第八百四十一話 先行攻撃任務(四)
草薙真は、自分にとって最初の隊員たちとの出逢いは、生涯忘れられないものになるのではないか、と思えるほどのものだと認識している。
この心地よい空気感の小隊は、隊員たちの人柄の良さによって成り立っていることを彼ほど理解しているものはいないはずだ。
真は、自分が他人に対し不躾で無遠慮な人間性の持ち主だということを理解しているし、出来る限りそうした発言をしないように努力している。しかし、それでも土足で他人の心の中に踏み込むかのような言動を行うことがあるようだった。
そんな欠点を自覚したのは、対抗戦が終わり、自分が何者であるかを認識できたからだったし、朱雀院火倶夜という素晴らしいとしかいいようのない師匠と巡り会うことができ、日々、地獄のような猛特訓を繰り返してきたおかげだろう。
火倶夜に度々指摘されたことも、大きい。
『上を目指すなら――星将になりたいっていうんなら、少しは自分を、人間を磨いた方がいいかもね』
少しは、と、火倶夜がいったのは、星将たちが人間的に素晴らしい性格の持ち主ばかりではないのではないか、という考えが過ったからだが。
ともかく、己を磨くことだ、と、真は思った。
しかし、己を磨くにはどうすればいいのかは、真にはわからない。火倶夜に質問しても、そんなものは他人に聞いてどうなるものでもない、といわれるばかりだった。
そんな自分が果たして小隊長に相応しいのか、どうか。
なんといっても、第十軍団内でも真の存在は、どうにも浮いていた。
火倶夜の弟子という第十軍団の導士ならば、だれもが憧れるような立場にあって、どこか傲慢にも見えるような振る舞いをするものだから、余計に敵が増えていく。
『そればかりは仕方がないわよ。なんといってもわたしの弟子なんだから。胸を張っていなさい。それで余計に敵が増えた? だったらもっと胸を張っていればいいのよ。あなたの敵は、導士じゃないでしょ?』
そういわれて、はっとした。
『斃すべき敵は、幻魔なんだから。それだけを考えていればいいのよ』
火倶夜は、真のことをよく見てくれていたし、助言も適切だった。
だから、真は、より深く考えるのだ。
火倶夜の弟子として相応しい人間にこそなりたいのだ、と。
そして草薙小隊が編制されると、小隊長とはどうあるべきかと考える日々が始まった。
布津吉行、羽張四郎、村雨紗耶という三名の部下たちは、いずれも真より年上の導士だ。
一番年上は、二十歳の布津吉行である。青い長髪が特徴的な彼は、四人の中で一番背が高く、そして一番細身だった。
「栄養足りてんのか?」
羽張四郎が、横になって休憩中の吉行をいつものようにからかえば、彼は、手にした固形物を見せつけて笑った。
その固形物は、戦団技術局が発明した戦闘糧食であり、わずか一口で戦闘行動に必要な栄養価が賄えるという優れものだ。しかも、空腹感も紛れるため、長時間の戦闘行動には必要不可欠である。
「そりゃ完全栄養食だけどな」
羽張四郎は、苦笑交じりにいった。彼は十九歳で、吉行の一つ年下だが、星央魔導院以来の付き合いもあって、ため口らしい。中肉中背。黒髪に黄土色の虹彩を持つ青年である。
「お腹は満たされるのに、なんだか食べた気にならないよね」
村雨紗耶も、吉行の反応に笑う敷かないと行った様子だ。彼女も十九歳で、真の一つ年上だ。小柄ということもあれば、童顔ということもあって、真よりもずっと年下に見られることも少なくない。そしてそのことを少しだけ気にしているらしい。
桃色の頭髪を二つ結びにしているのも、外見年齢を低下させている原因だろうが。
そんな草薙小隊の面々とは、この一ヶ月以上の付き合いになる。
真が小隊の隊員募集を行ったのが九月の頭だ。それから日々の通常任務をこなし、あるいは訓練に明け暮れながら九月を過ごした。
十月に入り、第十一衛星拠点が任地となれば、連日連夜、衛星任務に訓練にと多忙な日々を送ることになると思っていたのだが、そうではなかった。
