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第七百七十六話 竜級(二)

「おおおおおっ」

 神威かむいは、え、全身全霊の拳打けんだもって、オロチの放った光芒こうぼうを弾き飛ばした。全身に満ちた星神力を右拳の一点に集中させ、纏わせたのだ。

 そして、それによって、オロチの破滅的な光がどこか彼方へと飛んでいく。

 もちろん、央都おうと方面ではない。

 脊椎反射といっても過言ではないほどの反応だったが、それくらいの角度計算はできている。

 予定とは全く異なる方角へ飛んでいった光の奔流ほんりゅうは、この魔界のどこかに着弾し、とてつもない被害を撒き散らしたことだろうが、そんなことは知ったことではない。

 神威は、止まらない。止まるわけにはいかないのだ。

 猛然と飛び上がると、オロチがその双眸そうぼうでもってこちらを睨み付けてきたのを見た。縦長の瞳の奥に純然たる魔力が渦巻いちえた。叫ぶ。

「オトヒメは生きている! バアル・ゼブルが破壊したのはただの幻躰げんたいだ!」

 だが、オロチには、通じない。聞く耳を持たないといわんばかりにその莫大な星神力せいしんりょくを荒れ狂わせ、周囲に甚大な被害をもたらし続けていた。

 大気中の魔素に壊滅的な打撃を与え、大地を掘削くっさくし、地脈をねじ曲げ、周囲一帯のレイライン・ネットワークも致命傷を負っているに違いない。

 放っておけば、その力は、人類生存圏へと向かう。

 だからこそ、神威は、眼帯がんたいを取った。

 右眼の封印を解放したのであり、故に彼の全身には凄まじい痛みが生じていた。絶え間なく押し寄せる激痛の波は、しかし、生きていることを証明してもいる。

 全身のありとあらゆる箇所が痛む。

 肉体が内部から破壊し尽くされるのだが、瞬時に復元していくものだから、激痛に際限はなく、終わりはない。

 だが、神威は、その異形の右眼を見開き、そこから流れ込む莫大な力をこそ利用しなければならないのだ。

 オロチの光芒を吹き飛ばした一撃も、この右眼の力だった。本物の右眼ではない。

 彼の右眼は、五十年の昔にブルー・ドラゴンによって奪い取られた。

 地上奪還作戦の余韻の最中、突如として出現した竜級幻魔によって。

 そして、植え付けられたなにがしかが、いつ頃からか竜の眼を形成した。それは虹色に輝き、星神力を全身に漲らせる。それも、ただの星神力ではない。竜級幻魔と同等の星神力であり、だからこそ、神威は、オロチに対抗できるのだ。

 故に、彼は、この作戦に同行したのである。

 万が一、オロチが目覚めるようなことがあった場合の保険として。

 それは最悪の事態だが、最悪の事態こそ常に想定していなければならないし、彼は、歯噛はがみするような気分で、オロチと相対していた。

 オロチの双眸が虹色の光を放つ。激しい怒りがオロチの全身から溢れていた。もはやオロチには言葉は通用しない。説得など無意味であり、なだすかしたところでどうにもならない。

(わかりきったことだ)

 神威は、全身を破壊するかのように噴き出す星神力を帯びて、オロチへと急接近する。

 オロチが吼え、そのたびに莫大な星神力の塊が流星群のように殺到してくるのだが、神威はそれらを殴りつけて、あらぬ方向へと弾き飛ばした。

 そのたびに角度を計算し、央都やこの周辺に落下しないようにだけ注意している。

 それだけで精一杯だ。

 そして、それだけで十分だろう。

 この戦いの流れ弾に当たって幻魔が死んだところで、他の〈クリファ〉が壊滅的被害を受けたところで、神威たちにはなんの関係もない。

 神威は、オロチを鎮めることだけを考えている。

 どうすればいいのか。

 どうするべきなのか。

 オトヒメは、死んでなどいない。滅びてなどいない。あのとき、バアル・ゼブルが破壊したのは、オトヒメの幻躰の魔晶核しんぞうだ。〈殻〉を維持したまま出てきたということは、幻躰以外のなにものでもない。

 つまり、オトヒメは無事なのだ。

 そして、オトヒメが幻躰の再構築を果たしたのが、遥か眼下に見受けられた。オトヒメは、天を仰ぎ、オロチを見守っている。

 オトヒメは、ただ、祈っているようだった。オロチがその怒りを静め、再び安らかな眠りについてくれることを望んでいる。

 つまり、いままさに怒り狂っているオロチを止めることは、オトヒメにも出来ない、ということだ。

 神威は、オトヒメを見て、オロチを見た。

 オロチがオトヒメを特別に想っていることは、その様子からも明らかだ。たかが幻躰を破壊されただけでこの暴走ぶりなのだ。オトヒメが一方的にオロチを信仰し、まつっていたわけではないこともまた、確かなようだ。

