第八百二十三話 クニツイクサ(十)
「壱号機、損耗率三十パーセント、出力の大幅な低下を確認」
「弐号機、左腕部損傷。損耗率四十パーセント」
「参号機、頭部損壊。損耗率二十五パーセント」
「四号機、損耗率五十パーセント。全機能の低下を確認」
「操者四名の生体反応にも変化を確認。想定以上の消耗をしているようです」
「……とのことですが、いかが致しましょう?」
曽根伸治に問われ、十四郎は、幻板を睨んだ。
四機の巨人は、確かに損傷している。
いずれの巨人も、その身に纏う白銀の甲冑を傷だらけにしており、弐号機は両腕がろくに動かせないといった状態だったし、参号機は頭部が大きく陥没してしまっている。そして、四機いずれもが当初に比べると活躍できなくなっている様子だった。
それから、イリアに目を向ける。
「一度、後退させてもよろしいでしょうか? 機体と操者への負荷が想定以上にあるようでして」
「どうぞ。この運用試験は、クニツイクサの実用性を確認するためのもの。全て、そちらの判断にお任せします」
「では……各機、本陣へ帰投!」
「各機、本陣へ帰投せよ。繰り返す、各機、本陣へ帰投せよ」
曽根伸治が十四郎の指示を復唱すれば、四機のクニツイクサがようやくといわんばかりに態勢を立て直し、本陣への帰路を滑走し始めた。
「わかってると思うけど、幸多くんも帰ってきて頂戴。気をつけてね」
『了解!』
力強い幸多の返事にイリアはほっとしつつも、凄まじい銃撃音が通信機に入り込んできたものだから、慌てて通信を切った。鼓膜が破れるのではないかと思うほどだったからだ。
銃撃は、殿を務める幸多が行ったものであり、いつの間にか幸多たちに忍び寄っていた幻魔に対する牽制攻撃だったのだろう。牽制ついでに撃破もしただろうが。
幸多は、本陣に向かって突き進みながら、千手が構える二丁の雷電改を背後に向け、連射することによって弾幕を張り、追走してくる幻魔の群れを寄せ付けなかった。
もちろん、幸多は背後を見ているわけでもなんでもない。照準を合わせるのをノルン・システムに任せ、自分は引き金を引いているだけである。それも実際に引き金を引いているわけではなく、意識しているだけだ。
千手は、神経接続により、幸多の思うままに動くのである。千手の指先が雷電改の引き金を引き、弾丸をばら撒く。
間断なく発射される無数の弾丸が、分厚い弾幕を形成し、幻魔の群れを撃退し、魔力体を撃ち落としていく。
今回の実戦試験で、どれだけの弾丸を撃ち放ったのか。
幸多には、まるで想像もつかなかった。
それは四機のクニツイクサにいえることだ。
四機のクニツイクサが使っている銃もまた、幻魔に通用していた。つまり、超周波振動弾を用いているということだろう。
それとも、全く異なる新技術でもって、魔晶体を破壊しているというのだろうか。
(それならそうと自慢してくるかな)
天燎ならば、いや、企業ならば、戦団の技術を上回るような新技術を発明したというのであれば、大手を振って発表するに違いない。
そんな確信がある。
しかし、クニツイクサの兵装に関する説明はなかった。
説明せずとも理解できるだろうといわんばかりだ。
つまるところ、クニツイクサが用いている大刀も、銃も、既存の技術の流用に過ぎないということではないか。
それはすなわち、超周波振動を利用した兵器群だということだ。
(弾丸って高価で貴重品なんだよね)
幸多は、一度背後に向き直り、ぎょっとした。大量の銃弾をばら撒き、牽制を行ったというのに、視界を埋め尽くすほどの幻魔の大群が迫ってきていたのだ。
獣級幻魔のみならず、膨大な数の霊級幻魔が確認され、さらに妖級幻魔ヴィーヴルの姿も見受けられた。
『幸多様、本陣にお急ぎを。さすがにこの数では、幸多様お一人ではどうしようもございませぬ』
「あ、ああ、うん」
突如、脳内に響いたのは、ウルズの声であり、故に幸多は多少たじろいだのである。
普段、幸多と脳内通信を行うのはヴェルザンディばかりだったからだ。しかし、ウルズとスクルドも脳内通信を行えるのは道理だ。
ウルズもスクルドも、ヴェルザンディとともにノルン・シスターズを構成する女神たちである。
