第七百八十一話 若き英雄
仮設本陣には、龍宮防衛戦を生き残った三百数十名あまりの導士たちで溢れかえっていた。
誰もが多少なりとも負傷している。
重傷者も少なくなく、体の一部を失っているものも、たくさんいた。
体の一部を失っているといえば幸多もだが、そんなことを気にしている暇がなかったこともあり、ほとんど忘れていた。
銃王弐式と千手が、失った腕を補ってあまりある力を発揮したというのもあるだろうが。
杖長たちの飛行魔法で運搬されてきた真星小隊が、仮設本陣に降り立つと、わっと声が沸き上がった。
実働部隊、後方部隊問わず、真星小隊の活躍があればこその勝利だということを知っていたからだ。拍手喝采とはまさにこのことであり、まるで英雄の凱旋のような扱いだった。
幸多は、義一に目を向け、九十九兄弟と顔を見合わせた。気恥ずかしさが沸き上がってくるのは、どういうことなのだろう。
「全部、美零さんのおかげなんだけどな」
「うんうん」
「そうだね」
「……それは違うよ」
「え?」
幸多たちの意見を即座に否定した義一は、幸多が機械の腕を巧みに操り、地上に降ろしてくれるのを待った。銃王弐式の巨大な装甲は、四本の腕が背中に追加されたことで異形感が増しているし、存在感や迫力、威圧感すらも増大していた。
だから、だろう。
導士たちは、真星小隊を遠巻きに取り囲んでいた。
「上手くいったのは、皆のおかげなんだ」
「でも……」
「確かに、殻石の位置を把握できたのは、真眼の力だ。そして、あんな無茶をしたのは、美零だからこそ。でも、美零一人だったら、成功しなかったかもしれない。ううん。失敗したよ」
「そうかな」
「そうさ」
義一は、力強く断言する。
自分に続いて真白と黒乃を地上に下ろした幸多が、転身機を用い、鎧套を送還する様を見届けた。
「美零は、最後まで拘っていた。自分の使命を果たすことに。真眼の、伊佐那麒麟の後継者としての役目を果たすことにね。でもその結果、スルトに殺されそうになってしまった」
そして訪れた窮地は、幸多たちの機転によって脱することができただけでなく、殻石の破壊にまで至ったのだ。
それにより、スルトは滅び、ムスペルヘイムは消滅した。
スルト軍は崩壊し、連合軍の勝利と相成ったわけだ。
それもこれも、幸多たちが駆けつけてくれたからであり、美零一人では、このような結果にはならなかったことは間違いない。
殺されていたはずだ。だから、というわけではないが、
「ありがとう、みんな」
義一は、幸多たちの目を見て、告げた。すると、幸多は、照れくさそうな顔をする。
「隊長として、当然の務めを果たしただけだよ」
「おれらは、博士に吹っ飛ばされて、だな」
「うん……」
九十九兄弟は、そういいながら、本陣内にイリアの姿はないものかと視線を巡らせたが、周囲には見当たらなかった。
そんな真星小隊の様子を眺めていた瑠衣は、星象現界を解除し、その場にへたり込んだ。凄まじい疲労感が全身を嵐のように席巻したものだから、立っていられなくなったのだ。
「ふう……これで、少しは休んでいられるのかねえ」
「だといいが……」
莉華は、同僚のだらしのない態度を見て見ぬ振りをした。星象現界の使い手である瑠衣の戦いぶりたるや、莉華とは比較にならないものだったし、その消耗ぶりも全く異なるものだということは、想像に難くない。
巴も星象現界を解くと、同じように座り込みそうになったようだが、仮設基地の壁に背中を預けることで、なんとか威厳を失わずに済んでいる。
すると、
「ああ。しばらくは休んでいていい。状況は終了した」
「軍団長!?」
瑠衣が素っ頓狂な声を上げながら飛び上がったのは、伊佐那美由理がいつの間にかすぐ近くに立っていたからだ。導衣姿の星将は、消耗し尽くしているはずだというのに、威厳に満ちた佇まいでもって、杖長たちを見ている。
「どうした?」
「い、いえ……なんでもありません。荒井瑠衣、躑躅野莉華、鍵巴、真星小隊の救助任務を終え、ただいま帰還致しました!」
