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第七百九十五話 英霊儀式(七)

「なんでっ……!」

 明日良あすらの叫びが真言しんごんとなって魔法を成立させれば、星神力せいしんりょくが翡翠色の嵐を生み出し、吹き荒ぶ。

 透き通った翠の渦が、幻想空間を破壊していく。

 空白地帯を模した赤黒い大地が瞬く間に破壊の嵐に飲まれ、徹底的に蹂躙じゅうりんされていくのだ。地面が大きく削り取られ、穴が開き、結晶樹けっしょうじゅが根こそぎ吹き飛んでいく。

 ばらばらに散らばった結晶の葉が、陽光を帯びてきらめいた。

 そして、神威かむいの幻想体も粉々に崩壊し、跡形もなくなるのである。

「なんでなにもしないっ!」

 明日良の見ている先で、神威の幻想体が再構築される。傷ひとつない幻想体。魔力を練り上げてもいなければ、律像りつぞうを展開していることもない、通常状態の魔法士。

 無防備極まるその姿を見れば、挑発されているのかと思わざるを得ない。

 だから明日良は、えるのだ。

「あんたは、戦団最強最高の魔法士で、央都おうとの大英雄だろっ!」

「……そうだな」

「今回だってオロチを退しりぞけ、人類生存圏を守り抜いた! なのに、どうしてっ……!」

 神威は、ただ、明日良の劇場を受け止める。吹き荒れる颶風に吹き飛ばされ、粉々になって再構築されるのを繰り返しながら。

 龍宮りゅうぐう防衛戦は、龍宮に眠る竜級幻魔オロチの覚醒を防ぐための戦いだった。そのためにこそ、幻魔との共闘などという暴挙ぼうきょを行った。軍団長たちの中には、反対の声も少なくなかったというのにだ。

 その反対派の筆頭が明日良である。

 明日良は、幻魔と手を取り合って戦うなど、考えたくもなかった。そのようなおぞましいことをするのであれば、滅びた方がましだ――などとは思うまいが、しかし、それにしたってあまりにも突然であり、考える暇さえ与えられないというのであれば、猛烈な反発が生まれるのも当然だっただろう。

 冷静になって考えれば、龍宮の幻魔たちと共闘する以外に道はなかったのだということはわかるのだが、それはそれとして受け入れがたい感情があるのだ。

 感情。

 そう、感情だ。

 感情だけが、明日良を突き動かしている。

 激情が意識を席巻し、衝動が肉体を躍動やくどうさせる。

 無力な自分への底知れぬ怒りは、行き場もなく、ただ、嵐の如く逆巻き、幻想空間を打ち砕いていくのだ。

「どうして、なにもいってくれないんだっ……!」

 明日良は、神威の幻想体が星神力によって瞬く間に破壊されては再構成され、そのたびにすぐさま崩壊していく光景をただ見ていることしか出来ない。

 神威は、戦団最強の魔法士だ。

 英雄の中の英雄であり、導士の中の導士であり、星将の中の星将。

 それが神木神威であり、彼がいればこそ、戦団は成り立っていると言っても過言ではあるまい。

 彼が、戦団という組織をひとつに纏め上げている。

 彼がいなければ戦団はとっくの昔に空中分解していたのではないか、と、まことしやかにささやかれるほどだったし、そうした話に頷く古株の導士も少なくない。

 それだけの人物が、なぜ、明日良の無体むたい極まりない暴走をただ受け入れているのか。

 明日良はいま、理不尽そのものだ。

 理不尽に荒れ狂い、不条理に破壊し続けている。

 だが。

 神威の力があれば、竜級幻魔をも一撃で伸すほどの力をもっているのであれば、明日良など一蹴できるはずだ。

 ここは幻想空間。

 現実世界に影響を与えることはなく、なんの遠慮も心配もいらないはずだ。

 だから、明日良は絶叫する。

神木こうぎ神威!」

「……ああ、そうだな」

 神威は、慟哭どうこくにも似た明日良の叫び声を聞いた。それは破壊的な嵐となって螺旋らせんを描き、この混沌の大地をさらなる混沌の渦中へと叩き込んでいくかのようであり、なにもかもが理不尽に打ち砕かれていく様は、彼が戦団最高峰の魔法士であることを伝えてくるようだった。

 神威の肉体が容易く粉砕され、粉微塵になって天高く舞い上げられていく。

 幻想体の崩壊と再構成。

 意識そのものは、幻想空間に在り続け、明日良の星神力のたかぶりを感じ続けていた。

 明日良が感情の、本能の赴くままに暴れ回っている様は、彼らしくありながら、もっとも彼らしくないものだ。

 彼ほど本能を制御している人間は少ないのではないか、と、思えるくらい、普段の明日良は理性的であり、冷静極まりない判断を下すことが出来た。だからこそ、いままさに激情に駆り立てられているのだろう、と、神威は実感として認識する。

