間こそが神の如き力を手に入れたのであれば、なにかにすがる必要もなくなる。魔法が、人々の様々な悩みを解決していったということも大きいだろう。

 魔法の誕生と発展、普及と拡散は、人類を新たな段階へと押し上げたという。あらゆる病を克服し、健康の維持が難しくなくなれば、若さを保ち続けることも容易くなっていったのだ。

 魔法は、まさに神の御業みわざであり、奇跡そのもののように謳われた。

 この世に神はいない――。

 魔法士の中には、そのように断言するものも現れ、魔法こそが神であり、魔法の使い手こそが神の使いである、などと放言するものも少なくなかったという。

 魔法未開の地に乗り込んだ魔法士が、神そのものとして振る舞っていたという事例もある。

 魔法が世界中、地球全土に行き渡り、人類全てが魔法士となれば、宗教が力を失っていくのも当然のことだったのだろう。

 現在でも、新たな宗教が立ち上がったりしてはいるようなのだが、それらが大きな力を持つことはなさそうである。

 宗教に縋るよりも、目の前の現実と戦うことのほうが重要であり、先決であることをだれもが理解しているからだ。

 そんな時代にあって、このような像を祭壇にまつっているのはどういう理由なのか。

「この像に合致する記録がないか、〈書庫しょこ〉を探ってみてもらいましたが、関連性のあるものはなにも見つからなかったようです」

「だとすれば、この像、長田刀利の作品だということですかね」

「そうかもしれないな」

「ん?」

「像から検出された残留魔素の固有波形は、長田刀利と一致するものだけだ。つまり、長田刀利が魔法でもってこの像を作り上げた可能性が高いんじゃないか?」

 杖長じょうちょうたちが像に対する推理を行っている傍らで、美由理は、広間を見回し、祭壇を見て、再び像に視線を戻した。

 異形の像が長田刀利の作品だとして、それを安置する場所として央魔連の施設内に隠し部屋を作るというのは、どのような意図があったというのか。

 長田刀利は、魔力を暴走させた末に死亡した。しかし、死体からは、昂霊丹こうれいたんのような特異な成分が検出されることはなかった。

 彼の死は、ただの魔力の暴走として処理された。

 そう処理する以外になかったからだ。

 央魔連の幹部になれるほどの魔法士が魔力を暴走させることなどあるのか、という疑問もあったが、現実に起こったことを否定することはできない。

 なにものかが彼を暴走させるように仕向けた可能性もなくはないためにこそ、その犯行の動機を調査しているのであり、そして辿り着いたのがこの異形の像なのだ。

 美由理は、顔のない異形の像を見つめ、かぶりを振った。

 部下たちにこの広間を調査するように命じると、自分自身もまた、魔法を駆使した。

 

「本当だ。顔がないね、この像」

 幸多こうたは、幻板げんばんに表示された異形の像を見て、いった。鮮明な記録映像に指先で触れると、その部分を拡大する。それによって凹凸一つ見当たらない真っ平らな顔面がはっきりとわかるのである。

 当然だが、見たこともなければ、なにかが連想されるということもなかった。

 ただただ不気味としか思えない。

「でしょ。不気味よね。しかもこんなのがこの三日間でそこら中から発見されたんだもの。央都中が騒然となるのも当然よね」

「ええ?」

「まず、最初に発見されたのが、大和やまと支部の地下室……長田刀利の作品とされる像ね。で、次に央魔連出雲(いずも)支部の隠し部屋に飾られてたものよ。細部は違うけど、真っ黒で顔がないという点は同じ。もちろん、作者も違うわ」

「央魔連出雲支部……」

「で、これが水穂みずほ支部で発見された像で、こっちが葦原あしはら本部で見つかった奴ね」

 三体目、四体目と次々と異形の像が幻板に映し出されてきたものだから、幸多は、絶句するよりほかなかった。

「しかもさ、これらが発見されたのには理由があるのよね」

「理由?」

「魔法犯罪よ」

「うん?」

 幸多は、明日花あすかの瞳が冷ややかさを帯びていることに気づいた。彼女は、端末を操作する指を止めない。

 幸多の目の前に展開する幻板に、央都四市の映像が映し出されていく。出雲市の住宅街、水穂市の山中、葦原市の万世橋ばんせいばし付近。

 それらの映像は、魔法犯罪が起こった直後のものであるらしく、魔法による破壊の跡が刻まれていた。

「この三日間で魔法犯罪が次々に起こったわ。それも、央魔連の幹部ばかりが起こしたものだから、もう大変よ。央魔連なんて薬にも毒にもならないような組織だったのに、この一連の出来事で一躍悪の組織の仲間入りね」

「これらの魔法犯罪を起こした幹部と像に関わりがある、ってこと?」

「そうなのよ。しかも、魔法犯罪者たちは、いずれも魔力を暴走させて死亡しているわ。長田刀利のようにね」

「そんな……」

「そして、それらの死は、数多の幻魔を生み出したのよ」

 明日花は、静かに息をいた。

 一連の央魔連幹部による魔法犯罪は、間違いなく関連性があるものとして戦団も警察部も見ているし、各種報道機関もそのように捉え、報道している。

 央魔連の幹部による魔法犯罪と死亡、幻魔災害の発生と、央魔連施設内に隠された部屋で見つかった異形の像。

 どこをどう切り取っても事件にならざるを得ない。

 報道合戦が過熱するのも無理のない話だったし、そんな報道に乗せられて、市民が反応するのも致し方のないことなのだろう。


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