第八百二十話 クニツイクサ(七)
「壱号機、弐号機、参号機、四号機の出力、安定しています」
「まだ発進したばかりだ。当然だろう」
それに動力機関の稼働試験に関しては、それこそ数え切れないほどに行っていて、最終的に長時間に渡って安定するまでになっていたのだ。
だからこそ、今回の戦闘試験を行う運びとなった。
〈思金〉の技術者たちは、空白地帯に設営された本陣内にあって、機材を使い、クニツイクサの状態を確認していた。
クニツイクサは、天燎財団が誇る技術者たちの集団である〈思金〉によって研究、開発された新世代の戦闘兵器だ。
イクサの後継機でありながら、イクサに用いられていた幻魔の技術の大半が排除され、刷新されており、使われている素材も全て新調しなければならないということもあって、財団の技術者たちが総動員されたのである。
そして、ようやくクニツイクサが形になったのが八月の末頃なのだが、それでも、死力を尽くした結果である。
そんな絶望的な戦いを乗り越えた技術者たちではあるが、空白地帯の真っ只中にいるという緊張感には、震える想いだった。いくら戦団の導士たちが護ってくれていて、いつでもトリフネに乗って逃げ出せるとはいっても、だ。
遥か前方には大量の幻魔が蠢いているという話だったし、相争っているという情報もあった。いつ流れ弾が飛んできてもおかしくはないのだ。
だからこそ、技術者たちは、尋常らざる緊張感と戦いながら、ヤタガラスから送られている映像や計器類を確認しているのである。
本陣には〈思金〉の技術者二十名と、戦団技術局の技術者十名、そして四十余名の導士がいる。
その導士たちの陣頭指揮を執っているのが日岡イリアだが、杖長・荒井瑠衣も念のために任務についていた。
「あれだけ問題になったイクサの後継機だなんて、ある意味ロックだね」
「そんなロックさはいりませんが」
「まあ、そうさね」
瑠衣は、部下の苦笑に頷きながら、遥か前方の荒野を滑走する四機の巨人と、それに併走する重武装の導士を見ていた。
幸多である。
クニツイクサと呼ばれる四機の機械巨人に随伴するようにして、鎧套・銃王弐式を纏った幸多が大地を滑走しており、その様子は、複数のヤタガラスによって様々な角度から撮影され、中継されている。
幸多は、イリアに指示されるまま、四機の巨人に追随している。その図体の大きさからは考えられないほどの超高速滑走には既視感を覚える。。
イクサの演習に参加したときのことが脳裏を過ったのだ。
天輪技研ネノクニ工場で行われた天燎財団の新戦略発表会。幸多がそのような大舞台に飛び入りで参加することになったのは、魔法不能者の導士たる幸多を利用することで、イクサのお披露目を印象づけるためだったことはいうまでもない。
天燎鏡磨は、幸多になんらかの利用価値を見出していたようだったし、その一環だったのだろう。
そんなことを考えながら、自身もまた、縮地改を駆使し、起伏に富んだ空白地帯の大地を滑るように駆け抜けていく。
『どうだよ? 隊長』
「どうもこうも」
『なんだかはっきりしないね?』
「まあ、まだなにも始まっていないしね」
『だから通信できるんだけど……』
「そりゃあそうか」
幸多は、真星小隊一同からの通信に小さく笑った。ただ一人クニツイクサに帯同する羽目になった幸多のことが心配で堪らないとでもいわんばかりの通信だった。
しかし、幸多としては、心配していない。
いくら天燎財団とはいえ、イクサと同じ過ちを犯すとは思わなかったし、なにより、関係者から魔法反応が出ていないというのだ。であれば、悪魔たちに操られた結果などではなく、天燎十四郎らが評価の急落甚だしい財団を盛り上げるために打ち出した施策と見るべきだろう。
