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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
青春の無能少年

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第八十二話 二人の夢

 天燎てんりょう高校対抗戦部祝勝会と銘打たれた宴会は、海野辺町うみのべちょうの飲食店シーサイドスターを貸し切りにして、その日の夜遅くまで続けられた。

 保護者同伴ならば問題ないだろうという小沢星奈おざわせいなの考えは、明らかに甘すぎるものだったが、参加している大半が成人年齢ということもあって、大きな問題にはならないという確信もあった。

 央都おうとでは、十六歳が成人年齢である。

 ということは、酒を飲んでもいい、ということなのだが、部員の中には、誰一人としてお酒を飲もうというものはいなかった。このご時世、お酒は高級品だということもある。

 果汁たっぷりのドリンクを飲んだり、出来たての料理の数々に舌鼓を打ったり、菓子類を頬張ったりと、飲食に全力を費やしたのだった。

 決勝大会の二日間を戦い抜いたことによって、誰もがとてつもなく消耗していた。

 特に幸多こうたは空腹過ぎて、大量の料理を口に運び続けた。

 そうした彼の大食感ぶりには、店員たちは閉口するほどだった。

 とはいえ、店員たちも大盛り上がりだったのは、いうまでもない。

 対抗戦は、央都市民にとって大きな娯楽のひとつだ。

 学生たちの青春をかけた熱闘は、市民を熱狂させるには十分すぎるほどのものだったし、だからこそ、我が店が優勝校である天燎高校の部員一同の祝勝会場として選ばれたことを誇りに思ってすらいるようだった。

 大量の注文に沸き立つ店内と厨房、そして、店員たち。

 幸多たち対抗戦部部員一同は、この二日間の健闘を称え合い、喜び合った。

 代金は、小沢星奈が支払うつもりだったし、そのためにしばらく節制することを覚悟したのだが、その必要がなくなってしまった。

 どうやってか話を聞きつけた天燎鏡磨てんりょうきょうまが、既に支払いを終えてくれていたからだ。それも部員たちだけでは使い切れない金額であり、その話を店員から聞かされて、星奈は度肝を抜かれたものだった。

 さすがは天燎財団の次期総帥だと思いつつも、彼女は愕然したものである。

 金の使い方が、常人のそれとは桁違いだ。

 もっとも、そのおかげで財布の心配をせずに済んだのだから、星奈は、理事長に心から感謝した。明日以降どうやって生活しようかと頭を抱えていたところでもあったのだ。

「でも、どうやって知ったんでしょうね? 理事長」

「おれたちゃ今夜だけは央都一の有名人だからなあ、どこへどう移動したかなんて、ネット上に溢れてるんじゃねーの」

「だね」

 圭悟けいごの推察を肯定したのは、らんだ。蘭は、祝勝会の様子を撮影するために持ち出していた携帯端末を操作して、幻板げんばんを投影した。そして、検索結果を表示する。そこには、大会終了後の天燎高校御一行の移動経路が示されていた。

「なにこれ」

「この情報社会でこれだけ目立つっていうことは、こういうことなんだよ」

「うーん……」

 真弥まやが今更のように後悔の表情を覗かせる。彼女としては、気分のいい話ではあるまい。

「まあ、よくあることだし、この情報が悪用されるわけでもないから、気にしないほうがいいよ」

「悪用されないって保証はあるの?」

「そもそもこの情報をどう悪用するのさ」

「それは……」

「店に多額の金を振り込む、とかな」

「それ、悪用っていえるのかなあ」

 圭悟の軽口に、幸多は、危うく飲み物を吹き出しかけた。天燎鏡磨の顔が脳裏を過ったからだ。天燎鏡磨は、明らかに善人の顔をしていなかった。

 人を顔で判断するのは間違いだということは、わかりきっているのだが。

「人によっては気味悪く思うかもしれないな」

「そうねえ。わたしなら、遠慮しちゃうかも」

「わたしは遠慮なく頂くが」

「さっすが法子《》ちゃん」

 雷智らいちと法子は、会場を出てからずっとべったりとくっついているのだが、いまは法子が雷智の膝の上に腰を落ち着けていた。仲睦まじい二人の周囲には、常に近寄りがたい幸福感が漂っている。店員ですら遠慮するほどだ。

