表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
816/1234

第八百十五話 クニツイクサ(三)

「いかがでしょう。これこそが天燎財団が誇る次世代兵器にして、汎用人型戦術機はんようひとがたせんじゅつきクニツイクサの性能です」

 幻想空間上で行われた演習の結果を踏まえて、十四郎とうしろうは、少しばかり誇らしげに告げた。

 汎用人型戦術機クニツイクサは、獣級幻魔の群れを蹴散けちらし、妖級幻魔イフリートを激闘の末に撃破して見せたのだ。

 これだけの戦果を挙げられる魔法士など、そうはいまい。この央都を見渡しても、戦団はともかくとして、央魔連おうまれんの魔法士たちですらそう簡単には成し遂げられることではないだろう。

 だれもがたやすく幻魔を撃破できるわけもなければ、自身の肉体が損傷してもなお、破壊されてもなお戦い続けられるものがどれだけいるだろう。

 戦団の導士ならば、いざ知らず。

 魔法社会であり、だれもが魔法を使う世の中とはいえ、幻魔を討伐しうるだけの戦闘訓練を積んでいる魔法士など、そういるものではないなのだ。

 幻魔を打倒しうるまでに魔法技量を高めた市民がいるのだとすれば、大半は戦団への入団を希望するものだ。才能があれば星央魔導院に入ったり、入団試験を受けるだろう。

 市井しせいの、ごくごく一般的な市民の中に、これほどまでの力を発揮する魔法士を探し出すことは、難しい。

 そんな困難を繰り返しているのが戦団だということを、十四郎は理解している。

 だからこそ、だ。

 だからこそ、彼は、このようなある意味社会情勢に牙をくような新規事業を立ち上げようというのである。

「もちろん、御覧頂いたのは幻想空間上の演習に過ぎませんが……しかし、幻想訓練が如何いかなるものなのかは、日夜訓練にいそしんでおられる導士の皆様方のほうがよく御存知かと」

「ああ……そうだな」

 統魔とうまは、十四郎の言い分を静かに肯定こうていした。隣のルナが手を叩いて喜んでいるのを横目に見て、小さく息をつく。

「すっごーい」

「あれが本当に悪魔の力を借りることなく、人間の手だけで作られたというのなら、大したものかと」

「確かにな」

「素直に褒めていいものかどうか迷うけど」

「かっこいーけどなあ」

「まんま、イクサだな、ありゃ」

「うむ。イクサそのものだ。だが……」

 圭悟けいごの一言に頷き、圭助けいすけは、内心の不信感を拭いきれず、苦い顔になった。脳裏のうりに天輪スキャンダルの一部始終いちぶしじゅうが駆け抜けたからだ。彼の与り知らぬところで起きた大事件は、彼の人生そのものを激変させる羽目になった。

 財団を存続させるため、蜥蜴とかげ尻尾しっぽを切るようにして、いや、生けにえを捧げるようにして、圭助や一部の関係者が戦団に提供された。

 ネノクニ支部もろともに。

 ネノクニ支部で働いていた多くの財団関係者が路頭ろとうに迷い、途方に暮れたという話は、彼の耳にもしっかりと届いている。

 圭助の新たな仕事は、そんな人々の受け皿として機能しつつあったし、そのためにこそ、彼は日夜身を粉にして働いているといっても過言ではない。かつての同僚、部下を救うために。

 そんな日々を送っている最中、突如として目の前に立ちはだかったのが、あの日、彼から全てを奪い去った鉄の巨人なのだから、憮然ぶぜんとするしかないだろう。

『幻想訓練は、結局、幻想訓練に過ぎない。幻想と現実は違うもの。幻想空間上で行えていたことが、現実世界では出来ない――なんていうことは、本当によくあることよ。そしてそれは、クニツイクサにもいえるわ。幻想空間上で数多の幻魔を撃破しただけでは、その有用性を証明することにはならない』

 イリアの淡々とした冷徹れいてつ極まりない言葉は、むしろ、十四郎の耳朶じだには心地よく響いた。

 いま、眼前で繰り広げられた機械の巨人たちの戦いぶりは、皆代みなしろ小隊の導士たちにも受け入れられられるほどに素晴らしいものだった。

 しかし、イリアは、常に沈着冷静であり、熱を帯びることも、浮かれることもなかった。

 そのことが、十四郎には実に好ましいのだ。

 一時の熱に浮かれるものほど、愚かなものはいない。

 鏡磨きょうまのように、イクサという絶大な力を得たがために足元を見失い、ついには我を忘れて悪魔に魂を売った男のことを考えれば、地に足に着いた考え方をするイリアのような人間のほうが、余程価値がある。

