第八百三十六話 クニツイクサ(十五)
「こちらは、天燎十四郎さんや。今回、高天技術開発の責任者として同行されとる。まあ、なんやかんやで有名な人やから知っとるわな」
「はい」
「十四郎はん、こいつがうちら第九軍団期待の星にして超新星にしてあの若き英雄の兄弟、皆代統魔です」
「存じ上げております。御活躍の程も」
「まあ、当然でっしゃろな」
「……ええと」
統魔は、朝彦の勢いにこそ当惑した。
朝彦は、統魔を天燎十四郎に紹介するために呼び寄せたようなのだが、その勢いと熱量には、統魔のみならず周囲の人間まで閉口してしまうのではないかと思えるほどだった。
十四郎は、天燎財団の理事長である。その名を聞かずとも知っていたし、紹介されるまでもないとは思っていが、とはいえ、立場もある。
統魔は、煌光級三位なのだ。今回動員された導士の中で、朝彦に次ぐ階級である。
十四郎は、ふくよかな体型の人物であり、柔らかな表情が彼の兄である天燎鏡磨とはまるで正反対の印象を受けた。顔立ちこそ多少似ているが、血の繋がりを感じるのは、それくらいだ。
統魔と同じく、朝彦の勢いに押されている様を見れば、同情を禁じえない。
朝彦のアクの強さは、初対面の人間には厳しいものがあるかもしれない。
統魔の脳裏に、朝彦と初めて対面したときの記憶が過った。星央魔導院時代の記憶。将来導士になるであろう学生たちに、導士としての心構えを説くべく教壇に立ち、熱弁を振るった朝彦の姿は、機能のことのように思い出せる。
ある程度実力のある導士ならば、教壇に立つことも決して珍しいことではない。
人を教え導くのもまた、導士の使命だ。
「で、こちらは、天原竜彦はん。高天技術開発技術部門の部門長で、クニツイクサの開発責任者らしいわ」
「初めまして、天原竜彦です。こうして皆代煌士に挨拶できるだなんて、光栄すぎて言葉になりません」
「どうも、よろしく」
統魔は、十四郎の隣に立っていた若い男と挨拶を交わした。十四郎とはまるで異なる、すらりとした長身が特徴的な人物だ。清々しさが服を着ているような男で、統魔に向ける笑顔にも嘘はなさそうだった。
二十代から三十代くらいだろうか。外見から年齢を判別することの困難なこの時代において、そんな見立てになんの意味もないのだが。
「で、こちらはイリアはん。戦団技術局第四開発室長で――」
「わたしまで紹介する必要ないでしょ」
「せやけど、その場のノリっちゅうもんが――」
「ないわよ」
にべもないイリアの言葉に、朝彦は、むしろ嬉しそうな顔をした。
イリアの前でならば、いくらでもボケ倒せる。そんな確信が朝彦にはあるのだ。
『今回の任務は、これまで都合五回行われてきたクニツイクサの運用試験、その六回目や』
朝彦の声を通信機越しに聞きながら、統魔は、光都跡地の荒れ果てた様子を見渡していた。
この廃墟は、光都事変によって破壊され尽くした都市の残骸だが、ルナの正体を確かめるために行った実験の際、さらに徹底的に崩壊していったことは記憶に新しい。
半壊状態だった光都タワーが根こそぎ吹き飛ばされたことに始まり、あらゆる場所に致命的な損害が叩き込まれている。
天使型幻魔オファニムとの激闘、そして悪魔アザゼルとの死闘によってもたらされた破壊の爪痕は、いまもなお、生々しく残っている。
そんな廃墟のただ中へと悠然と移動しているのが、白銀の巨人たちだ。
そして、全十小隊四十二名の導士が、その様子を見守っているのである。
『クニツイクサは、戦団にとっても重要な兵器になるようやからな。完璧なものに仕上げてもらわなあかん。イクサみたいに暴走されたら困るからな』
「とはいえ、ぼくたちになにができるっていうんだか」
「なにもできることなんてないだろ」
剣の疑問に対し、枝連が渋い顔でいった。
皆代小隊一同は、倒壊した高層建造物の上に立ち、機械仕掛けの巨人たちが歩いて行く様を見下ろしている。
クニツイクサは、右手に大刀を持ち、左手に大型の銃を抱えている。大刀にせよ、銃にせよ、F型兵装によく似ているのは、第四開発室の影響なのか、どうか。
「だよねー。これまでの運用試験だって、だいたいなにもなかったて話だし」
「とはいえ、警戒しないわけにはいきませんが」
『まあ、気楽に構えとったらええわ。こっちには未来の大英雄様がおるからな!』
などという朝彦の放言には、統魔も苦い顔をするほかなかった。
「……だれだよ」
「統魔のことじゃないの?」
「そうそう、たいちょーのことだよ、きっと」
