第七百九十一話 英霊儀式(三)
合同葬儀。
戦団においては、ある意味恒例の儀式というべきものだろう。
戦団は、成立以来、数え切れない戦死者を出してきた。
戦団の歴史は、幻魔との闘争の歴史である。
そして、それは大量の死によって彩られる。
幻魔の、導士たちの、死。
一人二人の戦死者ならば、各人それぞれに葬儀を執り行えばいいのだが、今回のように大量の戦死者を出した場合には、合同葬儀として一斉に行うという決まりになっていった。そのほうがなにかと都合が良いからだ。
戦死者たちへの哀悼の意を表するにしても、人々の注目を集め、様々な感情を喚起させるために利用するにしても、だ。
そのような極めて合理的な判断の元、合同葬儀は執り行われる。
今回も、そうだ。
戦団の都合によって、いままさに合同葬儀が執り行われようとしており、大斎場には、戦団関係者のみならず、数多くの一般市民が訪れていた。
今回のような大型の合同葬儀となれば、一般に開放されることも少なくない。
合同葬儀の会場は、英霊となって天に旅立つ導士たちと最後の別れを告げるための場所ということもあって、たくさんの人出があった。
今日、合同葬儀が行われるのは、葦原市最大規模の斎場であり、そこにはかなりの人出が予想されていたし、想定以上の人数が参列していた。
九月上旬。
まだまだ夏の熱気が冷めやらぬ中、喪服に身を包んだ戦団関係者や報道陣、そして一般市民が弔問の列を作っているのを見遣り、小さく息を吐く。
「九十九兄弟があの中にいなくて良かったよ」
「そういえばあの問題児、第七軍団に移籍したんだっけ?」
「おう。おれが勧めたんだ」
「そうなんだ」
それならば、明日良が胸を撫で下ろすのも無理からぬことだ、と、明日花は思った。
傲岸不遜大魔王は、その異名の割りには、他人のことをよく考えている人間だ。自分よりも自分以外の誰かのことを常に考えていて、だからこそ、妹である彼女には心配なのだが、そんなことをいえば導士の在り様を説教されるのだから、なにもいうことはない。
ただし、今回ばかりは彼の暴挙を止めることはなにものにもできないのではないか、とも、彼女は考える。
暴挙。
暴挙としか言い様がない。
明日良は、軍団長だ。
第八軍団の長であり、最高戦力の一人に数えられる星将なのだ。そんな立場の導士が、持ち場である衛星拠点を離れ、合同葬儀に参列するなど、通常では考えられないことだった。
軍団長が合同葬儀に参列する事自体はままあることだが、それは、央都守護の任務に付いている軍団長なればこそだ。
央都四市内を移動するのと、衛星拠点と行き来するのでは、かかる時間が違う。
空間転移魔法を使えば、話は別だが。
そして、だからこそ、明日良はここにいる。
斎場内にあって、喪服の彼の姿は、異様な存在感を放っていた。
当然だが、軍団長の明日良は主宰者側にいる。明日花は、そんな兄の付き添いとして、明日良がいつ暴走してもいいように神経を研ぎ澄ませていた。
万が一にも魔法を炸裂されることなどはありえないのだが、なにかしら暴言を吐き出すような可能性はなりとは言いきれない。
明日良が先日からとんでもなく不機嫌だということは、携帯端末越しにも伝わってきたものだし、だからこそ、彼女は休日を返上して、彼の元へとやってきたのだ。
そして、龍宮防衛戦が終結したという報せを受けて、さらに明日良の機嫌が悪くなったのは、誰の目にも明らかだったが、そんな彼の機嫌をどうにかすることは、実妹の彼女にも不可能だった。
兄がなにに対して怒り狂っているのか、明日花にもわかるからだ。
理不尽が、この世に満ち溢れている。
斎場には、数千人もの参列者がいて、その大半が戦死者とは無関係の一般市民である。
合同葬儀。
戦死した導士を英霊として天に送るための儀式。
今回は、いつもよりも遥かに多くの導士が、英霊に名を連ねることとなり、そのために会場も普段よりも大きな場所を用意した。
