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第八百五十三話 アイドルたち(六)

「会場にて幻魔の発生を確認」

 義一ぎいちが通信機越しに告げたときには、長田刀利ながたとうりの死体から発散された魔力が大きく変質しているのが、彼の目には明らかだった。

 超高密度の魔力が結晶化することによって、幻魔の心臓たる魔晶核ましょうかくが形成される。そして、魔晶核が結晶構造の肉体、魔晶体を作り上げるのにわずかな時間もかからない。ほんの一瞬、刹那のうちに変容を遂げ、誕生するのである。 

 故に、魔晶核が完成した瞬間に攻撃するというのは、ほとんど意味をなさない。

 もっとも、幻魔そのものへの攻撃にはなるため、義一を始めとする導士たちは、高火力の攻型魔法を準備していた。

 長田刀利が魔力を暴発させて死亡したことへの衝撃は、幻魔が誕生するという新事態への対応に追われたことによって何処かへと消え去ってしまっている。

 そして、義一の真眼は、紫黒の結晶体――魔晶核に満ちた魔素質量を視ていた。

『こちらでも確認しました。幻魔の発生次第、撃滅してください』

「了解……でも、あれは……」

「義一?」

「どうしたんだよ?」

「あの魔素質量は……」

 義一の真眼しんがんは、刀利の魔力が結晶化し、魔晶核が構築する瞬間を見逃さなかったし、だからこそ、己の言葉を真言しんごんとした。義一が攻型魔法・閃飛電を放てば、周囲の導士たちも続く。

 幸多こうたはといえば、武神弐式ぶしんにしきから銃王じゅうおう弐式に鎧套がいとうを切り替え、飛電改を手にしていた。引き金を引く。飛電改による通常弾の連射が、様々な属性の魔法が炸裂する中に飛び込み、けたたましい破壊音を撒き散らしていく。

妖級ようきゅうどころじゃない」

「えっ?」

鬼級おにきゅう……」

伊佐那閃士いざなせんし、それは本当ですか!?』

「はい。間違いありません。鬼級幻魔の出現を真眼で確認しました」

 義一が告げた瞬間だった。

 出現した直後の幻魔に炸裂していていた魔法が、ねじ切れるようにして消失すると、その幻魔の姿が明らかになった。魔法も、弾丸も、なにもかもを消し飛ばし、己が姿を見せつけるようにして、だ。

 確かにそれは、数多の鬼級同様、極めて人の姿に酷似していた。

 幻魔は、等級によって、その姿形が大きく異なる。実体を持たず、また確かな姿形すら持たない霊そのもののような霊級、鳥獣の怪物の如き獣級、やや人間に近づきつつも、やはり化け物染みた妖級、そして、人間に酷似しつつもどこかに異形感を残した鬼級である。

 全てを超越した竜級未満の幻魔たちは、徐々に人間に近づき、人間を越えるのだ――とされている。

 新たに誕生したばかりの鬼級幻魔は、長身痩躯ちょうしんそうく、青ざめた肌の男の姿をしていた。皮膚に張り付いたような黒衣は、それこそ、刀利の亡骸が身につけているのとそっくりだ。ただし、黒衣に浮かび上がる紋様には禍々しさがあり、その点では大きく異なるが。

 秀麗な顔立ちに赤黒くも禍々しい瞳が輝き、黄金色の頭髪が陽光を跳ね返していた。

 凄まじい魔素質量が、周囲の空間をねじ曲げているのはだれの目にも明らかであり、眼下の市民が泡を吹いて倒れたのも、そのせいだろう。

 魔素質量に当てられたのだ。

 真白ましろ黒狐くろこの魔法壁が観客席を覆い尽くしているが、それでは防ぎようのない圧力があった。

 魔法士ならば、その圧倒的に強大な力を実感せざるを得ない。

「鬼級……」

「鬼級だな」

「鬼級って……」

「あれが……鬼級」

 幸多の周囲で皆が口々に言えば、通信機越しに作戦部の情報官が叫んできた。

『第七軍団長及び杖長じょうちょうに出撃を要請しました! 真星しんせい小隊、流星少女隊りゅうせいしょうじょたいは、市民の安全を確保しつつ、生き残ることだけを考えてください! 決して、鬼級幻魔と戦おうなどとは考えないように!』

「了解」

「……とはいっても、だな」

 幸多が返答する横で、真白が情報官の指示に疑問を呈したのは、当然ではあった。

 いままさに誕生したばかりの鬼級幻魔は、周囲を見回していたかと思えば、すぐさま舞台上に視線を定めたようだった。

 幻魔は、魔素質量にこそ、引かれる。

 一千名あまりの観客は、魔法士とはいえただの一般市民だ。その魔素質量たるや、舞台上の導士たちに比べると微々たるものに過ぎない。いくら先程まで流星少女隊の新曲に熱狂し、魔素を高ぶらせていたとはいえ、導士とは比べようがないのだ。