第十軍団には、オトロシャ領・恐府への先行攻撃任務が言い渡されたのだ。
それは、いうなれば恐府という強大な〈殻〉を制圧するための前哨戦であり、攻略に必要な橋頭堡たる拠点を築き上げる作戦であった。
十月の頭から何度となく繰り返された攻撃作戦は、そのたびに失敗に終わっている。
〈殻〉内部に戦団の前線基地を作り上げるなど、土台無理な話なのではないか、と、導士たちのだれもが考えるのだが、しかし、恐府の巨大さを考えれば、やはりこの方法しかないのではないかとも思うのだ。
少しずつ〈殻〉内部を切り取り、戦団の陣地を拡大していき、一体、また一体と鬼級幻魔を討伐していく。
そうしてオトロシャ軍の戦力を削ぎ取った上で、最終決戦へと持ち込む――というのが、作戦部が立案し、上層部が承認した戦略なのだ。
仮に戦団がもっと潤沢に戦力を投入できるのだとしても、〈殻〉攻略となれば、慎重にならざるを得ないのは当然のことだろうし、結局はこのような戦術を取らざるを得なかったに違いない。
〈殻〉を攻撃するということは、殻主たる鬼級幻魔を刺激するということだ。
オトロシャ軍との全面戦争となれば、戦団側に勝ち目があるのかどうかもあやしい。
なんといってもオトロシャ軍は、四体の鬼級幻魔を抱え、スルト軍を遙かに上回る幻魔を戦力としているのだ。
一千万どころではない大量の幻魔が、この広大な〈殻〉のそこら中に潜んでいる。
だが、だからといって、放っておくことも出来ない。
恐府は、央都近郊における最大規模の〈殻〉であり、別の小規模の〈殻〉を攻略する場合でも、決して無視できる存在ではないのだ。
龍宮戦役時、戦団がもっとも注視していたのは、恐府の動きだった。
恐府に隣接する第五、第十、第十一衛星拠点の導士たちは、オトロシャ軍が龍宮戦役に乗じて動き出さないものかと警戒し、いつでも戦力を派遣できるように手を打っていたのだ。
だが、オトロシャ軍は、動かなかった。
『想定通りにな』
戦後、そのように語ったのは、神木神威である。
オトロシャ軍は、この五十年、まともに外征を行った記録がなかった。
近隣の〈殻〉から攻め込まれたときには反撃し、撃退せしめているのだが、オトロシャ軍そのものが能動的に動くということはなく、記録されているのは受動的、消極的な対応ばかりだった。
反撃のためだけに、戦力が動員されているのだ。
故に、央都が、人類生存圏が維持され続けているといっても過言ではない。
オトロシャ軍がもっと能動的であり、外征に活発だったのであれば、央都を維持することなどできなかったのではないか。
そして、そんな受動的な〈殻〉だからこそ、こうして何度となく攻め込むことができているのである。
今回、四度目の攻撃を行っている最中である。
本来であれば、殻主たるオトロシャが怒り狂い、膨大な戦力を央都に差し向けてきても、おかしくはなかった。
しかし、オトロシャ軍に大きな動きがない。
「まるで〈殻〉の外に興味がないかのようだが」
「本当、不思議よねえ」
「でも、おかげで助かってもいるんだよねえ。まったく馬鹿げた話だけど」
「馬鹿げていても、こればかりはどうしようもないことです」
部下たちと会話しながら、真は、飲み物を口に含んだ。この飲み物もまた栄養価満点であり、喉から胃に染みこめば、体内に浸透し、全身の細胞という細胞を活性化させるかのようだ。実際にはそんなことはないのだろうが、魔素生産量が増幅するというのは事実である。
そうして大量生産された魔素を魔力に練り上げておくことで、つぎの作戦に備えるのだ。
「幻魔たちに生殺与奪の権利を握られているのは、間違いありませんから」
喉を潤して、真は、いった。
この魔界で人類が生存できているのは、幻魔たちの気まぐれの結果に過ぎない。
この世界に数多といる鬼級幻魔たちが、人類殲滅のためにこぞって押し寄せれば、それだけで央都は終わる。
それほどまでの危うさの中を漂っているのが、人類なのだ。