 一方で、怜治れいじ亨梧きょうごの二人は、ほかの部員たちと距離を取るように部屋の片隅に固まっていた。

「本当、優勝できるとはなあ」

「まったくだぜ、いまでも信じらんねえよ」

 二人にしてみれば、奇跡のような出来事だったし、優勝が決まった瞬間は、感動よりも驚きの方が強かった。

 怜治と亨梧の二人が立て続けにやられたとき、全てが終わったと思ったものだ。幻闘げんとうの勝利は、法子と雷智の活躍と、怜治たち四人の生存にかかっていた。

 法子と雷智が撃破点を稼いだ上で、制限時間一杯まで四人で生き残る。それだけが唯一の勝ち筋だったのだ。だが、その勝ち筋は敢えなく潰された。

 草薙真くさなぎまこと七支刀しちしとうによって、全てが引っ繰り返された。

 かと思いきや、圭悟は現実に戻ってこず、幸多が果敢にも立ち向かっていた。

 その光景は、いまも鮮明に思い出すことが出来た。

 圧倒的な力を振るう草薙真に向かっていく幸多の姿には、震えさえ覚えたものだった。

「最後に勝てたのは、皆代みなしろとおれのおかげってわけ。ああ、おまえらのとうとい犠牲があったからでもあるが」

「てめえは……」

「口の減らねえ奴だぜ」

 怜治も亨梧も、圭悟にはもはや返す言葉もなかった。この圭悟に対する複雑な感情は、二人だけのものだろう。

 圭悟は、対抗戦部の中心人物だ。主将は幸多だが、部を動かしていたのは、いつだって圭悟だった。部員を集めたのも、部を作ったのも、練習計画を立てたのも、作戦を組んだのも、全部圭悟だった。そして、話の中心も、いつも彼だった。彼がいなければ対抗戦部は上手く回っていなかっただろうし、そもそも成立していたかどうかすら怪しいものだ。

 怜治たちが対抗戦部に入ることになってしまったのも、圭悟のせいだった。

 いまならば、彼のおかげと言い換えても良いかもしれないが。

 そんなわけで対抗戦部の一員となり、猛練習を乗り越え、決勝大会を戦い抜いた二人は、想像を絶する達成感の中にいた。

 だから、圭悟がどれほど悪態を吐こうが、暴言を吐こうが、一向に気にならなかった。

 それどころか、感謝さえしていた。

 まるで青春のただ中にいるような、そんな感覚があったからだ。

 自分たちに対等な関係を作ってくれる仲間ができるとは、考えたこともなかった。

 だからといって、二人が圭悟に感謝の言葉を述べるようなことはなかったが。

 祝勝会は、夜中まで続いた。

 今日は、六月二十一日。

 金曜日だ。

 つまり、明日は土曜日で、学校は休みだった。

 これならば朝まで騒いだって問題ない、と、誰もが言った。

 一人、星奈を除いて。

 星奈は、彼らの保護者であり教師としての立場を弁え、真夜中になるまえに祝勝会を終わらせようと努力をした。

 しかし、結局、それは出来なかった。

 なぜならば、彼女も彼らの活躍に心を打たれていたからだ。



「弟くん、優勝したんだってねえ」

 新野辺香織しのべかおりが声を掛けてきたのは、統魔とうまが夜風に当たっているときだった。

 第二衛星拠点第一兵舎の屋上は、統魔以外に何名もの導士どうしたちがいて、それぞれ思い思いの過ごし方をしていた。

 統魔も、そうした暇潰しに屋上を訪れた一人だ。

 一人になりたかったわけではないし、一人が好きなわけでもない。ましてや孤独を愛しているつもりもない。

 ただ、夜風に当たりたい気分だった。

 体が熱い。

 統魔が振り向けば、香織以外にも皆代小隊の、彼の部下が勢揃いしていた。六甲枝連ろっこうしれん高御座剣たかみくらつるぎ上庄字かみしょうあざな。皆、対抗戦決勝大会の結果を知り、統魔を探し回ってここにたどり着いたようだった。

 この二日、任務で衛星拠点周辺を走り回っていた。もちろん、休憩時間はあったし、そのたびに対抗戦の経過を確認したものだが、統魔たちが最終的な結果を知ることができたのは、第二衛星拠点に戻ってきてからのことだった。