それが戦団との協力というのであれば、悪いことではない。
戦団と央都市民が手に手を取り、人類復興に向かって邁進しようというのならば、望むべくもないことだ。
「本当に、イクサそっくりだと思うよ。いまのところはね」
『イクサは悪魔の兵器だったよな? で、クニツイクサは人工的に作り上げられたもの。性能差は、どうなんだろうな』
『さすがにそれは、実戦を行ってみないことにはわからないんじゃないかな』
「通常時の移動速度に関しては、イクサよりも速い気がするかな」
『そうなんだ?』
「うん」
頷きながら、幸多は、クニツイクサ四機が高速滑走によって巻き上げる砂埃から逃れるように移動した。クニツイクサの脚部には、おそらく縮地改と同等の機構が備わっているのだろう。だから、この緋焔峡谷の凹凸も激しい地形をも容易く走破していけるのだ。
クニツイクサは、全長三メートルほど。白と銀で構成された装甲を纏う巨人たちが滑走する様は、威圧的であり、頼もしくもある。
手にしている武器は、身の丈ほどもある大剣と、腕で抱え込むような形状の大型の銃である。銃から伸びた器具が肩に接続されているのがわかる。
大剣は斬魔に、銃は飛電に少し似ている。
特に大剣の蒼黒い刀身は、白式武器に共通する色合いということもあって、既視感が強かった。
(F型兵装を参考にしている……とか?)
幸多は、そんな風に思いながら、目標地点へと向かっていた。
やがて、前方に低地が見えてきた。蒼焔原野と呼ばれていた地帯であり、そこには多数の幻魔が潜んでいることがわかっている。
緋焔峡谷から蒼焔原野へ、急角度の斜面を平然と滑り降りれば、前方に穴だらけの大地が待ち受ける。
『クニツイクサ四機および皆代輝士、目標地点に到達』
『各機、異常なし。操者の状態はどうか?』
『生体反応に異常なし。精神状態も良好』
『了解。各機、戦闘行動を開始せよ』
通信機越しに聞こえてきたのは、〈思金〉の技術者たちのやり取りであり、そんなものがどうして幸多に聞こえるのかはわからなかった。幸多には、不要な情報なはずだ。しかし、
『聞こえたわね、幸多くん。きみも幻魔と戦って頂戴。もちろん、妖級にはくれぐれも注意して。遭遇したのなら撤退の一手よ』
「は、はい。了解!」
幸多は、通信機越しのイリアの指示に従うようにして、速やかにその場から動き出した。
既に四機のクニツイクサは、戦闘行動を開始している。
重々しい駆動音を発しながら疾駆する四機の巨人は、前方に獣級幻魔の群れを発見すると、銃を構えた。引き金を引き、銃弾を連射する。
雷鳴のような発砲音は、第一世代の撃式武器を連想させた。
四機のクニツイクサによる一斉射撃は、凄まじい弾幕となる。
前方に屯していた獣級幻魔たちを次々と穴だらけにしていく一方、周囲一帯に潜んでいた数多の幻魔を呼び寄せることとなった。
クニツイクサ四機が足を止めたのは、幻魔が前方のみならず、周囲四方に現れたからであり、その数が膨大だったからにほかならない。
何十体、いや、何百体もの獣級幻魔が、この空白地帯に突如として現れた異物に対し、威嚇するかのように声を上げ、律像を構築していく様が見て取れる。
「さすがに多いな」
幸多は、周囲を見回しながら、飛電改を構えた。
獣級幻魔の群れ。
ガルム、カソ、バロメッツ、グリンブルスティ、ライジュウ、アンズー、スザク――いずれも、スルト軍に属していた獣級幻魔であり、殻主が死に、〈殻〉を失ったがために、この広大な空白地帯に自分たちの住処を作っていたのかもしれない。
『獣級幻魔、二百体』
『各機、五十体の討伐を目標とせよ』
『了解!』
ついには操者の声まで聞こえてきたものだから、幸多は、イリアの細工を疑った。
このような真似をするのは、イリア以外には考えられない。