百五十五名に及ぶ戦死者たち。
その生前の姿を映しだした写真の数々が、無数の花々に埋め尽くされるようにして、飾られている。新人の導士も少なくなかったし、歴戦の強者もそこに名を連ねている。
それほどまでの激戦が、死闘が、あの地で繰り広げられたのだ。
そして、戦団総長・神木神威が、参列者の前に姿を見せれば、様々な反応があった。
黒衣に身を包んだ彼の姿は、威厳に満ちたものであり、元より厳粛そのものだった斎場の空気をより張り詰めたものにしていく。
「――彼らは、央都守護という大任を果たすべく戦い、道半ばに命を落とした。しかし、その命は、星の如く輝き、いままさに英霊となって我らを見守ってくれているのは疑いようがない。導士とは、そういうものだ。導士は、己が命を燃やし尽くす。市民のため、央都のため、人類のためにこそ、その命の限りを尽くすのだ」
神威は、参列者の視線が自分に集中するのを感じ取りつつも、いま目の前にいる人々だけではなく、カメラの、テレビやネットワークの向こう側の人々すらも意識していた。
それが、総長の役割であり、使命なのだ。
だから、胸が痛むということもない。
彼は、使命を果たすためにこそ、生きている。
「龍宮防衛戦は、人類史上初の試みである、幻魔との共同作戦だった。人類の天敵たる幻魔と手を取ることなど、通常ならばありうべからずことだが、事情が事情だ。我々としても、龍宮が滅ぼされ、その余波で人類が滅亡するなどというくだらぬ末路だけはなんとしても避けなければならなかった。幻魔と手を組むなど、到底考えられぬことだが、しかし、それもこれも央都のため、人類のためなれば、甘んじて受け入れよう――」
神威の演説に熱が入っていく。
そこには、彼の怒りがあり、憤りがあった。
彼もまた、己の内の激情と戦っているのだ。
幻魔との共闘など、考えたくもないことだったし、ありえないことだった。
彼の言うとおり、ありうべかざることなのだ。
それでも、それ以外に方法がないとなれば、致し方がない。
苦汁を飲んで、受け入れるしかない。
その結果、市民が大いに反発し、戦団に対する反対運動が激化したのだとしても、人類生存圏を護るためなのだ。
「だが、そのために数多くの導士たちが英霊となった現実は、到底受け入れがたい――」
「英霊ってなんだよ」
「お兄ちゃん」
吐き捨てるような明日良の言葉に、明日花は、彼の手を引っ張った。
今回の合同葬儀に参列しているほかの軍団長たちの中で、明日良は一際浮いていた。それもそのはずだ。
相馬流人、播磨陽真、城ノ宮日流子の三名は、葦原市の防衛任務についている。
別の市の守りについている軍団長の姿もなければ、衛星任務中の軍団長がここにいるはずもない。
明日良だけが、特例で、ここにいる。
そのことに疑問を持つものも少なくないだろうし、実際、相馬流人などは、任務はどうした、と明日良に詰め寄ったものである。そんな流人に対し、明日良は神威に用事があるとしか言い返さなかった。
明日良は、神威を見据えている。
その眼差しの苛烈《》かれつさが、明日花にはとても信じられないもののように思えてならなかったし、兄がなにを考えているのか、まるで想像できなかった。
神威は、導士の中の導士であり、英雄の中の英雄だ。
今回の龍宮防衛戦を経て、央都が無事なのは、神威がいればこそだった。
まさに大星将と呼ぶに相応しい活躍をしてのけたのであり、そんな神威に対して、明日良が不遜極まる表情を向ける理由が想像もつかないのだ。
明日良は、なにを考えて、合同葬儀に参列するといいだしたのか。
そして、その目的が神威だということもまた、明日花にはわからない。
ただ、もし、明日良が神威になにかしようというのであれば、全力で止めなければならない。
明日花にとっても、央都市民にとっても、戦団にとっても、神木神威という人物は、この世になくてはならない存在なのだ。
そんなことは、明日良も理解しているはずなのだが。