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第八百五十一話 アイドルたち(四)

 魔法犯罪。

 魔法を用いた犯罪全般の総称であり、魔法時代黎明期にそう呼ばれるようになったという。

 時代が進み、魔法が普及すると、あらゆる犯罪に魔法が絡むようになったものだから、全ての犯罪行為そのものを指す言葉になっていった。

 魔法を用いない犯罪のほうが少ないのではないか、というくらいには、魔法が普及したのである。

 だからこそ、魔法時代と呼ばれるようになり、黄金期を迎えたのだが。

 そして、魔法犯罪を行ったものは、魔法犯罪者と呼ばれ、重罪に問われた。

 魔法は、極めて万能に近い力であり、技術だ。

 なんだって出来たし、出来ないことなどないと信じられた。研究が進めば、魔法でも不可能なことが存在することも判明したが、とはいえ、それまでの人類には到底実現不可能なことを魔法は容易く実現してしまうのだから、奇跡の如き力といっても過言ではなかっただろう。

 その力を以て罪を犯すものも、数多といた。

 故に、魔法は徹底的に管理されなければならず、必要以上の力の行使は、法によって厳正に処罰するべきであるという結論に至るのも自然の流れだった。

 だれもが自由気儘に魔法を行使できるとなれば、魔法を用いた犯罪行為が横行しかねない。

 軽い気分で使った魔法が、人を傷つけ、死に至らしめることも少なくなかったのだ。

 だが、魔法の行使に関する法令を定め、厳罰化してもなお、魔法犯罪は減らなかったし、魔法犯罪によって滅び去った国や都市も存在する。

 ネノクニや央都が徹底的な管理社会なった最大の要因が、魔法の存在なのだ。

 だれもが魔法を習熟し、ある程度の魔法ならば呼吸をするかの如く扱える時代においては、あらゆる行動に魔法が伴う。

 ただ目的地に移動するだけで空を飛び、物を運ぶために魔法を駆使する。料理にだって魔法を使うし、湯加減の微調整にさえ魔法を用いる。

 魔法は、とっくの昔から、人々の生活に根ざしているのだ。

 故にちょっとした悪戯ならばまだしも、他者を傷つけるような魔法の使い方をしたものは、魔法犯罪者として厳罰に処されるのも道理であり、それこそが魔法犯罪の発生を抑制し、防止する数少ない方法だと考えられていた。

 徹底的な管理も、そうだ。

大和やまとタワー塔下とうか広場特設会場にて、魔法士の襲撃を確認。固有波形こゆうはけいの照合により、大和市在住、長田刀利ながたとうりと断定、即座に魔法犯罪者と認定しました。真星小隊しんせいしょうたいは、これを速やかに制圧してください』

「了解!」

 幸多は、通信機から聞こえてきた情報官の指示に頷くと、閃電改せんでんかいを頭上に構えた。

 戦団は、ノルン・システムによって央都のみならず、ネノクニを含む双界そうかい全土を掌握している。双界全土を巡る情報網を支配し、一般市民に関するあらゆる情報を管理しているのであり、故に固有波形の照合も瞬く間に完了してしまうのだ。

 固有波形を欺瞞ぎまんすることは、不可能だ。

 故に、魔法犯罪者は、どう足掻いたところで戦団に捕捉され、拘束される運命にある。

 仮にその場では逃げおおせることができたのだとしても、犯行現場に残り続ける魔法の形跡、残留魔素から固有波形を照合し、犯人を割り出すことができるのだから、どうしようもない。

 央都の外に逃げ出すのであればまだしも、双界のいずれかにとどまっている限りは発見され、捕縛されるのである。

 この央都は、管理社会であり、監視社会だ。

 央都四市の至る所に監視カメラが光っている。それらは、ノルン・システムの目となり、魔法犯罪者と認定された人間を探し続け、捕捉した瞬間に周囲の導士に通達されるのである。

 そうして検挙された魔法犯罪者は、数え切れないほどにいる。

 そのような事実があればこそ、この央都では、魔法社会とは思えないほどに魔法犯罪が少ないのだろう。

 少なくとも、魔法時代や混沌時代と呼ばれていたころに比べれば、何十分の一、いや、もっと少なくなっている。

 魔法犯罪の抑止には、やはり、速やかなる魔法犯罪者の検挙こそが重要なのだ。

 もちろん、人口が比較にならないほど少ないという事実もあるのだが。

「固有波形の照合なんて一瞬なんだな」

「央都市民は固有波形の登録が義務づけられてるし、生まれたばかりの赤ちゃんに登録を拒否する意志なんてないだろうしね」

「確かになあ」

 真白ましろは、義一ぎいちの返事に納得しつつも防型魔法・煌城ルミナスキャッスルを補強し、さらに強度を上げていくことに注力する。頭上からの攻撃魔法による爆撃は、止む気配がない。

