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第八十四話 勧誘

 対抗戦部一同が校長室に辿り着くと、扉の前には顧問である小沢星奈おざわせいなが待ち構えていた。

 彼女は、いつになく緊張した面持ちであり、室内に校長以外の客人、それも極めて重大な、賓客ひんきゃくとでもいうべき人物が来ていることがわかった。

「皆、勢揃いね」

 小沢星奈が安堵の声を浮かべると、法子ほうこが恩着せがましく言った。

「わたしたちにはまったく関係のないことだが」

「でも、わたしたちが来なかったら、幸多こうたくんへの心証がよくなさそうだものねえ」

「そういうことだ。感謝したまえ、皆代みなしろ幸多」

「へい、親分」

「うむ、よろしい」

「いいんだ、それで」

 法子と幸多のやり取りを横目で見て、真弥まやがつぶやいた。いつのまに親分子分の関係になったのだろう、と思ったのだ。

 星奈が扉を叩き、中からの反応を待って、開く。

 星奈は、幸多たち部員を先に室内に入るように促し、最後に入って扉を閉めた。

 校長室には、天燎高校の校長である川上元長かわかみもとながと、幸多たちにとっては見知らぬ大人たちが立っていた。もっとも、彼らは一目でどういう人物なのか、はっきりとわかる出で立ちをしているため、なんら疑問に想うこともなかったが。

 身につけているのは、黒を基調とした制服である。黒という一点では似ているが、形状、意匠ともに天燎高校のそれとは当然まったく異なっている。天燎財団関連企業の制服ともだ。

 戦団の制服だった。

 そして、胸元に輝く星印せいいんに着目すれば、その大人たちがどの部署に所属しているのかも一目瞭然だった。漆黒の星印、つまり、戦務局である。

 その三人の戦団戦務局の導士たちの中で、ただ一人、幸多にとっては面識のある、見覚えのある人物がいて、その人物が校長室の応接席に腰を下ろしている。

 名を稲岡正影いなおかまさかげというその人物は、かつて、統魔とうまを勧誘するためだけに皆代家を訪れたことがあった。

 幸多は、そのときのことをよく覚えていた。

 忘れるはずもなかったし、忘れられるわけもなかった。

 稲岡正影は、統魔の勧誘には心底熱心だったが、幸多の存在は、ただただ、黙殺した。

 優秀な魔法士の卵を勧誘しにきたというのに、どうして、魔法不能者の子供の相手をしなければならないのか。

 当時の稲岡正影からすれば、そんな心境だったかもしれない。あるいは、まったく視界に入ってすらいなかったか。

 幸多も、それが道理だということは子供ながらに理解していたものだが、なにも感じなかったといえば嘘になる。頭では納得していても、心は理解しないものだ。

 川上元長が、幸多たちの姿を見て、ほっとしたような表情を見せた。戦団の導士たちを前に緊張しきっていたのかもしれない。

「きみたちを呼んだのはほかでもない。きみたち対抗戦部が優勝したからだ。それだけいえばわかると思うが、戦団の方々が、きみたちを戦団に迎え入れたいと仰られておいでだ」

「初めまして、だね。わたしは戦団戦務局作戦部長の稲岡正影。この二人はわたしの付き添いだから、まあ、名前を知っておく必要はない」

 稲岡正影は、対抗戦部の面々を前にして、そう言い切った。深く響く、重低音。その声を聞くだけで、幸多の数年前の記憶が蘇ってきて、塞がっていた心の傷かさぶたが剥がれ落ちていくような感覚すらあった。

 けれども、そのかさぶたの下の傷口は完全に塞がっているから、なんということもない。

 稲岡正影が、静かな声音で続けた。

央都おうと高等学校対抗三種競技大会、通称対抗戦は、戦団が人材を発掘するために始めたことは、きみたちも知っているだろう。これは噂などではなく事実であり、対抗戦が開催されるようになってから今日に至るまで、数多くの参加者が学生の身の上から戦闘部の導士へと転身している。今もなお活躍しているものも少なくない。そしてわたしがここに来たのは、優勝校の出場選手全員に、声を掛ける決まりになっているからだよ」

