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第七百八十四話 玉手箱

「話せば長くなる」

 だから話さない、と、いわんばかりに神威かむいが告げると、オトヒメとマルファスは顔を見合わせた。

 竜級幻魔りゅうきゅうげんま相当の力を持った人間を相手に、なにがいえようか。

 オトヒメたちは、初めて、人間に脅威きょういを感じている。

 鬼級おにきゅう幻魔アグニを協力して打ち破った三人の星将せいしょうも十二分に驚異的な存在だったし、人間にしては強大な力を持っていることは確かだ。

 しかし、オトヒメやマルファスには、遠く及ばない。

 三人が全力を発揮した上で協力することで、ようやく対等に戦えるのが鬼級なのだ。

 だが、いまふたりの目の前にいる人間の男は、星将たちどころか、鬼級とも比較にならないほどの力を持っていた。

 オロチに匹敵するだけの力を隠し持っていたのだ。

「……それで、戦団を率いるお立場の神威様が自ら出向かれた、というわけですか」

「そうだ。万が一の保険にな。できればあのような状況になどなって欲しくはなかったし、あの力も使いたくはなかった」

 使えば、破滅を呼び込むことになりかねない。

 事実、破滅の権化が目の前に現れたのだ。あのときは、神威が早急に力を封じたからこそ去ってくれたようだが、とはいえ、あのまま暴れ続ける可能性もなくはなかった。

 そうなれば、全ておしまいだ。

 せっかくの大勝利が水の泡になり、戦団も央都おうと龍宮りゅうぐうも、なにもかもが大打撃を受けたことだろう。

 ブルードラゴンだけでなく、オロチまでもが暴れ回り、この地域一帯が地球上から消滅した可能性すらも考えられた。

「運が良かった」

「確かに……幸運だったな。おまえがいたからこそ、オトヒメの過ちは帳消しとなった」

「バアル・ゼブルか」

「ああ。オトヒメがいうには、突然空から落ちてきたそうだ。バアル・ゼブルの首がな」

「そうなのです。バアル・ゼブル様の頭だけが空から落ちてきて、それでわたくしが癒やして差し上げたのですが……」

「〈七悪しちあく〉について、忠告しておくべきだったか」

「無駄だな」

 マルファスが、神威の意見に対し、嘆息たんそく混じりに告げた。

「オトヒメは、そのような忠告に聞き耳を持たない。誰であれ、傷ついたものを放ってはおけないのだ。たとえスルト軍の幻魔であっても、手を差し伸べてしまう困った方なのだ」

「マルファス、なにもそこまでいうことないのではありませんか?」

「事実ですから」

「ふむ……」

 神威は、マルファスとオトヒメがなにやら言い合いをする様子に、幻魔にも幻魔の社会があり、関係性があるのだと改めて認識するのである。

 幻魔は、人間とは全く異なる生き物だ。根本からして異なる怪物たちは、しかし、人間のように社会を構築し、都市を、あるいは国家を形成している。

 幻魔の間にも好悪の情があり、様々な性格の持ち主がいて、多様な個性があるのだ。

 そんな今までにもわかりきっていたことを今更のように理解し直すのは、今まさに目の前で展開されているからだ。

 マルファスは、オトヒメのことをこの上なく敬愛しているようであり、オトヒメもまた、マルファスのことを限りなく信頼している。

「……それはさておくとしまして」

「さておいていいことではありませんが」

「……さておき」

 オトヒメは、マルファスを黙殺するようにして、神威たちを見た。

「何度も申し上げていますが、皆様方には、感謝してもしきれないほどに感謝しております。オロチ様がこうして安んじて眠られているのも、皆様がいればこそ。皆様方の間にも数多くの血が流れ、命を落とされた方も少なくないとのこと、うかがっております」

 オトヒメは、自らの胸に手を当て、目を伏せた。本来ならば無関係であるはずの戦いに巻き込まれ、命を落とした人々のことを思えば、オトヒメの胸が悲鳴を上げずにはいられないのだ。

 龍宮も数多くの犠牲を払った。それこそ百万以上もの幻魔がスルト軍との戦いで命を落としたといい、龍宮に残っていた数十万の幻魔もまた、オロチによって滅び去った。

 数え切れない命が、この数時間の間に散っていった。

 痛みは、膨れ上がるばかりだ。

哀悼あいとうの意を――などと、幻魔がいっても、伝わらないのでしょう」

 そればかりは、致し方のないことだ、と、オトヒメは思う。

 幻魔と人間は、相容れない生き物だ。幻魔は人類の天敵で在り続け、人類にとって滅びの形そのものだった。人類の存続を脅かし続けたのは幻魔であり、幻魔の隆盛が即ち人類の衰亡へと直結したのも事実だった。

