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第八百十二話 天燎の思惑(八)

「そうさ。戦団だけでスルト軍一千万の幻魔を撃退するのは、とてつもない覚悟がいる。それこそ、央都おうとの防衛をないがしろにするくらいのな。そして、そんなことはできない」

 だから、幻魔との共闘という受け入れがたい事態を飲み下すしかなかったのだろう。

 苦渋くじゅうの決断であり、苦肉の策だ。

 ほかに方法がなく、やりようもなかった。

 戦団の戦力は、それほどまでに限られている。

 限られた戦力をやりくりして、どうにかしてこの央都を、この人類生存権を維持しているのだ。

 央都防衛構想の構築と維持。

 それだけでどれほどの人的資源が、戦力が必要なのか。

 そこにさらに外征を行うと発表したのが先日のことだが、そのための戦力の捻出ねんしゅつも行っているのだから、龍宮防衛のために幻魔と手を組むという結論になったのだとしても、致し方のないことなのだろう。

 統魔とうまとしては、受け入れたくないことだったし、認めがたいことだが、どうすることもできない。

「やはり、戦団は戦力不足、人材不足なのですね」

「……どうだかな」

「人材ならここにいるものね」

「そうそう、うちのたいちょーはサイコーでサイキョーの超新星だもん」

「……確かに、皆代煌士みなしろこうしは、近年稀に見る人材でしょう。たった一年半で煌光級にまで上り詰めた導士は、戦団史上に存在しない。戦団上層部があなたの実力、活躍を認めたからこそ、煌士にまで昇格なされた。それは素晴らしいことです。しかし……」

 十四郎とうしろうは、皆代小隊と、そして米田よねだ親子を見て、静かにかぶりを振った。

「人類と幻魔の戦力差は、たった一人で覆せるようなものではないでしょう」

「そうだな。その通りだ」

 統魔は、十四朗の意見をただ肯定した。

 それも事実だ。

 統魔がどれだけ優れた導士であろうとも、強力無比な魔法士であろうとも、幻魔を殲滅し尽くすことなど不可能だ。厳然たる現実として、受け入れるしかない。

 ルナが、口先を尖らせた。

「なによう、統魔ならどんな幻魔が相手だって戦えるわ」

「そうだそうだ! たいちょーは凄いんだぞう!」

「ルナさん、香織、静かに」

「えー」

「わたしまで巻き添えなの!?」

「いや、正解だろ」

 などと、小隊の面々が言い合う傍らで、統魔は、十四郎の目を見ていた。上辺だけの軽薄けいはくな人物ではないということは、彼の言動や姿勢、表情からも明らかだ。

 目は、口ほどに物をいう。

 十四郎の目は、どうか。

 駱駝らくだ色の虹彩こうさいが、天井照明の光を帯びて、輝いているように見える。そして、真っ直ぐにこちらを見ている様子は、彼がなにか確信を以てここにいるらしいということも想像できる。

 確信。

「あなたには、戦団の戦力不足、人材不足を補う方法がある……そう言いたいのか?」

「さすがは煌士様。御明察ごめいさつ

世辞せじはいい。本題に入ってくれ。雑談したくて呼び出したわけじゃないんだろう?」

「多少、煌士様と話をしてみたいという気分はありますが、まあ、仕方がありませんね。貴重な時間を奪うのも忍びない。まずは、こちらをご覧ください」

 十四郎が目配せすると、いつの間にか彼の背後に控えていた曽根伸治そねしんじが、なにやら端末を操作した。

 すると、室内にかかっていたいくつもの幕が落ちてきて、白い波のように揺らめいた。かと思えば、その向こう側に隠されていたものたちが明らかになり、統魔たちは愕然とするよりほかなかった。

「これは?」

「なになに、なんなの?」

「白い……巨人?」

「なんじゃこりゃああああああ」

「うるさい」

「親父、あれって……」

「ああ、イクサに似ているな」

「理事長、これは一体?」

 度肝を抜かれたとしかいわんばかりの皆代小隊と米田親子の反応は、想像以上のものであり、十四郎は、満足感を覚えたし、多少、溜飲りゅういんが下がる想いだった。

 この広い空間を圧迫していた天幕は、改装工事を行うためのものではなかった。

 天燎財団の新規事業、その中核を為す新兵器こそが、その向こう側に鎮座していたのであり、それらを覆い隠すための代物だったのだ。

 天幕の向こう側から現れたそれらは、機械仕掛けの巨人と呼ぶに相応しいものだ。

 人間のような体型をしており、その上で全身に分厚い装甲を纏っている。

 全身を覆う魔法金属製の重装甲は、白を基調とし、銀が差し色として入っている。白と銀は、イクサに用いられた黒と金と対照的な色合いであり、あらゆる面でイクサとは異なる代物であることを主張するための色調である。

 全長三メートル。人間よりも遥かに巨大であり、その体積以上の重量は、全身が魔法金属で構成されているからにほかならない。

 イクサがどこか鎧武者のような印象だったが、白銀の巨人は、どちらかといえば騎士然としているように見えた。

汎用人型戦術機はんようひとがたせんじゅつきクニツイクサ。我が天燎財団が誇る技術者集団〈思金おもいかね〉が開発した次世代の戦闘兵器にして、天輪てんりん技研が開発した人型魔動戦術機イクサの後継機です」

「なんだと?」

「後継機……?」

「どういうつもりなの?」

 皆代小隊が色めきだつのは、十四郎にとっては想定通りの展開だった。当然だろう。皆代小隊でなくたって、導士でなくたって、そのような反応をするはずだ。だれもが胡乱げに、そして怪訝なまなざしをクニツイクサに、十四郎たちに向けるのである。

