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第八百三十八話 先行攻撃任務(一)

 恐府きょうふは、央都近隣における最大規模の〈クリファ〉である。

 鬼級幻魔おにきゅうげんまオトロシャが殻主かくしゅとして主宰しているその〈殻〉は、ムスペルヘイムのように多数の〈殻〉を攻め滅ぼし、あるいは併呑へいどんすることによって領土を拡大してきたという歴史があるのだといわれている。

 オトロシャには、三魔将と呼ばれる三体の鬼級幻魔が付き従っており、オベロン、トール、クシナダという。

 トールは、北欧神話ほくおうしんわに登場する最高峰の神の名であり、その名の由来の如く、雷を操るらしい。

 クシナダは、日本の神話に登場する女神・奇稲田姫くしなだひめからその名を取っていると考えられる。

 オベロンは、文学や伝承の中に登場する妖精王の名であり、由来はそれだろう。

 鬼級幻魔の多くが、みずからなにかしらの神話や伝説に登場する神、悪魔、怪物などからその名を取っているというのは、やはり幻魔たちに命の源となった人間の記憶が情報として残っているからではないか、と、考えられている。

 中には自ら考えた名を名乗る鬼級幻魔もおり、オトロシャは、そんな名の由来のわからない鬼級幻魔の一体だ。

 オトロシャに関しては、正体も能力も不明、現在オトロシャ領・恐府のどこにいるのかもわかっていない。

「そもそも、恐府自体、この数十年、まともに活動していないもの。オトロシャの正体を掴めなくても仕方がないのよ」

 朱雀院火倶夜すざくいんかぐやが、対岸にうごめくく幻魔の群れを睨み据えながら、弟子に聞こえるようにささやいた。

 草薙真くさなぎまことは、そんな師匠の心遣いに感謝しながら、意識を集中させる。

 十月も半ばを迎えたが、第十軍団の作戦は、一進一退いっしんいったいといった有り様であり、遅々として進んでいない。

 この十月、朱雀院火倶夜率いる第十軍団は、第十一、第十二衛星拠点の担当となった。軍団長の火倶夜は第十一衛星拠点に入り、弟子の真もそれにならったのだ。師弟である以上、当然のことではあるが。

 そして、草薙真は、先頃、輝光きこう級三位に昇格したことによって、小隊を率いるようにと火具夜から厳命され、小隊を結成した。

 小隊名は、草薙小隊。

 草薙小隊には、第十軍団の中でも選りすぐりの人材が集まっていると言っていいだろう。

 攻手こうしゅ布津吉行ふつよしゆき補手ほしゅ羽張四郎はばりしろう防手ぼうしゅ村雨紗耶むらさめさやの三名であり、真は、もう一人の攻手を担当している。

 そんな草薙小隊が火倶夜率いる先行攻撃部隊の一員として、最前線へと至ろうとしている最中であった。

 黎明れいめい

 まだ太陽は昇っておらず、朝焼あさやけすら遥か遠い時間帯だ。

 横幅の狭い川を流れる水のどす黒さは、ここが魔界の真っ只中であることを忘れさせないくらいには凶悪だった。河岸に剥き出しになった地面は赤黒いし、並び立つ結晶樹の数々も、空白地帯ならではの光景と言えるだろう。

 そして、その川向こうに蠢く幻魔の数々は、戦団の攻撃部隊が接近していることを察知したからこそに違いない。

 迎撃のための戦力が、手配されている。

「リリスすら、オトロシャがどういった幻魔なのかわかっていなかったみたいだものね」

「そして、だからこそ、リリスはオトロシャに細心の注意を払い、警戒し続けた。バビロン北東の防御が強固だったのがそのなによりの証拠……でしたよね」

「んー……」

「師匠?」

 真は、火倶夜のなんともいえないような反応が気になり、そちらに向き直った。

 火倶夜率いる先行攻撃部隊は、全部で百名の導士で成り立っている。

 第十軍団に所属する導士は、約一千名。そのうち五百名が第十一、第十二衛星拠点に振り分けられている。

 つまり、第十一衛星拠点の任務についている導士のうちの二割が、今回の作戦に駆り出されたというわけだ。

 導衣を着込み、法機を携えた導士たちが、軍団長の指示を待ち、息を潜めている。律像を展開すれば、それだけで幻魔たちを刺激することとなり、開戦の合図となるのだから、魔力を練り上げることしかできないという有り様だった。

