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第八百五十話 アイドルたち(三)

 幻魔げんまと戦うだけが、戦団の仕事ではない。

 そんな当たり前のことを実感するのは、この央都が戦団の存在によって成立していることを理解しているからだろう。

 戦団があればこそ、央都おうとは社会を維持し、存在し続けることができている。

 戦闘部の導士たちが命懸いのちがけで戦う一方、情報局の導士たちが双界全土を巡る膨大な情報と格闘し、技術局の導士たちが新技術の研究開発に尽力し、魔法局の導士たちが魔法の可能性を追求している。

 広報部が広報活動に専念し、戦団と市民の架け橋となっているのもまた、立派な仕事であり、導士の務めだ。

流星少女隊りゅうせいしょうじょたい降臨こうりん!』

 上空から降ってくるようにして舞台に現れた四人が、隊長である明日花の声に合わせて決まりの姿勢を取ると、観客たちが沸き上がった。歓声も上がれば、悲鳴のような声さえも聞こえてくる。ファンの年齢層は広く、老若男女問わず人気を博していることがよくわかるというものだ。

 特に、十代の少年少女に人気なのは、広報部の狙い通りではあるだろう。

 広報部の活動は、特に戦闘部の人手不足、人材不足を解決することにこそ焦点を当てられている。

「知ってたけど、すげー人気だなー」

「本当、すごい……」

 真白ましろ黒乃くろのも、流星少女隊のファンの熱量の凄まじさに圧倒される気分だった。

 アルカナプリズムにも引けを取らないのではないかという人気ぶりは、広報部がアイドル小隊の中でも特に彼女たちをしている理由がわかるというものだ。

 舞台上の彼女たちは、身振り手振り、表情の一つ一つが普段とは比較にならないほどに輝いていたし、完璧に決まっていた。

 どこをどう切り取っても完璧な絵になるのではないかと思えるほどだ。

 彼女たちがどれほどの練習と研鑽けんさんを積んでいるのか、幸多には想像もつかないが、とんでもない練習量なのだろうということくらいは理解できる。

『超久々の新曲だよ~!』

『半年ぶりくらいですね。本当に長くなってしまいました……』

『長すぎて活動してないんじゃないかとか散々にいわれたな』

『それもこれも、今日のため! みんな、聞いて、歌って、応援してね!』

「「「「大和撫子やまとなでしこ!」」」」

 流星少女隊の四人が曲名を叫び、その音色が会場中に響き渡り始めると、舞台上を色とりどりの光が彩り、明日花たちを照らし出した。

 激しい楽曲だった。

 苛烈かれつなまでの旋律に合わせて歌い踊り、魔法さえも駆使して空を舞う四人の姿は、この時代のアイドルそのものとしか言い様がなかったし、幸多たちも思わず口を開けたまま見惚れてしまうくらいに迫力があった。

 澄んだ美しい歌声には、強大な力があり、新曲発表会に集った観客たちを熱狂の渦に飲み込んでいくかのようだった。

 流星少女隊が、新曲・大和撫子を歌い終えると、万雷の拍手と大歓声が舞台を包み込んだ。

『新曲、どうだったかな?』

『大和撫子っていうわりには、激しすぎる曲だよねー』

『どこが大和撫子なんだっての』

『まあ、この四人ではわたくしくらいしか該当しませんし、仕方のないことなのではないでしょうか』

『おいっ!』

 流星少女隊のやり取りによって会場が沸き上がる中、義一は、真眼しんがんを光らせている。幻板げんばんではなく、舞台袖から会場全体を見回し、魔素の高まりを実感する。

 熱狂のあまり、無意識に魔力を練成している人々がちらほらいるが、さすがに律像は見当たらなかった。律像は、魔法の設計図だ。無意識に律像を構築するというのは、余程訓練を積んだ魔法士にしかできないものであり、一般市民には程遠い領域の話なのだ。

 とはいえ、これほどの魔素の高まりは、そうそうあるものでもないので、義一は警戒するように幸多に伝えつつ、情報官ともやり取りをした。

 幸多は、義一に言われるままに警戒しつつ、全周囲に視線を走らせた。観客は、流星少女隊のやり取りに笑い声を上げたり、声援を送ったり、拍手をしたりと、彼女たちに夢中だ。