 作戦部長の言い方に引っかかりを覚えたのは、幸多だけだったのか、どうか。圭悟が嫌そうな顔をしたことから、彼も感じたのかもしれない。

 声を掛ける決まり、と、彼はいった。それはつまり、勧誘したくもない相手も勧誘しなければならない、とでもいっているようなものではないのか。

 だが、稲岡正影がそう考えていたとしても、致し方のないことだとも、幸多は思った。それが当然の感覚だ。当たり前の、ありふれた正常な反応。

「きみたちを戦闘部に勧誘するため、招き入れるために。どうだね、きみたちは、戦団の花形たる戦闘部に入るつもりはないかね」

 稲岡正影が部員たちを見回すようにして、視線を動かす。値踏みでもしているかのような、そんな素振り。しかし、彼の中の本命は決まっていた。黒木法子と我孫子雷智だ。この二人は、天燎高校対抗戦部の中でも傑出した魔法技量の持ち主だった。今すぐにでも実戦に投入することができるとは、情報局長と副局長のお墨付きだ。

「戦闘部は良いぞ。給料が良い。待遇が良い。人気が出ればちやほやしてくれる。それになにより、幻魔をその手でたおせる」

 そういったのは、稲岡正影の付き添いと呼ばれた導士の一人だ。彼は、さらに続けた。

「福利厚生も抜群だ。辞めたいときに辞められるし、そのことを咎めるものはいない。一度、入ってみてみるのも悪くないと思うが」

 そのとき、稲岡正影が咳払いをしたことによって、付き添いの導士がはっとしたように乗り出していた身を引っ込めた。稲岡は、導士を一瞥し、導士は恐縮したかのように凍りつく。

「給料の良さには引かれるが、なあ」

「考えられねえ」

「うんうん」

 と、圭悟たち対抗戦部の男子陣が口々にいえば、蘭が続いた。

「そもそもぼくたちは雑用係だし」

「そうそう、わたしたちには関係ない話よね?」

「そうですねえ」

「うむ、まったく関係ないな」

「わたしも法子ちゃんに同意だわぁ」

 法子と雷智までも、蘭たちと同様の反応を見せた。元より二人は戦団に入りたくて対抗戦部に入ったわけではないのだから、当然の反応といえるだろう。

 幸多以外全員、戦闘部への勧誘を拒否する姿勢を見せたのだ。

 さすがにその反応は想定していなかったのか、稲岡正影と二人の付き添いは面食らった様子だった。

「きみたち、本気かね?」

「本気も本気、大本気だぜ。おれは、こいつと一緒に遊びたかったから対抗戦部を立ち上げただけで、戦団に入りたいなんて一度だって思ったことはねえ」

「圭悟くん……」

 幸多は、圭悟に頭を掴まれたが、悪い気分ではなかった。むしろ、圭悟への想いが溢れそうになる。その言葉に込められた心情が伝わってきたからだ。

「……無理強いはできないが、残念だよ。きみたちには才能があり、実力もあった。戦闘部の導士として、大いなる活躍が約束されていたというのに」

 至極無念そうな顔をして、稲岡正影がいった。それが本音か社交辞令か、対抗戦部の面々には判断のしようもなかったが、どうでもいいことだった。戦闘部に入って最前線で幻魔と戦い続ける日々を送るなど、多くの一般市民にとって到底考えられることではない。

 特に圭悟たちは、天燎高校の生徒なのだ。

 将来、天燎財団系列の企業に就職するためにこそ、この学校に通っている。そうした安定した未来を投げ捨て、いつ命を落とすかもわからない戦闘要員になるなど、ありえない話としか言い様がない。