 大量の魔力体が降り注いでは魔法の結界に激突し、爆発を起こしている。どす黒い爆煙ばくえんが視界を遮り、魔法犯罪者の姿を隠していた。

 しかし、義一の眼は、爆煙の彼方に留まっている長田刀利の動態どうたい魔素を捉えている。

「相手は、最初の場所から動いていないよ」

「わかった!」

「うん」

 幸多が引き金を引けば、黒乃くろのが魔法を放ち、義一も続く。

 閃電改から乾いた発砲音が響けば、放たれた弾丸が一瞬にして上空の対象へと至る。だが、狙撃は、直前に構築された魔法壁に妨げられた。黒乃と義一の攻型魔法もだ。

「効かなかった?」

「はい。防型魔法で対応したようです」

 稲荷黒狐いなりくろこが携帯端末が出力した幻板を見つめながら、いった。彼女の幻板には、いつの間にか特設会場周辺を飛び回っているヤタガラスが捉えた映像が映し出されており、魔法壁に護られた長田刀利の姿をはっきりと捉えている。

 三十代から四十代前後の男だ。黒衣を纏い、灰色の頭髪をなびかせている。なにやら会場を見下ろすその眼差しは険しく、怒りや憎しみに満ちているようにも見えた。

「その格好、どこかで……」

「隊長、見たことあるの?」

「えーと……確か……」

央魔連おうまれんだ」

 明日花と陽歌はるかの会話に割り込むように叫んだのは、幸多である。幸多の目は、ヤタガラスの映像ではなく、爆煙が途切れた視界の彼方に浮かぶ魔法犯罪者をこそ、捉えていた。

 古くさい魔法使いそのものを体現するかのような漆黒の長衣は、幸多にとっては見慣れた服装だった。

 央都魔法士連盟に所属する魔法士が、いつも身につけている制服だからだ。

『長田刀利は、央魔連に所属する魔法士で、大和支部の幹部のようです』

「なんで!?」

『はい?』

「なんで央魔連の、それも幹部が魔法犯罪なんてするんだ!?」

 幸多が声を荒げたのには、もちろん、理由があった。

 長田刀利は、直接の知り合いでもなければ、顔も名前も知らない赤の他人だ。そもそも、央魔連のこともよく知っているわけではない。

 ただ、この魔法社会において、魔法士たちが自らを律し、魔法という強大な力を管理していくために必要な組織であるということは知っているし、理解してもいる。

 なぜならば、幸多の母方の実家である長沢ながさわ家とは、関わりの深い組織だからだ。

 いや、父親である皆代幸星みなしろこうせいも、央魔連と深く関わっていた。央魔連の幹部であった幸星は、組織の中で母・奏恵かなえと知り合い、恋仲になったという。

 奏恵の姉妹である望実のぞみ珠恵たまえも央魔連に所属しており、大幹部として名を馳せている。

 特に大和支部は、望実が支部長を務めており、だからこそ、この予期せぬ事態は、幸多にとっては他人事ではないように思えてならなかった。

 央魔連大和支部の幹部が、流星少女隊りゅうせいしょうじょたいの新曲発表会を襲撃した――これほど衝撃的な事件は、そうはあるまい。

 幸多は、我知らず大地を蹴っていた。転身機によって鎧套がいとう武神弐式ぶしんにしきに切り替え、武器も裂魔れつま置換ちかんしている。

「お、おい! 隊長!」

「正気なの!?」

 真白が叫び、明日花が愕然とするのも無理はなかった。

 長田刀利の魔法攻撃は止んでいたものの、そんなものは一時的なものに過ぎない。既にその周囲には高密度の律像りつぞうが編み込まれていて、それが極めて攻撃的なものだということは、真白たちには明らかだったからだ。

 幸多は、真白の魔法壁を突破し、地上十数メートルの高度へと一瞬にして到達すれば、長田刀利と対面した。

 刀利の藍色の眼が、幸多を見た。わずかに動揺が生まれたのは、幸多に一瞬にして距離を詰められたからなのだろうが。幸多が叫んだ。

「長田刀利!」

「やはり、皆代幸多くんか」

 刀利は、幸多の怒鳴り声を聞いて表情を変化させたが、その変化は、幸多の想像とは全く異なるものだった。

 どこか、懐かしむような素振りがあったのだ。

「久しぶりだね」

「え?」

 幸多は、虚を突かれたような感覚に飲まれた。振りかざした刀を振り下ろせなくなる。

 刀利は、そんな幸多を見て、苦笑した。幸多は、重力に引かれて落下しかけたが、すぐに止まる。だれかの魔法壁が、幸多の足場になって支えてくれたようだ。

「やはり、きみは覚えていないか。きみがまだ幼い頃、何度か逢ったことがあるんだよ。きみの御両親や親戚が央魔連と深い関わりがあることは、きみもよく知っているだろう。それで、きみの御両親は、きみを央魔連の本部や支部に連れてくることがあったんだよ。まあ、最後の挨拶としてね」

「最後の挨拶……」

「きみは、ただの魔法不能者じゃなかった。完全無能者――この世でただ一人の稀有な存在。そんなきみのために、きみの御両親は出来る限りのことをしようとした」

「……それは、知ってる」

「それはそうだろう。きみの人生にとって、それはとても重要なことだ。知っておかなくてはならないし、肝に銘じておくべきだ。きみの存在が、きみの御両親の人生を破壊したのだと」

 刀利の冷ややかな眼差しが、幸多の意識を、心を貫いた。


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