 なにか問題を起こるような気配は見えない。

「守りの準備は万端だぜ?」

 とは、真白。

 彼の周囲に構築された律像は、舞台上のみならず、この広場に集まった市民全員を巨大な魔法壁で護るという防型ぼうけい魔法の設計図だったが、幸多には、そこまでのことは理解できない。ただ、律像の複雑さだけはわかるというくらいだ。

 律像といえば、黒乃も準備を終えている。もし万が一、なにかしらの事件が起きたというのであれば、即座に攻型こうけい魔法を叩き込めるようにだ。

 流星少女隊のファンは、行儀がいいのだろう。舞台に押し寄せるということはなく、舞台と観客席の間設けられた距離を決して埋めようとはしていなかった。

 そして警備員たちも、そんな観客の反応に注視しつつも、流星少女隊の掛け合いに表情を緩めているようだ。

「このままなにも起きないのであれば、それが一番なんですが」

 広報部の南詩織みなみしおりが、ささやくようにいった。彼女は、舞台袖から流星少女隊が新曲を披露する一部始終を見届けると、興奮気味に拳を握り締めている。

 そのことからも、彼女自身が流星少女隊の熱烈なファンなのではないか、という疑いが幸多の中で生じている。

 どうでもいいことではあるが。

 幸多は、ふと、頭上を仰ぎ見て、目を細めた。南にいう。

「……そうあって欲しかったです」

「はい?」

「上だ!」

「「「上っ!」」」

 幸多の叫び声に応じるようにして、真星小隊一同が動いた。

煌城ルミナスキャッスル!」

 真っ先に真白が真言しんごんを唱えれば、舞台を中心とする広範囲に巨大な魔法の結界が構築されると、直後、猛烈な魔法弾の雨が降ってきた。

 舞台の直上からの魔法攻撃である。

 魔法による爆撃は、光り輝く魔法の城塞によって妨げられたが、轟音と閃光の乱舞によって会場全体を凄まじい混乱に包み込んでいく。

 避難警報が鳴り響き、警備員たちが素早く避難誘導し始めれば、観客の誰もが悲鳴を上げ、逃げ惑い始める。

「ちっ」

 真白が舌打ちしたのは、観客たちが彼の魔法壁の範囲外に出ていこうとしたからであり、幸多は咄嗟とっさに叫んでいた。

「魔法の範囲外から出ないようにしてください! 魔法の中が一番安全です!」

 幸多の叫び声は、警備員たちに通じるはずだったし、実際、それまで避難誘導を行っていた警備員たちは、すぐさま方針転換した。つまり、避難所へ誘導するのではなく、会場内に留まるように指示するようになったのである。

 それでも観客は、落ち着かない。当たり前だ。会場が魔法によって爆撃されているのである。いくら強固な魔法壁で守られているとはいえ、魔法攻撃の只中にいるという恐怖が平常心を奪い去ったとしてもおかしくはなかった。

 すると、会場内に明日花の声が響き渡った。

『皆! どうか落ち着いて! 会場には、真星小隊がいるわ! あの真星小隊がね! なにも恐れることなんてないわ!』

 会場内にどよめきが生じたのを感じて、幸多は、転身機を起動した。鎧套がいとう銃王弐式じゅうおうにしきを装備して、義一たちとともに舞台上に向かう。

 舞台上では、流星少女隊が観客を落ち着かせようと四苦八苦していたが、真星小隊が姿を見せたことによって状況は変化した。

 頭上からの爆撃が止んだことも、大きいのだろうが。

 明日花は、幸多たちが舞台上に姿を見せてくれたことに感謝しつつ、小声で問うた。

「いったいなんなの?」

「魔法士だよ」

「この場合、魔法犯罪者だね」

「ん、ああ、そうだね」

 義一の訂正に頷きながら、幸多は、頭上を睨んだ。光り輝く魔法壁の向こう側、十数メートルの上空、大和タワーの基部付近に魔法士の姿があった。

 つまりは、ただの人間だ。

 この央都にありふれた一般市民に過ぎない。

 だが、あれだけの密度の魔法弾を雨のように降り注がせ、爆撃を行うことができるとなれば、並外れた魔法技量の持ち主ではある。

「だとして、なにが目的なの?」

「わたしたちの命かなあ?」

「戦団を恨みに思う方々は数多といますが、しかし、その目的を果たすために大勢の市民を巻き込むというのはいかがかと」

「まったく、くろろんのいう通りだな」

 流星少女隊もまた、それぞれに律像を編み始めた。

 頭上の魔法士が、巨大な律像を構築していたからだ。


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