 そして圭悟は、稲岡正影の口振りに引っかかりを覚えて、彼を睨み付けた。

「おいおい、おっさん、こいつのことを無視すんなよ」

 圭悟は、幸多を示して、いった。

 稲岡正影は、おっさんと呼ばれたことにも顔色ひとつ変えず、鷹揚おうようとした態度で返事をする。

「無視してなどいないよ、皆代幸多くんのことだろう? 彼が戦闘部に入りたがっていることは百も承知だ」

「お、おう……?」

 圭悟には、稲岡正影の言葉の意味が理解できなかったが、幸多は彼の発言の意図が手に取るようにわかった。

 稲岡正影は、遠い目をして、幸多を見ていた。まるで遠い過去を視ているような、そんなまなざしだった。

「五年、いや、六年ぶりか。きみと会うのはこれで二度目、だったね」

「はい。覚えていてくれたんですね」

「嫌でも覚えるよ。きみの御兄弟、皆代統魔くんに散々なじられたからね。あのときどうしてきみを勧誘しなかったのか、ってね。わたしとしては、当たり前の判断をしただけだし、それを根に持たれているとは思いも寄らなかったが……まあ、きみのことをそれだけ大切に想っている、ということなのだろうね」

 稲岡正影は、そこまでいって、肩を竦めて見せた。

 幸多は、彼の予想外の発言に目を丸くした。まさかここで統魔の名前が出てくるとは思ってもみなかったのだ。

 統魔からは、過去にそんな一悶着があったなど、聞いたこともなかった。


 校長室には、呼びつけられた対抗戦部の部員のうち、幸多だけが残った。

 他の部員全員、戦団の勧誘を断ったため、退室することになったのだ。

 室内に残っているのは、校長と教師、そして戦団から天燎高校を訪れた三人と、幸多だけだ。

 幸多は、応接席に座らされ、稲岡正影と向かい合っている。

「あの日のことはよく覚えている。きみのお父上が幻魔災害によって亡くなられたばかりだった。皆代幸星(こうせい)さんは、戦団内でも知られた魔法士だった。優れた魔法士でね、戦団に引き抜きたいという話が何度も持ち上がったものだよ」

 稲岡正影が父親の話をしてきたものだから、幸多は、多少不思議な気分だった。父幸星が優秀な魔法士であることは幸多にとって既知の事実だ。そんな魔法士としての腕を持ちながら、幸多のために仕事を辞め、幸多と寄り添い続けてくれたことをいまでも感謝している。

 父と母が常に寄り添い、側にいて、支えてくれたからこそ、幸多は、幼い日々を真っ直ぐに歩いてこられたのだと、今ならば確信をもっていえる。

「あの日、きみを勧誘しなかった理由は、いわなくてもわかるね?」

「ぼくが魔法不能者だからですよね」

「そうだ。戦闘部は、幻魔と戦い、倒すことが使命だ。幻魔と戦うためには、強大な力が必要だ。それもただの力ではない、魔法の力だ。それはきみだって理解しているだろう?」

「はい」

「それでも、きみは戦闘部に入りたいというのかね。わたしは、おすすめしない。むざむざ死にに行くようなものだ。戦闘部以外の部署、たとえば作戦部や他の部局ならば、いくらでも推薦するがね。戦闘部だけは、頂けない」

 稲岡正影が、嘆息とともにかぶりを振る。

 川上元長と小沢星奈は、顔を見合わせた。

 校長にすれば、幸多が戦闘部に入りたいなどと言い出したこと自体、予期せぬ事態だった。幸多が魔法不能者であることは誰もが知っていることである。魔法不能者が戦闘部に入るなど、前代未聞だ。今まであり得なかったし、今でも考えられないことだった。

 それなのに、彼は戦闘部に入りたがっている。

 理解ができない。

 一方、小沢星奈は、幸多の心情をおもんぱかっていた。幸多がなぜ戦闘部に入りたいのかは、知らない。しかし、そのために彼がどれほどの努力をしてきたのかについては、その一部を目の当たりにしていた。

 対抗戦部の活動を通して、幸多の、その大いなる夢への情熱のようなものがはっきりと伝わってきていた。

 だから、星奈は幸多を応援していたし、彼が戦闘部に入れることを祈ってもいた。その道がどれほど険しく、困難なものなのかは、想像すらできないが。

「確かにきみの身体能力は素晴らしい。幻闘げんとうでの戦いぶりは、何度も見させてもらったよ。草薙真くさなぎまことくんを相手にあれだけ戦えるというのは、とてつもないことだ。並外れた戦闘技術を持っているといっていい。けれど、それは対人間、対魔法士の話であって、幻魔との戦いにはまったく関係がない。それも、きみは理解しているはずだ」

