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第八十話 閉幕

 幻魔げんまの群れの襲撃こそあったものの、伊佐那麒麟いざなきりんを筆頭とする戦団の導士どうしたちによって難なく撃破殲滅げきはせんめつされたことによって、会場は、恐怖と混乱に包まれるよりも、むしろ、歓喜と興奮の渦に飲み込まれるかのようだった。

 その熱狂が渦巻く中、中断されていた閉会式が再開され、対抗戦運営委員長である伊佐那麒麟(きりん)の挨拶でもって、二日間の激闘の幕が閉じられた。

 幸多こうたたち天燎てんりょう高校対抗戦部は、優勝の喜びを分かち合いながら、競技会場から場内通路へと移動した。

 すると、大会関係者や運営員たちの拍手や賞賛の声がそこかしこから聞こえたものだった。

 さらに力強い拍手が、幸多たちを待ち構えていた。

「理事長!?」

 通路に待ち構えていた人物を見るなり、真っ先に声を上げたのは、小沢星奈おざわせいなだった。

 対抗戦部にすっかり感情移入していた彼女は、表彰式と閉会式の間に涙を流し尽くしたような有り様であり、そのせいで顔が真っ赤になっていたし、少しばかり疲れていたのだが、天燎鏡磨と川上元長の姿を目の当たりにした瞬間、背筋が凍るような想いがした。

 緊張が彼女の全身を貫いたのだ。

 幸多たちも、思わぬ人物の登場に驚くとともに表彰式とは別種の緊張に襲われた。

「優勝、おめでとう。諸君の試合、全て、会場で見させてもらったよ。実に素晴らしい戦いぶりだった。手に汗握るとはまさにこのことだと、この年になって初めて実感したものだよ」

 天燎鏡磨てんりょうきょうまは、いつになく上機嫌だった。そのことが幸多たちにはなんともいえない不気味さを感じさせることになったのだが、鏡磨は、そんなことはどうでもよさげに話し続ける。

「わたしは、長らく対抗戦というものをこの世には不要な物だと考えていた。わたしは天燎家の人間だからな。財団にとって必要か不要かという尺度でしか物を見ることができないのだ。悪く思わないでくれたまえ。しかし、諸君の戦いを見て、一つ一つの試合に掛ける意気込み、熱量を目の当たりにして、わたしは考えを改めたのだ。感動したのだよ」

 幸多は、鏡磨の目が本当に喜びに満ちていることに気づき、なんだか安堵した。彼にも人並みの感受性があり、故にこそ、対抗戦に感動したのではないか、と思ったからだ。

「諸君は、我が校始まって以来の栄光をもたらした英雄と呼んで差し支えあるまい。諸君の活躍によって、優勝したという事実によって、天燎高校はさらなる飛躍が約束されたのだからね。月曜日を楽しみにしたまえよ」

 いうだけいうと、天燎鏡磨は、後ろに控えていた川上元長かわかみもとながや財団関係者を引き連れて、去って行った。

 極めて一方的で、意思疎通する気配など欠片もなかったが、しかし、鏡磨が幸多たちの優勝に心を動かされたというのは本心のように感じられた。表情は穏やかそのものだったし、足取りも軽い。

 誰かが疑問を浮かべた。

「月曜日?」

「なにすんだ?」

「優勝記念の祝勝会とか?」

「そこまではしないだろうけど、まあ、全校集会でも開くんじゃないかな」

 らん真弥まやの突飛のない考えに苦笑しながら、いった。

 法子が、口を開く。

「祝勝会がしたいなら、これからすればいい」

「そうねえ、それがいいわねえ」

「もう夜よ?」

 と、星奈がいったが、彼女は生徒たちの提案を止めるつもりはなかった。むしろ、積極的に成立させたいとすら思っていた。

「保護者同伴なら、問題ないけれど」

「保護者って?」

「わたし、こう見えて教師なのよ」

「それはわかってますけど」

「つまり、先生が保護者になってくれるってことですよね!」

「そのつもりだけど……もちろん、皆がそれでいいっていってくれるなら、だけど」

「いいに決まってるじゃないっすか、センセ!」

「さすがは小沢星奈先生、話が早くて助かる」

「ありがってえ」

「嬉しい!」

 部員たちの尋常ではない喜びぶりを目の当たりにして、星奈は、心底安堵するとともに、やっと自分がこの対抗戦部の一員になれたという気分になった。

 いまのいままで、なにもしてやれていなかったという後悔が、ある。

 部員たちは、星奈がいてくれたからこそ、顧問を引き受けてくれたからこそ、などといってくれるのだが、星奈本人としては、彼らのためにもっとできることがあったのではないか、と考えてしまう。

 それが今更なのだとしても、何度も何度も考えてしまうのが星奈という人間だった。

 だからこそ、彼らの保護者くらいは買って出てあげたい、と思ったのだ。

 それから、幸多たちが競技場の建物を出ると、既に夜の九時を過ぎていた。これから優勝記念パーティーをするというのは、本来許されることではないかもしれないが、星奈は気にしないことにした。

 選手や関係者は、競技場を後にする大勢の観客に飲まれないよう、別の出入り口を使う。そして、その出入り口付近には、活躍した選手たちを一目見ようという観客たちがたくさんいた。

 その中には、幸多の知っている人もいた。

「幸多!」

 聞き慣れた声に呼びかけられて、幸多は足を止めた。向き直れば、魔具まぐで紡がれた光の縄張りの向こう側に幸多のよく知る一行がいた。競技場の照明と縄張りの光が、その一行を浮かび上がらせている。

