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第八百三十二話 九十九兄弟と九月機関(二)

「きみたちは、ここにいる間、何度となく実験を受けてきたことを覚えているね?」

「お、おう」

「はい」

 九十九つくも兄弟がうなずくのを見て、静馬しずまは、優しく微笑んだ。

 彼にとって、真白ましろ黒乃くろのの二人は、我が子同然である。もちろんそれは、この九月機関くがつきかんが育て上げてきた多くの魔法士たちにも言えることだ。

 妖精の城(アールヴヘイム)で育った魔法士たちは、数多い。

 そのうち、導士として活躍中のものも少なくなかったし、杖長じょうちょうとしてその圧倒的な魔法技量を振るうものもいた。

 第八軍団の杖長・矢井田風土やいだかざと南雲火水なぐもひすいがそうだったし、第十二軍団の副長・水谷亞里亞みずたにありあも九月機関の出身である。特に水谷亞里亞は煌光級こうこうきゅう一位ということもあり、次の星将(せいしょう)の候補として最初に名が上がるほどの人材である。

 それほどの人材を輩出はいしゅつしているからこそ、九月機関は戦団に重宝ちょうほうされているのだし、関係性も良好なのだ。

 そして、九十九兄弟である。

 第八軍団に所属していたころは、小隊を転々としていた問題児として有名だったという話だが、夏合宿を経て第七軍団へ移籍した二人は、真星しんせい小隊の一員として大活躍している真っ只中だった。

 龍宮戦役りゅうぐうせんえきでの英雄的活躍は、静馬の想像を遥かに超えるものだったし、二人が無事に帰ってきてくれて本当に良かったと心の底から想ったものである。

 龍宮戦役では、百五十五名もの戦死者が出ている。

 生き残れただけでも十分過ぎるというのに、二人は無傷で戦い抜いたというのだから、さすがというべきか、なんというべきか。

 静馬は、二人を散々に褒め称えたが、真白も黒乃もなにやら気恥ずかしそうにしていたものだった。

 そんな二人のためにしてあげられることはなにかと考え抜いた末、静馬は、語りだしたのである。

 彼らが知らず知らずに参加していた実験について。

「きみたちが参加してきた実験は、魔導強化法まどうきょうかほうのさらなる可能性を探るものでね、魔法に深く関わるものなんだよ」

「魔導強化法のさらなる可能性……」

「それは一体……?」

「魔導強化法は、ネノクニの統治機構が地上への再進出を目的として研究、開発したもので……そのころの呼称が異界環境適応処置いかいかんきょうてきおうしょちだということは、きみたちもよく知っているはずだね。魔導強化法と名を改めたのは戦団で、さらに独自に改良を施し、第二世代、第三世代と深化していったんだ。そしてそれには、九月機関も大いに協力している」

 魔導強化法の改良は、この魔界を生き抜くために必要不可欠な要素だと考えられた。

 なんといっても、この魔界は、幻魔によって埋め尽くされている。天も地も、海の底までもが幻魔の領土であり、幻魔の楽園なのだ。

 幻魔にとっての楽園は、人類にとっての地獄にほかならない。

 人類が幻魔を凌駕りょうがするだけの力を得るためには、やはり、人間という種そのものを改良し、強化していく以外に道はないのではないか――そのような結論に至ったとして、なんの不思議があるだろう。

 そもそも、魔導強化法なくして生きていけないのが、この世界の現状なのだ。

 地球上の魔素濃度を低減させる方法があるのであればまだしも、そうではない以上、魔導強化法に頼る以外にはなく、魔導強化法をこそ強化改良し、人類全体の生命力を高めていくべきだと戦団は結論づけた。

 その結論に、静馬も全力で同意している。

 魔導強化法による人体の強化、魔法士として必要なあらゆる能力の強化こそ、幻魔を討ち滅ぼし、再び人類の世を取り戻すために必要な手段なのだ、と。

 そのために散々研究し、実験を繰り返してきたのが九月機関であり、それら研究成果が水谷亞里亞や火水、風土たちなのだ。

 九十九兄弟も、研究成果である。

「魔導強化法の新たな可能性が、きみたちもよく知る亞里亞くんや火水くん、風土くんのような新世代の魔法士の誕生なんだ」

「新世代の魔法士……」

「なるほど」

 静馬の説明に唸るようにつぶやく真白の隣で、黒乃は大いに頷いた。

 新世代の魔法士という言葉の意味は、水谷亞里亞や南雲火水、矢井田風土の能力からわかる。

 水谷亞里亞は、水属性に特化した魔法士である。

 通常、魔法士というのは得意属性があり、不得意属性があるものだ。得意属性の魔法は極められるが、不得意属性の魔法はやはり苦手で、あまり上手く扱えない。それ以外の属性は、それなりに使える。それが魔法士の通例である。

