第八百三十話 決意、新たに
通常六人で一チームの競技を五人でやることとなれば、問題になるのは、五人それぞれの役割だろう。
星門を護る守将は必要不可欠だ。守将がいなければ、相手チームに星門を割られやすくなるだろうし、点数を奪われ放題にもなる。
幸多側の守将には、二年生の松下彩良が名乗りを上げた。
対抗戦後に殺到した入部希望者の男女比は五分五分だったという話だが、圭悟たちによる選考結果は、男四名女二名になったらしい。
選考基準は対抗戦への熱意であり、その熱意が一過性のものであるかどうかを見抜くために日数を要したというのだから、圭悟たちもかなりの熱意をもっていることがわかるだろう。
幸多は一切関わっていないが、途中経過を聞かされたことはあった。誰を選ぶかで悩む米田部長の苦悩に満ちた胸中を電話越しに聞かされたところで、幸多には適切な助言を送ることもできなかったが。
そうして選び抜かれた六人の新入部員のうち、一年生は四人、二年生は二人である。
奇しくも女子生徒は二人とも二年生であり、一年生は男子生徒ばかりだった。
そして、女子生徒二名、松下彩良と藤井亜矢は幸多チームに組み込まれていた。残り二名は一年生の大田誠次と東輝久。
対する圭悟チームには、ともに対抗戦決勝大会を戦い抜いた魚住亨梧と北浜怜治が入っている。そして一年生の二名、進藤大介、三宮比呂という構成である。
圭悟チームの守将には、亨梧が名乗りを上げ、守備位置に着いた。
四人の闘手の配置はというと、両陣営ともに全く同じだった。
前衛二名、後衛二名という配置であり、後衛二名が両側に広がるような布陣となっていた。
幸多は、前衛の一人だ。これも同じチームになった部員たちからの推薦があってのことだ。
圭悟チームの前衛は、圭悟と怜治である。決勝大会に向けての大特訓を乗り越え、決勝大会を戦い抜いた二人が、幸多の今現在の実力を見てやろうという気構えだということが、その表情からもはっきりと伝わってくるようだった。
幻想空間内に構築された閃球の戦場は、光り輝く境界線によって両チームの陣地に分けられている。そして、互いの陣地がぶつかり合った中心点に、圭悟が放り投げた星球が吸い込まれるようにして配置されると、全選手が開戦のときを待った。
『準備はいい?』
「おう!」
「もちろん」
真弥の確認に圭悟と幸多が頷けば、戦場内に生じた閃光と音によって試合開始が告げられた。
幸多は、すぐさま地面を蹴って、低空を滑るように飛んだ。真武の基本技術・空脚である。幻魔との戦闘ではほとんど使うことがなくなった技だが、しかし、相手が人間ならば、そしてこちらが武装しないというのであれば必要不可欠だ。
だが、幸多が境界線上の星球に到達するより速く、星球が移動した。魔法で編まれた巨大な腕がかっ攫っていったのだ。
圭悟である。
彼は、幸多の手が空振りする様を見届けることもなく、すぐさま星球を怜治に投げて寄越した。怜治は、既に敵陣の真っ只中にいて、圭悟からの送球を受け止めると、星門へと一っ飛びに飛行する。
そこへ一年生たち、それも怜治と同じ教室の生徒たちが立ちはだかったが、怜治は、持ち前の技術力でそれを突破、星門へと肉迫した。
だがしかし、次の瞬間、手の中にあったはずの星球がなくなっていることに気づき、はっと振り向くと、幸多の後ろ姿が視界の彼方へと駆け抜けていくところだった。
「うっそだろ」
怜治は、唖然とするほかなかったが、すぐさま転進し、自軍陣地へと飛翔する。
怜治から星球を奪い取った幸多は、あっという間に圭悟軍陣地への突入を果たしたものの、眼前に圭悟を含む一年生三名が立ちはだかった。
「さすがだな!」
圭悟は、幸多の素早さに眩むような感覚を抱きながらも、しかし、これ以上はさせまいと魔法の腕を彼に伸ばした。だが、幸多は、平然とした様子で魔法の腕を蹴りつけて飛び上がり、包囲網を突破してしまったものだから、愕然とするしかない。
「はあっ!?」
