第八百四十八話 アイドルたち(一)
天空地明日花は、導士であると同時にアイドルである。
いまをときめく流星少女隊の隊長である彼女は、央都、ネノクニを問わず、数多くの熱狂的なファンを抱えるアイドルなのだ。
その名が瞬く間に知れ渡ったのは、天空地明日良の実の妹ということが大きいのだろうが、彼女自身の才能もまた、彼女をして、トップアイドルへと押し上げたのは間違いない。
戦団の広報部が広報活動の一環として打ち出したアイドル部隊のひとつ、流星少女隊の隊長として彼女が任命されたのは、その容姿の良さと、生まれ持った華やかさ、輝かしさが広報部の目に止まったからだという。
天空地明日花、荷山陽歌、稲荷黒狐、桜ヶ丘燕の四人からなる流星少女隊は、結成直後から人気を博した。
そもそも、戦団の導士というのは、アイドル的な側面を持つ存在だった。
広報部は、戦団の評判を高め、市民との良好な関係を保ち続ける方法を模索し続けていた。
この央都は、央都政庁によって運営されているものの、実質的な支配者が戦団であることはだれもが理解している事実だ。戦団にとって都合のいい社会が構築されていることもまた否定できないし、そのために市民の日常生活にも干渉していることを隠そうともしていない。
そんな戦団に対する不平や不満を軽減、緩和し、市民との間にできるかぎり壁や軋轢を作らないようにするにはどうすればいいものか、と、常日頃考えているのが戦団内の各部署であり、中でも広報部は、広報活動でもって戦団の実態を市民に理解してもらおうとしているのである。
その一環が、導士のアイドル化なのである。
導士をアイドルのように売り出すことで市民に親しみをもってもらいつつ、戦団への興味を深め、さらに強く応援してもらおうというのが広報部の戦略であり、さらにその戦略を強く押し進めた結果、アイドル部隊と呼ばれる小隊が結成されたのだ。
アイドル部隊は、戦務局戦闘部ではなく、総務局広報部に所属している。
アイドル部隊の活動は、広報活動そのものであり、戦団の様々な式典や、央都市内、ネノクニ市内で行われる様々な行事、催しに参加する。
アイドル部隊の名の通り、アイドルよろしく歌ったり踊ったりもしており、テレビ番組にも引っ張りだこだ。
「――なんてことは、説明するまでもないと想うけど」
天空地明日花の説明を受けて、幸多は、どういう表情をするべきなのだろうと考えていた。彼女の凛とした可憐さは、いうまでもないことだったし、以前から承知していたことだ。眼の前に立っているだけで気圧されそうになるほどだった。
いや、そもそも、なぜ、真星小隊が流星少女隊と行動をともにすることになったのか、ということをこそ、考えるべきではないか。
「なんだか不服そうね?」
明日花は、皆代幸多率いる真星小隊一同を見回して、釈然としないといった表情の導士たちに問いかけた。
戦闘部の導士は、いつだってそうだ。
広報部のアイドル小隊をどこか軽んじているのではないか。
「いや……不服とかそんなことはないんですけど」
「敬語じゃなくていいわよ。階級はあなたのほうが上だもの」
「そういえばそうか……隊長のほうが上になったんだ」
「一つだけね」
「わかってるっての」
真白がそっぽを向いたのは、きっと真正面から彼女の顔を見れないからだろう、と、黒乃は想った。
九十九兄弟にとって、天空地明日花は、特別な想いのある相手だった。
第八軍団に配属され、まったく馴染めなかった二人だが、軍団長の天空地明日良には常に気を使われているということは理解していたし、そんな気遣いに感謝してもいた。
そして、明日良の妹である明日花もまた、事あるごとに二人のことを気に懸けてくれたのだ。
だから、九十九兄弟は、明日良の提案とはいえ、第八軍団から第七軍団に移籍するのを少しばかり躊躇ったのである。
天空地兄妹になにひとつ恩返しできていないという想いがあったからだ。
「真白くんは相変わらずねえ」
明日花は、そんな真白の内心などつゆ知らず、どこか素っ気ない彼の反応にくすりと笑うのだ。真白は、第八軍団内で特に浮いていた。誰とも馴れ合おうともせず、常に牙を剥いているような、そんな少年だったのだから、当然だろう。
なぜか常に苛立っているような彼のことは、昔の兄を見ているようで辛かったが、だから気に懸けていたというわけではない。
ただ、放っておけなかっただけのことだ。
「黒乃くんも?」
「ええと……はい」
黒乃がもじもじと頷くと、明日花は、九十九兄弟の変わらぬ様子に安心したりもした。たった一、二ヶ月でなにもかもが変わっていたら、それこそ、変だ。
