第七百九十九話 英雄誕生(一)
『――以上、昨日の合同葬儀に関するニュースでした。続いては、こちら』
『気になる! 小隊ショータイム!』
『本日特集するのは、第七軍団に突如現れた超新星! 真星小隊です!』
「だってさ! 統魔、弟くんだよ! 弟くん!」
などと、ルナが大声ではしゃぐものだから、統魔は、眉根を寄せるほかなかった。
「聞こえてるっての。ったく、朝飯時くらい、静かにできないものかねえ」
「隊長こそ、どういう態度なんですか」
「本当よねえ。本当は嬉しいくせに」
「だれが嬉しがってんだよ! 人の心境勝手に想像すんな!」
統魔は力説したが、字にも奏恵にも、当然ルナにも彼の意見は受け入れられなかったようだった。黙々と朝食を口に運びながら、ネットテレビ局の情報番組を見ている。
央都にはネットテレビ局がいくつもあるが、いま皆代家の居間に流れているのは、OBCこと央都ブロードキャストいう放送局が毎朝配信している情報番組である。
アサスパという番組名がどういう由来なのかはこの場にいる全員がよくわかっていないものの、朝食時に流しておく分にはちょうどいい塩梅の番組だということもあり、昔から皆代家では、この時間帯の居間にはアサスパが流れていた。
統魔にとっても見慣れた番組であり、見知った司会者や局員たちのやり取りも耳障りではなかったし、別段、気になるようなものもなかった。
合同葬儀を扱ったニュースから恒例のコーナーへの切り替わりも、いつものことだ。
導士が戦死したという報道すら、いつものことのように流れていく。
この央都においては、ごくごく当たり前のニュース。日々消費されていくただの情報に過ぎない。
導士の親族や友人知人にとっては衝撃的なニュースも、無関係な一市民には、ただのありふれた出来事なのだ。
今回の合同葬儀が耳目を集めるのは、総長自らが会場に現れ、演説を行ったということと、百五十五名もの導士が命を落とすほどの大きな戦いの結果だったからだ。これがもし、いつもの任務中に起きた出来事ならば、これほど大きなニュースとして扱われることもなかったのではないか。
そんな気がしてならないし、そうあるべきなのだろう。
これが、日常というものだ。
導士の死もまた、この央都社会における日常風景の一つなのだ。
だから、央都市民の誰もがそのように受け入れていて、当たり前のように消費されていく。
統魔が多少引っかかりを覚えるのは、結局、当事者だからに過ぎない。
戦団の導士だから、数多くの同僚たちが命を落としたという事実に心を動かされるものだったが、それも戦後に溢れた情報に翻弄された結果、薄まってしまっている。
統魔もまた、典型的な央都市民に過ぎない。
休日ということで、前日の夜に訪れては当たり前のように皆代家で一夜を明かしたルナと字を横目に見て、それからテレビの映像に視線を戻す。
映像は、小型の受信機が出力する幻板に映し出されており、そこには、ありふれた番組の特集コーナーが始まっている。
『ご覧の皆様も御存知かと思われますが、真星小隊!』
『一刻も早くこのコーナーで取り上げて欲しいという視聴者の皆様の声が殺到していたと』
『はい。真星小隊が結成されたのは今月の頭のことですが、既に大人気だということがわかりますね。小隊結成以前から知名度抜群の導士様が集まって出来上がった小隊ですから、人気が爆発するのも頷けるというもの』
「だって」
「んだよ……」
派手な柄の半袖半ズボンという格好のルナが、からかい半分といった様子で統魔の顔を覗き込んでくるものだから、彼は、箸を焦げだらけのウインナーソーセージに突き刺した。
今朝の食卓に並んでいる料理の数々は、やはりほとんどが奏恵の手作りなのだが、ルナと字が多少なりとも手伝ったという話だった。
大皿に乗せられたウインナーソーセージのうち、焼き方が微妙なのが、ルナのものだということははっきりとわかる。
