第八百十四話 クニツイクサ(二)
「央都が誕生したのは、魔暦百七十年のこと。ヨモツイクサとも呼ばれた地上奪還部隊が地上奪還作戦を成功させ、鬼級幻魔リリスの〈殻〉バビロンの跡地を徹底的に改良、改善し、央都の土台を築き上げた。央都の建造は、当初、たった五百名あまりの――当時人類復興隊と名乗った戦団の前身によって行われた」
『歴史の授業かしら。だれもが知っていることをいまさら説明しなくてもいいわよ』
「……これは失礼。確かにこの場にいる方々が、知らないはずもない情報でしたね」
十四郎は、苦笑とともに幻板を見上げた。
空中に浮かぶそれは、まさしく魔法技術の結晶といっても過言ではない代物だ。大気中の魔素を利用し、映像や写真を出力する板を形成する技術。いまや当たり前となったそれは、画像や映像を表示する装置の必要性を限りなく少なくした。央都が常に直面している資源不足問題にとっては重要な意味を持つ。
まさに世紀の大発明といえるだろう。
もっとも、これほどまでに鮮明に映像を映し出すことのできる幻板を維持するには、地上ほどの魔素濃度がなければならないという話であり、ネノクニでは特別な機材が必要だったりするのだが。
それは、さておき。
「では、改めまして……央都の人口は、つい先頃、百万人を越えたということで、この五十年でこれほどまでに人口が激増したことは、実に喜ばしいことです。ネノクニからの移住者が多いとはいえ、奇跡的な増加量といえるでしょう。しかしながら、戦団が人手不足に悩まされていることに変わりはない。違いますか?」
十四郎は、幻板に表示された画像を見つめながら、だれとはなしに問うた。
央都の人口は、誕生以来五十年、まさに爆発的な勢いで増え続けている。当初こそネノクニからの移住者が大半だったが、そうした人々が央都に根づいていく過程で央都政庁が人口増加のための様々な政策を打ち出していったことも影響しているはずだ。
央都の成人年齢が引き下げられたのもそうだ。十六歳になれば、結婚し、家庭を持つことを奨励された。とにかくたくさん子を成し、人口を増やすことが正義だった時代があるのだ。
いや、それはいまも変わらないかもしれない。
人類は、存亡の危機の真っ只中にいる。
央都市民のだれもがその危機感を持つべきであり、なればこそ、市民ひとりひとりが人口の増加に尽力するべきなのだ。
そして、であるならば――。
「それは……」
『その通りよ』
「博士?」
『隠すほどのことじゃないわ。戦団は常に人手不足、人材不足で、だからこそ、常日頃から導士に相応しい人材を捜し回っているんだもの』
そして、その事実は、対抗戦などに現れているし、魔法士の勧誘を行っているという事実をいまさら否定したところでどうなるものでもない。
戦団が導士を育成するために運営している星央魔導院だが、その卒業生だけでは全く足りないという圧倒的な現実は、導士ならばだれもが思い知っていることだ。
こればかりは、本当に、どうすることもできないのだ。
だれもが戦団の導士になりたがるわけもなければ、そうであってはならない、という考えもある。
央都市民全員が導士となり、全市民一丸となって幻魔と戦うというのは、それこそ、絶望的ではないか。
市民には市民の生活があり、日常があり、平穏があればこそ、導士は、戦場に赴くことができる。
胸を張って、死にに行ける。
『それで……クニツイクサとやらは、戦団の人手不足を補えるほどのものなのかしら。確かにイクサは強力だった。でもそれは、幻魔の力を利用したものであり、そんなものを戦団は活用しないわよ』
「幻魔と手を組んだというのに、ですか」
『ええ、もちろん。そもそも、龍宮戦役は、最悪の事態を回避するためのものであって、望んで幻魔と手を組んだわけでもなんでもないもの。それくらい、理解していると思っていたけれど』
「ただの冗談ですよ。お気を悪くされたのでしたら、申し訳ない」
十四郎がバツの悪そうな顔をすると、むしろイリアのほうが悪者になったような気分になってしまったものだから、彼女は肩を竦めた。
導士たちも米田親子もイリアが悪いなどとは想いもしないだろうが、なんだかそんな気がしてしまったのだ。
「……では、クニツイクサの性能をご覧戴きましょうか」
十四郎が伸治に促すと、幻板から人口統計図が掻き消され、別の映像に切り替わった。
