第八百二十二話 クニツイクサ(九)
「いかがですか?」
不意に十四郎が問いかけてきたのは、第二波との激戦の最中のことだった。
遥か遠方、四機のクニツイクサと幸多が、五百体近い幻魔の包囲網を突破し、陣形を整えながら戦っている、その真っ只中。
十四郎は、幻板に映し出された中継映像を見つめながらも、イリアの評価が気になって仕方がなかったようだ。
「え、あ、そうね……」
イリアが多少慌てたのは、幸多の戦いぶりに熱中していたからだが。
幸多は、第一波の二倍以上の幻魔が押し寄せてきたということもあって、装備そのものに変化を加えていた。
飛電改をもう片方の手に持って乱射すると、それだけでは物足りないと判断したのか、多目的機巧腕・千手を装着し、展開、四本の機械腕で二丁の雷電改を装備したのである。
二十二式機関銃・雷電改は、大型の撃式武器であり、片手で扱うのは難しい代物だった。故に幸多は、千手を呼び出し、千手に雷電改を任せたのだろう。
二丁の飛電改を連射しながら、二丁の雷電改が唸りを上げて間断なく乱射する様は、クニツイクサよりも過激で、破壊的といっても過言ではなかった。
無数の弾丸が幻魔の包囲網に穴を開け、その穴を幸多が抜ければ、四機のクニツイクサも続いた。そして、包囲網の外側から、陣形を立て直そうとする幻魔の群れに凄まじい弾丸の雨を浴びせていく。
圧倒的かつ一方的な大攻勢。
それもこれも、幸多の機転に寄るところが大きい。
(とはいえ、これじゃあ試験にならないわね)
イリアは、幸多の大活躍に興奮する一方で、冷静に考えていた。そして、十四郎の質問に応える。
「獣級幻魔相手ならば、いまのところなんの問題も見当たらないし……頼もしいといっても差し支えないでしょうね」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも。クニツイクサは、イクサの設計思想を継承してはいますが、抜本的に改良し、改善し、大幅な改造を行ったもの。出力的にはイクサに劣る上、イクサのような変形機能もありませんが……とはいえ、イクサに引けを取らない汎用性、拡張性、そして量産性がありますから」
「F型兵装の設計思想をそのまま体現したような兵器ね」
「ええ。大いに参考にさせて頂きましたから」
「参考……ね」
十四郎が和やかに頷いてきたのは、想定外ではあったが、彼の性格を考えれば当然の反応だったのだろう。
十四郎も、〈思金〉の技術者たちも、実際、F型兵装を参考にしている程度だと考えているに違いない。
技術局が門外不出としている重要機密を技術として取り入れているという事実には、気づいてもいないのだ。だから、十四郎のような反応になる。
十四郎には、裏が見えなかった。
鏡磨とは、明らかに違う。
(純魔結晶を動力源にしている以上、超密度圧縮技術を使っているのは間違いない。でも、どうやって)
どうやって、技術局のみが利用しているその技術を知り、使えるようになったのか。
そして、どうして、天燎財団のそのような動きがノルン・システムを以てしても把握できなかったというのか。
(裏切りものがいる……?)
