第八百十九話 クニツイクサ(六)
汎用人型戦術機クニツイクサ。
イクサの後継機であるそれは、しかしイクサとは全く異なる代物である、と、財団の技術者集団〈思金〉の技術者たちが強く訴えていた。
全長三メートル。
人間を優に越える巨躯は、魔法合金製の駆体を強固な装甲で包み込んでいるのだという。そして、武装の数々も魔法合金製であり、幻魔にも通用するように工夫されている。
人間を大型化したかのような姿形をしているのは、そのほうが直感的に操作がしやすいからだということもあるだろうし、イクサの後継機ということも大きいだろう。
操作方法は、イクサと同様に神経接続を用いた遠隔操縦であり、専用の操縦機器を用いる。操者と呼ばれる操縦要員もまた、〈思金〉の一員であるらしい。
そんな説明が天燎十四郎によってなされると、その場に集った導士たちは、様々な反応を示した。幸多のような拒否反応を示すものもいれば、興味津々といった様子の導士もいる。
イクサの後継機など作るべきではないし、戦団が協力するべきではないのではないか、と、語気も荒く言いつのるものもいた。
「確かに、クニツイクサがイクサの完全なる後継機であれば、戦団は協力するどころか、即座に開発を中止させたでしょうね」
イリアが、そんな導士の一人に告げた。導衣の上に纏った白衣が吹き抜ける強風にはためく様は、彼女の美しさを強調するようでもあった。
「イクサには幻魔の技術が多分に使われていた。幻魔細胞、幻魔素材とでもいうべき代物もね。そして、その技術は、機械型幻魔にも転用、あるいは流用されていると見ていいでしょう」
だから、幻魔がクニツイクサを使って新たな実験をしようというのであれば、全力で止めなければならない――そう、イリアは、導士たちに説明するのである。
「しかし、戦団が承認したということは、協力するということは、その可能性が皆無だと証明されたということよ。もちろん、クニツイクサの開発関係者全員を徹底的に調査させてもらっているわよ」
そして、それによってだれ一人としてなんらかの魔法の影響下に置かれているわけではないことが証明された。
それならば、と、護法院が天燎財団の新規事業であるクニツイクサ開発計画に乗り気になるのも、ある意味では当然だった。
イリアでさえ、クニツイクサが完璧に動作し、性能を発揮するというのであれば、なにもいうことはないのだ。
問題を多分に秘めているとしても、だ。
「全員かあ。そりゃ大変だ」
「まあ、それくらいはしないとね」
「うん……」
幸多は、隊員たちの話し声を聞きながら、クニツイクサの威容を見ていた。白と銀が入り交じった装甲は、どこか晴れ晴れとしていて、輝かしくもあった。
少なくとも、イクサのような禍々しさは一切感じられない。
それが外見の違いによるものなのか、素材の違いによるものなのかはわからないが。
「イクサは、悪魔の知恵と知識を用い、悪魔に魂を売り払って作られたもの。ですが、クニツイクサは、人間が、人間の出しうる知恵と知識、技術と熱意によって作り上げられた次世代兵器なのです。導士様の中には、未だ天燎に疑問を持たれているかたもおられるでしょうが、その疑問、疑惑は、クニツイクサの活躍によって晴らされると信じています。ですから、どうか、御協力の程をお願いしたい」
十四郎は、四十余名の導士たちを見回すと、深々と頭を下げた。
こうでもしなければ、天燎財団が戦団に与えている不信感を拭い去ることは出来まい、という考えもあれば、ここまでしても払拭できるものでもないだろうという想いもあった。
それだけ、財団を始めとする様々な企業が戦団に対し、牙を剥いてきたという事実があり、歴史がある。幾多の企業が戦団に楯突き、滅び去っていったのか。
そのような過ちの果てにあるのは、人類そのものの滅亡ではないか。
十四郎は、だからこそ、戦団に協力を打診した。
戦団と歩調を合わせ、手を取り合い、人類復興を成し遂げれば、それこそ、天燎の世がくるだろう。
それは明日明後日のことではない。
遥か遠い未来の話――。
