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第八百四十九話 アイドルたち(二)

 今回、真星しんせい小隊が、流星少女隊りゅうせいしょうじょたいに随伴する形で向かった先は、大和やまとタワーである。

 大和市の中心部に聳え立つ超高層建造物であるそれは、大和市の象徴しょうちょうとして知られている。 

 大和市は、央都都市開発機構によって作り上げられた第三の都市だ。

 央都都市開発機構は、それまでに葦原あしはら市、出雲みずほ市という二つの都市を開発している。

 それら二つの都市は、幻魔災害に対応するべく、ネノクニの都市構造を参考にして作られただけでなく、完成後には厳正な建築基準が設けられた。道幅は極めて広く作られ、建物の高度制限も厳しい規準が定められたのである。

 それもこれも幻魔災害の二次被害、三次被害を軽減するためであり、この幻魔に満ち溢れた世界で生きていくためには当然の結論だっただろう。

 そんな中、大和市、水穂市の建築基準が先の二市よりも緩くされたのは、央都政庁及び戦団が将来を見据え、様々な取り組みを行う必要を感じたからである。

 それによって大和市では、高層建築物が多く見られるようになった。

 大和市の象徴たる大和タワーは、高度百メートルを越える高層建造物であり、その周囲にも葦原市や出雲市には見られないような高さの建物が乱立している。

 そんな建物群を眺めつつ、幸多こうたは、今日の任務について考えている。

 真星小隊の今日の任務は、流星少女隊の護衛である。

 流星少女隊が念願の新曲を発表する場所として、大和タワーの真下にある塔下広場が選ばれたのは、新曲が大和市に深く関係しているからだという。

 そして、その広場に設営された特設会場の周囲には、流星少女隊の新曲のお披露目を待ち詫びている大量の市民が集まっていた。

 およそ半年ぶりとなる、待望の新曲である。

 大和市に関連する楽曲ということ以外なにもかもが謎に包まれているということもあり、ネット上でも話題になっていたし、この場にも大和市民だけでなく、央都四市から流星少女隊の熱烈なファンが押し掛けているようだった。

 流星少女隊の応援グッズを手にしたファンの姿を会場周辺に見ながら、幸多は、舞台袖に立っている。

 真星小隊の役割は、彼女たちが無事、新曲発表会を終えるのを見届けるということだ。

 人気絶頂のアイドルたちだ。

 そして、久々の新曲が初披露される場となれば、なにがあってもおかしくはない――とはいうのだが。

「なにかあると思う?」

 明日花あすかが、幸多に質問を投げかけたのは、舞台衣装に着替えてからのことだ。化粧もばっちりと決まった彼女の姿は、大和基地で対面したときとはまるで異なる印象を受けた。

 流星少女隊は、まさにまばゆく輝く星々のようであり、思わず目を細めたくなるほどだった。

「感極まったファンが押し寄せてくる……なんて」

「ありえるかしら」

「ない……とは、言い切れないかな」

「わたしたちのファンに限ってそんなことありえないわよ」

「だと思いたいな」

 幸多は、流星少女隊のファンがどういった人たちなのかを知っているわけではない。ただ、熱烈なファンが多いという話は聞いたことがあった。だから、というわけではないが、あらゆる可能性を考慮しておく必要がある。

 もちろん、通常の警備も手配されていて、特設会場内には警備会社から派遣された警備員たちが動き回っている様子が見て取れた。そして、本来ならばそれだけで十分なはずだった。警備会社に務めるには、それ相応の魔法技量が必要であり、いざというときには対応してくれるに違いない。

 今回、真星小隊が同行しているのは、広報部の依頼である。

 もちろん、流星少女隊の久々となる新曲発表会でなにか事件が起きるかもしれない、などと考えてのことではあるまい。

 流星少女隊に真星小隊が組み合わさることによって、さらなる注目が得られるだろうという魂胆に違いなかった。

 超人気のアイドル小隊と、人気沸騰中の新人小隊。

 実際、ネット中は大騒ぎに騒いでいるようだったし、ネット中継の視聴者数もうなぎ登りに増えているという話だった。

 今回の新曲発表会は、レイライン・ネットワークを通じて、双界中に中継されているのであり、そのためのカメラが会場中を飛び回っている。

 自動撮影機ヤタガラスの改良版であるそれらは、広報部の撮影班によって操縦されているという話だ。

 義一が、十台以上の飛行撮影機が飛び回る様を見回しながら、口を開いた。

「いまのところは、なんの異常も見当たらないよ。確かに舞台の周囲は魔素が高まっていて、いまにも魔力に練成されそうだけど、さすがに魔法が暴発するような事態にはならないんじゃないかな」

