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第八百五十二話 アイドルたち(五)

「父さんと母さんの人生を――」

 破壊した。

 幸多こうたは、刀利とうりの言葉を反芻はんすうするようにつぶやいて、心が上げる悲鳴を聞いた。胸が痛む。激しく、重く、強く、深く。

 刀利の眼は、幸多にどこか同情的だった。

「そうだよ。きみさえ生まれなければ、いや、きみが完全無能者でさえなければ、きみの御両親の人生は、もう少し明るいものだったはずだ。なんといっても、皆代みなしろくんは、央魔連おうまれんを代表する魔法士になりかけていたのだからね。順風満帆じゅんぷうまんぱんそのものだった彼らの人生を、きみひとりが台無しにしてしまった」

 刀利の周囲に漆黒の球体が一つ、また一つと出現していく。刀利の言葉の一つ一つがが真言しんごんとなり、魔法を完成させていくかのようだった。

 その有り様を目の当たりにしながらも、幸多は、なにもできずにいた。動揺が、柄を握る手を震えさせている。

 脳裏のうりにいくつもの光景がよぎっていた。

 過去から今日に至るまでの日々が、一瞬の閃光の如くに駆け抜ける。

「きみのために、我が子のために全てをなげうった御両親の覚悟は素晴らしいものだ。人の親たるもの、皆、そうあるべきだろう。だが、しかし、きみがいなければ、と、思わなかったことが一度でもないと断言できるのかね?」

「それは……」

 幸多が言葉を失って呆然としたときだった。

「なにやってんだ! 隊長! 勝手に飛び出しやがって!」

「そうだよ、隊長。なにがあったんだい?」

「らしくないよ」

 真星しんせい小隊の三人が、眼下から飛び上がってくると、幸多を取り囲むように布陣した。真白が防型魔法を発動させ、義一と黒乃が攻型魔法を駆使する。電光の帯が暗黒球を次々と撃ち抜き、破壊の渦がさらに大量の魔力体を粉砕していけば、さすがの刀利もその場から飛び離れずにはいられなかった。

「ご、ごめん……つい、かっとなって」

「なんでだよ」

「央魔連の、大和やまと支部の幹部っていうからさ」

「……そういえば、隊長の親族なんだっけ。大和支部の支部長って」

「うん。のー姉……望実のぞみさんが、支部長を務めてて、それでさ」

「なるほど、そういう事情か……って、納得できるか!」

「うん、わかってる。どんなときも冷静沈着にいないと、ね」

「そうだよ、隊長。隊長だけが頼りなんだからさ」

「そうかな」

「うん」

 黒乃くろのが強く頷いてきたときには、幸多の頭の中から、刀利の言葉は消え失せていた。黒乃だけではない。真白ましろ義一ぎいちの存在もまた、幸多にとっては極めて大きかった。

 三人が側にいてくれる。

 ただそれだけのことがこれほどまでに嬉しく、頼もしいことはなかった。

「どんな事情があれ、相手は、大量の死傷者を出そうとしていた魔法犯罪者なんだ。話を聞く必要も、同情する理由も、手加減する意味もないよ」

「まったくもってその通り! 正義はおれらにあり!」

「うん」

 幸多は、義一と真白に同意すると、刀利を睨んだ。央魔連の黒衣を纏う魔法犯罪者は、冷ややかにこちらを見つめつつ、律像を構築し続けている。

「これは手厳しい。さすがは若き英雄たちだ」

「なんとでもいえよ、魔法犯罪者が」

「確かにこの世の中において、いまのわたしは魔法犯罪者だ。しかし、この世の理が間違っているとすれば、どうだね」

「はあ?」

 真白は、心底呆れ果てたような声を上げた。実際、刀利の犯行そのものに呆れきっているのだが、そのさらに上を行くようなことをいってくるものだから、辛辣しんらつな態度にならざるを得ない。

