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第七百八十五話 玉手箱(二)

 幸多こうたは、空を見ていた。

 戦いの最中、夜空を覆い尽くすかのようにその姿を見せつけていた星々は、いまやはるかか彼方のものとなっていた。

 東の空が、白み始めている。

 絶望的としかいいようのない戦いが終わり、夜が明けようとしていた。

 しかし、晴れやかな気分とは、いかない。

 失ったものはあまりにも多すぎて、どれだけ数えても数えたりない、そんな気持ちにさせるのだ。

 百五十五名もの導士が、死んだ。

 そこに真星小隊しんせいしょうたいの隊員が名を連ねていないことを喜んでいいのか、自分が生き残れたことを素直に喜ぶべきなのか、幸多は考えるのだ。

 初めての実戦というわけではない。

 これまで何度となく戦い、多くの犠牲を払ってきたことも理解している。目の前で命が奪われたこともあれば、守れなかったこともある。

 得られたものよりも失ったもののほうが多いのではないか、と、想うこともあった。

 この戦いでも、結局、失ったものの数を数えたほうが早いのではないか。

 そんなことを、夜明けを迎えようとする空の鮮やかさに圧倒されながら、考えている。

 頭の中がすっきりしない。

 混乱がある。

 すると、

「起きてて平気なのか?」

 振り向くと、真白ましろが近寄ってくるところだった。導衣どういから制服に着替えた彼には、傷ひとつ見当たらない。ただし、疲労困憊ひろうこんぱいなのは、その顔を見れば明らかだ。やつれきった顔からは生気を感じ取ることができない。

 かくいう幸多も、似たようなものだ。

「ぼくは……大丈夫かな」

「片腕を失って、よくもまあ、そんな風にしていられるもんだ」

「そういうの、ぼくだけじゃないよ」

「そりゃあそうだけどさ」

 真白は、嘆息とともに本陣内を見回した。本陣内には、この戦いを生き残った導士たちが、それぞれの役目を果たすべく動き回っている。

 この仮設陣地を撤収するためだ。

 ここは空白地帯であり、スルト軍が解散したばかりだ。

 そして、先の戦いで多くの導士が死亡している。

 魔法士の死を苗床として、多数の幻魔が誕生したことが確認されている。膨大な数の霊級に獣級、そして少数の妖級が、新たに産声を上げたのだ。

 魔法士の死が、幻魔の生命の源となる。

 あまりにも残酷なこの世界の仕組みは、魔法という途方もない力を得た人類に対する罰なのではないか、などと宣うものもいるが、神のいない世界で誰が人類に罰を下すというのか、と、反論するものもいる。