あまりにも無造作で大胆な幸多の突破方法には、さすがの圭悟も思わず見惚れかけるほどだった。が、すぐに気を取り直して、幸多を追いかける。
閃球は、相手を傷つけなければどのような手段を使っても問題はない。
例えば、魔法でもって相手選手を拘束したとしても構わないのだ。
よって、圭悟が魔法の腕を幸多に向かって突進させるのも、ありふれた判断だった。
幸多は、背後に目がついているかのようにして、後方から飛来した魔法の腕を飛んで躱すと、亨梧が護る星門を前方に捉えた。空中で、ほぼ腕の力だけで星球を投げつける。
星球は、まるで閃光のように亨梧の真横を通り抜け、星門に突き刺さった。
亨梧は、呆然とするほかなかった。
幸多の投げた星球があまりに鋭すぎたのだ。
やはり、数多の死線を潜り抜けた導士の身体能力は圧倒的だったのだ。
そこから先は、幸多の独壇場といっても過言ではなかった。幸多チームの攻撃にも防御にも、幸多は全力を尽くし、大活躍をしたのである。
そして、幸多チームの大勝利に終わった。
「二桁得点はさすがにねえよ」
「おとなげねー」
「酷い英雄様もいたものですなあ」
圭悟たちが口々に言い合うのを聞きながら、幸多は、久々の運動らしい運動をしたような爽快感を覚えていた。
そして、同じチームを組んだ新入部員たちと喜びを分かちあったのだが、部員たちの目がこの上なくきらきらと輝いていたのが印象的だった。
「どうだった? 久々でしょ、閃球なんて」
真弥が、幸多の横顔を覗き見るようにしながら尋ねたのは、部活動を終え、学校を出てからのことだった。
いつも通りの帰路。
しかし、今日は普段とは違って幸多が一緒だ。そのことが、真弥には嬉しかったし、圭悟たちも同じ気持ちだろうということは、聞くまでもなくわかった。
圭悟も蘭も紗江子も、幸多のことが大好きなのだ。
たった数ヶ月の付き合いしかないが、そんなものが好意の多寡に関係するということはない。いや、多少関係するのだろうが、それにしたって、やはり好きになるかどうかは、相手との関係性次第だろう。
幸多との数ヶ月は、濃密すぎるほどに濃密だった。
それこそ、終生の想い出になるに違いないと確信するほどにだ。
「楽しかったよ、とってもね」
「そりゃそうだろ」
圭悟が口先を尖らせたのは、大量得点差で大敗を喫した側の選手だからというのもあるのだが、それ以上に幸多の圧倒的な身体能力に叩きのめされたという実感のほうが強かった。
やはり、一般市民に過ぎない圭悟たちと、日頃実戦に備えての訓練を欠かさず、死線を潜り抜けてきた猛者たる幸多とは、体のつくりそのものが違うのだろう。
根本的な身体能力の差というものを改めて認識すれば、圭悟は、幸多を素直に尊敬するほかないのだ。
「やっぱすげえよ、おまえ」
「そうかな」
「皆代くんっていつも謙遜するよね」
「もっと胸を張ってくれてもいいのにね」
「そうですよ」
「うーん……」
親友たちのそのような評価を聞く幸多の脳裏に過るのは、自分よりも遥かに上をいく導士たちの存在であり、その戦いぶりだ。
幸多は、まだまだ満足していい立場にはない。
確かに龍宮戦役では英雄と呼ばれるほどの活躍を果たしたといえるが、結局、そんなものは、偶然の結果に過ぎない。
幸多自身の能力、実力で勝ち取った評価ではないのだ。
拳を握り締め、考える。
圭悟たちとの久々の対抗戦部活動は、幸多に日常とはどういうものかを実感させるものだった。
平穏な日常生活を送る学生たち。その青春を謳歌させ、人生を満喫させるためにはどうすればいいのか。
戦団の導士としてもっと強くならなければならないはずであり、この程度の力量に満ち足りることなどあってはならないのだ。
圭悟たちは、幸多にとっての原点の一つだ。
天燎高校対抗戦部。
幸多は、天燎高校の校舎を振り返った。夕焼けに染まった校舎もまた、久々に目の当たりにしたのであり、懐かしさがこみ上げてくるのも当然だっただろう。
そして幸多は、決意を新たにするのだ。