『幻想空間上ならば、どんなことだってできるわ。それこそ、魔法でも不可能な死者の蘇生すら、容易たやすくね』

 イリアは、財団の人間がそんな真似をするはずがないと思いつつも、辛辣しんらつに告げる。

 机上きじょう空論くうろんを実現することも、幻想空間ならなんていうことはないのだ。現状、構想段階に過ぎないものを幻想体として作り上げ、戦闘力を与えて幻魔を撃破することくらい、ある程度の技術があればだれにだって出来てしまう。

 そうした映像は、ネット上に溢れかえっていたし、飽和しているといっても過言ではなかった。

 だが、同時に、現実世界では困難な魔法や兵器の実験を幻想空間で行うのは、正しい判断だったし、イリアたちもやっていることではあった。

 イリアの場合は、F型兵装(エフがたへいそう)の実現のため、研究段階から幻想空間を散々活用しているし、その結果を反映し、改良に改良を重ねて現在に至っている。

 幻想と現実は違う。

 けれども、幻想空間では、現実世界と完全に同じ状況を作ることも不可能ではないというのもまた、事実だ。

 そして、十四郎たちが、わざわざ戦団にあのような映像を見せたということは、実現性のない絵空事えそらごとを幻想空間上に再現したわけではないだろう。

「そう、そこが問題なのです」

『はい?』

「我々は、クニツイクサの開発に全力を尽くしてきました。天輪スキャンダルによって失われた技術を復活させ、その技術を人為的に再現できるように改善、改良を施し、技術革新をももたらした。それによって完成したクニツイクサは、しかし、現実世界での実験など行えるはずもない。クニツイクサは、対幻魔殲滅兵器ですから、幻魔と実際に戦闘を行えなければ、意味がありません。そして、我々は法を遵守じゅんしゅする立場である以上、そんなことができるはずもない」

「財団とはいえ、一般市民は一般市民だものな」

 統魔は、十四郎の説明に納得しながら、クニツイクサを見遣みやった。

 一般市民は、緊急事態でもなければ、幻魔と戦闘することは許可されていない。幻魔と戦うくらいならば、逃げるべきだ、というのが一般的な考え方であり、央都の法である。

 つまり、かつて幸多こうたが行っていた幻魔討伐は、央都の法を無視する行いの数々だったということだが、しかし、結果として幻魔が討伐されたのであれば、そのことを口やかましくいう戦団でもないのである。

 事実、幻魔討伐を行う一般市民がいないわけではない。

 ただし、多くの場合、獣級以下の幻魔だけであり、妖級以上の幻魔ともなれば、戦団に一任するのが市民というものだ。

 では、財団は、どうか。

 財団ほどの立場ともなれば、法を無視するような行いをするわけにはいかないだろうし、仮にそれを行うにしたって市内に幻魔が出現するのを待ち続けなければならず、極めて非効率的だ。

 幻魔災害が発生した瞬間、現場に急行したときには、導士が幻魔を殲滅している可能性も高い。

 ならば、と、空白地帯で幻魔を探して回るのもまた、困難極まりない。巡回中の導士に発見されでもすれば、財団そのものが大打撃を受けかねない。

 クニツイクサの実用試験を現実世界で行うのは、簡単なことではないのだ。

「そこで、戦団に提案があるのですよ」

『提案?』

「戦団に?」

「なんなの?」

「ふむ?」

 だれもが疑問符を浮かべる中、十四郎は、想いも寄らぬことを言葉にした。

「戦団の皆様方には、わたしども財団と手を組み、新規事業を立ち上げるつもりはありませんか?」

『……それはいったい、どういうことかね?』

「これはこれは……総長閣下。お忙しい中、このような場に顔を出して頂けるとは、光栄の至り」

世辞せじはいい。結論をいいたまえ』

 もう一枚出現した幻板が神威の厳めしい顔を映し出すと、現場に緊張感が生じたのはいうまでもない。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