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第八百九話 天燎の思惑(五)

「派閥が違いますから、こうして話す機会もあまりありませんで」

「派閥……?」

「おや? 米田よねださんは、前理事長派だと聞き及んでいたのですが、違うのですか?」

「前理事長とは馬が合わなかったもので、派閥に取り入れようともしなかったはずです。実際、わたしはネノクニに左遷させんされましたから」

「左遷だなんて、そんな、御冗談ごじょうだんを」

「冗談などではありませんよ」

 圭助けいすけ曽根伸治そねしんじの会話がどうにも不穏なものに感じられて、圭悟けいごは、父のことが心配で仕方がなかった。余計な一言が自分たちを窮地に追い込む可能性だってあるのだ。

 とはいえ、圭吾には、なすすべもない。

 曽根伸治に案内されるまま工場内へと足を踏み入れれば、工場内にいくつもの建物があり、それらが全て改装工事中であるということがわかった。

 防音用の敷布が張り巡らされていて、その内側で行われている工事がどのようなものなのかについては皆目見当もつかないが。

 多数の作業員が出入りしていることからも、とてつもなく大袈裟なものだということは理解できる。

「ネノクニ支部総合管理官といえば、ネノクニにおける財団の顔でしょう。左遷などではなく、あなたを評価したからこその任命だったのではありませんか?」

「財団は、地上しか見ていなかったが」

「それは……困ったな」

 曽根伸治は、とりつく島もないといった様子で、とりあえずの笑顔を浮かべた。そして、圭悟に目を付ける。

「きみは、米田圭悟くんだね。天燎てんりょう高校一年、対抗戦部部長の」

「は、はい」

「きみには……伸也しんやが迷惑をかけたようで、本当に申し訳ないと思っているよ」

「は、はあ……」

「あの子は、曽根家の跡取りになるべく育てられた。けれども、あの子自身は、そう思っていなかったんだろうね。だから、ひずみが出た」

「歪み……」

「人は誰しも使命を持って生まれるもの。しかし、その使命に向かって邁進まいしんできるものばかりではない。強制すれば最後、己が使命とのずれの歪みに飲まれ、我を見失ってしまう。きっと、そういうことなんだと思う」

 曽根伸治は、どこか遠くを見ていた。その眼差しの先に幼い頃の曽根伸也がいるのだとして、圭悟には、かける言葉も見当たらない。

 圭悟にとって曽根伸也は、暴君以外のなにものでもなかったのだ。

 その死に様と死後の取り扱いに関してこそ同情するが、それ以上のことはない。

 時代遅れの不能者差別などを平然と行えるような人間だったのは、紛れもない事実なのだ。それによって幸多と、圭吾自身が傷つけられようとしたのもまた、確かな現実だ。

 それは、否定できない。

 因果応報などとは想いもしないが。

「ならば、わたしもわたしの使命を全うしたいと思うのだがね」

「あなたの使命とは?」

「家族のために生きることだよ」

「ふむ……それは、素晴らしい」

「きみは、どうかね?」

「わたしは……そう、天燎の、財団のために全てを尽くす。そのためにこそ、わたしの人生はあると考えています」

「そうか。それならば、全身全霊を尽くすことだ。財団に期待してはいけない。期待は、いつだって容易たやすく裏切られ、切り捨てられる。わたしのようにな」

「……それは……」

 やはり、曽根伸治は、困り果てたような顔をして、肩をすくめた。同僚か、部下と思しき男たちと顔を見合わせる。

 圭悟もまた、圭助の顔を見た。父の顔は、ここ最近のいつもと同じだった。極めて穏やかで、刺々しさが見当たらない。緊張こそしているのだろうが、このような状況には慣れているといわんばかりだ。

 そんな父の顔を見るのは、悪いものではなかった。

 圭悟は、ほっと胸を撫で下ろした。圭助が曽根伸也に対し嫌味ばかりいうのは、どうかと思ったりしたのだ。しかし、それは嫌味などではなく、圭助の本音、本心なのだとすれば、どうしようもない。

 事実、父は、財団に切り捨てられた蜥蜴の尻尾なのだ。

 しばらく歩いていると、やはり改装工事中の建物が見えてきて、その出入り口に向かって曽根伸治が圭助たちを促すようにした。

「どうぞ、こちらへ」

「その中に入るのかね」

「なにか、問題でも?」

「いや……」

 圭助は、当たり前のような顔で聞いてくる曽根伸治に対し、どうするべきか迷った。通信機こそ身につけていて、こちらの会話の全てが皆代みなしろ小隊に筒抜けなのだが、しかし、建物内に入り込むということになれば、万が一の事態への対応が遅れるのではないか。