それが幻想空間上の映像だということは、その場にいる全員が瞬時に理解できた。というのも、荒れ果てた赤黒う大地が画面一杯に広がったからだ。まさに空白地帯そのものであるその場所に入り込むことなど、一般市民にできるはずもない。
しかし、幻想空間上ならば、戦闘訓練を受けていない子供ですら、入り込むことができる。
そして、そんな幻想空間上の空白地帯には、大量の幻魔が蠢いていた。
ガルム、カソ、ケットシー、カーシー――獣級幻魔の群れである。
それに対抗するのは、白銀の巨人たちだ。汎用人型戦術機クニツイクサは、頭上から降りしきる陽光を浴びて、眩いくらいに輝いていた。
白銀の甲冑を纏う巨人たちは、高所に陣取り、平原に展開する幻魔の群れを見下ろしている。右手には長刀を、左手には銃器を握り締める様は、イクサによく似ている。
しかし、イクサには禍々しさを感じた一方で、クニツイクサには神々しさすら感じられるのはどういうわけなのだろう。
外観からして大きく異なるからなのか、それとも、イクサに用いられた悪魔めいた技術の影響があったのか。
クニツイクサが八機、大地を滑るようにして移動を始めた。高所から眼下の平原へと至る急斜面を、なんの問題もなく超高速で滑走していく様は、戦場の幸多を連想させた。
鎧套を纏い、縮地改を駆使して疾駆する幸多の姿である。
『これは……』
イリアは、目を細め、クニツイクサたちが幻魔の群れを射程に捉える様を見ていた。銃器が唸りを上げ、無数の弾丸がガルムの魔晶体を貫く。
幻魔たちが咆哮し、対応した。ケットシーが破壊的な大雨を降らせれば、カーシーの起こした大風が大地を引き裂く。カソが火球そのものとなって突貫し、ガルムの怒号が猛火となって渦を巻く。
そのただ中を、クニツイクサたちは突き進んでいく。
「へえ」
「かっこいー!」
「そう?」
「まるでイクサみたいですね」
「ああ、幸多みたいだ」
「はい?」
字は、きょとんと統魔を横目に見たが、彼女の尊敬する隊長は、食い入るような目でクニツイクサと幻魔の戦いぶりを見ていた。
八体のクニツイクサは、近接戦闘にこそ、本領を発揮するといわんばかりだった。銃撃は牽制用なのだろう。地上を自由自在に滑走し、幻魔の懐に潜り込んでは、大刀を振り抜いて魔晶体を両断する。魔晶核が露出すれば瞬時に突き砕き、でなければ、魔晶核の位置を狙って斬撃、あるいは刺突を叩き込む。
八体のクニツイクサは、見事なまでに息のあった連携攻撃を行い、数十体の幻魔の群れをあっという間に殲滅して見せたのである。
しかし、幻想空間上の演習は、それだけでは終わらない。
獣級幻魔の群れが消滅すると、妖級幻魔が具現したのだ。
燃え盛る炎の巨人イフリートが三体、クニツイクサ八機の前方にその威容を見せつけた。
ここ二週間ほど、報道やらネット上で嫌というほど見た妖級幻魔の姿は、相も変わらず凶悪で、幻想空間上に再現されたそれを見ているだけで、熱を感じるかのようだった。
八機のクニツイクサは、イフリートの火炎魔法を逃れるようにして散開すると、四機ずつの小隊を編制した。そして、四機中の二機が銃撃を乱射してイフリートの注意を引けば、残りの二機が急接近して斬撃を叩き込んだ。
だが、イフリートはそんな稚拙な戦術などお見通しといわんばかりに対応する。眼前に炎の壁を生み出し、クニツイクサの大刀を受け止めて見せたのである。火花が散り、轟音が鳴った。
イフリートの巨腕が唸り、クニツイクサの兜を叩き割る。拳から噴き出す超高熱の炎は、しかし、魔法金属を溶かし尽くすことはなく、クニツイクサの腕もまた、止まらない。むしろ、クニツイクサは、イフリートの攻撃を受けた瞬間こそ、反撃の機会としたようだ。
大刀を振り上げ、巨人の腹に斬撃を奔らせる。魔力が血飛沫の如く噴き出す中、銃弾が殺到し、傷口を瞬く間に広げていく。イフリートの怒号が爆炎を生み出し、クニツイクサを消し飛ばしたが、直後には、イフリートが倒れていた。
そのイフリートに対応していたもう一機のクニツイクサが、魔晶核を破壊したのである。
残りのイフリートも、同様の戦術を用いることで、犠牲を払いながら撃破していった。
八機中、五機が生き残った。
獣級幻魔数十体と妖級幻魔三体を相手にしたというのであれば、上々というほかあるまい。
しかし、イリアは、疑念を深めるばかりだった。