そらんじられるほど、説明してた?」

「ええ、まあ」

「そっか。そうだったわね」

 火倶夜は、真の返事にうなずくと、静かに息を吐いた。

 オトロシャ領・恐府への攻撃は、今月に入って、既に三度目である。

 戦団がオトロシャ領を攻撃し、恐府を攻め滅ぼすと宣言したのが、八月末の絢爛群星大式典けんらんぐんせいだいしきてんでのことだ。

 央都が現在の広さにまで拡大してからというもの、三十年近くもの長きに渡って、守りに徹してきた。それもこれも、人類復興のためであり、人口を増加させ、央都を安定させるためにほかならないが、央都市民がそんな戦団のやり方に閉塞感へいそっかんを覚え、不安を抱くのも無理からぬことではあった。

 なにより、ここ数ヶ月間の大規模幻魔災害の頻発が、央都市民を不安に駆り立てたのだ。

 もっとも、外征がいせいに踏み切ったのは、なにもそうした市民の反応を受けてのことではない。

 戦団は、以前よりオトロシャ領への侵攻計画を企てていた。何度となく〈殻〉内部に戦力を送り込み、前線基地を作り上げて見せては、破壊され、後退を余儀よぎなくされてきたのである。

 恐府は、央都近隣最大の〈殻〉だ。

 当然、恐府の動員兵力は、他の〈殻〉の非ではない。龍宮りゅうぐうは当然として、ムスペルヘイムとも比較にならないほどの総戦力を誇る。

 オトロシャを含め、四体もの鬼級幻魔がいるのだ。

 恐府を制圧するというのであれば、全ての鬼級幻魔を打倒するというのであれば、相応の戦力が必要であり、それはすなわち、十二名の星将を動員しなければならないのではないか、ということになるのだが。

 そんなことができるわけもなく、故にこそ、今回のような攻撃作戦が展開されてきたのである。

 少しずつでもオトロシャ軍の戦力を削り取っていこうというのだ。

「皆、準備はいいわね?」

 火倶夜は、部下たちの返事を待たずして律像りつぞうを組み上げると、川向こうの幻魔たちが騒ぎ出す様を見た。幾重いくえにも怪物じみた咆哮ほうこうが響き渡り、無数の律像が展開されていく。

 そしてそれは、こちら側でも同じだった。

 導士たちの雄叫びにも似た声とともに魔法の設計図が次々と組み上がっていけば、真っ先に攻撃を繰り出したのは、火倶夜である。

参式さんしき焔凰翔えんおうしょう!」

 火倶夜の紅い髪が舞い上がり、その狭間に火の粉が揺らめいたかと思えば、頭上に出現した火の鳥が猛烈な火気かきを撒き散らしながら飛んでいった。

 火の鳥がそのまま対岸の敵陣へと突っ込んで爆炎を拡散させ、幻魔たちをわめかせたのも束の間、次々と攻型魔法が後に続いていく。

 攻型魔法による一斉攻撃は、やや一方的なものとなり、多数の幻魔が断末魔の声を上げながら絶命していった。

 一方、幻魔たちの魔法攻撃は、何重にも展開された防型魔法によって防がれ、先行攻撃部隊側は誰一人として負傷しなかった。

 火倶夜は、敵陣に穴が開くのを見ると、透かさず進軍を命じた。小川を飛び越え、そのまま飛行魔法を唱えると、〈殻〉の中への侵入を果たす。

 瞬間、全身が強張こわばるような感覚にさいなまれたが、それも毎度のことではあった。

 〈殻〉特有の阻害効果という奴だ。

 〈殻〉とは、一種の結界であり、空間展開型の星象現界せいしょうげんかいに等しいものだという。空間展開型同様、結界内になんらかの力を付与しているのであり、殻印かくいんを持つものには良い影響が、殻印を持たざるものには悪い影響が出るのだと考えられている。

 そして、恐府の阻害効果が、この全身を強張らせるような感覚であり、神経を磨り減らされるような力なのだ。

 火倶夜は、〈殻〉内に降り立つと、まず周囲広範囲に炎の壁を張り巡らせた。そして、部下たちが到着するのを待っている間に、つぎの魔法を練り上げる。

 万が一にも鬼級幻魔が出てこないとも限らないので、星神力せいしんりょくへの昇華も怠らない。ただし、星象現界は取っておく。いま星象現界を使えば、この攻撃作戦はあっという間に崩壊してしまうだろう。

 星象現界の発動に伴う星神力の消耗は、極めて激しく、大きいのだ。

「三度目の正直になるといいんだけど」

「四度目ですよ、師匠」

 などと突っ込んできたのは、当然のように真だ。草薙小隊は、火倶夜につかず離れず行動するように厳命している。

「相変わらず、手厳しいわね」

「普通ですが」

「そういうところがある意味可愛いわ、本当」

「お褒め頂き、光栄です」

「ええ、本当」

 弟子と軽口を叩き合いながら、火倶夜は、恐府の毒々しい光景を見つめていた。


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