 亞里亞は、水属性以外の魔法が全く使えないのだ。

 しかし、だからこそなのか、亞里亞の水属性魔法は、星将にも引けを取らないほどの威力、精度を誇り、故に彼女はいまや次代の星将候補筆頭に挙げられるほどなのだ。

 火水と風土は、魔法学の根本とされた双極性原理そうきょくせいげんりを打破した魔法士たちである。

 魔法の属性の中には、反発し合う属性がある。

 それを双極属性と呼ぶ。

 火、水、風、地、雷、氷、光、闇――八大属性とも呼ばれるそれらの魔法の性質は、火と水、風と地、雷と氷、光と闇で反発し合っており、それらを同時に極めることはできないといわれていたのだ。

 それを平然と成し遂げて見せたのが、火水と風土だ。

 二人は、双極属性の魔法を高水準で使いこなしており、それまでの魔法学、魔法の定説を覆した存在といっていい。

 そして、それこそ、九月機関における研究と実験の結果なのだろう。

「じゃあ……もしかするとぼくたちに得意属性がないのも……」

「そう、研究の成果だよ。きみたちは、機関が誇る新世代の魔法士なんだ」

「新世代の……」

 黒乃は、静馬の言葉を反芻はんすうしながら、考え込んだ。脳裏のうりを過るのは、子供のころから行われてきた様々な実験の光景だが、それがどのようなものなのか朧気なのは、結局、内容が理解できていなかったからだろう。

 真白が、そんな黒乃を横目に見て、ついで静馬を睨んだ。

「なんで、黙ってたんだ? おれは義一ぎいちに知らされるまで光属性が得意だと教えられてたし、そう信じてたんだぜ?」

「ぼくは闇属性が得意だって……それで……」

「済まなかった」

 静馬が深々と頭を下げてきたものだから、九十九兄弟は、戸惑った。

「え?」

「なんで謝るんだよ……」

「いままで黙っていたからだよ。それが親心だと想っていた。きみたちに施した実験が正しく機能していたのだとしても、きみたちに余計な不安を抱かせたくはなかったんだよ」

「余計な心配って……するか?」

「わからない……わからないよ、ぼくには」

 真白に問われ、黒乃は肩を落とした。自分たちがなんらかの実験を行ってきたということは理解していたが、それが自分の根幹に関わるものだとは想像もしていなかったのだ。

 根幹。

 そう、根幹だ。

 魔法士にとって魔法とは、根幹そのものだ。

意図いとを、説明しよう」

 静馬は、九十九兄弟の様子をうかがいながら、口を開いた。二人がそれなりに衝撃を受けていることは、反応からもはっきりと見て取れる。

 しかし、黒乃の動揺ぶりも、静馬にとっては想定の範囲内だ。

「属性のかたよりを無くし、平均化することによって、あらゆる属性の魔法に精通することができるようになれば、どのような状況にも対応可能となるだろう。属性を極めることはできなくなるが、全属性を高水準で使いこなせるのであれば、極める必要性もなくなるはずだ」

「全部の属性を高水準で使いこなすよりも、ひとつの属性を極める方が単純で楽な気もするけどな」

「そうだね。きみのいう通りだろう」

「ええ?」

「全属性を高水準で使いこなすには、生半可な魔法技量では不可能だ。だから、きみたちには、えて嘘の得意属性を教えたんだよ。まずはひとつの属性の練度を出来る限り高めることに集中する方が、魔法士としての技量を高めることに繋がるだろう?」

「それは……」

「まあ、そうだったかな」

 黒乃は息を飲み、真白は大きく頷いた。

 実際、静馬のいう通りではあった。

 真白も黒乃も、単一の属性を極める方向性で魔法の修練を始めた。並外れた訓練と研鑽けんさんの日々を全て、真白は光属性に、黒乃は闇属性に注ぎ込んだのだ。

 その結果、二人はそれぞれの属性の魔法をある程度以上に使いこなせるようになった。

 最初から全属性を使いこなそうとすれば、どこかで破綻はたんしていたかもしれない。

 それが静馬のいう親心であり、九十九兄弟への気遣い、配慮はいりょなのだろうが。

「だとしても、な」

「うん……」

「正直に話して欲しかったよ、おれは」

「ぼくも……兄さんと同じ気持ちだな……」

 真白と黒乃は顔を見合わせ、初めて静馬に対して大いなる失望を感じたのだと理解し合った。

 そんな九十九兄弟の反応もまた、静馬にとっては想定通りだった。

 二人の成長速度は、静馬の想定以上のものだったし、だからこそ、こうして二人に施した属性均一法に関する説明を行ったのだが。

 全て、上手くいっている。

 静馬は、二人の機嫌を取るべく、百瀬ももせ姉妹に関する話題を振った。

 二人の妹たちもまた、順調に成長している。


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