そして、ふと、気づく。
「そうだ。自己紹介がまだだったわね。わたしは天空地明日花。知ってると想うけど、流星少女隊の隊長で、階級は輝光級三位。まあ、この階級は張りぼてみたいなもんだけど」
などと、明日花は、導衣の胸元に輝く星印を示して、いった。
彼女の身に纏う導衣は、流星少女隊特製の導衣であり、見るからに華やかな意匠だった。
導衣は、基本的に黒を基調とする。
流星少女隊の導衣も、黒を基調としつつも、金や銀で彩られており、まるで宇宙に瞬く星々を身に纏っているようだった。スカートの丈が短めで、すらりと伸びた脚を強調している。
彼女の外見はといえば、天空地明日良の妹とは思えないほどの可憐さで知られるように、整った容貌の持ち主だった。長く青い髪は星々を連想させる髪飾りに彩られ、大きな目に浮かぶ翡翠色の虹彩は、見るものを魅了するのではないかと思えた。
身長は高く、幸多よりわずかに上背があった。
「相変わらず自虐的ぃ」
「彼女は荷山陽歌。階級は閃光級二位。ファンからは、はるっちの愛称で呼ばれてるわ」
「はるっちだよー! よろしくね!」
「よ、よろしく」
荷山陽歌は、真星小隊の面々こそが自分のファンであるかのように手を振って見せて、笑顔を振り撒いた。真っ赤な髪と真っ青な瞳の持ち主で、とにかく明るいことで有名だったし、実際に明るすぎて目が眩むのではないかと思うほどだった。
どんなときでもへこたれず笑顔を絶やさない彼女には、心の安息を求めるファンが多いという。
「こっちは稲荷黒狐。閃光級一位で、わたしに次ぐ階級ね。愛称はくろろんよ」
「稲荷黒狐と申します。何卒、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、ご丁寧に……」
「いえいえ、当然のことでございます」
深々とお辞儀をする稲荷黒狐には、独特の雰囲気があった。お淑やかさが服を着て歩いているというのが、彼女を現す言葉である。長い黒髪を一つ結びにしており、細い目の奥で灰色の虹彩が澄んでいた。
彼女のそんな淑やかさが好きだというファンも少なくない。
「最後に桜ヶ丘燕。閃光級三位。愛称は、ばめこよ」
「ばめこって変な愛称だと思わないか?」
「え、えーと……」
「しかもファンが考えたわけでもないのがなんともいえないんだよな」
桜ヶ丘燕は、ぶつくさいいながらも、真星小隊一同に一礼をした。緑色の髪の彼女は、流星少女隊で一番年下であるという。茶褐色の虹彩は、目つきの鋭い双眸の中に輝いていて、常に周囲を警戒しているかのようにも見えた。
明日花の紹介は、四人では終わらなかった。もう一人、この場に幸多たちの知らない人物がいる。導衣ではなく、戦団の制服を着込んだ若い女性である。
明日花は、彼女を指し示して、こういった。
「で、このひとは、広報部の南さん」
「総務局広報部の南詩織です。流星少女隊の活動全般を担当しています。このたび、流星少女隊と真星小隊の共同任務を提案させて頂き、伊佐那軍団長から許可が降りたことは、本当に喜ばしいことで――」
「南さんは話が長いことで有名なのよ」
「そ、そうなんだ……」
明日花が耳打ちしてきたから、幸多は、小さく頷いた。
その間も、南詩織による説明が続いている。
要するに、今回の任務は、広報部が発案し、第七軍団に提案したということだ。
それも広報部が推しに推しているアイドル小隊・流星少女隊と、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの真星小隊の合同企画とでもいうべきものであり、世間の注目を浴びること間違いないという話だった。
広報部は、流星少女隊だけでなく、真星小隊を大きく売り出していきたいようであり、いまこそその好機であると考えているのである。
なんといっても真星小隊は、龍宮戦役で英雄的活躍を果たしたばかりだ。
双界全土が真星小隊に注目していたし、真星小隊が巡回任務を行えば、常に人集りが出来るくらいだった。
実際、そのせいで任務が滞りかけたことがある。
幸多は、そもそも人気などどうでもいいという考えだったから、人気度や注目度が任務を妨げる可能性など想像したこともなかった。
活躍すればいいというものでもないらしい――などということは、ないのだろうが。
それにしたって、と、考えてしまう。
(どうなるんだろう)
幸多は、今回の共同任務が真星小隊や自分に与える影響を考え込むのだった。