だれかがイリアを裏切り、財団に技術を与えたとでもいうのだろうか。
しかし、イリアには考えられないことだったし、想像しようもないことだった。そんなことをしても、なんの意味もなければ、価値もない。
イリアたちの目的に反する行いに他ならないのではないか。
(でも、だとすれば……)
どうやって、財団は、技術局が秘匿としている技術を知り得たのか。
やはり、何者かが提供したとしか考えられないのだが、しかし、技術局の導士にせよ、戦団のいずれかの部署の導士にせよ、そのような真似をすれば、一瞬で明らかになるのがノルン・システムの恩恵というものだ。
導士は、一人残らずノルン・システムの監視下にあるのと同じだ。
不自然な行動を取れば、瞬時に見抜かれてしまう。
だが、そのような報告は、イリアの元にも、ましてや護法院にも届いていないようだ。
ならば、なにが起きているというのか。
そのことが、イリアの思考に暗い影を落としている。
一方、戦場は、激戦を続けていた。
「クニツイクサだっけ? わりといい感じだな?」
「隊長の大活躍あってこそだけど……」
「そうだね。隊長が四機のクニツイクサを引っ張ってる感じだ」
本陣防衛という重大な役目につきながらも、幻魔に襲われる気配がないということもあって、真星小隊一同は、実戦試験の中継映像を食い入るように見ていた。
四機の巨人に対し、対等以上の戦果を挙げている一人の人間。
幸多が撃ち落とした飛行型獣級幻魔をクニツイクサの斬撃が止めを刺せば、クニツイクサが撃ち漏らした幻魔を幸多が討ち斃す――そのような場面が散見されるようになった。
幸多と四機の巨人の間に、連携が生まれつつあるのだ。
激戦である。
凄まじい数の幻魔との戦いの中で、幸多も巨人たちも、手を取り合って戦わなければならないと考えるようになったのだろう。
そんな幸多の戦いぶりは、真白たち真星小隊の隊員にとって喜ばしいことではあった。幸多が幻魔討伐に奮起するだけでなく、部隊を指揮するように動き回る様は、日々の任務中の彼の姿そのものなのだ。
「うーん、ロックだねえ」
荒井瑠衣も、幸多の奮戦ぶりに嬉しそうな声を上げる。
本陣防衛の主力は、荒井瑠衣が率いる荒井小隊であり、真星小隊の三人は、荒井小隊に編入される形で本陣防衛についているのである。
ここは、空白地帯のど真ん中だ。
そして、トリフネ級輸送艇を中心とする陣地は、擬似霊場発生装置イワクラが構築する結界の中に収まっている。
結界が、幻魔の接近を阻んでいるということもあり、余程のことでもない限り、本陣が攻撃を受けるということはないのである。
故に、幸多と巨人たちに幻魔が殺到しているという可能性も、あるのではないか。
そんなことを考えながら、義一は、真眼で周囲を見回す。
ムスペルヘイムの蒼焔原野と呼ばれていた地帯。
かつてのスルト軍残党が、野良とも野生とも呼ばれる幻魔として、荒れ放題の大地に隠れ住んでいる様子が、彼の視界にははっきりと映り込んでいる。
大量の動態魔素の塊が蠢いているのである。
穴蔵に隠れ、こちらの様子を窺っている幻魔たちもいるようだ。
その数たるや、数百では足りないだろう。
「杖長」
「なんだい?」
「一応、防御を固めた方が良いかと」
「ん? あー……そうだね、あんたの忠告には従っておくとするよ」
瑠衣は、義一の黄金色に輝く目を見て、大きく頷いた。義一の真眼があればこその龍宮戦役の結果だということは、よく知っている。
真星小隊は、一夜にして英雄になった。
〈殻〉を滅ぼした若き英雄たち。
第七軍団内での真星小隊の地位は、大きく向上し、彼らに対して陰口を叩くようなものはいなくなったといっていい。
瑠衣は、すぐさま各小隊に周囲への警戒を強めるように伝えると、自身もまた、いつでも戦闘に移行できるように精神状態を整えた。
現状、本陣は安全極まりないように思えるが、しかし、義一の目ほど信頼のおけるものはないのだ。
義一が警戒を要するというのであれば、幻魔の襲撃がある可能性が高い。
そうしている間に、実験部隊は、幻魔の第二波を撃滅し終えていた。
第一波は二百体、第二波は五百体である。
合計七百体の獣級幻魔を殲滅したということになるのだが、その程度、この空白地帯ならば大したことではない、と、いわざるを得なかった。
この魔界には、もっと大量の幻魔が棲息している。
この程度で満足してはならない。
幸多は、大量の幻魔の死骸が山のように積み重なっている様を見遣りながら、小さく息を吐いた。
さすがの連戦で、心身に負荷がかかっている。