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第七百七十一話 燃え尽きる

 爆煙ばくえんが、視界しかいさまたげる。

 美零みれいの、真眼しんがん故の超視覚ちょうしかくは、ひたすらに混乱した。

 幸多こうたが三丁の飛電改ひでんかいで連射した銃弾は、スルトではなく、殻石クリファイトに向けられたものだ。

 当然、スルトは殻石をまもろうとするだろう。

 殻石は、魔晶核ましょうかくほどではないが、脆く、壊れやすい。

 だからこそ、殻石は、秘中の秘とされるのであり、超重要機密として、配下の何者にも知らされることなく、何者も入り込むことの出来ない場所に安置されていたに違いなかった。鬼級未満の幻魔にすら、容易く破壊されかねないのが殻石ならば、あらゆる最悪の事態を想定しておくべきだ。

 そして、このような事態になるのは、スルトとしては想定外だったはずだ。

 故にこそ、美零たちはスルトの心臓に肉薄することができたのであり、千載一遇の好機を掴むことができたのだ。

 だが、手放してしまった。

 美零が、使命に燃えてしまったがために、これ以上ないほどのスルト撃滅の機会を失ってしまった。

 そう、美零は想った。

 スルトは、殻石の防衛にこそ力を割くのが目に見えていた。たった四人の、それも輝光級以下の導士を相手に、鬼級幻魔が遅れを取る理由がない。

 圧倒的な力の差が、美零の真眼には明らかだ。莫大極まる魔素質量が、殻石を間近にして増幅する一方だった。

 それでも、いや、だからこそ、だろう。

 スルトは、護りに徹した。

 殻石は、飛電改の銃撃一発ですら大打撃を受けかねない。

 だからといって、幻躰げんたいき、殻石を魔晶核へと変換し、堅牢強固な本体の内側に隠すという選択肢は、はなからなかったのだろう。

 殻石を魔晶核に戻すということは、つまり、〈殻〉を解除するということにほかならない。

 このムスペルヘイムの広大な〈殻〉を一瞬とはいえなくすことなど、スルトには考えられなかったのだ。

 その瞬間に生じた空白地帯を、近隣の〈殻〉が制圧する可能性も否定できない。

 そうなれば、せっかくスルトが広げた領土が大きく損なわれてしまう可能性があった。

 スルトが幻躰に拘る理由があるとすれば、そこにあるのではないか。

 そして、そこにこそ、付け入る隙があった。

 美零は、幸多が連射したのが通常弾や貫通弾ではないことを瞬時に理解した。炎の壁に防がれ、炸裂した銃弾が閃光を発散し、大量の魔素を撒き散らせば、空間内の魔素に異常が生じる。美零の視界を埋め尽くした爆煙は、幸多が意図的に生み出した煙幕なのだ。

 スルトほどの幻魔が視界を見失い、おもむろに魔法を放ったのだから、閃光弾と煙幕弾の有用性がわかろうというものだ。

 漆黒の猛火が凄まじい勢いでもって幸多たちに襲いかかるが、そこは、真白ましろである。既に幾重にも構築していた律像りつぞうを魔法として発動すると、光の城塞を創造して見せた。

煌城ルミナスキャッスル

 何重にも展開された分厚く巨大な魔法壁が、猛火の奔流ほんりゅうを受け止め、音を立てて破壊されていく中、スルトが咆哮ほうこうした。

 憤怒ふんぬ憎悪ぞうおに満ちた絶叫ぜっきょうは、断末魔だんまつまだった。

 魔素の煙幕が消え失せると、殻石に大きな穴が開いているのが見えた。

 スルトが立ち尽くしたまま、睨み付けたのは、光の城塞の後方に佇む黒乃くろのである。右手を掲げた彼は、鬼級幻魔に凝視され、全身から冷や汗を噴き出しながら、立ち尽くしていた。

 黒乃の攻型魔法が、殻石を破壊したからだ。

「おのれ……おのれ……おのれえええええええっ――」

 どす黒い怒りが爆発的に膨れ上がり、業火となって吹き荒れたのと、殻石が原型を止めないように崩壊したのは、ほとんど同時だった。

 スルトの幻躰げんたいが瞬く間に崩れ去れば、最後に残った幻影の魔晶核も陽炎かげろうのように消え失せる。

 その瞬間、美零たちの意識を押し包んでいた違和感が消え失せた。

 体感温度が急激に下がっていくのは、いままさにムスペルヘイムが消滅したことを伝えてくるかのようだった。

 殻石の安置所に満ちていたスルトの魔力も、魔素も、なにもかもが大気中に溶けて消えていく。

 残されたのは、殻石の残骸であり、その巨大な結晶体からも魔素が流出していた。

 殻石は、魔晶核だ。そして、その魔晶核に致命的な一撃が叩き込まれ、スルトに死が訪れた。

 魔素を肉体に留めるのは命である。

 死は、人間のみならず、あらゆる生物の肉体から魔素を流出させていくのだ。

 美零は、ムスペルヘイムの巨大な殻石、その残骸へと歩み寄ったものの、もはや律像は見えなくなっており、あれほど膨大極まりなかった魔素も、ほとんどが消え失せていた。残されたわずかばかりが大気に溶けて消えるのも時間の問題だ。

