第七百九十七話 英霊儀式(九)
幸多は、ネットテレビ局が中継する合同葬儀を最初から最後まで見届けた。
幸多の人生において初めての衛星任務は、そのまま、戦団どころか人類史上初となるであろう幻魔との共同戦線へと移行し、さらには〈殻〉への潜入任務へと発展した。
幸多にとっても、真星小隊にとっても、怒濤のような展開の連続であり、気が休まることは一瞬たりともなかった。気を抜けば最後、命を落としかねない。事実、数多くの導士が死亡している。
それほどの戦いだったのだ。
幸多が、あの戦いに動員された二個大隊五百名の導士のうち百五十五名が戦死したという事実を知ったのは、戦後のことだったが。
殻石の破壊が成り、スルトとムスペルヘイムが消滅した。
それによって、戦団龍宮連合軍の勝利条件は達成されたものの、どういうわけか龍宮に現れ、オトヒメに助けられたというバアル・ゼブルによって、オロチの覚醒が果たされれば、状況は大きく変わった。
絶体絶命の窮地。
そんなときに立ち上がったのが、大星将・神木神威であり、彼は、どういうわけか、竜級幻魔オロチに立ち向かい、ただの一撃で伸してしまったのである。
さらに竜級幻魔ブルー・ドラゴンが現れたものの、それもまた、どういう理由なのか、立ち去ってしまった。
まさに嵐のようだった。
かくして全てが終わり、戦団の本陣に辿り着いた後、幸多は、導士たちの戦死を知った。
第七軍団の導士が多く、知っている名前もあった。
春日野隆重、沖浜友香子、猟師弦空、氷室雪奈、千代田秀明――幸多が第七軍団に配属された直後、幻想訓練を行った同僚たち。
彼らがあの戦場に動員されたということすら知らなかったのは、真星小隊が荒井大隊に所属していて、彼らが躑躅野大隊に編成されていたからだ。言葉を交わす機会すらなかった。
第九衛星拠点に配属された直後には、何人かとは言葉を交わしているし、皆、幸多の急激な昇格を褒め称えてくれたものだった。
そんな同僚たちが、いまや物言わぬ亡骸となり、合同葬儀を経て、英霊として祀られることとなれば、幸多も、考え込まざるを得ない。
戦いとは、そういうものだ。
勝利と敗北があり、生と死がある。
常にあらゆる戦いで全員が生き残って勝利することなどできるわけもなければ、どうしたところで戦死者は出るものだったし、それが必要な犠牲というものなのだろう。
前進には犠牲がつきものだ、という。
神威が演説の中で語っていた言葉だが、それも事実なのだろう。
認めたくもないし、ほかに方法はないのかと考えたくもなるのだが、幸多の小さな頭脳では、どう考えたところで正しい解答など得られるはずもない。
テレビを消して、部屋を出る。
居間には九十九兄弟がいて、二人して食い入るようにテレビを見ていた。黒乃が幸多に気づき、声をかける。
「起きてたんだ?」
「うん。テレビ見てた」
「合同葬儀?」
「うん」
「だったら一緒に見りゃ良かったのに」
真白が多少呆れながら、幸多を振り返った。長椅子の背もたれに上体を預けながら、そのまま滑り落ちそうになる。
「なんだか、そういう気分になれなくてさ」
「責任感じてるんじゃねえだろうな?」
「まさか。ぼくもそこまで傲慢じゃないよ」
「だったらいいけどよ」
真白は、天地が逆転した視界に幸多を捉えながら、その褐色の瞳がわずかに揺れているのを認めた。彼がなにを考えているのかまではわからないが、多少なりとも傷ついていることくらいは、察する。
「おれたちは、おれたちにやれることをした。やるべきこと、やれるだけのことを。その結果、被害を最小限に抑えることができたんだ――って、思っていたほうが気楽でいいってさ」
「荒井杖長がね、そういってくれたんだよ」
真白の頭が床に激突しないようにその体を押さえ付けながら、黒乃が補足する。
「責任を負うのは、あんな戦いを強いた上層部だとさ」
「そうはいっても、ああする以外に道はなかったと思うけど」
幸多は、真白が姿勢を戻すのを見つめながら、告げる。
「あれがあのときの最善――とはいえないまでにしても、出来る限りのことはしたんだと思う。総長だって、本当は、もっと多くの戦力を出したかったはずなんだ。でも、あれが限界だった」