 母と、その家族だ。

「母さん」

 幸多は思わず口にしたが、歩み寄ろうとはしなかった。対抗戦部の皆がいる手前、勝手に動くのはどうかと思ったのだ。

「行ってこいよ」

「いいの?」

「いいに決まってんだろ」

 圭悟けいごは、幸多の疑問に苦笑するほかなかった。誰が家族と喜びを分かち合う瞬間を止められるというのか。

 幸多は、圭悟に背中を叩かれた勢いのまま、家族の元に向かった。その周囲でわっと歓声が上がったのは、幸多が一人駆け寄ってきたからだ。幸多は、最優秀選手の一人であり、今大会の結果によって大注目を浴びる存在になっていた。

「幸多くうううん!」

「その鳴き声をどうにかしなさい」

「鳴き声じゃなああい!」

 長沢珠恵ながさわたまえ望実のぞみのやり取りは、いつもの通りのものであり、幸多は自然と笑みがこぼれた。そして、家族の元に辿り着く。

「母さん、のー姉、たま姉、おじいちゃんにおばあちゃんまで、皆、見に来てくれてたんだね!」

 幸多は、長沢一家が全員で応援に来てくれているということはまったく知らなかったのだ。教えてもらっていないし、気づきようもない。試合中は、勝負に集中しているのだ。観客席を見回している暇はない。

 仮に見回したとして、気付けるものかどうか。

 幸多の視力でも、六万人の観客の中から家族を探し出すのは、困難だったに違いない。

「当たり前だぞ、幸多」

「そうよ。幸多くんの晴れ舞台だもの!」

 母方の祖父の伊津火いつか浅子あさこが、顔をくしゃくしゃにして喜びを表現する。二人とも、幸多の奮闘ぶりをその目に焼き付けていたし、優勝が決まった瞬間には、天にも昇るような気持ちになったものだった。

 その幸多が目の前にいる。

「うんうん、本当その通りよねえ。幸多くんの晴れ舞台、幸多くんの大活躍、幸多くんを見るためなら、たとえ火の中水の中、嵐の中にだって飛び込んでいくのがわたしたち家族の絆なのよ!」

「それはあんただけよ」

「さすがに我が子の危機には飛び込むけど」

「そりゃそうだわ」

「相変わらず元気そうでよかったよ」

 幸多は、長沢三姉妹の仲の良さと軽妙なやり取りを見聞きして、なんだか実家に帰ってきたような安心感を覚えた物だった。

 それから、幸多はしばらく家族と話し込んだ。奏恵かなえは、幸多の奮闘ぶりを讃え、優勝できたことを自分のことのように喜んだし、幸多に良かったねといってあげることができた。

 それだけで幸福だった。

 幸多の人生は、暗澹あんたんたるものだ、と、生まれ落ちたときに告げられた。だれとはなしに、だ。

 だれもがそう思っていた。

 そう思われても仕方のないことだ。

 幸多は、ただの魔法不能者ではない。魔法の恩恵を受けることすらできない完全無能者なのだ。ただでさえ魔法不能者にとって生きづらい魔法社会において、完全無能者となれば、どうなるのか。

 生きてさえ生けるものか、どうか。

 幸多のこれからの人生をだれもが同情し、だれもが悲嘆した。

 だが、幸多は生き抜いてきた。

 そして、対抗戦優勝校の一員となり、最優秀選手賞まで手に入れたのだ。

 だれが幸多のここまでの活躍を想像できただろうか。だれもできなかったはずだ。

 奏恵の想像すらも軽々と超えてしまったのだ。

 奏恵は、幸多のはにかむ顔を見て、その体を抱きしめた。

 もう、なんの心配もいらない。

 そんな気がした。

 

 圭悟は、幸多が家族と触れ合っている光景を遠目に見ながら、他人事だというのに、なぜか自分の心が温かくなるような感覚に包まれていた。

 幸多が幸せそうだと、それだけで嬉しい感じがあった。

「なんでだろうな」

「なにがよ?」

「あいつが嬉しそうだと、おれも嬉しいんだ」

「……まあ、そういうのはよくあることじゃない?」

「そういうもんかねえ」

「あんた、いままでそういうことなかったの」

「なかったなあ」

「かわいそ」

「うっせえ」

 真弥に心底同情されて、圭悟は声を荒げたが、事実ではあった。

 圭悟は、これまでの人生を振り返ってみれば、ここまで他人に肩入れたしたことがなかった。なぜ、幸多にはここまで手を貸してしまったのだろう、と、考える。

 幸多になにがあるわけではない。

 最初は、ただ、面白そうだと思っただけだった。

 ただそれだけのことだ。

 それだけのことで、ここまで来た。

 ここまで来てしまった。

 しかし、幸多が、家族と抱擁する様を見ているだけで満たされるというのは、なんだか不思議な気分だと、圭悟は思う。けれども、それは悪くない気分だった。

 むしろ、心地よく、気分がいい。

 やがて幸多が圭悟たちの元に戻ってくると、彼は両腕を広げて幸多を迎えた。

 幸多は、足を止めて、きょとんとした。

「なにしてんの?」

「んだよ、乗りわりーな」

「はあ?」

 幸多には、腕を空振った態勢のままの圭悟の考えがまったく理解できず、頭の上に疑問符を浮かべるだけだった。


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