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第八百二十四話 クニツイクサ(十一)

 クニツイクサの運用試験は、第三波の撃滅げきめつによって終了と相成あいなった。

 最終的には全機が機能不全に陥ったクニツイクサと、戦団の導士たちは速やかにトリフネ級輸送艇に乗り込み、撤収することとなった。

 第三波を大幅に超える第四波が迫りつつあったからだ。

 第四波は、第二波、第三波との戦闘によって生じた膨大な魔力に引き寄せられた幻魔の群れであり、一万体を越える大群だったのだ。

 千体にも及ぶ幻魔の大群を撃破した直後である。これ以上の連戦は、導士たちへの負担が増大するだけでなく、クニツイクサが活動限界を迎えていたということもあり、杖長じょうちょう荒井瑠衣あらいるいと第四開発室長・日岡ひおかイリアの判断によって、撤収することとなったのだ。

 輸送艇は、天高く舞い上がって空白地帯を離脱すると、第七軍団の導士たちを下ろすために第九衛星拠点に立ち寄った。

 それから、技術局員や天燎の関係者を乗せて戦団本部へと飛んでいったのである。

「この調子だと、またすぐに昇進するんじゃないか?」

 などと、拠点に降り立ったばかりの幸多に声をかけてきたのは、瑠衣だった。

 瑠衣は、星象現界せいしょうげんかいを用い、妖級を含む大多数の幻魔を殲滅せんめつして見せた。その圧倒的な魔法技量には、幸多をして感銘すら覚えるほどだったが、しかし、彼女は、幸多にこそ激励するのである。

 今回動員された四十余名の導士は、だれ一人として死ぬことなく、衛星拠点へと帰投することができたのだが、それもこれも、瑠衣のおかげとしか言い様がないのではないか、と、だれもが思っている。

 幸多も、そうだ。

 輸送艇の発着場としても利用される衛星拠点の広場には、帰投したばかりの導士たちが、様々に話し合っていたが、それらの話題の中心には、瑠衣の存在があった。

 瑠衣の星象現界を目の当たりにすれば、だれもが彼女のような導士になりたいと想うものだ。

 頭上には、寒々とした青空が広がっており、雲一つ見当たらなかった。太陽は小さく、日の光も弱々しい。

「そうですか? 杖長こそすぐにでも昇進してもおかしくないのでは?」

 幸多が当然の意見を述べれば、瑠衣は、手をひらひらさせて苦笑した。

煌士こうしともなれば、そう簡単には昇進できるもんじゃあないんだよ。杖長という立場ならなおさらね。ただ幻魔を撃破すればいいってわけじゃなくなってくるのさ」

「幻魔をたおすだけじゃ駄目なんすか?」

 質問を投げかけたのは、真白である。彼は、どういうわけか幸多の肩に顎を乗せ、体重をかけてきており、幸多はそんな真白ごと倒れないように踏ん張っていた。

 激戦の後ということもあり、真白の消耗は激しかった。

 彼は、本陣の守りの要として防型魔法を駆使し、死力しりょくを尽くしたのだ。

 その結果が、これである。

 もっとも、任務のたびにこうなるのだから、幸多も慣れたものだった。場合によっては、反対側の肩に黒乃くろのの首が並ぶこともある。

 九十九兄弟は隊長に甘えすぎなのではないか、とは、義一の意見だが。

「そりゃあ、圧倒的な魔法技量があるならさ、それだけでも十分に評価されるだろうし、あっという間に星将せいしょうにだってなれるかもしれないけどね。あたしたちのような一般的な魔法士には、それだけじゃあ駄目なんだよ」

「杖長が一般的って……」

「一般的という言葉の意味が変わりそうだね」

「軍団長と見比べても、そういえるかい?」

 瑠衣は、黒乃と義一がひそひそと話し合うのを聞き逃さなかった。二人は、びくりとしながら杖長に向き直る。

「えーと……それは……」

「それは……まあ……軍団長と比較すれば……」

「だれだって一般的な魔法士にならざるを得ないだろう。つまりは、そういうことさ。そして、それが全てなんだよ」

 瑠衣は、いまや央都の窮地きゅうちを救った英雄と持てはやされる真星しんせい小隊だからこそ、つとめて厳しくいうのである。

 だれもが彼らに期待し、彼らに希望を見ている。

 なんといっても、ムスペルヘイムの消滅、鬼級幻魔スルト討滅の立役者なのだ。

 彼らは、いずれ戦団を背負って立つべき人材であることは、疑いようがなかった。

 伊佐那麒麟いざなきりんの後継者たる伊佐那義一と、若手の中でも最高峰の攻型魔法の使い手である九十九黒乃、同じく最高級の防型魔法の使い手である九十九真白、そして、皆代みなしろ幸多。