「御苦労。先もいったが、状況は終了した。しっかりと休養を取るといい」
「はっ!」
三人の杖長たちは、美由理に対し、緊迫感に満ちた面持ちで首肯すると、きびきびした様子で本陣内を移動していった。
美由理の周囲だけが凍り付いているかのような雰囲気なのは、さすがは氷の女帝の二つ名の持ち主というべきなのか、どうか。
美由理は、導士たちの注目を集めていることに気づきながらも、小さく頭を振り、意識の内側から余計な考えを排除した。
真星小隊を見る。
四人は、数多くの導士たちに歓声と拍手を浴びていたのだが、美由理が現れると、そうした反応は形を潜めていった。
四人の中でもっとも深手を負っているのは、幸多だ。美由理と同様に右腕を失っているが、それでもあのムスペルヘイムのただ中へと突き進んだのは、蛮勇というべきか。
しかし、幸多の判断が間違っていなかったことは、いうまでもない。
美零一人に任せられるわけもなかったし、それこそ、愚行以外のなにものでもない。
美零のそれは、暴走といっても過言ではなかった。
確かにあの状況を覆すには、殻石を破壊する以外に方法はない。
とはいえ、美零一人が突っ込んでいって無事で済む保証はなかった。
それならばそれで、戦力を整えて行くべきだろう。
幸多が美零を追い、さらに九十九兄弟に二人を追わせたイリアの判断も正しかった。
九十九兄弟は、大した負傷も見当たらない。それには、真白が極めて優秀な防型魔法の使い手ということも関係しているだろうが、小隊としての機能が有効的に発揮されていたこともあるだろう。
そして、義一。
スルト出現後、意識を失ったらしい彼は、彼の与り知らぬところで美零によってムスペルヘイムのただ中へと突っ込んでいくこととなったようだが。
美由理は、義一と美零のことを知っている。義一以外で最初に美零の存在を知ったのが美由理なのだ。
美零は、美由理にとって唯一の妹である。
義一がただ一人の弟であるように。
義一の黄金色の瞳が、わずかにくすんだ光を帯びているように見えるのは、気のせいではあるまい。
真眼を使い過ぎたのだ。
なにかしら打撃を受けていたとしてもおかしくはなかったし、美由理は、そんな義一のことが心配でならなかった。
「真星小隊」
「はい」
幸多は、美由理の目を真っ直ぐに見つめ返す。蒼く透き通った瞳は、本陣内の光の中で強く輝いているように見えた。
「連合軍が勝利を収めることができたのは、きみたちのおかげだ。きみたちが殻石を破壊したからこそスルトは斃れ、ムスペルヘイムは消滅した。スルト軍は瓦解し、龍宮の当面の脅威は消えて失せた」
美由理は、四人の導士の面構えを見つめながら、事実を述べていく。
彼らが成し遂げたのは、とてつもないことだ。
たった四人で、一つの〈殻〉を滅ぼしたといっても過言ではない。
そしてスルトを打倒したのも、彼らの功績と考えていいだろう。
ムスペルヘイムの殻石を、スルトの魔晶核を破壊したからこその大勝利だ。
一つの巨大な〈殻〉が滅び去り、人類にとっての強敵が打ち倒された。
戦団にとっても、大きな進展といっていい。
英雄的大活躍としか言い様がない。
星将三人で鬼級幻魔アグニを討伐したことも、重大事といっていいのだが、それ以上のことを成し遂げられれば、霞んでしまうのも無理のない話だ。
だが、それ以上に、美由理が安堵するのは、四人の無事な姿を見ることができたからだ。
「これで龍宮は安泰。央都がオロチの脅威に曝される心配はない。きみたちの活躍は、未来永劫語り継がれることになるだろう」
「言い過ぎでは……」
「ないよ」
美由理は、幸多の周囲の目線を気にするような言い方に苦笑した。
「きみたちの活躍は、どれだけ賞賛してもしたりないほどのものだ。胸を張り、誇りたまえ。人類を救ったといっても過言ではないのだからな」
美由理は断言すると、幸多たちに診察を受けるように言い渡すと、その場を後にした。
神威に呼ばれている。