「はあ……」
統魔は、ルナや香織の反応を受けて、小さく息をつく。
朝彦が統魔に対して英雄だなんだといってくるようになったのは、龍宮戦役以降のことである。
龍宮戦役は、真星小隊を若き英雄に押し上げた。彼らは、同世代の導士の中でも飛び抜けた戦果を上げたのである。
殻石の破壊、すなわち鬼級幻魔の討滅を成し遂げたといっても過言ではない。
それはまさに英雄的大活躍というほかなく、双界全土が真星小隊の話題一色になるのも当然だった。
統魔にしてみれば、幸多が活躍し、話題をかっさらったという事実が嬉しかったし、英雄の如く扱われている報道を見るたびにほくそ笑んでいたのだが。
朝彦には、少々、面白くないことらしい。
『皆代は煌光級やねんけどなあ』
などとぼやく朝彦の姿を見たときには、統魔は、なんともいえない顔になったものである。
朝彦は統魔のことを評価してくれていて、だからこそ、統魔こそその世代の頂点に君臨するべきだ、とでも考えている節がある。
そんな杖長のことは嫌いではないし、むしろ好感しかないのだが、とはいえ、統魔は英雄になりたいわけではなかった。
統魔の目的は、幻魔への復讐だ。
それだけが全てであって、それ以外なにもないのだ。
活躍したいとか、評価されたいとか、そんなことは一度だって思ったことはなかった。
煌光級導士という肩書きすらも、どうでもいい。
ただし、幻魔討伐に必要不可欠なものだというのであれば、是が非でも欲しいとなるものだろうし、実際、こうした肩書きが重要だということもわかっている。
肩書きとは、実績の形なのだから。
『獣級幻魔カーシーを確認。十体です』
『たった十体かいな』
『獣級幻魔ガルム、カソの出現を確認しました』
『お、まだまだおるな』
躑躅野南と朝彦の掛け合いを聞きながら、統魔は、四機の巨人が幻魔と対峙する様を肉眼で見ていた。ルナが統魔の腕にしがみついてくるが、いつものことだと放っておく。
晴れやかな空の下、吹き抜けるのは寒風であり、真冬のような冷気が渦巻いている。陽光は烈しく、夏の日差しを思わせるのだが、気温は一向に上がらない。
禍々《まがまが》しいまでの寒気の中、四機の巨人たちが、前後左右を幻魔の群れに取り囲まれていく。
地上、空中、あらゆる空間を埋め尽くす幻魔の群れ、群れ、群れ。
四機のクニツイクサは、前後左右に転回すると、西洋甲冑の兜を思わせる頭部のカメラアイを光らせた。即座に乾いた発砲音が連続し、無数の弾丸が幻魔の集団を散らせていく。直撃した弾丸もあれば、躱されたものも少なくない。
もっとも、弾幕は、ただ攻撃のためだけに張り巡らされたわけではなさそうだ。
幻魔の群れが放った攻撃魔法を撃ち抜き、破壊することで無力化していくのである。半実体ともいえる魔力体ならば、銃撃や斬撃で破壊可能なのだ。
攻防一体の弾幕は、幻魔を寄せ付けず、一方的かつ圧倒的な展開を押し付けていくかのようだ。
「獣級程度なら楽勝ってのは本当なんだな」
「しかも遠隔操作だっていう話だし、あれがもし大量生産された暁には、情勢にとんでもない変化が起きそうだよ」
「情勢……か」
「もちろん、導士が不要になる時代が来るのだとすれば、まだまだ先の話になるんだろうけれど」
『そんな日が来るのだとすれば、それこそ、幻魔が滅ぼし尽くされた先の話よ。本当に遠い未来。わたしたちの子や孫の時代でも辿り着けないくらいの遥か彼方』
突如、イリアが小隊の会話に割り込んできたものだから、統魔たちは顔を見合わせた。
クニツイクサが銃撃でもって幻魔の群れを蹴散らし、数が少なくなったところで近接戦闘に切り替える様を見届けながら、イリアの通信を聞く。
『クニツイクサは、現状、妖級に食い下がれる程度の戦力でしかないのよ。鬼級なんて相手にできるはずもない。そして、クニツイクサが鬼級を撃破できるほどの力を得るには、大いなる技術革新が必要でしょうね』
「つまり、導士の価値は当分の間変わりようがないということですね」
『そういうことよ。でもまあ、クニツイクサが量産できれば、そうね……市内の防衛に関しては、さらに万全になるでしょうし、導士の負担が減るのも間違いないわ』
「だから博士も全面的に協力している?」
『わたしだけじゃないわ。戦団そのものが協力しているのよ。これまでがそうであったようにね』
イリアからの通信が終わったときには、クニツイクサは幻魔の群れを殲滅していた。
ただしそれは第一波である。
この廃墟には、まだまだ多くの幻魔が潜んでいた。