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第八百十六話 クニツイクサ(四)

 晴れ間の見えないような複雑な気分が、圭悟けいごの中に渦を巻いている。

 頭上には、晴れ晴れとした空模様が広がっていた。青空で、雲はまばらだった。日はまだ高く、あれからそれほどの時間が経っていないことを示している。

「結局、親父は利用されただけじゃねえかよ」

「そうだな」

 圭悟の隣を歩きながら、圭助けいすけは頷く。

 天燎財団てんりょうざいだんが戦団を相手に始めようという新規事業とやらは、圭助とは無縁むえんの代物であり、だからこそ、戦団の総長閣下が出張ってくるなり、米田親子は速やかに解放されたというわけだ。

 皆代みなしろ小隊の面々が工場の外まで見送ってくれたが、それはつまり、ここから先は、米田親子には関係がないということでもあった。

 後は、財団と戦団の上層部で話し合えばよく、そこに一般市民が関与する余地などあるまい。

 回りくどいにもほどがあるやり方でこんなところまで呼びつけられた挙げ句、思惑通りにことが運んだ結果、さようならである。

 だが――。

「これでいいんだ」

「え?」

「財団は、天燎十四郎(とうしろう)は、これでわたしの利用価値を使い切った。戦団と深く接触するために利用したのであれば、総長様との接触を果たした以上、十分すぎる成果といえよう」

「……うーん」

「なにも難しく考える必要はない。わたしはそもそも、財団と関わりを持ちたくなかったし、これからもそれは変わりはない。わたしの新たな人生に、財団の存在そのものが不要なのだ」

 強く断言しすぎるのもどうかと思うが、少なくとも、圭助のこれからの人生には不要な存在なのは確かだ。

 ただし、それは財団という組織そのもののことであって、財団に関連する企業全てを忌み嫌い、利用しないというわけではない。

 事実、米田家には財団関連企業の製品が多数存在していたし、どれもこれも存分に活用されている。

 財団という組織と、関連する製品を結びつけて考える必要はない。

「わたしに必要なのは、おまえたち家族だよ」

「……そっか」

 それなら、それでいいか。

 圭悟は、父親の発言に多少照れくさささえ感じた。

 これで父と財団の関係が途切れたというのであれば、これ以上財団がなにもしてこないというのであれば、なんの問題もない。

 利用されるだけ利用されて、役割を果たした瞬間に放り出されるというのは、しゃくに障ることこの上ないが、しかし、一般市民がこれ以上深く関わる必要性がどこにあるのか、という話ではある。

「そうだ」

「うん?」

「中で見聞きしたことは、他言無用だぞ」

「……あのなあ、親父」

「ん?」

「おれだっていつまでも子供じゃねえんだ。それくらい、わかってるっての」

 圭悟は語気も荒く言い返したものの、どきりとしたのも事実だった。

 圭助に釘を刺されなければ、らん辺りに口を滑らしていたかもしれない。

 とはいえ、財団の新規事業だという話が事実ならば、そのうち公になるのは間違いないだろうし、クニツイクサの存在も明らかにされていくのだろうが。

 圭悟は、ふと、改装工事中の工場を振り返った。既に遙かに遠のいた工場内でどのような話し合いが行われているのか、多少、気になったのだ。

 幸多こうたに聞いてもなにもわからないだろうし、知っていたとしても、教えてくれないだろう。

 そんなことを考えていると、圭助が法器ほうきを取り出したものだから、彼は、父の横顔を見た。父の周囲に律像りつぞうが展開していく様を見るのは、久々だった。厳粛な父親らしく、精密機械そのもののような律像。思わず見とれてしまうほどに完璧な設計図だった。

「帰るとするか」

「おう」

 圭助が飛行魔法を唱えて浮き上がると、圭悟は、その法器に飛び乗った。



「クニツイクサ……ですか」

「イクサの設計思想を受け継いだ後継機よ。ただし、幻魔は一切関与していない、人間の手作りの兵器」

「本当に、関与していないんです?」

「天燎十四郎にも、クニツイクサの技術者たちからもなんらかの魔法の影響を受けている様子はなかったわ。無論、アスモデウスの固有波形も検出されなかった。ほかの悪魔たちのもね。だから、交渉の席に着いたのよ」

 そうはいっても、嘆息たんそくばかり漏れてくるのは、どうしようもないことだ、と、イリアは、己の机に突っ伏した。

 戦団本部技術局棟第四開発室、室長執務室。

 室内には、イリアと伊佐那義流いざなぎりゅう、そしてイリアの愛猫あいびょうソフィアだけがいる。

 ソフィアは、なにを想ったのか、イリアの背中に軽く飛び乗って、そのまま丸くなった。故にイリアはおいそれと起き上がれなくなってしまったのである。

 イリアの周囲には、複数の幻板が展開しており、そこにはクニツイクサに関する情報が詳細に記載されているのだが、義流は、それらを見て、考え込んでいた。

「イクサは、アスモデウスの知恵と知識の産物でしょう。だから、不可能を可能にすることができた。幻魔にも通用する人型機械兵器なんて、夢のまた夢であり、幻想の極致きょくちでしたし」

