第八百二十六話 クニツイクサ(十三)
時代は動き、状況は変わる。
天燎財団が新規事業を立ち上げることを発表すると、世間は大騒ぎとなった。
高天技術開発と命名された新規事業は、兵器開発に携わるものであり、同時に、戦団への全面的な支援、協力を行うことも表明した。
つまり、央都防衛構想への本格的な参入である。
戦団によって打ち立てられた央都防衛構想をより完璧なものとし、央都の、人類生存圏の護りを鉄壁なものとすることを誓ったのだ。
それは、これまでの央都の常識を覆すほどの出来事といっても過言ではなく、特に企業連に属する種々様々な企業が慌てふためいた。
天輪スキャンダル以降、凋落の一途を辿っていたはずの財団が、これによって息を吹き返す可能性が出てきたからだ。
なんといっても、央都防衛構想への参入となれば、戦団との協力体制が確立されるということになる。
実際、高天技術開発は、戦団との共同開発という名目で、汎用人型戦術機クニツイクサが完成間近であると公表し、双界中の話題をさらった。
白銀の巨人の如き兵器は、どう見たところで、忌まわしき人型兵器イクサの後継機としか思えなかったし、クニツイクサという名称にも嫌悪感や忌避感を抱く人々が現れていた。
天燎財団が、またしても天輪スキャンダルを起こすのではないかと方々で取り沙汰され、議論に議論を呼んだが、一方で戦団が絡んでいるということが表明されていることもあり、安心していいのではないか、などという声も上がった。
そんな様々な声を受けて、財団は、クニツイクサとイクサの関連性についての説明を行い、また、天輪スキャンダルのようなことは起こらないし、起こすことはないと声を大にしていった。
クニツイクサは、イクサの後継機である。
イクサの設計思想を継承しつつも、非人道的な機能、機構は全て排除されており、人命に配慮し、極めて人道的な次世代の戦闘兵器であり、幻魔との戦いにこそ投入されるものである、と。
ではなぜ、クニツイクサを名付けたのか、ということについても、財団は説明している。
イクサの、天輪スキャンダルの過ちを忘れないためであり、風化させることなく、記憶にとどめ続けるためにこそ、その名をも継承したのだ、と。
クニツイクサは、イクサの罪と穢れを打ち祓い、この地上に人類の楽土を作り上げるための次世代兵器として開発されたのである。
そして、そのための戦団との協力関係であり、戦団の厳重な監視下で開発されたのがクニツイクサなのだ、とも明言したのである。
高天技術開発は、天燎財団が誇る技術者集団〈思金〉を中心とする、最先端技術の研究、開発を行う事業所だ。
クニツイクサは、そこで研究され、開発された最先端技術の結晶であり、第一弾なのだ。
現状、第二弾、第三弾と考えているほどの余裕はなく、クニツイクサの完成を目指して全力を尽くしている最中である。
「今のところ、全てが順調です。確かに実戦試験は想定外の形に終わったといっていいですが、結果として戦団技術局からの技術供与へと繋がるのですからなにも問題はない」
むしろ、都合のいいことばかりが起きている。
十四郎は、天燎財団幹部会議の場において、そのように発言した。
財団の幹部の中には、当然、戦団と協力するにことに難色を示したものもいた。
企業とは、戦団の支配から脱却するべきものであって、戦団に与し、ましてやみずからの意志で戦団の支配下に入るなど言語道断である、などという時代遅れも甚だしい考え方を持つものもいるくらいだ。
央都企業連合――通称・企業連が成立したのは、央都が誕生し、雨後の筍のように数多の企業が乱立し始めたころのことだといいう。
当時、戦団は絶対的勝つ圧倒的な支配力を誇り、権威を振るった。
そうしなければ黎明期の央都の秩序を維持することは難しかったからなのだろうが、そんな戦団のやり方に反発を持つ人々が現れるのも当然だっただろう。市民や企業が戦団からの自立を望み、諸勢力の乱立と相成ったわけである。
その結果、央都では諸勢力の暗闘が繰り返されてきたわけだが、そんなものに一体どのような価値があるのか、と、十四郎は考えるのである。
目先の勝利よりも、将来への展望のほうが遥かに大事なのではないか。
つまりは、現状の央都の勢力争いに勝利するよりも、人類復興が成ったときにこそ勝者として君臨していれば、それでいいのではないか。
では、そのためには、どうすればいいのか。
「いま、戦団に協力するのは、将来への投資にほかなりません。戦団こそこの央都の守護であり、人類復興の要です。一企業が戦団に成り代わることは、現状、不可能でしょう。であらば、戦団と協力し、人類復興に全力を尽くすことこそ、央都市民の、一企業のあるべき姿なのではありませんか?」