 が、そんなことは、どうでもいいことだ。

 現実問題として、数多の死が、大量の幻魔を誕生させたのは確かなのだ。

 一刻も早く撤収しなければ、スルト軍残党を含む膨大な数の幻魔に包囲される可能性があった。

 擬似霊場発生装置イワクラや、展開型防壁ヤマツミを回収し、三機のトリフネ級飛翔船に積み込んでいく。手早く、迅速に。

 そのような作業をしている導士の大半は、後方部隊に配属された導士たちなのだが、負傷をおして手伝っている導士の姿も散見された。

 最前線で戦っていた導士の中で幸運にも生き残れた数百名の内、大半が多少なりとも負傷していたし、体の一部を欠損するくらい当たり前だった。

 真白や黒乃くろののように万全の状態を保っている導士のほうが少ないくらいだ。

 だから、というわけではないが、真白は、バツの悪い顔をした。

「おれは……本当に幸運だった」

「うん」

「スルトが現れたとき、黒乃を庇ったけど、その必要もないくらいだったんだろうな。だから、傷一つ残らなかった」

「でも、消耗し尽くしたでしょ」

「そりゃあまあ……そうだけどさ」

 真白は、立っているのもしんどくなって、その場に座り込んだ。

 幸多がその隣に腰掛ける。真白が、本音を漏らした。

「疲れた」

「ご苦労様」

「隊長こそ、お疲れさん」

 真白は、幸多に笑いかけた。

 疲労困憊なのは、なにも真白だけではない。真星小隊の誰もが、いや、この戦いに動員された誰一人として、消耗していない人間はいなかった。

 本陣に詰めていた情報官たちですら、精神的、肉体的に消耗し尽くしている様子だったし、作戦部参謀も憔悴しょうすいしきっているように見えた。

 それほどの戦いだった。

 熾烈しれつを極め、死力しりょくの限りを尽くしたといっても過言ではない。

「おれたちは、やれることをやったんだよな」

「うん。きっとね」

「そうだよ。ぼくたちは、ぼくたちにしかできないことをやったんだ。やり遂げた」

 振り返れば、義一ぎいちが黒乃とともに歩いてくるところだった。

「それもこれも、皆のおかげだ。ぼく一人じゃ……ううん、美零みれい一人じゃきっと成し遂げられなかった。ありがとう」

「感謝するのは、こっちのほうだぜ」

「うんうん、義一くんと美零さんがいなかったら、今頃どうなっていたか」

 考えるだけでぞっとして、黒乃はかぐりを振った。

 スルトとホオリの大攻勢を食い止めることができず、龍宮侵攻を許した挙げ句、オロチの暴走が始まれば、とんでもない被害が出ていたことだろう。

 無論、オロチは、神威かむいによって止められただろうが、だとしても、戦団の損失は、この結果とは比べものにならなかったはずだ。

 めぐみを含む四人の星将よにん、六人の杖長じょうちょう、そして多数の導士を失っていたかもしれない。

 仮に神威がオロチをしずめることができたのだとしても、惨憺さんたんたる結果に終わった可能性があるのだ。

 そうならなかっただけでも、喜ぶべきなのだろう。

 最悪の一歩手前で終わることができたのは、美零がいればこそだ。

 美零の機転が、戦団を窮地きゅうちから救ったといっても言い過ぎではない。

「美零は……もっと上手くやるつもりだったんだ。やれるつもりだった。でも、現実はそう甘くはなかった」

 義一は、幸多の隣に腰を落ち着けながら、いった。幸多と真白が見ていた風景を見る。

 この荒れ果てた空白地帯が、地平の果てに昇り始めた朝日に照らされて、異様なほどの清々しさを感じさせる。

 眩いばかりの光の中で、導士たちが撤収のために動き回っている。

 義一も余力があるのであれば手伝いたかったが、残念ながら、いまこうしていることすら問題視されかねないのだから、座っているしかない。

 黒乃は、真白の隣に座って、兄にもたれかかった。黒乃も消耗し尽くしている。

「ぼくがやっても、同じ結果に終わったんだろう。殻石クリファイトを完璧に理解するのは、簡単なことじゃなかった。混乱したんだ。情報量の多さにね」

 義一は、大きく息を吐いた。

 美零が殻石の解析を始めたとき、義一の意識は既に覚醒していて、意識の奥底の白い部屋から窓の外を見ていた。

 それは美零の視点から見る外の世界であり、現実の出来事だった。

 美零の混乱も、義一の意識に流れ込んできていたし、どうにかしなければならないという焦りを感じてもいた。焦燥感が、混乱を加速させていく、そんな感覚があった。

 だから失敗した、などとは、いわない。

 時間さえあれば、殻石の律像を完璧に解析することも不可能ではなかったはずだからだ。

 ただ、時間的猶予がなかった。

 スルトが現れ、事態は深刻化した――。

 そんなことを考え込んでいると、どこからともなく声が上がった。

 龍宮の大穴のほうからだった。

 神威たちが龍宮から戻ってきたのだろうということがすぐにわかったので、幸多たちは顔を見合わせて、立ち上がった。

 疲労感が幸多の足をもつれさせたが真白と義一に支えられて、どうにか転倒せずに済む。

 そうしている間にも、大穴の周辺に導士たちが集まっており、幸多たちも急ぎ足になった。

 すると、なにかが大穴の奥底から浮上してくる様が遠目にもはっきりとわかった。

「なんだ、ありゃ」

「でっかい……なに?」

「あれは……オロチの魔晶体だね」

「はあ?」

 義一が真眼しんがんで見抜いた通りの事実を伝えると、真白がわけがわからないといった反応を示すのは、当たり前のことだった。

 義一自身、オロチの体の一部であろう巨大な魔晶体を瑞葉みずはが魔法でもって持ち上げている様が、なんとも不思議でならなかった。

 幸多も、魔晶体の大きさに度肝を抜かれつつも、もう一つの巨大な構造物に目を遣った。そちらは、神流かみるが魔法で持ち運んできている。

 とてつもなく巨大な金属の塊であるそれは、見る限り人工物のようだった。

「あっちは……機械かな」

「なんでそんなもんが?」

「それは、これから閣下が説明してくれるんじゃないかな」

「そりゃそうか」

 真白たちが話し合っている間にも、神威たちは地上に到達した。

 神威は、魔法を使っておらず、美由理の飛行魔法に相乗りしている形だった。

 なぜ神威が頑なに魔法を使わないのか、なぜ戦団最強の魔法士と謳われる神威が最前線に出ないのか、その理由については、今回のことでよくわかった。

 神威は、竜級幻魔に匹敵する力を発揮することができるが、それを使えば、ブルードラゴンを呼び寄せかねないという諸刃もろはの刃なのだ。

 そんな恐るべき事実を知れば、神威を実戦に投入しようなどという愚かな考えはなくなるというものだ。

 元より神威の実力を疑う導士など一人としていないが、オロチを一撃の下に伸す光景を目にしたものたちは、より一層、神威への尊敬の念を深めるとともに畏怖すらも感じるようになったのである。

 そんな導士たちの視線を浴びながら、神威は、地上に降り立った。


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