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第七百八十八話 前に進むということ

「今回の作戦は、見事なまでの大成功といっていいでしょうな。あのとき、閣下を送り出した我々の判断は間違っていなかったというわけだ」

「導士百五十五名が命を落としましたが」

「誰もが胸を張って死んでいったのだろう。ならだ、なにも問題はないではないか。なにより、央都壊滅おうとかいめつに比べれば、大したことではない。我らの使命を忘れたわけではあるまい」

「使命……使命ですか」

「そうだ。使命だ。我ら戦団は、央都の、この人類生存圏の守護と、人類に再び繁栄をもたらすことこそを使命とし、悲願として掲げている。そのためには、どれだけの犠牲を払い続けなければならないのか、想像してこなかったわけではないだろう」

「それは……」

「犠牲なくして前進なし――それこそ、この世の理だ」

 長老の一人がそう言い切れば、ほかの長老たちは同じように重々しくうなずき、彼の言葉を肯定こうていする。

 反論の余地もなければ、異論を挟むこともない。

 護法院ごほういんの誰もが、このたった百五十五名の戦死者をいたんでいたが、同時に、こう考えてもいるのだ。

 たった百五十五人の命で央都を守れたというのであれば、龍宮りゅうぐう防衛戦を成功させることができたというのであれば、安いものだ、と。

 伊佐那麒麟いざなきりんは、自分がそんな長老の一人であるという事実を踏まえた上で、護法院の会議が終わるのを見届けた。

 護法院がこうも立て続けに会議を行うことになったのは、長老たちにとっても、戦団にとっても、そして人類にとっても予期せぬことが起き続けていることの証左だ。

 鬼級幻魔マルファスからの救援要請。

 そして、龍宮に眠る竜級幻魔オロチの存在である。

 護法院は、そのしらせを受けて、すぐさま会議を開いた。常日頃様々な役割に従事している長老たちが幻想空間に集まったが、議論は起きなかった。

 結論は、決まっていたからだ。

 龍宮の救援である。

 龍宮をムスペルヘイムのスルトから護ること、ただそれだけが人類生存圏を重大な危機にさらさない唯一無二の方法であるということは、長老の誰もが理解していた。

 長老たちは、ただ長生きしてきただけではない。

 戦団でも有数の、歴戦の猛者たちなのだ。

 地上奪還作戦以来、人類のため、戦団のために死力を尽くし、その上で生き残ってきたものたち。

 彼らの意見が一致することは、然程珍しいことではない。

 彼らの意識の根底にあるのは、央都の守護である。そして、それに基づく人類の保全であり、その先にこそ、人類の再度の繁栄があると信じているからこそ、そのために力を尽くすのだ。

 故に、龍宮への救援にいなやはなかった。

 戦団最高会議の星将せいしょうたちからは反対の意見が多数あったが、しかし、老人たちは自分たちの意見こそを採用し、強行した。

 それだけの事態だということは、火を見るより明らかだった。

 龍宮に竜が眠っていることが確実なものとなり、スルトが軍勢を差し向けている事実も確かだとなれば、幻魔同士のありふれた領土争いと切って捨てるわけにはいかなくなった。

 万が一にも竜が目覚めるようなことがあれば、被害が央都にも及びかねない。

 少なくとも、衛星拠点は壊滅的被害を受けるだろうし、数多くの導士が命を落とすだろう。

 最悪の場合、央都が、双界そのものがこの地上から消滅させられる可能性があった。

 だからこそ、戦団は、龍宮への戦力の提供を惜しまなかったが、それでもたった二個大隊しか動員できなかったのだから、戦団の戦力不足もここに極まれりといったところではないか。