 吹き荒ぶ嵐そのものとなってこの幻想空間を蹂躙する彼の有り様を見れば、その心模様がはっきりと伝わってくるというものだ。

 だからこそ、神威は、彼の望みに応じた。

 幻想訓練に付き合え、という彼の願いに。

 そして、それで良かった、と、いままさに感じるのだ。

「おまえがそれを望むのなら、おれもそれにこたえよう」

 神威は、おもむろに眼帯を外すと、力の全てを解放して見せた。

 神威の幻想体は、特別製の幻想体である。多くの幻想体がそうであるように当人の生体情報、戦闘記録を元に構成された幻想体であることに違いはないが、眼帯によって力を封印するという仕組みは、彼の幻想体だけのものだった。

 通常、幻想体にそのような仕組みを施す理由がないからだ。

 そして、幻想空間上に再現された神威の全力は、一瞬にして、周囲を吹き荒ぶ星神力の嵐を消し飛ばし、眼前に迫ろうとしていた明日良を一撃の元に吹き飛ばした。

 距離が、開く。

 眼帯を外した神威の右眼は、虹色の光を発していた。人間のそれとは大きく異なる形状をした、禍々しい結晶体としか思えないような右眼。幻魔の眼とも異なるそれが記録映像に残されたオロチの眼と似ていることは、誰の目にも明らかだろう。

 そして、その全身に充ち満ち、溢れ出す力もまた、竜級幻魔に匹敵するほどのものだということは、幻想空間の映像そのものが激しく乱れ始めたことからも確かではなかろうか。

 戦団本部の幻創機ですら再現しきれないのが、神威の力だ。

 明日良が、そんな力の一撃を受けて辛くも意識を失わずに済んだのは、すんでの所で回避行動に移ったからだ。衝撃を軽減することに成功し――それによって、凄まじい痛撃を受けることになったのは、皮肉と言うべきか。

 明日良は、血反吐を吐きながら、神威を睨んだ。虹色に輝く竜の眼と、神威の全身から満ち溢れる星神力の膨大さに、圧倒される気分だった。

 先程まで、明日良になぶらられ続けたただの人間の姿はそこにはない。

 そこにあるのは、人類の大英雄にして戦団の大星将・神木神威その人であり、その絶大な力は、幻想空間そのものを崩壊させかねないのではないかと思えるほどだった。

 神威の周囲の大地が揺れ、大気が騒ぎ、天が割れる。神威がわずかに踏み込むと、それだけで周囲一帯に壊滅的な被害が生じた。大気が絶望的な悲鳴を上げ、この空間に満ちた魔素という魔素が変質を始めている。

 つぎの瞬間には目の前にあった神威の拳が顔面を貫いたという事実に気づいたときには、明日良の意識は、再構成された幻想体に移っていた。

 そして、再び幻想体の崩壊を認める。

 神威の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくは、幻想体の崩壊であり、明日良の死である。

 何度死に、何度生き返ったのか。

 何度蘇り、何度黄泉(よみ)かえったのか。

 何度も、何度も、呆れるくらいに何度も、明日良は、神威の一撃にたおされ、そのたびに戦場へと舞い戻った。ただひたすらに崩壊の一途を辿る戦場のただ中へ。

 竜級幻魔に匹敵する力は、それほどまでに甚大じんだいであり、強大無比だ。

 だからこそ、オロチをすことができたのであり、戦団の導士たちを生還させ、人類生存圏を守り抜くことができたのだ。

 明日良は、そんな当たり前の事実を、神威の絶対的としか言いようのない力を直接受け止めることで、理解していく。

(ああ――)

 明日良は、見ている。

 神威の動きは、目に追えるものではない。

 星象現界を発動させ、あらゆる能力を最大限に引き出した星将ですら、だ。

 次元が違う、とは、まさにこのことだろう。

 鬼級が竜級を畏怖し、故に黙殺する理由が痛いほど理解できる。

 星将三人でようやく食い下がることができるのが鬼級ならば、鬼級が束になっても敵わない竜級に、人間がどれだけ力を合わせても傷ひとつつけられないのではないか。

 そんな絶望的な現実の中にあって、神威の存在は、強烈な光を放っている。

(やっぱり、あんたは強いよ――)

 明日良の意識が途切れたのは、幻想空間そのものが崩壊し、強制的に神経接続が切断されたからにほかならなかったが。

 訓練室の天井照明の淡い光が、妙に眩しく感じたのは、きっと、擬似的にも生と死を数え切れないくらいに経験したからだろう。

 明日良は、顔を覗き込んできた妹の心配そうな顔を見て、その頭に手を置いた。


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