「今日はヴェルちゃんじゃないんだ?」
『はい。たまには、わたくしが幸多様のお相手をさせていただくのもありではないかと思いまして。ヴェルのほうが良かったですか?』
「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと、驚いたかな」
『確かに……いつもはヴェルが騒がしくしておられますものね』
「はは、そうだね」
幸多は、ウルズの淑やかな口調に落ち着きを覚えつつ、速やかに本陣へと帰投した。縮地改を全力で駆使し、赤黒い大地を滑走していく。
後方に弾丸をばら撒いて牽制しつつ、だ。
やがて本陣が見えてきて、擬似霊場結界の中へと突っ込むと、導士たちが魔法を放つ瞬間を目の当たりにした。
「フロストバイト!」
「弐百参式・激流砲!」
「参百参式・迅風衝!」
「弐百拾式・護波壁!」
「六百参式・風雪花!」
「ウォーターキャノン!」
様々な魔法が発動されるが、主に水、氷属性の魔法が多いのは、ここがかつてスルトの領土であり、大量の火属性幻魔が棲息していることが判明していたからである。
よって、火属性に相性のいい水属性、氷属性の魔法の使い手を多く編成している。
導士たちの攻型魔法が、本陣へと接近しつつあった幻魔の大群を押し止め、そこへクニツイクサと幸多の銃撃が殺到する。
魔法による大攻勢は、止まない。
十小隊四十余名の導士たちが、つぎつぎと攻型魔法を繰り出しては攻撃を行い、防型魔法によって本陣の防御を完璧なものへと仕上げていくのである。
「よく無傷で戻ってきたね、さすがだよ」
幸多の頭上に浮かび、話しかけてきたのは、荒井瑠衣であり、幸多は、頭上を仰ぎ見ようとして、止めた。導衣の内側まで見えそうだったからだ。
「逃げ回りましたから」
「だとしても上出来だよ。導士は、生きてこそさ」
「生きてこそ……」
瑠衣の言葉を反芻し、力強く噛みしめるのは、幸多の脳裏に龍宮戦役の地獄そのものの光景が過ったからだ。
死が、臭った。
「さて、この数だ。あたしの本気を見せてやらないとね」
「さっすが杖長、待ってました!」
「兄さん……」
すっかり瑠衣に感化された真白の反応に苦笑しつつも、黒乃は、強力な攻型魔法を編み上げている。
「破断氷刃!」
黒乃が真言を唱えた瞬間、幻魔の頭上に出現した巨大な氷の太刀が旋回し、触れるもの全てを氷漬けにしていく。そして、氷の太刀そのものが破裂すると、無数の氷の礫を飛散させ、氷結させた幻魔たちを粉砕していくのである。
「氷属性もお手の物だね」
「それもこれも義一くんのおかげだよ」
「ぼくはきっかけを与えただけ。ものにしたのは、きみの努力と研鑽《けんsなn》があればこそ、だよ」
義一は、黒乃の謙遜ぶりに目を細めつつ、一方で律像を組み上げていく。
その頭上で瑠衣の星象現界は完成した。
「燃えろあたしの反骨魂!」
真言が星神力を闇色の波動として拡散させたかと思えば、次の瞬間には、二体の星霊が瑠衣の背後に、影のように出現していた。
瑠衣と二体の星霊によるスリーピースロックバンドの出現は、戦場そのものの様相を呈し始めた本陣に、過激なまでの旋律を響き渡らせていく。
そして、瑠衣の歌声が、導士たちの士気を鼓舞し、戦意を昂揚させていった。
瑠衣の歌には、そのような力も備わっていた。
千体を越える幻魔の大群に対し、導士四十余名と四機のクニツイクサ。
だが、大した戦力差ではない、と、だれもが思ったのは、瑠衣の歌声の力だ。
そしてなにより龍宮戦役の経験があったからだろう。
龍宮戦役の戦力差は、もっと膨大だった。
圧倒的かつ絶望的なまでの戦力差は、本来であれば覆しようのないものだった。
奇跡的に大勝利を収めることができただけのことであり、あのような奇跡は二度と起きないのではないかと思えてならなかった。
そして、あの戦いのことを思えば、いま目の前にいる幻魔の大群など、ものの数にも入らない。
幸多は、飛電改と雷電改を連射しながら、そんなことばかりを考えるのだ。
数多の魔法が幻魔の群れを吹き飛ばし、霊級幻魔を蒸発させ、妖級幻魔を瑠衣が打ちのめす――そんな、激戦のただ中で。
幸多は、ただ、黙々と引き金を引き続ける。