 央魔連の幹部とも比較にならないほどにか弱い市民よりも、戦団の導士にこそ殺到するのは、道理だった。

 そして、鬼級は、虚空こくうを蹴るようにして飛び立つと、つぎの瞬間、舞台を爆砕していた。

 特設舞台に突っ込み、根底から吹き飛ばしたのである。

 幸多たちは、義一が咄嗟とっさに伸ばした魔法の腕に引っ張られるようにして舞台の外へと放り出されており、故に、直撃を回避し、余波からも逃れることができている。

「助かったぜ!」

「ありがと、義一くん」

「そんなこといってる場合じゃないよ」

 義一は、九十九つくも兄弟の感謝の言葉に応じる間もなく、さらに魔法の腕を振り回して、今度は流星少女隊を掴み取った。彼が真星小隊の後方へと強引に移動させれば、真白がすぐさま前面に魔法壁を構築する。

 鬼級幻魔の唸り声が、凄まじい地響きのように轟き、大気中の魔素をも震撼させる。

 義一の網膜は、いまにも莫大極まる魔素に塗り潰されそうだった。眼球が悲鳴を上げている。だが、当然ながら、鬼級から目を離すことはできない。

 生まれ立ての鬼級は、まるで本能の赴くままに行動しているようだ。

 であれば、導士たちが分散しているよりは、一カ所に集まって防御を固めた方が安全ではないか、と、義一は考えたのだが。

「助かったわ」

 明日花あすかは、鬼級によって粉砕される舞台周辺を見て、いった。

 鬼級の周囲には、常に高密度の律像りつぞうが渦巻いていて、幻魔が吼えるたびに周囲に爆砕が起きていた。流星少女隊は、間一髪のところを救われたのである。

「鬼級なんて初めて見たけど、とんでもないわね」

「敵いっこないんだけど」

「だから、生き延びることに全力を尽くせってんだろ」

「その前に、市民の安全を第一に」

「わかってるっての」

 黒狐に諭されるまでもない、と、つばめは、鬼級がこちらに向き直る様を見た。人間によく似た長身痩躯の怪物は、その眼差しだけで彼女を射すくめるかのうようだった。

 会場は、既に混沌としている。

 長田刀利が襲撃してきた時点で恐慌状態に陥ってもおかしくなかったというのに、そこからさらに鬼級幻魔が発生したとなれば、観客たちが平静を保てなくなっていてもおかしくはない。

 幻魔災害の発生を報せる警報が鳴り響き、避難誘導が携帯端末に表示されている。近場の避難所への誘導案内である。

 警備員たちが市民を誘導し始めたのは、戦団からそのような指示が飛んだからに違いなかったし、そうするべきだった。

 相手は、鬼級だ。

 真星小隊と流星少女隊だけでは、敵う相手ではない。

 幸多は、そんな当たり前の事実を改めて突きつけられるのを認めた。飛電改の引き金を引き、通常弾を連射するも、それらはすべて、鬼級の周囲に展開された魔力場まりょくばに受け止められてしまった。超周波振動が、無力化されている。

 鬼級とは、正面から戦うべきではない。

 情報官の警告が、師匠の言葉が、幸多の脳裏のうりよぎる。

 地上を滑走し、鬼級との距離を取りながら、銃弾をばら撒く。通用しなくとも、牽制にはなずはずだ。少なくとも、注意を引くことは出来る――。

(いや……)

『駄目だよ』

「え?」

『だから、駄目なんだって』

 幸多が脳内に響いた少女の声に戸惑っている間にも、鬼級は動いている。銃弾を止めどなくばら撒く幸多になど目もくれず、鬼級は、真白たちへと殺到していた。

『幸多は完全無能者だもん。攻撃が通用しないなら、相手にする必要ないと判断するよ』

「……そうか。そうだったね」

 脳内通信で話しかけてきたのは、ノルン・シスターズの三女スクルドであり、彼女の冷淡なまでの言葉は、幸多の意識から熱を取り去っていくかのようだった。

 幸多は、完全無能者だ。武装していなければ、鬼級幻魔ですらまともに認識することのできない存在であり、重装備の状態ですら、導士とは比較にならないほどの魔素質量しかない。

 それでもなお注意を引くことができるのは、攻撃が通用する相手だけだ。

 攻撃が一切効かないのであれば、魔素質量の低い存在を相手取る必要がない。

 いままさに、目の前の鬼級がそうしているように。

 幸多は、しかし、だからこそ、考えるのである。

 こんな自分になにができるのか、と。


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