第八百話 英雄誕生(二)
真星小隊の活躍に関する詳細は、実は、統魔もよく知らない。
ただ、龍宮戦役の最中、真星小隊だけで鬼級幻魔スルトの〈殻〉ムスペルヘイムに潜入し、殻石を探し当てて破壊して見せたという情報だけが、伝わってきている。
戦団本部からの情報であり、公表された戦果でもあった。
そこに嘘偽りはなく、誇大宣伝でもあるまい。
真星小隊のその働きは、まさに英雄的大活躍というべき代物だ。
なにせ、〈殻〉を崩壊させたのだから。
それは鬼級幻魔を一体、撃滅したのと同等か、それ以上の効果があると見ていい。
スルトは、戦団にとって護るべき対象となった〈殻〉龍宮の大敵だった。
鬼級幻魔が本能的に持つ領土的野心を炎の如く燃え上がらせた怪物は、近隣の〈殻〉を攻め滅ぼし、あるいは併呑しながらその勢力を急速に拡大させ、ついに龍宮へとその欲望の炎を走らせようとしたのである。
なぜ、戦団が、人間が、幻魔の国たる龍宮を護らなければならなくなったのかと言えば、龍宮に竜級幻魔オロチが眠っていたからであり、スルト軍の侵攻によってオロチが覚醒すれば、央都も無事では済まない可能性が高かったからだ。
事実、オロチの覚醒は、水穂基地からでもはっきりと視認できるほどの超常現象として、天地を貫いていた。
天を穿つ極大の光の柱。
その凄まじさたるや、遥か南方にいるはずの統魔の全身に寒気が走るほどだったし、ルナなどは、統魔にしがみつかざるを得ないほどの恐怖を感じていたようだ。人間ならざるルナですら絶望を覚えるほどの力。
央都四市に済む市民の誰もが、オロチの咆哮を聞き、その圧倒的な魔力を感じて叩き起こされたという。
幸い、オロチは、神威によって眠らされたものの、もしそれで終わらなければ、央都になんらかの被害が出ていたとしても不思議ではないし、それが甚大なものだった可能性も、決して低くはない。
それほどの窮地が、央都に訪れていた。
オロチの覚醒を経て、ようやく、戦団上層部の考えが正しかったのだと理解したのが統魔だ。
幻魔と共闘するなどという反吐が出そうな行いが、結局、大正解としか言い様がないことだとわかれば、感情のうねりを鎮める以外にはなかった。
統魔以外にも同様の感想を抱いていた導士は、少なくない。
そして、統魔と同じく、オロチの絶望的なまでの力を実感して、戦団の判断の正しさを感じたのである。
戦団上層部があのとき下した判断が間違いなく正しいものであると言うことは、今現在、央都が確かに存続し、人々が当たり前のように生活を送れているという事実を目の当たりにすることによって確認できるだろう。
戦団が龍宮からの提案を拒絶していれば、央都はどうなっていたのか。
想像すらできない。
オロチの暴走によってなにもかもが滅び去ったのか、あるいは、神威が立ち向かい、どうにか収まったのか。
可能性について考えるのは、愚かなことだ、と、統魔は頭を振った。
『真星小隊は、皆さんも御存知の通り、皆代幸多導士が輝光級に昇格したことをきっかけとして結成された小隊です』
『皆代幸多導士は、あの皆代統魔導士の御家族、御兄弟であり、戦団史上初となる魔法不能者の戦闘部導士ということで有名ですね』
『これまで、魔法不能者でありながら、多数の幻魔を討伐してきたという実績は、魔法社会そのものに衝撃を与え、魔法不能者の皆様に勇気を与えてきたことでしょう』
「どうだかな」
「ん?」
「魔法不能者の誰が幸多の活躍を見て、勇気をもらえるっていうんだよ」
「んー……作戦部の人達、弟くんのファンクラブを作ったらしいけど」
「そうですね。情報官の皆さんは、幸多輝士の活躍に大喜びだそうですし」
「そうなの?」
「らしいよ」
奏恵が目を丸くするのを見て、統魔は、渋い顔のまま告げた。
戦団は、魔法士のみで運営されている組織ではない。
千人に一人が魔法不能者として生まれるこの魔法社会において、魔法不能者の存在は、決して無視できないものだったし、なにより、魔法不能者には有能な人間が多かった。