「……だ、そうよ。まあ、いわれるまでもないことでしょうけれどね」
イリアは、十四郎を胡乱げに見つめながらも、導士たちには任務を全うするようにと言い含めた。
導士たちも、星将・日岡イリアの言葉一つによって緊張し、姿勢を正した。彼女の指示に首肯し、その通りの配置につく。
幸多たちは、といえば、
「真星小隊、こっちへ」
「は、はい?」
幸多は、イリアに手招きされ、怪訝な顔になった。部下たちの反応を待つまでもなく、イリアの元へと赴くと、彼女は幸多の顔を覗き込むようにした。
「調子はどう?」
「はい?」
「生体義肢の調子よ。きみ専用の」
「あ、ああ……快適そのものですね。訓練にも任務にも支障をきたしていません」
「それなら良かったわ。今回の任務、きみにはしっかり働いてもらわないといけないから」
「ぼくに?」
「おれたちは?」
「あなたたちは、本陣防衛という重要な役割があるわよ。三人だけだものね」
「はあ?」
イリアの発言の意図がわからず、真白は黒乃と顔を見合わせた。義一が尋ねる。
「三人だけということは、隊長が駆り出されるということですね」
「御名答。幸多くんには、クニツイクサと併走してもらうことになったわ」
「クニツイクサと併走……ですか?」
説明を受けても理解が及ばず、幸多は、さらに混乱するのだ。
イリアの後方では、クニツイクサが武装を終え、出撃準備を整えつつあった。
「クニツイクサは、天燎の機械兵器よ。じゃあ、戦団技術局第四開発室が誇る機械兵器といえば、なにかしら?」
「……F型兵装ですね」
「その通り。皆代輝士、きみには、F型兵装を用い、クニツイクサとともに任務に当たって欲しいのよ。指示はこちらから行うわ。指示通りに動いて頂戴」
「つまり、指示以外の余計なことはするな、ってことですね?」
「そういうこと」
「わかりました」
「そんなに気張ることないわ。クニツイクサは、既に何十回、何百回もの起動実験や稼働試験を行い、成功しているもの。きみは、クニツイクサとF型兵装の性能の違いを見せてくれればいいだけのことよ」
「はい」
幸多は、イリアの指示にうなずくと、部下たちの顔を見回した。
「ということらしい」
「隊長は大変だな」
「ぼくたちは、本陣防衛みたいだね」
「ここが戦場になる可能性もないわけじゃないもんね……」
「そうだね。ここにはひとが集まっているから――幻魔に発見されれば、攻撃目標にされる可能性は低くはないよ」
黒乃の意見に頷いたのは義一であり、彼は遠方を見遣っていた。彼の真眼がいまやだだっ広い空白地帯と化したかつてのムスペルヘイムを見渡し、その茫漠たる荒野を数多の幻魔が蠢いている様を捉えている。
何百回も行われたというクニツイクサの起動実験、稼働試験は、現実世界で行えるような規模のものでしかないだろうし、戦闘機動となれば、どれほどの性能を発揮できるものなのかは不明瞭なままに違いない。
無論、幻想空間上では何度となく実験され、最大限に性能を発揮して見せたのだろうが。
幻想空間と現実世界は、違う。
どれだけ完璧に再現されたのだとしても、現実の空白地帯は、現実の魔界は、なにもかもが違うのだ。
この魔界で実験することにこそ、意義があり、意味がある。
だからこそ、この広大な空白地帯を実験場として選んだのだ。
殻主を失った大量の幻魔たちが、そこかしこに隠れ住み、また、近隣の〈殻〉が領土を手に入れるべく精力的に活動している最中の、この空白地帯に。
「こちらの準備は整いましたが、いかがでしょう?」
「こちらは、いつでも構いませんよ」
「……では、始めましょうか。クニツイクサの初となる実戦試験を」
十四郎が力を込めて告げたのは、それだけの想いが籠もっているからに他ならないのだろうが、イリアにもそれだけの想いがあればこそ、みずから率先して陣頭指揮を執ることにしたのだ。
クニツイクサには、F型兵装の技術がふんだんに取り入れられている。
そしてそれらの技術は、戦団が超重要機密としているものであり、イリアですら外部に流出させていないものだった。