 しかし、油断はしない。

 刀利の周囲に展開する律像は、人間相手に向けるような威力の魔法ではなかったし、たとえ鍛え抜かれた導士であっても、直撃を喰らえばただでは済まないだろう。

 いや、そもそも、ある程度の魔法士ならば、導士であろうが一撃で殺すことができる魔法を扱えるものである。

 ただ、導士たるもの、日夜とてつもない戦闘訓練を受けていて、実戦経験も豊富であるが故に、一般の魔法士相手に負ける可能性は限りなく低いというだけのことだ。

 そして、刀利の魔法の威力たるや、会場に集まっていた人々を皆殺しにして有り余るほどのものだった。

 常軌を逸しているとしか、言い様がない。

「戦団が支配する央都の現状こそが間違いであり、我々がこの世界を正しく導くのだ!」

「それが央魔連の意向だと?」

「まさか」

 義一の問いを一笑に付して、刀利は告げた。

「我々は、央魔連とは無関係だよ。ただ、多少なりとも名残惜しいのでね、こんな格好をしているというわけだ」

 その言葉が真言だったのだろう。同時に、魔法が発動する。

 無数に出現した黒い三角錐さんかくすいのような魔力体が、一斉に発射されると、それらは幸多たちに殺到しただけでなく、地上へと降り注いだ。

 幸多たちへの攻撃は牽制以外のなにものでもなく、地上への攻撃こそが本命だということは、魔力体の数からも明らかだった。

 そして、魔力体は、真白の魔法壁に直撃するとともに爆散し、黒い霧を撒き散らしたものだから、この大攻勢すらも本命ではなかったのだと察するに余り合った。

「下だ! 下に降りた!」

「野郎!」

 義一が叫べば、真白が唸り、幸多は速やかに地上へと飛び降りた。眼下を埋め尽くすように展開する黒い煙幕を突破し、特設会場に降り立てば、長田刀利の魔法がいままさに炸裂した瞬間だった。

 巨大な暗黒球が、黒狐くろこの展開した氷壁に阻まれて爆散し、膨大な黒い霧を撒き散らした。さらに視界が遮られていく。

「観客席!」

 義一の鋭い一声を聞いた瞬間には、幸多は反応している。

 舞台の床を蹴って飛び出し、暗黒の煙幕を貫けば、目の前に刀利の姿を捉えた。刀利は、観客席の頭上へと至り、無数の魔力体を形成していた。

 だが、それらの魔力体は、つぎつぎと爆散していき、意味を為さなかった。黒乃と義一、明日花あすからつばめの攻型魔法だ。

 そして、氷と光の結界が幾重にも観客席を覆えば、幸多の左手が刀利の首を掴んでいた。首に、わずかながら指が食い込む。刀利が、幸多を睨んだ。

「生けにえが必要なんだ。よく言うだろう。前進には犠牲が必要だ、と」

「どんな崇高な目的があろうとも、無関係な市民を巻き込むのは間違ってる!」

「そうでもないさ。この虚偽きょぎ欺瞞ぎまんに満ちた世界を享受きょうじゅしている人間は、だれしもがけがれている。きみも、きみの御両親も、きみの親族も、それ以外のその他大勢も、無論、わたしも。ひとり残らずな」

「なにを……」

 幸多は、刀利の藍色の瞳があまりにも澄んでいるからこそ、当惑した。このような魔法犯罪を行うような人間の目には見えなかったのだ。

 狂ってなどいない。

「穢れは、はらわなければならない。そうだろう」

 一人納得するように告げた刀利が、その全身に満ちた魔力を爆発させる様を見ていたのは、義一だけだった。

 義一の真眼しんがんにしか見えなかったというべきだろう。

 そして、真眼がそれを捉えた瞬間には、全てが終わっていたのだから、どうしようもなかった。

 刀利の全身から莫大な魔力が発散し、幸多は、強大な力に吹き飛ばされていた。

 観客席の頭上から、舞台まで吹き飛ばされた幸多は、目の前で起こった何事かを処理するのに多少の時間を要した。

 凄まじい熱量を感じた。

 それが純然たる魔力の発露なのだとして、それほどの熱量を発すれば、人体がどうなるのかなど想像もつかないのだが、しかし、幸多には既視感があった。

 大社山頂野外音楽堂たいしゃさんちょうやがいおんがくどうで行われたロックバンド・アルカナプリズムの復活祭、その最高潮に訪れた異変。

 アルカナプリズムのボーカルの身に起きたのは、死に至るほどの魔力の暴走であり、その際の熱量が、いままさに幸多の記憶の中で鮮やかに蘇るようだった。

 長田ながた刀利が莫大な魔力を発散すると、その肉体は、魂が抜けきったかのようにして崩れ落ち、光と氷の結界の上に落下した。

 そして、莫大極まる魔力は、拡散するのではなく、むしろ、爆発的な勢いで収束を始めた。

 魔力の結晶化が、始まっていた。


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