「はい」

「それでも、きみは戦闘部に入ることを望むのかね」

「はい」

「どうしても?」

「はい」

 幸多が頷くと、稲岡正影は、またしても小さく息を吐いた。彼にしてみれば、幸多が戦闘部に拘る理由がわからなかった。いや、一つ思い当たる節はある。それ以外には考えられないのだが、だからといって許容できることではない。

 幻魔への復讐。

 戦闘部に入ることを志願するものの中には、そうした動機を持つものは少なくない。

 幻魔災害によって家族や友人を失えば、幻魔への怒りや復讐心に囚われるものだ。

 幻魔とは、理不尽な天災などではない。意思を持つ殺戮者だ。殺意の塊なのだ。

 だからこそ、復讐の刃を向けたくなったとしても、なんら不思議なことではない。

 皆代統魔がそうであるように。

「なぜだね。人生は長い。戦闘部に入らなければ、これから先、きみの将来には輝かしい未来が待ち受けている」

「そうでしょうか」

 幸多は、疑問を浮かべる。稲岡正影がいいたいことは理解できる。が、それを許容するつもりは毛頭なかった。

「なに?」

「ぼくは魔法不能者、いえ、完全無能者です。これから先の人生が輝かしいものになるかどうかなんて、ぼくには想像もつきません。魔法の恩恵をほとんど受けることの出来ないぼくが、完全無能者のぼくが、この魔法社会で輝けると、本気で思っていますか?」

「それは……」

「もちろん、ぼく次第だということはわかっています。この央都で活躍している魔法不能者も少なくありませんし、ぼくだってそうした人達に並ぶことができるかもしれません。でも、ぼくは、そういう生き方を望んでいない」

 幸多は、稲岡正影の目を見つめて、いった。

「ぼくは、この命を央都の未来のために使いたいんです。幻魔と戦い、倒し、葬り去って、一人でも多くの人の助けになりたい。ぼくと同じような目に遭ってほしくないから。ぼくのような絶望を味わってほしくないから、だから、戦いたいんです」

「央都の未来のため……か」

 稲岡正影は、幸多の言葉を反芻するようにつぶやいた。戦団に所属するだれもが、そのために戦っている。そのためだけの戦い続けている。

 命を賭して、幻魔と戦っているのだ。

 それこそ、戦団の存在意義といっていい。

 幸多にも、そうした覚悟があるということがわかった。わかってしまった。言葉だけではなく、心から、そう確信している。どうしようとも揺るがない強い意思を感じる。

 だから、というわけではないが、稲岡正影は幸多に問いかける。

「本当にいいのだね」

「はい」

 幸多は、真っ直ぐに稲岡正影の目を見つめて、頷いた。

「……良いだろう。それほどの覚悟があるのであれば、否やはいうまいよ。きみがその身の上でどれだけのことができるのかはわからないが、試してみる価値もないではない。その結果、きみが幻魔との戦いで命を落としたのであれば、それまでのことだ」

 稲岡正影は、そういいきったものの、本心などではなかった。

 誰であれ、戦団に所属し、戦闘部に配属されれば、いつ命を落とすのかわかったものではない。死ぬことを肯定しているのではない。そうなる可能性を常に頭に入れておかなければならないということなのだ。

 毎日、何処かの戦場で、導士の誰かが命を落としている。

 それが戦団の日常であって、それを否定することは出来ない。

 だからこそ、稲岡正影は、魔法不能者である皆代幸多を戦闘部に引き入れたいとは思わなかったのだ。

 全ては、彼と、彼の家族のことを思ってのことだ。

 しかしこうまで強情ならば、説得するのは無理だと判断した。

 それから、稲岡正影は、鞄の中から端末を取り出すと、幻板げんばんに情報書類を表示した。

 それは、戦団に入るために必要な書類の数々であり、幸多はそれらに目を通しながら、稲岡正影らにいわれるままに記入していった。

 全ての作業が終わったのは、夕闇が迫る頃合いだった。

 幸多は、戦団への入団手続きを終えたのだ。





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