 互いに信頼し合い、認め合っていた――ということだろう。

 故にこそ、オロチは、バアル・ゼブルに怒り、そして、全てを破壊し始めた。

 オトヒメのいない世界を否定するかのように。

 神威は、再び吼えた。

 眼前に迫った星神力の流星を殴り飛ばし、オロチの頭上へと移動する。オロチの目が、神威を追った。虹色の目が、莫大な光を放つ。爆圧が神威の全身を包み込むが、気合いだけで弾き飛ばした。星神力の奔流を蹴って、自身の角度を変える。

「駄々をねるのもいい加減にしろ!」

 神威は、全星神力を込めた拳を振りかぶり、オロチの眉間に叩きつけた。超絶的な星神力の一撃。力と力の衝突によって空間そのものが大きく歪み、波紋となって全周囲に拡散する。破壊の反動が、時空を震わせるかのようだった。

 手応えは、十二分過ぎるほどにあった。

 反動で右の拳が砕け散り、腕も粉々になるほどだった。そして、それも瞬時に復元してしまうのが、竜の力だ。

 神威とオロチの力の衝突によって、破壊の嵐が巻き起こる中、オロチが、その巨大な頭から眼下の大穴に向かって落ちていった。

 オトヒメが愕然としているが、安堵もしたようだった。

 オロチは、死んでなどいない。

 神威は、全力で殴りつけたが、それだけでたおせる相手などではないことくらいわかりきっていた。

 竜級幻魔である。

 神威は、今現在、竜と同等の力を発揮しているとはいえ、オロチを滅ぼすほどの力を駆使するわけにはいかなかった。

 そんなことをすれば、それこそ、央都は終わりだ。

『南東から超特大魔素質量の接近を確認! 固有波形は……ブルー・ドラゴンです!』

 悲鳴としかいいようのない情報官からの報告を聞いて、神威は、やれやれと南東の空を見遣みやった。

 満天の星空の下、青白い流星が凄まじい速度で迫ってくるのが見える。

 それは、央都上空を越え、この戦場へと至ろうしていた。

 竜級幻魔ブルー・ドラゴン。

 神威の右眼を奪い、竜の眼を植え付けた張本人であり、宿敵とも言える存在。

 その威容は、いまも彼の網膜もうまくに焼き付いている。


 それはまさに、オトヒメにとって予期せぬことだった。

 まさか、自分の幻躰が破壊されただけで、オロチが目覚め、怒り狂って暴れ回るなど、考えたこともなかった。

 だからこそ、あのような無防備極まりない行いだってできたのであり、万が一の場合には、最前線におもむく覚悟だってあったのだ。

 争いや戦いは、嫌いだ。

 だが、それでも、必要となれば、戦場に出ることもやぶさかではない。

 オトヒメは鬼級幻魔だ。その力は、妖級以下の幻魔たちとは天と地ほどの差がある。

 マルファスと戦団の導士だけではどうしようもなくなれば、この力を振るうつもりだった。

 しかし、どうやらその心配はなかった。戦団の導士たちの、人間たちの活躍によってスルトそのものが打倒され、スルト軍は崩壊した。

 龍宮の脅威きょういが去ったのだ。

 その感謝を戦団の人々に直接伝えに行くというのは、バアル・ゼブルの提案だったが、それこそ、彼の策略だったのだろう。

 バアル・ゼブルは、オトヒメの幻躰を破壊し、それによってオロチが目覚めさせようとした。もし、それでもオロチが目覚めないというのであれば、龍宮を蹂躙じゅうりんしたかもしれない。

 そして、オロチは目覚め、バアル・ゼブルを消し飛ばした。

 オトヒメは、いままさに天から降ってきたオロチの巨躯をその魔力で受け止め、ゆっくりと、このより深まった龍宮の跡地へと横たえた。

 オロチは、まだ、意識を保っていた。

 虹色の目が天を睨んでいたが、オトヒメを認識すると、きょとんとしたような、そんな表情をした。

「オロチ様、わたくしはこの通り、無事にございます。龍宮も……すぐに元通りになりましょう。オロチ様には、なにも心配されることはありませぬ」

 オトヒメがオロチの顎を撫でると、オロチは、目を細め、小さくいた。そのまま閉じていく。

 オロチの全身から生えていた光の翼が消滅し、展開していた鱗が閉じていく。そして、覚醒によって活性化していたオロチの魔素が、休眠状態へと移行するまで時間はかからなかった。

 オロチは、再び眠りについたのだ。

 オトヒメは、しかし、安堵している場合ではなかった。

 遥か頭上では、オロチに匹敵する魔素質量が出現していたからだ。

 蒼い竜が、その威容を見せつけていた。


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