「可能性としては、ありえるんだろ?」

「まあね」

「だったら兄さんの出番だね」

「おう、任せとけよ」

 そんな真星小隊の会話を聞いて、明日花は、幸多に話しかけた。

「なんなの?」

「知ってるでしょ、義一くんの真眼しんがんだよ」

「あー……」

 明日花は、幸多の説明に静かに納得した。

 伊佐那いざな義一といえば、副総長・伊佐那麒麟(きりん)の養子であり、伊佐那家の次期当主と目される人物だ。そして、龍宮戦役りゅうぐうせんえきにおいてムスペルヘイムを崩壊に導いた英雄なのだ。彼の真眼があればこそ、殻石クリファイトを破壊し、スルトヲ打倒することができたという。

 そんな彼が会場中の様子を見てくれたというのならば、明日花たちも心底安堵していいだろう。

「それにしても、いつもより丈が短い気がしますね」

「気がするんじゃなくて、短いよ。ちょっと動くだけで中が見えそうなんだけど。見えても問題ないけどね!」

 などと、陽歌はるかがスカートをまくり上げて見せたものだから、真星小隊の男どもが慌てて顔を背けた。スカートの内側には黒のスパッツを履いており、だから陽歌はそんな風にして見せたのだし、そもそもスカートの丈が短すぎるのもそれがあるからだ。

 陽歌は、真星小隊の反応が面白かったらしく、特に黒乃に何度もスカートの中を見せつけようとして、つばめに襟首を掴まれていた。

 流星少女隊は、いくつもの楽曲を持っているが、一曲ごとに異なる衣装に着替えるというのも、特徴である。転身機てんしんきを使えば一瞬で着替えることができるという導士の利点を存分に生かしているのだ。

 そして、今回の衣装は、普段よりも派手であり、どこか煽情的だった。スカートの丈が短いのもそうだが、胸元が大きく開いていて、谷間を見せつけるようになっているのも、流星少女隊らしからぬ衣装といえるのではないか。

「この衣装、曲に合ってるのかどうか不安よね」

「さすがにそれは考慮しているんじゃ?」

「どうかな。ただこういう格好をさせたいってだけで着せられることが結構あるのよね」

「ええ?」

 明日花が思わずこぼした愚痴に幸多が驚いていると、流星少女隊の出番が来たようだった。

 十月半ば。

 空は晴れ渡っていて、流れる雲の白さと空の青さの対比があまりにも美しかった。季節は夏から秋へと移り変わり、気温もちょうどいいという塩梅だ。

 会場には、流星少女隊を応援するファンたちの熱気で満ち溢れていて、それらの熱気が膨大な魔素の高まりを感じさせるというのが義一の弁であるが、幸多には、なにもわからない。

 律像りつぞうならば視認できるが、残念ながら魔素の濃度も密度も、幸多には感覚としても理解できないのだ。

 ただ、明日花たちが数多くのファンに支えられているのだと実感するだけだ。

「なにかあったら、よろしくね」

 明日花がそういって幸多に笑いかけてきたのは、なにも起こることはないと信じているからだろうし、幸多もそう思っていた。

 広報部だって、そう考えていたはずだ。

 事件など、そう起こるものでもあるまい。

 ましてや幻魔災害が起こることだって、考えられることではない。

 央都四市での幻魔災害の発生頻度は、相変わらずなのだが、とはいえ、毎日起こっているわけではなく、数日に一度起きるかどうかという割合である。

 そして、多くの幻魔災害にサタンが関与しているのもまた、相変わらずだ。

「皆、一応、なにが起こってもいいように準備はしておこう」

「おう」

「そうだね」

「うん」

 真星小隊一同は、舞台袖に佇みながら、幻板に表示された舞台上の光景を見ていた。

 円形の舞台は、大和タワーの塔下広場の作りに対応したものだ。そして、舞台の全周囲を一千人以上の観客が取り囲んでいた。その観客たちが、流星少女たちの登場とともにわっと歓声を上げれば、熱気がさらに満ち溢れた。

 流星少女隊の新衣装は、舞台上に映えていたし、遠目にも眩く輝いているように見えたのではないだろうか。

 幸多は、そんな風に考えながら、舞台に立つ明日花の横顔の凜々しさに見惚みとれた。戦場に向かう戦士の顔つきだった。

 舞台上が、彼女たちにとっての戦場なのだ。


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