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第八百五話 天燎の思惑(一)

 天燎てんりょう財団がなんらかの策謀を巡らせていて、それに父親を巻き込もうとしていたということは、疑いようのないことだ。

 天燎十四郎(とうしろう)との会話からもなんとなく察するものはあったが、圭助けいすけの言動によって確信に至ったのである。

 圭助に責任を負わせ、放逐ほうちくしたはずの財団が、いまさらなにか接触を持ってこようとする事自体、おかしな話だ。

 圭助に利用価値があるということなのか、それとも、なにか別に目的があるのか。

 そんなことを考えながら、圭悟は、かばんの中に隠し持った小包こづつみの重みに苦い顔をしていた。

(なんだってこんなことに……)

 翌日のことである。

 当然のように登校した圭悟は、全ての授業が終わるのを待った。

 放課後になると、彼は、用事があるから部活動を休むと言い残して、学校を去った。真弥まや憤然ふんぜんと文句をいってきたり、紗江子さえこが問いかけてきたが、適当にはぐらかしている。

 法器ほうきを取り出し、空を舞う。

 別に電車やバスといった交通機関を利用しても良かったのだが、このほうが手っ取り早かったし、一刻も早くこの大荷物を手放したいという気持ちのほうが強かった。

 天燎財団の思惑が、圭悟の心までも蝕むかのようだ。

(まあ……親父の言うとおりだな)

 圭悟は、法器の進路を真西に向けて、まだまだ暑い日差しの中を飛んでいく。

 法器に仕組まれた簡易飛行魔法のおかげもあって、飛行魔法の制御がそれほど得意ではない魔法士でも、ある程度自由に空を飛び回れるのが現代魔法社会だ。

 午後四時。

 こんな時間帯でも空を飛んでいる市民の数がそれなりにいるが、帰宅中の学生も少なくない。

 圭悟は、そんな帰宅部にまぎれるようにして、戦団本部へと飛翔していく。

 眼下に横たわる葦原あしはら市の町並みを飛び越えて、戦団本部の堅牢強固けんろうきょうこな、それこそ要塞染ようさいじみた外観を目の当たりにするなり、高度を落とし、近くの降車場に降り立つ。

 拡縮式の法器を最小限に収縮して鞄の中に突っ込むと、呼吸を整えた。

 戦団本部は、要塞染みた外観がどうにも威圧的、権威的だといわれることも少なくないが、しかし、戦団本部こそが生命線だというのであれば、守りを固めるのは道理としか言い様がなかったし、事実、権威の中心なのだからそれでいいと想っていた。

 マモン事変では、これだけ守りを固めていても、多大な被害に見舞われている。

 もっと堅牢かつ強固な城塞にするべきではないか、などという意見が出る始末だ。

 戦団こそが央都市民の心の拠り所であり、である以上、戦団本部は、常に無傷であってほしいと願うのは、一市民の純粋な気持ちだろう。

 それは、圭悟も同じなのだが。

 さて、戦団本部だが、戦団とは無関係な央都市民が立ち入ることも不可能ではない。

 ただし、許可された区域だけであり、禁止区域に足を踏み入れた瞬間、導士たちに追い払われることになるし、場合によっては拘束されることだってありうるという。

(当然のことだよな)

 圭悟は、戦団本部を目の前にして、その巨大な建物を見上げた。巨大な要塞そのもののような建物とは言え、葦原市の建築基準を満たしたそれは、必ずしも大きすぎるということはないのだろうが。

 それにしたって、威圧感が抜群だ。

 戦団本部の正門は、常日頃から開放されており、自由に出入りすることができた。敷地内に入る瞬間、魔紋まもん認証が行われるからだといい、いつ何時なんどき何処どこの誰が本部を訪れたのか、戦団には丸わかりなのだ。

 だからこそ、戦団本部は市民に対し開放的で在り続けられるのだろうが。

 圭悟は、門衛として佇む導士たちが周囲を警戒する様を見ながら、子供のころのことを思い出した。

 小学生のころ、社会見学として戦団本部を訪れたことがあった。そのころの圭悟は、導士に限りない憧れを抱いていたものだったし、いつか自分も導士になりたいなどと夢想していたものだ。

 央都に生まれ育った子供ならば、誰もがそう思う。

 真弥や紗江子ですら、そうだった。

 皆、そのような教育を受けて、育つ。

 戦団がこの世の全てであり、導士が命をけて、央都の、人類生存圏の安寧あんねいを護っており、故になによりも尊く、素晴らしい存在である、と。

 だれもがそのために戦うべきであり、命を燃やすべきなのだ、と。

(まあ、偉いよなあ。偉いよ、本当)