 人類が幻魔を毛嫌いするのも当然のことだ。

 そして、逆もまたしかり、である。

 幻魔が人類を低劣ていれつな種として見下すのも、自然の理なのである。

 それを埋めることは、オトヒメにはできない。

 オトヒメが歩み寄ろうとしても、人間が遠ざかるのを止めようがないのだ。

「ですから、わたくしは、この想いを形として、皆様方に送りたいのです」

 そういって、オトヒメがマルファスに目配せをすると、マルファスが魔法を唱えた。オトヒメの目の前の空間に歪みが生じ、その中からなにやら大きな物体がにじみ出してくる。

 マルファスの使った魔法が空間転移魔法であることは明白だったし、それによって転送されてきた物体が、巨大な箱だということもすぐにわかった。

 神威の三倍はあろうかという大きさ箱。その表面に刻まれた紋様は、龍宮の殻印である。

「これは?」

「わたくしから皆様への感謝の印でございます。是非、受け取って頂きたい」

「玉手箱かしら」

「オトヒメだものね」

「おとぎ話ですか」

 星将たちの話し声を聞きながら、神威は、玉手箱の表面に触れた。その巨大な箱の内側から、莫大な魔力を感じ取ったからだ。

 なにか、とんでもないものが入っているのではないかと思えた。

「どうやって開けるんだ?」

「力尽くで開けてもらおうか」

「力尽くで?」

 マルファスに聞き返しつつも、神威は、巨大な箱の全体図を見た。綺麗な立方体であり、その全面に殻印が刻まれている。

「おまえの力なら簡単だろう」

「力は使えないといったはずだが」

「では、わたくしが」

「ああ、頼む」

 神威は、神流かみるに箱の対応を任せると、オロチを見た。

 大蛇のような竜級幻魔は、ただただ目を閉じており、完全に眠りについている。神威がオロチを見たのは、箱の中にオロチと同種の気配を感じ取ったからだ。

 もしここに義一ぎいちがいれば、箱の中身をも見通すことができたのだろうが、殻石クリファ破壊の立役者たてやくしゃを引っ張り出すほど、神威も非情ではなかった。真星小隊には、たっぷりと休んでもらえばいい。

「あら」

 神流が声を上げたのは、玉手箱が綺麗に真っ二つに割れたからであり、彼女の想像とは全く異なる結果になったからだろう。

 神威も、多少の困惑を以て、外箱が倒れていく様を見ていた。

 箱の中から現れたのは、禍々しくも鋭利で巨大な結晶体である。全長五メートルほどはあるだろうか。わずかに透き通っており、くらい光を帯びていた。

「これは……?」

逆鱗げきりんでございます」

「逆鱗?」

「はい。オロチ様がお怒りのあまり暴れ回った際、この地に落とされたものでございます」

「逆鱗といえば、あれか? 竜の鱗のうち、一枚だけ逆さに生えているという?」

「はい。そこに触れれば怒り狂うというあの逆鱗でございます。まあ、オロチ様は、逆鱗を撫でられるのがお好きなようでしたが」

「そんなものをもらってもいいというのか?」

まつるのは、オロチ様だけで十分でございます故」

「ふむ……」

「しかし、こんなものをもらってどうするんです?」

「研究材料にはなるだろう。竜級幻魔の体の一部だぞ」

「確かに……」

 イリアが聞けば大いに喜ぶに違いなかったし、狂喜乱舞するのではないかと想像して、美由理は、小さくうなった。

 竜級幻魔の研究は、その存在が確認されてからというもの、何度となく行われてきたという。だが、それらの研究がどれほどの成果を得られたのかといえば、竜級が鬼級を圧倒的に上回る力の持ち主であるということが確定した程度のものに過ぎないらしい。

 イリアを始めとする技術局の研究者にとっては、予期せぬ、そして喜ばしい出来事なのかもしれない。

「それと、ついでにこちらも持っていってくださいませんか?」

 そういって、オトヒメが後方を指し示すと、そこに逆鱗よりも巨大な物体があった。

「ん?」

「長らくオロチ様の喉につかえていたもののようでして、オロチ様がここに落ちてくるなり、吐き出されたものなのです。おかげでオロチ様も今まで以上にぐっすりと眠られているのは間違いありませんが」

 オトヒメの視線の先にあるのは、なにやら複雑な構造物であり、幻魔には理解しがたいものだった。

 機械である。


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