十四郎が、特大幻板に表示したクニツイクサの完成図を示しながら、それこそが天燎の将来を担うのだといわんばかりに熱弁を振るえば、総帥・天燎鏡史郎は、満足げに笑みを浮かべた。
十四郎ならば、鏡磨と同じ轍を踏むことはあるまい。
「クニツイクサには問題点があったそうだが」
城ノ宮明臣がそのようなことをいってきたのは、天燎財団の新規事業に関する報道が幻板に表示されていたからだ。ネットテレビ局の報道番組が、高天技術開発とはどういう事業となるのか、熱心に解説している。
技術局第四開発室内の一室。
そこには、明臣とイリア、そして彼女の愛猫ソフィアだけがいる。ソフィアは、相変わらずイリアの膝の上で丸くなっている。
一日の半分以上眠っていられるのは、ソフィアの特権だろう。
「全部、解決したわよ。だから、こんな大々的な発表会なんて行えるんでしょう」
「相変わらず、手際がいいことだ」
「ノルン・システムのおかげよ。女神たちがなんだって解析してくれるんだもの。わたしたちがすることなんて、彼女たちの提案から取捨選択することくらいでしょう」
「そうはいうが……きみの才能、知識、発想力があればこそ、だろう」
その点については疑いの余地は一切ない。
故にこそ彼女を見出したのだから、明臣は、どうにも自嘲気味なイリアの様子を訝しんだ。
イリアは、机の上に設置した万能演算機に向かい合い、鍵盤を叩いている。
「クニツイクサの問題点は、超高速戦闘における関節部を始めとした各部位の損耗が想定外だったこと」
「ふむ」
「イクサは、幻魔細胞を取り入れることでクニツイクサが抱えていた問題点を強引に解決していた。幻魔の細胞、つまり結晶構造の駆体は、あらゆる衝撃を緩和、軽減し、負荷を分散させるだけでなく、損耗した部位を自動的に再生するという優れものだった」
「だが、そんなものを再現することはできないし、していいはずがない」
「ええ。そんなことをすれば、天輪スキャンダルの二の舞になりかねないものね」
もっとも、と、イリアは、幻板に表示したクニツイクサの完成予想図を見つめながら、考える。仮にイクサを再現できたとしても、人間の手で扱えたとは思えなかったし、そもそも加工することもできなかったのではないか。
「そこで今回採用したのは、第二世代の鎧套にも採用している技術よ」
「ほう」
「いまや失われた技術だったそれは、幸多く――皆代輝士の登場によって発掘されたといっても過言ではないのよ」
「分子機械か」
「ええ」
イリアは静かに頷くと、二度目の実戦試験の映像を幻板上に映しだした。
分子機械を採用したクニツイクサは、長時間に及ぶ幻魔との高速戦闘にも耐え抜いて見せている。駆体そのものが損傷すればどうしようもないが、関節部の損耗は、分子機械が自動的に再生するため、どれだけ苛烈な戦闘機動を行っても問題がなかった。
そうした技術は第二世代の鎧套全般に採用されているが、特に千手が存分に活用している代物である。千手があれほど自由自在に動き回ることができるのは、関節部に分子機械が使われており、負荷による消耗を回復するからなのだ。
「……これならば、実戦にも耐えられると?」
「どうでしょうね」
「ふむ?」
「クニツイクサは、現状、獣級幻魔には引けを取らないわ。けれど、妖級以上の幻魔には、手も足も出ない可能性があるわ」
「手も足も出ない? ある程度は戦える見込みじゃあないのかな?」
「ある程度は……ですが」
「つまり、クニツイクサよりも皆代輝士のほうが有用であると、きみはいいたいわけだ」
「皆代輝士には、実績がありますから」
「それは……その通りだ」
明臣は、イリアの意見に素直に納得すると、小さく頷いた。すると、イリアが明臣に視線を向けてきた。
「一つ、うかがっても?」
「どうぞ」
「クニツイクサには、戦団が秘匿としてきた技術が利用されているということは、情報局の重鎮ならば御存知のはず。情報局副局長ともなれば、あらゆる情報を管理し、把握するのが仕事ですものね」
「もちろん、知っているとも。目下、情報局は全力を上げて情報の出所を探しているところだが……それがどうしたのかね?」
「……情報の出所は、あなたでは?」
イリアが真っ直ぐに見つめたところで、明臣は、鼻白むこともなければ狼狽えることもなく、徹頭徹尾冷静な表情を崩さなかった。
そこが、おかしい。
「灰の賢人・城ノ宮明臣」
イリアの一言に、明臣は、目を細めた。