「そうね。まったく、おっしゃる通りよ」

「あれだけの戦闘力、機動力を発揮するには、相応の動力が必要だった。そして、その動力は、DEMと名付けられた動力源と動力機関、そして機構によってまかなわれていた。デモンエクスマキナ――機械仕掛けの悪魔の名の通り、それはまさに悪魔そのものだったわけですな」

「天輪スキャンダル……いま思い出しても目眩めまいがするわね」

「イクサの開発を主導した天燎鏡磨も神吉道宏かんきみちひろも、結局はただの被害者だったわけですからな」

「ええ。全員、アスモデウスに操られていただけに過ぎないわ」

 だが、それでも、彼らの罪を問わなければならなかった。

 操られたのは、イクサの開発に関することだけだということも、明らかになっているからだ。

 無論、イクサの発表会の場で戦団を糾弾きゅうだんする程度、なんの問題にもならない。

 戦団への抗議活動すらも公然と行えるのがこの央都の社会構造なのであり、市民に保証された自由の形なのだ。

 問題なのは、その後のことだ。

 鏡磨は、暴走したイクサを利用し、イリアたちを排除しようとした。

 それは戦団への宣戦布告と見做されても致し方のないことであり、故に、彼の身柄は拘束され、収監しゅうかんされたというわけである。

 その結果、鏡磨がマモンに使い捨てられることになったのは、また別の話だが。

 そして鏡磨は、収監された後も、持論を曲げなかった。イクサは悪魔の兵器などではなく、極めて人道的な、人類の未来に必要不可欠な存在であると訴え続けていたのだ。自分がアスモデウスに操られていたことなどどうでもよく、その結果として人類復興がなされるのであれば、それでいいとさえ発言している。

 その過程で戦団は滅びるべきだ、というのが、鏡磨の導き出した結論であり、ゆえにこそ、悪魔に魂を売り渡したのだろう。

「そして、アスモデウスに関連する技術を用いていないというのであれば、なんの問題もない。護法院ごほういんのお墨付きよ」

「お偉方は、なにを考えておいでなのでしょうな」

「わたしとしても、クニツイクサが有用ならば、なんの問題もないと考えているし、むしろありがたいとさえ思えるわよ」

「ええ?」

「でも、これは……どうにもせないわね」

 イリアは、ついには後頭部に移動してきたソフィアを両手で捕まえてみせると、ゆっくりと頭上に掲げ、上体を戻した。膝の上に黒猫を乗せ、優しく撫でる。すると、ソフィアが愛らしい声で鳴いたものだから、イリアは表情を緩めた。

 それから、幻板に視線を定める。

 汎用人型戦術機クニツイクサの全体像があらゆる角度から表示されているだけでなく、天燎側から提供されたクニツイクサに関する様々な情報が列挙されていた。

 全長、総重量、装甲および駆体の材質、動力機関、主要武装、操縦法等々、戦団が必要とするであろう情報を包み隠さず提供してきたことには好感を抱かないではないが、しかし、イリアは眉根まゆねを寄せるのである。

「イクサが幻魔と対等に戦えるだけの、導士たちすら苦戦を強いられるほどの力を発揮したのは、あなたのいった通り、DEMシステムがあればこそよ。そして、動力源たるDEMコアが、魔晶核そのものだったということ。魔晶核から取り出される莫大なエネルギーこそが、イクサの機動力、戦闘力の源だったもの」

「クニツイクサは、そうではありませんな」

「ええ。けれども、あの映像を見る限りでは、通常時のイクサに匹敵するだけの性能を発揮していたように見えたわ」

 少なくとも獣級幻魔をものともしないという時点で、兵器としては及第点を与えてもいい。

 そして、獣級幻魔を蹴散らした武装の数々は、イクサの武装群にも活用されていた、かつてイリアが秘密裏に提供した研究資料に基づくものであることは、疑いようがない。

 つまり、F型兵装と同じく、超周波振動を用いた兵器群だということだ。

 でなければ、通常兵器が幻魔に通用するはずもない。

 それは、いい。

 イリアは、技術局だけでは生まれ得ない発想、発明を外部に求め、そのために様々な情報を優秀な技術者たちに匿名で提供してきたのだ。それによって新技術、新兵器が開発されることそのものは、喜ばしいことだ。

 イリアたちは、そうして誕生した新技術をさらに昇華することによって、戦団の戦力を増強することにこそ、存在意義がある。

「動力機関は……弐型魔力炉にがたまりょくろですか」

「そして、動力源は、純魔結晶マグナ・エーテライトだそうよ」

「純魔結晶?」

 義流は、愕然と、イリアの顔を見た。イリアの冷え切った瞳が、幻板の光を反射して輝いていた。

 ありえないことだ、と。


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