 今日は、誰もが消耗するほどに戦闘の連続だった。異様なほどに野良幻魔と遭遇したのだ。空白地帯に潜む野良幻魔とはいえ、放っておくことは出来ない。幻魔とみれば殲滅せんめつするのが戦団の導士の役割なのだ。

 そうして連戦に連戦を重ねた結果、帰りの輸送車両内では小隊一同ぐったりとしていたものだった。

 ようやく気力が回復して対抗戦の結果を確認したのが、ついさっきだった。

 が、統魔は、ネットで確認するま必要はなかった。母と叔母と伯母と祖父と祖母、そして幸多本人からの報告が、コミュニケーションアプリ・ヒトコトに入っていたからだ。

 それらの伝言に一言ずつ返し終わったのが、今さっきのことだった。

「めでたいことだ」

「凄いね、幸多くん、魔法不能者なんだよね」

「その身の上で活躍し、最優秀選手賞に選出されたのですから、誰も文句はいえませんね」

「文句なんていわせるかよ」

 統魔は、隊員たちの賞賛を浴びて、表情が緩むのを自覚したが、それを止めることができなかった。

 統魔にとっても、それはわかりきったこと、などとはいえない結果だった。

 幸多は、魔法不能者だ。しかも、完全無能者と診断された唯一無二の存在である。そんな人間が魔法競技ばかりの対抗戦でどれだけの活躍ができるものなのか、わかったものではなかった。

 幸多の身体能力に関しては、疑いようもない。圧倒的だ。少なくとも同世代の学生の中では頭抜けているのは間違いなかった。魔法を使わない戦闘ならば、統魔にも勝ち目はない。

 それほどの身体能力が、幸多の数少ない武器なのだ。後は、対魔法士戦の訓練を受けていて、戦闘技術を学んでいるという点も、他の学生たちよりも飛び抜けている点といっていい。

 しかし、それだけともいえる。

 他の学生たち、対抗戦出場者の全員が魔法士であり、魔法不能者は幸多一人なのだ。幸多に活躍の場、そうした機会が訪れることすら危惧しなければならなかった。

 対抗戦の三種競技は、いずれも魔法競技であり、本来魔法不能者の出る幕はない。天燎高校以外ならば、出場することすら許されなかっただろう。

 だが、幸多は出場した。

 しかも、競星けいせい乗手じょうしゅに選ばれ、見事な活躍を成し遂げた。

 閃球せんきゅうでも、持ち前の身体能力を大いに発揮し、叢雲むらくも高校の麒麟児、草薙真を完封するという働きを見せた。

 そして、幻闘だ。

 幻闘における幸多の戦いぶりは、何度見ても良いものだった。

 母・奏恵かなえに手解きされた戦闘技術を存分に披露し、草薙真を圧倒、打破して見せたのだ。

 もちろん、天燎高校が優勝できたのは、幸多一人の活躍ではない。団体戦なのだ。たった一人の活躍で優勝できるような大会ではなかったし、たった一人に全てを懸けたのだろう叢雲高校は、結局、二位に終わってしまった。