 もっと戦力に余裕があれば、その二倍、三倍の戦力を動員しただろうし、龍宮防衛戦の推移も多少は、楽になったのではないかと思えるのだが、とはいえ、相手が相手だ。

 戦団の被害が増大しただけ、という可能性も捨てきれない。

 スルト軍は、総兵力一千万といい、スルト、ホオリ、アグニという三体の鬼級幻魔をようしていた。

 対する龍宮はといえば、総兵力二百万程度で、鬼級はオトヒメ、マルファスの二体である。しかも、戦場に出られるのはマルファスだけだった。

 圧倒的戦力差としか言い様がなかった。

 そこに二個大隊、五百名の導士を投入したところで、まともにやり合えば勝てるわけもなかった。そして、まともにやり合うつもりなど、戦団龍宮連合軍にはなかった。

 マルファスとすれば、スルトの南進を食い止め、龍宮を侵攻する気をなくさせるだけでよかった。

 スルトが勢いに乗っているのは、配下に鬼級が二体いて、近隣の〈クリファ〉を圧倒できる戦力があるからだ。二体の鬼級の内、一体でも撃破できれば、スルトの燃え盛る野心に冷水を浴びせることになるだろう。

 マルファスの考えは、麒麟にもわかったし、神威も理解したからこそ、その戦術に乗ったのだ。

 スルト軍との戦闘の最中、鬼級を引きずり出し、そこに三星将をぶつける。その間、残りの戦力は、龍宮が侵攻されないように全力を尽くし、鬼級がたおされるのを待つ。

 ただそれだけの単純な戦術。

 上手く行けば、龍宮、戦団双方の損害を最小限に食い止めることができるだろうし、上手く行かなかったとしても、それ以上の妙策はなかった。

 戦力差が余りにも大きすぎる。

 なにか策をろうそうにも、力業でねじ伏せられるのが落ちだ。

 故にこそ、戦団もマルファスの戦術通りに動こうとしたのだが、戦術は、アグニが突出してきたことによって破綻し、さらにスルトとホオリが前線に出てきたことで崩壊した。

 星将たちはアグニを打倒したが、スルトは引き下がらなかった。

 むしろ、あの戦場にいる敵全てを殺戮し、龍宮をも攻め滅ぼすつもりでいたようだった。

 そんなスルトの隙を上手く突いたのが、美零みれいだが。

「……皆の言葉を真に受ける必要はない」

「わかっておりますよ、閣下」

 麒麟は、神威の気遣きづかいに苦笑すら浮かべて、彼を見た。

 隻眼の大男は、会議を終えたばかりだということもあってなのか、相変わらずの苦い顔をしていた。護法院会議直後の彼は、いつだってそんな表情をしているのだから、戦団総長という立場の重みが伝わってくる。

「皆、必死なのです」

「そうだな。皆、必死だ」

 神威は、静かに頷き、立ち上がった。

 護法院への報告が終わったが、龍宮防衛戦を完全に終わらせるための最後の儀式は、まだ、残っている。

「誰もが必死に生き、必死に戦い、そして、死んでいく。それもこれも人類のため、未来のため。前進のためには犠牲が必要だと彼はいったが、それも事実だ。なにかを為すには、対価を払わなければならない」

 対価を払いたくなければ、なにもしなければいい。しかし、それでは、ただ死んでいくだけのことだ。緩やかに滅びていくだけのことなのだ。

 誰もが滅びを望むというのであればともかく、そうではない。

 人は皆、死を忌避し、生に執着する。

 であれば、前進しなければならない。

 ただ前に向かって歩み続けなければならない。

 歩みを止めれば、そのとき、人類は本当の意味で終わりを迎えることになる。

 それがこの世界の現状なのだ。

 神威は、麒麟の金色の瞳を見て、その奥底に揺れる感情の深さになんともいえないものを感じた。彼女の心の痛みが手に取るようにわかる。

 彼女が払い続けた犠牲について、彼もまた、その理解者だからだ。

「……おれは、死ねなかったよ」

 神威の言葉に、麒麟は、虚を突かれたような気分になった。それから、彼の隻眼を見つめる。そこには彼に残された人間性が集まっているように思えた。

「死んでもらっては困ります。閣下」

「……そうだな。まだまだ、死ねないな」

 神威は、小さく息を吐いて、麒麟に席を立つように促した。

 総長執務室の広い室内には、神威と麒麟しかいないが、だからこそ、二人して退室するのである。

 戦いは、終わった。

 だが、龍宮防衛戦の全てを終わらせるための儀式は、まだ、始まってもいない。

 合同葬儀である。


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