 魔法社会に生まれ落ちた魔法とは無縁の少年は、この閉塞へいそくした世界を打破する鍵となるのではないか。

 そんな夢想をしてしまうのは、幸多が、瑠衣の理想を体現しているからだ。

「現世代の軍団長は皆、戦団の最高戦力だ。圧倒的な魔法技量と、強力無比な星象現界の使い手であり、並の魔法士では束になっても敵わない。あたしたち杖長が束になっても、ね。それくらい、魔法士としての力量に差があるんだよ。たとえばあたしが軍団長になるには、そうだね……これから先途方もない努力と研鑽けんさんを積み重ねていく以外に方法はないし、その上で任務を真っ当することが大事なんだよ」

 瑠衣は、真っ直ぐに自分を見つめる若手導士たちのきらきらと輝く瞳にこそ希望を感じながら、告げる。

「ま、あたしは別に軍団長を目指してるわけでもないんだけどさ」

「そうなんです?」

「じゃあ、なにを目指してるんすか?」

「……あたしはただ、幻魔を滅ぼしたいだけ。そして、それで十分なんだよ」

 そう言い残して、瑠衣は、真星小隊の前から去って行った。

 ロックハート小隊の導士たちが慌てて瑠衣を追いかけていく様を見届けながら、幸多は、ゆっくりを屈んだ。真白が肩に顎を乗せたまま、背中に負ぶさってくるものだから、抱え上げる。

「昇進なんて二の次、三の次って感じか。ロックだねえ」

「ロックなのかな?」

「杖長はロックだろ」

「兄さんがそれでいいなら構わないけどさ」

「なんだ、その口の利き方は」

「ロックでしょ」

「む……そうかも」

 九十九兄弟のよくわからないやり取りには、幸多と義一は顔を見合わせ、笑い合った。

 ともかく、第七軍団の導士が動員された新兵器の実地試験は、無事に終わった。

 この試験の結果がどうなるのかは、末端の導士たちにはわかるはずもない。

 ただ、動員された導士のだれ一人として欠けることなく帰投できたことには、ほっと胸を撫で下ろすのである。

 負傷者こそ続出してはいるのだが、そんなものは、幻魔の大軍勢と戦っているのだから当たり前だ。戦死者が出なかっただけで十分だろう。

 戦いに犠牲はつきものだ。

 だが、犠牲などないほうが良いに決まっている。



「ふむ……」

 十四郎とうしろうは、幻板げんばんを眺めながら、渋い顔をしていた。手元の端末が出力する幻板に表示された大量の文字列は、クニツイクサの運用試験に関する報告書である。

 天燎てんりょう財団が誇る技術者集団〈思金おもいかね〉の技術者たちは、今回の運用試験の結果を速やかに纏め上げると、クニツイクサの現状の問題点を指摘し、いくつもの改善案を記載していた。

 さすがは財団最高峰の技術者たちだといわざるを得ないが、しかし、一方で彼は表情を強張こわばらせるしかないのである。

 戦団との共同で行われたクニツイクサ運用試験は、まさに実戦そのものだった。実戦形式などという生温なまぬるいものではない。

 実際に幻魔の大群を相手にして、クニツイクサがどこまで戦えるのかを試したのだ。

 クニツイクサは、これまで数え切れないほどの起動実験や稼働試験を行ってきたし、幻想空間上での戦闘訓練も繰り返してきた。

 そして、理論上では、下級導士と同等かそれ以上の戦果を期待できると判断された。

 それでもイクサには遠く及ばないが、悪魔の技術を用いた異物と比べる必要はない。

 クニツイクサは、人間が用いることの出来る技術の粋を集めて作られたものである。

 だからこそ、新規事業の機軸となるのであり、戦団にも堂々と胸を張って協力を取り付けることができたというわけだ。

 しかし、だ。

 運用試験の結果は、決してかんばしいものではなかった。 

 確かにクニツイクサは、獣級幻魔の大群を相手にほぼ一方的な戦闘を展開し、圧倒することができたといっていい。

 だが、それも第一波だけであり、第二波、第三波となると、クニツイクサは予期せぬ機能低下に陥り、全力を発揮できなくなっていたのだ。

 この結果には、さすがの技術者たちも落胆を隠せないようだったし、十四郎自身、頭を抱えたくなるような気分だった。


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