 幸運に恵まれた優勝と人は言うだろうし、そういう面も多分にある。

 特に幸多が草薙真を倒せたのは、草薙真が幸多の体質を、特性を理解していなかったからという点が大きい。

 もっとも、一対一に持ち込んでしまった以上、彼が幸多に勝てる見込みは万に一つもなかったのだが。

 相手が同年代の学生で、熟練の魔法士でもないのであれば、一対一で幸多が負ける可能性は、絶無に等しい。

 それが統魔の幸多評である。

「随分と頬が緩んでますなあ」

「そりゃあ嬉しいだろ、なんたって弟なんだぜ?」

「うんうん、統魔くん、幸多くんのことよく話してくれてたもんね」

「そうですね。本当に弟さんが大好きなのが伝わってきたものです」

「大好きじゃねえし」

 統魔は、相変わらず遠慮なくからかってくる部下たちに言い返しながら、眼下を見下ろした。照明の焚かれた衛星拠点の敷地内には、様々な作業をする導士たちの姿がある。

 誰もが今日を生き、明日を生きるために必死だ。

 この地獄のような戦場を経験するのは、家族の中で自分だけでいい、と、何度思ったことかわからない。

 だが、統魔は、幸多を止められなかったし、夢を諦めて欲しいなどといえるわけもなかった。

 二人の夢だ。

 二人で叶えようと誓った夢なのだ。

 だから、いまは、嬉しいという気持ちの方が勝った。

 幸多が、戦団の戦闘部に入ってくる。

 同僚になるのだ。

 いつか必ず、二人の手で、父のかたきを討つために。



 幸多が家についたときには、既に真夜中で、世界は静まりかえっていた。

 幸多をミトロ荘まで送ってくれたのは、法子である。

 祝勝会のために貸し切った海野辺町の飲食店シーサイドスターから、鼎町にあるミトロ荘まで歩いて帰るというのは幸多にとってなんら問題のない話だったのだが、小沢星奈が大いに気にした。

 星奈は、真夜中であるということを特に気にしており、せめて複数人で一緒に帰るようにといった。央都の治安は決して悪くない。夜中だからといって犯罪者に遭遇する可能性は限りなく低いが、万が一ということもある。

 だから、それぞれ複数人の組に分かれて、帰ることにしたのだ。

 圭悟は蘭、亨梧、怜治と連れ立って帰った。真弥と紗江子は、星奈が責任を持って送り届けるといった。余った幸多は、法子と雷智と一緒に帰ることになったのだ。

 法子が駆る法器に三人で乗って、ミトロ荘までひとっ飛びだった。

 空を飛べるというのは、やはり、素晴らしい。

 真夜中の夜空は、寒々しいほどの冷ややかさを伴い、幸多たちを包み込んだ。

「優勝したな」

「はい」

「これで、念願だった導士になれるのねえ」

「なれますかね」

「なれなければ、わたしが戦団を潰す」

「そこまでしなくても」

「うふふ、なれるわよ、心配しなくたって」

 そんな会話を交わしている間にミトロ荘に辿り着き、幸多は、二人にお礼を言って地上に飛び降りた。

 法子がめずらしい笑顔を浮かべ、雷智が全力で手を振ってくれた。

 真夜中。

 当然だが、ミトロ荘は静まり返っていて、幸多は居住者の眠りを妨げないよう、慎重な足取りで自分の部屋に入ったのだった。。

 そして風呂に入り、眠る準備をした。

 もう午前零時を過ぎている。

 土曜日だ。

 学校は休みで、だから、なんの心配も要らなかった。寝過ごしたって問題はなかったし、眠れなくとも構わない。

 そう、幸多は眠れなかったのだ。

 興奮冷めやらぬとはまさにこのことだ、と、幸多は思った。

 昨日の夜もそうだったが、今日はさらに眠れそうになかった。

 体中が熱い。冷水のシャワーを浴びても、体内の熱は消えなかった。物理的に火照っているわけではないのだから、当然だ。

 存在しない熱を感じているのだ。

 大会の熱狂が、今も脳裏を席巻している。耳を澄ませば歓声が聞こえるようだった。そうした幻聴の中に母の声が混じったのは、家族の応援があったという事実を認識したからに違いない。

 長沢ながさわ家の皆は、自分のことのように喜んでくれていた。

 そのことが幸多としても嬉しかった。

 ずっと心配を掛けてばかりの人生だった。

 魔法不能者として生まれた以上、仕方のないことだ。が、だからといって、それを当然のように思いたくなかったし、思えなかった。心配させたくなかった。自分の力で生きていけると証明したかった。

 それが、今日、できた気がした。

 成し遂げた。

 これまでの人生を振り返れば、なにかを成し遂げたことなど、一度だってなかったかのではないか。

 魔法士こそが最優先される魔法社会において、魔法不能者がなにかを成し遂げるというのは、簡単なことではない。

 運動能力は飛び抜けていて、体も頑丈だった。運動競技ならば誰にも負けなかったし、競走は常に一位を取った。

 でもそれは当然のことだったし、それがなにかを成し遂げたという気持ちにならなかったのは、相手が皆、自分よりか弱い子供たちという認識があったからだ。

 やがて成長し、子供たちの中にも魔法士が育ってくれば、状況は変わる。

 魔法を使った競技には、幸多の居場所はなく、除け者にされるのが当たり前となった。

 統魔が現れるまでは。

 統魔は、幸多に手を差し伸べて、幸多は、統魔の手を強く握り締めた。

 二人の約束。

 二人の夢。

 そんなことを思い出しながら、幸多は、ゆっくりと眠りについた。


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