魔法士は、魔法の習熟に時間を割く必要があるが、魔法不能者は、魔法を習熟する必要がなく、その時間を別のことに割り当てられるからだ、とよくいわれる。
あるいは、魔法のために必要な脳の容量を、別の技術などに割り当てることができるため、様々な分野に特化した技術、能力に関しては、魔法不能者のほうが突出するのだ、と。
実際、戦団に所属する魔法不能者は、それぞれの部署に適した能力、技術を存分に発揮しており、戦闘部以外ならば、魔法不能者を採用するのは当然の流れとしてあるのだという。
そんな魔法不能者たちの希望の星として現れたのが、幸多だ。
これまでただの一人として、魔法不能者が戦闘部に所属したことはなかった。
魔法不能者には、幻魔に立ち向かう方法がなかったからだ。
幻魔には、通常兵器は通用しない。そんな当然の道理を覆すようにして、幸多は、幻魔を撃破してきた。ただし、下位獣級幻魔だけではあったが。
そんな幸多だからこそ、魔法不能者でありながら戦闘部への所属が認められたのであり、故に、魔法不能者の戦団職員が、彼の活躍に興奮するのも無理はなかっただろう。
幸多が戦団内部の魔法不能者にちやほやされるのは、別段、悪い気はしない。
幸多は、これまで散々魔法不能者として差別されてきたのだ。
同じ魔法不能者仲間からどれだけ甘やかされたとしても、なんの問題もないどころか、統魔にしてみれば嬉しいことこの上なかった。
そうはいっても、世間一般の反応は、どうなのか、と考える。
「戦団職員は、わかるよ。皆、戦闘部の実態を知っているからな。おれたちがどれだけ必死なのか、理解してくれてる」
「うん」
「そうですね」
ルナも字も、統魔の言いたいことが少しだけ理解できて、頷いた。
情報官などは、特にそうだろう。龍宮戦役で戦死した百五十五名の導士たちは、情報官の指示通りに動いていたはずであり、その最中に命を落としたというのであれば、情報官たちが責任を感じたとしてもおかしくはない。
自分たちの言葉一つ、命令一つで、導士たちの生死が決まる。
その事実を認識しているからこそ、作戦部の情報官もまた、戦闘部の導士たちのことを常に考えてくれているのであり、寄り添い、理解し合おうとしてくれているのだ。
そんな情報官の中にも、魔法不能者は多い。そして、同じ戦務局ということもあって、戦闘部に所属した魔法不能者の幸多を特別扱いするのは、無理のない話だった。
必然的といっていい。
作戦部に誕生した幸多ファンクラブが戦団職員内に広がっていったという経緯も、納得がいく。
だが、一般市民は、どうか。
央都の人口は、百万人を超えた。このうち、千人ほどが魔法不能者といわれている。そして、千人中数十人が戦団で働いているのである。
戦団とは無関係の魔法不能者が、戦闘部導士として大活躍中の幸多に対しどのような感想を抱き、感情を持つのか、統魔には想像もつかない。
統魔は魔法士で、結局のところ、魔法不能者の気持ちなど全く理解できないからだ。
幸多の苦悩を目の当たりにして、手を差し伸べることすらできなかった。
「幸多、戦団内で孤立とかしていないのね?」
「孤立なんてしてたらさ、幸多が隊長の小隊なんて組めないと思うな」
「それはそうね」
奏恵は、統魔の発言に納得して大笑いした。確かにその通りだったし、自分はなんて愚かなことをいったのだろう、と思った。
幸多を慕ってくれている導士がいることは、ついこの前に知ったばかりではないか、と。
それこそ、真星小隊の一員である。
『伊佐那義一導士は、いわずもがな――』
幸多率いる真星小隊に関する大特集は、二十分ほどに渡って行われた。
その中でもいわれたことだが、幸多は、近々、輝光級二位に昇格することが決まっているし、伊佐那義一は輝光級三位に、九十九兄弟は閃光級三位に昇格するという話だった。
殻石を破壊する大活躍を果たしたのだからもっと昇格させて良いのではないか、と思わないではない統魔だったが、幸多の性分を考えると、それくらいがちょうどいいのかもしれない、と考え直したりもした。
また一人、いや四人、この央都に英雄が誕生したのだ。
それだけで十分だろう。