二個大隊。
たった五百名の導士と、六名の杖長、三名の星将。
それが動員された実働部隊の全てであり、それだけでスルト軍の侵攻を食い止めるなど、至難の業だった。もちろん、龍宮軍との共同作戦であり、龍宮軍の総兵力は、戦団を圧倒するほどのものだったが、しかし、だ。
鬼級幻魔三体を相手に戦うのであれば、さらに多くの戦力を動員したかったのは、間違いあるまい。
だが、それはできなかった。
央都の置かれている状況を考えれば、そのような真似ができるはずもない。
央都防衛構想そのものを崩壊させかねない。
星将三人を投入し、さらに総長自らが赴いただけでもとんでもないことだ。
「本当、人手不足ここに極まれりって感じだな」
「荒井杖長がね、そういってたんだよ」
「黒乃、おまえなあ」
「だって、本当のことだもん」
「なんだか、影響されてる?」
幸多は、真白が黒乃の頬を摘まむ様を見つめながら、笑った。
荒井大隊を率いた荒井瑠衣は、なにかと幸多たちのことを気に懸けてくれていたが、あの戦い以来、より一層目にかけてくれるようになっていた。よく話しかけてくれるし、訓練にも付き合ってくれたりするのだ。
おかげで、真星小隊一同、荒井瑠衣のことが大好きになってしまったし、杖長に扱かれることで成長を実感する日々である。
「されてねえよ、されてねえ。安易に影響されるなんざ、ロックじゃねえだろ」
「されてる……」
「冗談に決まってんだろ」
真白が大笑いして、幸多も笑った。
黒乃は、じんじんと痛む頬を撫でながら、そんな二人の様子に安心するのだ。
幸多が、真星小隊の中心だ。彼が調子を崩せば、それだけで小隊全体の空気が悪くなる。
黒乃も真白も幸多を兄のように慕っていたし、義一だって、幸多に甘えている部分があるように思うのだ。
美零も、そうだったのかもしれない。
ふと、黒乃はそんなことを思った。
「わたしは、霊石化を諦められなかった」
美零の声が義一の喉から聞こえたかと思えば、彼の肉体に変化が起きた。元々中性的な顔立ちに大きな変化はないが、筋肉質に引き締まった肢体は、女性的な丸みを帯びたものへと激変する。
義一から美零への、あるいは美零から義一への変身については、美由理にとっては見慣れたものだったし、だから驚いたりするようなことなかったのだが、しかし、このような場所で変身したことなどこれまで一度たりともなかったものだから、感じるものがあった。
美零の魂の叫びが、聞こえるようだ。
「真眼によって殻石の所在地を割り出し、霊石へと転化することこそが、わたしたち伊佐那麒麟複製体の使命だから。だから、わたしは、使命を果たそうとしたの。でも、出来なかった」
美零は、金色に輝く瞳で、美由理を見つめた。真眼を通して視る美由理の姿は、ただただ美しいと感じる。美由理の肉体を巡る魔素がきらきらと輝いているように見えるからだ。
まるで美由理だけが特別であることを示しているような、そんな煌めき。
無数の星が、美由理という宇宙の中で光を放ち続けている。
それこそ、美由理の特異性を示すものなのだろう、と、麒麟は結論づけたし、第三因子なのではないかとも考えているようだった。美零も義一も、麒麟の結論に異議はない。
時間を静止する星象現界、その力の源こそ、この星々の輝きのような魔素の光ではないか。
「スルトが現れたからだな」
「うん」
美零の脳裏にあの瞬間の光景が過る。
突如として出現した鬼級幻魔によって殻石の解析が中断される羽目になったというのに、美零は、殻石に拘り続けた。
殻石を霊石に作り替えることだけが己の存在意義なのだから、そのために命を燃やすのは当たり前だった。
だが、結局のところ、殻石を破壊することになったのであれば、最初からそうするべきだったのではないか、と、いまならば考えるのだ。
そのことで、何度となく義一と話し合っている。
「その結果、戦団の損害が拡大したというのなら、戦死者が増えたというのなら、わたしは、どういう顔をして生き続ければいいのかな?」
美零の問いは、美由理の胸を打つ。