ルナは、料理が下手なのだ。だから奏恵に習おうとしているらしい。
味に関しては問題がないため、統魔も文句はいわなかった。
問題があるとすれば見た目だけだ。
しかし、崩れた目玉焼きと焦げだらけのウインナーソーセージも、口に入れば、胃の中に放り込めば、完璧に完成された料理となんら変わらない。
統魔のためを思って作ってくれたというのであれば、多少見た目が悪くても、加点するべきなのだろうとも想う。
『真星小隊を取り上げて欲しいという声が多かったのは、先日の龍宮戦役における大活躍が理由のひとつとして上げられるでしょう』
『はい。巨大な〈殻〉ムスペルヘイムに忍び込み、見事殻石を破壊するという大役を果たし、戦団に大勝利をもたらしたことは、皆さんも御存知の通り! 真星小隊の活躍があればこそ、わたしたちも生きていられるという話ですね!』
『まさに央都守護の英雄であり、超新星というわけだ!』
「英雄……か」
「なに、嬉しくないの?」
「いいや、嬉しいよ」
「本当に?」
「なんでそんな嘘つくんだよ」
「だって、統魔の顔、嬉しそうじゃないもの」
「そうか?」
きょとんと、統魔はルナの顔を見て、彼女が真剣そのものの眼でこちらを見ていたことに気づいた。それから反対側の席を見れば、字が静かに頷いてくる。
「はい、そのように見受けられますが」
「そうねえ。あんまり、嬉しそうにしていないわね」
「そうか……」
字どころか奏恵にまで表情に現れている感情を指摘され、統魔は、憮然とした。
元より感情が表情に現れやすい人間だということは、師匠や周囲からの指摘もあって理解していることだったし、導士である以上、出来る限りは制御しなければならないと考えているのだが、しかし、こうまで指摘されるというのは、統魔自身珍しいことだった。
しかも、統魔が思っていることとは全く逆の感情が表面化しているというのは、初めてのことではないか。
(本当に……嬉しいんだけどな)
統魔は、真星小隊の大特集を見ながら、ここ数日のことを思うのだ。
先日、大きな戦いがあった。
それこそ、央都の命運を懸けた戦いであり、できるならば、統魔も小隊を率いて参戦したかったものだ。しかし、第九軍団が水穂市の防衛任務についている以上、勝手なことはできなかった。
編成に口を出す権限など、煌光級導士にもないのだ。
龍宮戦役に投入されたのは、二個大隊である。たった五百名の導士が、総兵力一千万の大軍勢の侵攻を食い止めるために動員されたのだ。
それだけを聞くと、むちゃくちゃな話だったが、そもそもが無理難題だったのだから、致し方のないことなのだろう。
央都防衛に重点を置きつつも、オトロシャ領攻略のために力を割こうとしている最中、降って沸いたように起こったのが、龍宮戦役である。
龍宮という鬼級幻魔の〈殻〉を、他の鬼級幻魔の軍勢から護るための戦いであり、幻魔を忌み嫌う統魔にしてみれば、とても信じられないし、認めがたいとしか言いようのないことだった。
だが、護法院の、戦団上層部の高度な判断に対し、なにかしら意見を述べたところでどうなるものでもない。
統魔は、幸多が無事に生き残ってくれるのを祈る以外にはなかったし、戦団龍宮連合が勝利することを願うことしかできなかった。
大半の導士が、そうだったはずだ。
龍宮戦役の勃発を知りながら、なにもできず、ただ推移を見守ることしか出来なかった。
真夜中に起きた戦いの始まりから終わりまで、眠ることもできず、ただ、戦団本部から送られる情報を見ていたものである。
そして、戦いは終わった。
幸多は、真星小隊は、英雄になった。
一夜にして、〈殻〉攻略という大役を果たした英雄となり、将来を嘱望される導士の筆頭となったのだ。
それそのものは嬉しいことだ。
嬉しいことであるはずだ。
なのに、統魔は、心の何処かで異様なものを感じずにはいられなかった。