 なにもかもが彼の予定通りであり、手のひらの上の出来事といって過言ではない。

「天輪スキャンダルの中核たるイクサは、最悪の兵器でした。イクサに用いられた技術は、人知を越えた代物であり、幻魔そのものを機械化したといっても過言ではなかったのですから。ですが、イクサの設計思想そのものは間違いではなかったはずです」

「イクサの設計思想……ねえ」

 統魔は、十四郎の説明に胡散臭いものを感じずにはいられなかった。

 イクサは、徹頭徹尾、悪魔による悪魔のための兵器でしかなかったのだ。天燎鏡磨や天輪技研は、人命を第一に考慮した人道的な新世代の兵器であると宣っていたが、しかし、実のところ、〈七悪〉のアスモデウスが鬼級幻魔を生み出すために開発させたものに過ぎない。

 イクサは、暴走の末、鬼級幻魔マモン誕生のきっかけとなった。

「無論、イクサが〈七悪〉などという幻魔の暗躍によって開発された代物だという事実を否定するつもりもありません。しかし、イクサの目指した人道的な、人命を第一とする次世代兵器そのものは、これからの人類にとって、戦団にとってこそ必要なものではないでしょうか。戦団は、常に人員が不足し、人材を求めている。その原因が戦団が人命を軽んじているから――などとはいいませんが、数多の導士たちを無為に消費しているという事実から目を背けることはできないでしょう」

「いわせておけば……」

「まあ、まあ」

 枝連が憤懣やる方ないといった様子を見せれば、香織が彼をなだめに回った。彼女とて、十四郎の言い分を受け入れているわけではないが、ことを荒立てるべき状況ではあるまい。

「央都の人口はようやく百万人を数えました。それもこれも、戦団の、導士の皆様方のご活躍があればこそだということもまた事実。導士の皆様方が身命をとして人類生存圏の守護、そして維持に尽力してくださっているからこそ、わたくしどもはのうのうと生きていられる。しかし、それもいつまで続くものかわかったものではありません」

 十四郎は、クニツイクサの堂々たる姿を見回しながら、続ける。

「先の龍宮戦役では、百五十五名もの導士様が英霊になられました。その上、央都そのものが絶体絶命の窮地に立たされていたというではありませんか。総長閣下がどうにかしてくれたから良かったものの、この地上から央都が滅び去ってもおかしくはなかったと」

「報道によれば、だろう」

「戦団の公式発表が嘘だと?」

「……いいや」

「でしょう。戦団は、いつだって正直です。正直すぎて心配になるくらいにね」

「そうかい」

 統魔は、十四郎の発言には呆れるよりもむしろ感心した。十四郎は、自分の発言の一つ一つに確信を持っているようだったし、クニツイクサとやらを信仰さえしているのではないか。

 幻想空間上の実験では、さぞや素晴らしい戦績を収めたのだろう。

 統魔は、この空間の四隅に並び立つ数十体の巨人を見回しながら、考え込む。

 すると、統魔の通信機から反応があった。

『イクサは、幻魔の力、幻魔の技術によって、幻魔討伐をも可能とする力を発揮したわ。それもこれもDEMリアクターが生み出す莫大な力があればこそだった。DEMシステム、コード666があって、ようやく、イクサは対幻魔殲滅兵器たりえた』

 などと統魔の通信機越しに会話に割り込んできただけでなく、自動操縦状態だったヤタガラスが出力した幻板に姿を見せたのは、日岡イリアである。イリアの鋭い眼差しが、十四郎を睨みつける。

『では、クニツイクサとやらはどうなのかしら? まさか、DEMシステムを搭載していたりはしないでしょうね?』

「これはこれは日岡ひおか博士。まさか盗み聞きしているとは、趣味が悪い」

『わかっていたことでしょう。導士がいるということは、その場での会話は全て戦団に筒抜けだってことくらい。そして、だからこそ、導士を招き入れた。わたしたちに、戦団に、天燎の新兵器の存在を知らしめるために。違うかしら?』

「……御明察」

 十四郎は、幻板に映り込むイリアの聡明さに感服するほかなかった。目を細める。イリアは、十四郎の考えなどお見通しだといわんばかりだ。

『こんなに手間のかかる真似をしたのも、そう。そうでもしなければ、戦団上層部に届けられないものね。いま、財団は、表立って動くことはできないもの』

「だから親父を利用したのかよ」

圭悟けいごを巻き込んだのも、そのためか」

 圭悟と圭助けいすけは、それぞれに心情を吐露とろし、互いに顔を見合わせた。

 子が親を思い、親が子を思うその様子は、この上なく尊いものだ――統魔は、米田おやこ親子の発言を聞いて、そんなことを思う。同時に、十四郎のやり方の悪辣あくらつさと馬鹿馬鹿しさに目眩さえ覚えるのだ。

 財団の新規事業とやらが新兵器クニツイクサの開発なのだとして、それを戦団にお披露目したいのであれば、別段、このような手段を取る必要があったのか、と思わざるを得ない。

 イリアの言うとおり、財団が表立って動くことが出来ないのだとしても、ほかに方法などいくらでもあったのではないか。

 少なくとも、財団とは無関係の市民を巻き込むなど、論外だ。

 さらにいえば、圭悟は、幸多こうたの親友なのだ。

 統魔は、そんな視点から、この状況を見ている。

 そして、そのような視点から見ても、よくわからない状況だった。


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