 もちろん、財団側が手荒な真似をするとは思えないのだが、常に最悪の事態は想定しておきたかった。

 圭助を呼び出した理由が、まるで想像がつかないのだ。

 なにかしら、圭助を利用する算段が整い、そのためにこのような馬鹿げた方法を取っているのだとすれば、なにをしてきたとしてもおかしくはない。

 すると、曽根伸治が予期せぬことをいってきた。

「そんなに不安でしたら、戦団の方々もお招きすればよい――とのことです」

「なにを……?」

「えっ!?」

「我々も、あなたがなんの準備もせず、呼び出しに応じてくれるなどと考えてはいませんでしたよ。戦団か、あるいは央魔連おうまれんか……優秀な魔法士の護衛くらいは用意すると考えるのは、当然のことでしょう」

 曽根伸治は、圭助の目を真っ直ぐに見つめながら、いった。

「ここは、あなたにとっては敵地以外のなにものでもない」

「……それは、わたしが天燎鏡磨の派閥だと認識していたからかね」

「それもありますが……まあ、あなたが財団を恨みに想っているのは、道理ですから。わたしもあなたと同じ目に遭えば、不信感を募らせ、悪意さえも抱いてしまうかもしれません。愛と憎しみは表裏一体ですから」

「愛か」

 静かにつぶやき、それから、圭助はネクタイピン型の通信機に触れた。

「聞いての通りです。こちらまで御足労ごそくろう願えますか?」

『はい、もちろん』

 皆代統魔(とうま)からの返事は、この上なく心強く、それだけで圭助も圭悟も安心した。

 皆代統魔は、煌光級こうこうきゅうの導士である。若手導士の中でも最強とうたわれるだけの実力者であり、そんな彼が率いる小隊は、癖こそ強いものの、優秀な魔法士ばかりが揃っているのだ。

「わたしたちの会話は、全部筒抜けでしたか?」

「そちらも、だろう」

「まあ、そうですが」

 悪びれもせず、曽根伸治は、胸元の記章に触れた。それが彼の身につけている通信機であり、圭助たちとの会話が全て彼の指示者に聞こえているということを伝えてきていた。 

 そして、皆代小隊の六名が圭助たちの周囲に降り立ったのは、数秒後のことである。

 工場直上、遙か高空から超高速で落下してきた魔法士たちは、強烈な風を伴い、工場内の天幕を大いに揺らした。

 さしもの曽根伸治も、驚いたようだった。

「これはこれは……皆代小隊の皆様が勢揃いとは」

「小隊だからな。全員で行動するのは、当然のことだ」

「まあ……そうでしょうが。ああ、わたしは――」

「理事長補佐の曽根伸治さん、だったな。聞こえていたよ」

「皆代煌士に名を覚えて頂けるのは、光栄なことで」

「そうかい」

 統魔は、曽根伸治という男のどうにも嘘くさい反応には、なにも感じなかった。

 財団が戦団を敵視していることなど、百も承知だ。

 天輪スキャンダルの有無に関わらず、戦団導士にとっての常識といっても過言ではなかった。天燎財団だけではない。央都に存在する様々な企業が、戦団と対立している。

 表向きは協力しつつも、裏では、戦団の支配に対抗しようと画策しているのだ。

 そんな知りたくもない事実を知っているのは、一人前の導士になった証だろう。

「本当かしら?」

「ただのお世辞だよ」

「だよね」

 ルナが統魔の腕に自分の腕を絡ませながら、納得するようにつぶやく。

 ルナから見ても、曽根伸治という男は、どうにも胡散臭かった。見た目は、小綺麗な若い男であり、整った顔立ちからは爽やかさすら感じられる。しかし、言動には、信用が置けないのだ。

 通信機越しに聞いていた会話から感じたことが、今まさに形となって現れているというべきか。

「警戒は、するべきでしょうね」

「まあな」

 囁くような字の声は、圭助や圭悟、財団の人間たちにも聞こえてはいないだろう。

 鍛え上げられた導士と、一般市民の差が、そこにある。


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