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第八百三十五話 クニツイクサ(十四)

 光都事変こうとじへんが起きたのは、およそ五年前のことだ。

 企業連きぎょうれんが打ち立てた自由都市構想じゆうとしこうそう、その実現に向けた第一歩として開発されたのが、光都である。

 希望の光に満ちた都市であるそれは、大和やまと市外の空白地帯南東部に作られた。

 小さな都市だったが、企業連が戦団の支配を脱却する第一歩としては、十分すぎる成果といえた。

 一万人ほどの住民の大半が、企業連に所属する各企業から出向してきた社員であり、その家族であったが、中には光都に人類の未来を見出し、応募してきた央都市民もいたようだ。

 光都は、まさに希望の光に満ちていた。

 光都の成功によって、戦団に支配されざる自由都市が次々と誕生し、企業がさらなる発言力を得られるはずだった。

「が、失敗した」

 天燎十四郎てんりょうとうしろうは、眼下に横たわる廃墟の無惨むざんな有り様に渋い顔をせざるを得なかった。

 かつて光都と呼ばれた都市は、いまや瓦礫と残骸に満ちた廃墟と化しており、多数の幻魔が棲息しているという話だった。幻魔の隠れ家になっているのだ。

 かつて、光都の中心にそびえ立ち、象徴として光を放っていた光都タワーも、根底から破壊され尽くしてしまっている。

 もっとも、それは光都事変のせいではなく、しばらく前、この光都跡地で起こった戦闘が原因ということだったが。

「当然の結果だな」

「当然、ですか」

 曽根伸治そねしんじは、十四郎の怜悧れいりな眼差しが、遥か地上に向けられている様を見ている。

 二人は、戦団が用意した空飛ぶ船の中にいて、そこから地上の様子を見下ろしているのだ。

 トリフネ級輸送艇・天舞てんぶ

 まさに空飛ぶ船は、その巨大な船体の側面から光の翼を展開しているのだが、十四郎たちの座席からはその様子は見えない。それが残念だと戦団の関係者にいえば、苦笑されたものだった。

「企業連ははやり過ぎた。あの頃、戦団の央都防衛構想も不完全極まりないものだった。空白地帯がほとんど手つかずの幻魔の巣窟だったという話じゃないか。だというのに、空白地帯に進出するなど、正気の沙汰しょうきではない」

「ですから、天燎は手を引いた」

「そうだよ。天燎は、光都には参加しなかった。光都の一時的な成功を目の当たりにした企業連の愚物どもは、天燎の見込み違いを嘲笑あざわらったが……」

「結果は、天燎の見込み通りだった、と」

「それを喜ぶようなことはしないがね」

 十四郎と曽根伸治の会話は、天舞の着陸によって打ち切られた。

 天舞は、光都跡地近郊に降り立つとともに、光の翼を霧散させた。

 

 天燎十四郎は、天燎財団の新規事業・高天技術開発たかまぎじゅつかいはつの責任者である。

 高天技術開発は、財団が誇る技術者集団〈思金おもいかね〉の主要人員だけでなく、さらに各種関連企業から集めた選りすぐりの技術者たちによって構成されている。

 まさに天燎財団の未来を背負っているといっても過言ではないのだ。

 高天技術開発の成否が、財団の将来を決めるのだから。

 高天技術開発の当面の目標は、汎用人型戦術機はんようひとがたせんじゅつきクニツイクサの完成である。

 クニツイクサの完成でもって、財団は、央都防衛構想への本格的な参入を果たすのであり、そうした発表に伴い、企業連にも様々な動きが出ていた。 

 戦団が主導し、実行する央都防衛構想へと参画を果たした企業は、これまで一つとしてなかった。

 というのも、企業連が戦団を敵視していたからにほからなず、央都の勢力争いにこそ血眼ちまなこになっていたからだろう。

 それでは人類に未来はないと判断した天燎財団は、戦団と協力することへの方針転換を行い、その第一弾としてクニツイクサの開発を始めたのである。

 クニツイクサは、形となり、戦団のお墨付きを得た。

 しかも、クニツイクサの欠点に関しては、戦団技術局第四開発室長・日岡ひおかイリアから指摘され、改善案も提示されている。

 クニツイクサは、高天技術開発だけではなく、戦団技術局の協力を得て、完成へと近づきつつあるのだ。

 そして、クニツイクサの開発に関してもっとも重要なことといえば、戦団の全面的な協力により、実戦形式の起動試験を行うことが出来るという点だろう。

 これまで何度か行ってきた起動試験は、幻想空間上の起動試験ではわからなかった問題点が浮き彫りになり、それらを解決することによってクニツイクサの性能そのものが大幅に向上したのである。