 圭悟は、最近になって戦団の導士の偉大さを改めて実感しているものだから、門衛の導士たちに頭を下げて、敷地内に足を踏み入れた。

 そして、その足で本部棟へと向かっている最中だった。

 本部棟の自動扉が開いて、中から白衣の女性が出てきた。長身の女性は、ふと、目の前にいる圭悟を見て、すぐに視線を進路へと向けたかと思いきや、再びこちらに目を向ける。

「きみ……」

「へ?」

「幸多くんの友達よね? 米田よねだ圭悟くんだっけ?」

「は、はい!」

 圭悟が思わず背筋を伸ばしたのは、その女性が言わずとしれた有名人――日岡ひおかイリアだったからだ。蒼黒色の髪が揺れ、灰色の瞳が、圭悟を捉えている。

「幸多くん、衛星任務中でここにはいないわよ」

「えーと……幸多に用事があるわけじゃなくて、ですね……」

「本部の見学かしら?」

「あーいや、そういうわけではなく……」

 圭悟がしどろもどろになったのは、イリアほどの立場の人物があまりにも気さくに話しかけてきたからだったし、彼女の容姿に見取れたということもあった。

「じゃあ、どういうことなの?」

 イリアは、圭悟のわずかに赤らんだ顔を覗き込むように見つめながら、問うた。

 幸多の親友である。

 対応も慎重に行わなければなるまい。


「なんなんです、それ?」

「さて、なんでしょう?」

「質問しているのはこっちなんですが」

「問題文を出したのはこっちよ」

「ああいえばこういう」

「こういえばああいう」

「……えーと」

 圭悟は、心底困惑したのは、この場に自分がいるのが明らかに場違いだったからにほかならない。

 戦団本部技術局棟第四開発室。

 そう呼称される領域は、見学用の経路にはなかったし、一般市民が立ち入っていい場所ではなかった。

 戦団の重要機密が隠された場所だといわれているし、事実、そうなのだろう。

 そんな場所に足を踏み入れることになったのは、イリアに案内されたからだ。

 圭悟は、イリアに小包のことを伝えた。イリアは、技術局の中でも特に優れた技術者であり、星将せいしょうという立場でもある。彼女ならば、小包を渡す相手として申し分ないのではないか、と、判断したのだ。

 財団印の小包を戦団に渡すこと、それが父・圭助からの頼み事であり、圭悟は、大仕事を終えたような気分になったのも束の間、イリアにここまで誘われたのである。

 開発室内には、何十人もの導士たちがいて、様々な作業に従事していた。

 らんが一緒ならば狂喜乱舞きょうきらんぶしていたことだろう、などと考えている余裕はなく、圭悟は、全身を強張こわばらせるほどの緊張感の中にいる。

 開発室の一角。

 イリアと伊佐那義流が、小包の中から取り出された万能演算機を様々な角度から確認していく。

「天燎十四郎(とうしろう)からきみのお父さんに渡して欲しいっていわれたものなのよね、これ」

「は、はい」

「それで、お父さんはこれを起動することもなく、戦団に提供した、と」

「そ、そうです」

「彼は?」

 不意に近寄ってくるなり会話に割り込んできたのは、伊佐那義流いざなぎりゅうである。

「圭悟くんよ」

「はい?」

「米田圭悟くん。天燎高校の一年生で、幸多くんと同じ教室なのよ。知らないの? 対抗戦でも活躍したのよ、圭悟くん」

「あー……思い出しましたよ。ここのところ調整作業につきっきりでしてね」

「それはご苦労様。本当、大変よね」

「大変ですよ。じゃじゃ馬で」

「少しくらいは安定して欲しいものだけど」

「ですな」

 圭悟には、イリアと義流の会話の内容が全く理解できないが、それでいいのだろう、とも思った。二人の会話が理解できれば、それこそ、大問題だ。

「で、圭悟くんの父親は」

「そこまで聞けばわかりますとも。天燎財団ネノクニし部総合管理官だった米田圭助氏、でしょう」

「御名答。記憶力は、問題なさそうね」

「当たり前でしょう。記憶力だけが取り柄ですし」

「それだけじゃ困るんだけど」

「はっはっはっ、困りたまえ」

「……ええと」

 困惑するのは、圭悟である。

 イリアと義流は、そんな愚にも付かないやり取りをする傍らで、なにやら小さな端末を操作し、天燎印の万能演算機に光を照射し出したのだ。

「天燎の最新型の万能演算機……世にも出ていない代物をどうしてきみのお父さんに送ったのかしらね。それも、きみに直接手渡すように頼み込んだのは、どういう意図があってのことなのかしら」

「それは……」

 イリアに見つめられて、圭悟は、息をんだ。

 その怜悧れいりな眼差しと目が合うと、心の奥底まで見透かされるような、そんな気がしてならなかったからだ。


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