 そうして何度となく改良が加えられたクニツイクサの五度目の起動試験が、この度、この光都跡地で行われることになったのだ。

 そして、その起動試験に付き合うはめになったのが、皆代みなしろ小隊を始めとする第九軍団の導士たちであり、全部で十の小隊である。

 十小隊を率いるのは、杖長じょうちょう味泥朝彦みどろあさひこだ。無論、味泥小隊の面々も勢揃いだった。

「クニツイクサ……か」

 統魔とうまは、トリフネ級輸送艇・天舞の後部昇降口から滑るようにして移動していく白銀の巨人たちを見遣りながら、その名をつぶやいた。

「かっこよ」

「そうですか?」

「わたしも悪くないと思うな」

「うむ。見た目は悪くはない」

「そうだね」

 合計四機のクニツイクサが配置につく様を見届けた部下たちの反応は、上々だ。

 これまでクニツイクサに関する報道は、数多とあった。

 天燎財団が新規事業・高天技術開発を立ち上げ、さらに戦団への協力を約束したことは、大々的に報道された。

 クニツイクサの騎士然とした風貌や、イクサの名を冠することへの説明もまた、何度となく取り上げられている。

 クニツイクサがなぜ、悪名高いイクサの名を受け継いでいるのか。

『イクサは、天輪技研の、いえ、天燎財団が犯した罪そのものです。イクサの開発によって多くの人々を傷つけ、命を奪った事実は、決して拭いきることの出来ないもの。だからこそ、わたくしどもは、イクサの名を掲げるのです。このクニツイクサが、必ずやイクサの名を輝かしいものへと変えてくれでしょう』

 そんな天燎十四郎の表明は、一部では好評を博したようだが、反発する声も少なからずあっただろう。

 とはいえ、クニツイクサを掲げて央都防衛構想への参画を発表したことは、財団そのものの評判を高めることになったのは間違いない。

 財団は、その央都有数の財力を央都を防衛するために投入すると宣言したのである。

 それを評価しない市民など、いるはずもない。

 市民にとってもっとも重要なのは、安穏たる日常生活であり、そのために尽力してくれる人や企業を応援こそすれ、否定することなどありえないのだ。

 クニツイクサは、瞬く間に希望の象徴となった。

 央都防衛構想への参加表明は、イクサの悪印象を塗り替えるのには十分すぎる力を持っていたということだ。

「おう、皆代。元気か?」

 不意に話しかけられて、統魔は、きょを突かれたような気分になった。顔を向ければ、味泥朝彦が歩み寄ってくるところだった。

「ぼちぼちです」

「全然元気あらへんやんけ。もっとはきはき喋らなあかんで、自分」

「杖長のようにはいきませんよ」

「なんや、まるでおれがあれみたいやんけ」

「あれ?」

「あれやあれ、なんやったかな」

「隊長、皆代煌士(こうし)を困らせないでくださいよ」

「だれが困らせとんねん」

「隊長」

「なんでやねん」

 統魔は、相も変わらぬ朝彦と躑躅野南つつじのみなみとのやり取りに圧倒されるような気分になった。

 朝彦と直接話す機会がないわけではないし、なんなら、昨日訓練してもらったばかりだ。

 それなのに朝彦は、まるで久々に会ったかのように振る舞ってくるものだから、戸惑ったのである。

「杖長、相変わらずだね」

「まったくだ」

「圧倒されるよねえ」

「面白い方ですよね」

「うんうん」

 朝彦の評判そのものは、皆代小隊では上々だが、他軍団にはそのあくの強さにうんざりする導士がいないわけではない。

 第九軍団の導士のほとんどが慣れてしまったから、感覚が麻痺しているというのもあるのだろうが。

 朝彦が天燎十四郎、日岡イリアの元へと向かい、なにやら話し込んでいる様子を見ていると、不意に統魔に目を向けてきた。

 その上、手招きしてきたものだから、統魔は部下たちと顔を見合わせることになった。


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