「終わった……?」

「終わった……よな?」

「うん、終わったはず……」

「終わったよ。スルトは死んで、ムスペルヘイムも消滅したわ。スルト軍もすぐに解散するんじゃないかしら」

 美零は、幸多たちに事実を伝えながら、己の右手を見た。手首から先が失われ、断面が焼け焦げている。そのことはむしろ止血の手間が省けて良かったのだが。

 とはいえ、美零にとっては後悔ばかりの結果に終わったのは間違いなかったし、幸多たちを振り返って、頭を下げた。

「ごめんね。わたしの勝手で、窮地きゅうちに巻き込んで」

「ああん?」

「うん?」

「だって、そうでしょ。最初から殻石を破壊していれば、あんな事態にはならなかったわ」

 そういわれて、幸多たちは顔を見合わせた。

 美零のいうことも、もっともではあった。

 この場所に辿り着いた瞬間、殻石を攻撃し、破壊していれば、もっと素早く決着が付いたのは疑いようのない事実だ。美零が右手を失うこともなければ、幸多たちがスルトと対峙することもなかった。

 美零が欲を掻いた結果が、このザマだ。

 使命だなんだと目の前のことに囚われすぎて、周りが見えなくなっていた。

 魔素の本質を見抜き、実体を捉える真眼とはよくいったものだ。

 その結果、目前の現実を見えなくなるなど、笑い話にもならない。

「そりゃあまあ……そうだが」

「別に気にしてないよ。それより、美零さんは大丈夫?」

「わたしは平気。義一が怒るかもだけど……まあ、その辺はいいかな。しっかり怒られるよ」

「うん」

 幸多は、美零の目を伏せながらの発言に頷きこそしたものの、義一が怒るのは、きっと右手首を失ったことなどにではないだろう、と、思った。

 導士が戦闘で体の一部を欠損することは、なにも珍しい話ではない。損傷具合によっては魔法で完璧に復元することも不可能ではないが、美零のように完全に失ってしまった部位を復元することは不可能だ。

 そして、そのような場合には生体義肢せいたいぎしを用いることになるのだが、そのことで問題が発生することは稀だった。

 麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうが失った腕を生体義肢で補っているように、歴戦の導士の誰もがそうしている。

 幸多だって、そうだ。

 いままさに右腕を失っている状態であり、これもまた、生体義肢によって補うことになるだろう。

 だから、そんなことは問題にはならない。

 義一が彼女を怒るのだとすれば、彼女のことを心配して、ではないだろうか。

 幸多が想像する義一ならば、きっとそうだ。

 そんなことを考えながら、幸多は、闘衣の通信機を作動させた。

「こちら真星小隊しんせいしょうたい、ムスペルヘイムの殻石の破壊に成功、及び、スルトの消滅を確認しました」

『っ……よくやった。見事だ。まさに英雄級の大活躍だ――といいたいところだが、まずは無事に帰投することが先決だ。くれぐれも幻魔との遭遇に注意したまえ。戦闘はくれぐれも回避するように』

「はい。了解しました」

 幸多は、通信越しの神威の声が、若干上擦っているように感じた。

 美零が飛び出し、〈殻〉内部に単身潜入したという情報は伝わっているはずであり、神威ほどの人物ならば彼女がなにをなそうとしたのかも理解していたはずだ。

 とはいえ、美零一人で到底成し遂げられるようなことではなかったし、そこに幸多たちが合流したとして、無事に完遂できるかどうかは怪しいところだった。

 スルトが幻躰を〈殻〉内部に引っ込めただけでも、十分すぎるほどの成果といえたのではないか。

 スルト軍は、それまでに多大な犠牲を払っている。

 特に鬼級幻魔一体を失ったことは、スルトにとっては痛手以外のなにものでもないのだ。

 そこに殻石への攻撃の可能性が芽生えれば、スルトとて、慎重にならざるを得まい。

 真星小隊の行動は、スルトへの直接的な牽制となり、警告となった。

 もっとも、そのまま撃滅されるとは、さすがのスルトも想定していなかっただろうが。

『スルト軍が撤退。いえ……これは、解散でしょうか? 全ての幻魔が散り散りに去って行きます。鬼級幻魔ホオリも戦場を離脱、姿を消しました』

『たったいま、ムスペルヘイムの消滅を確認しました。我々の完全勝利です……!』

 感極まったような情報官の声が聞こえてきて、幸多は、部下たちを見回した。

 真白も黒乃もその場にへたり込んでいて、美零も、立っていられないといった様子だ。

 激戦の連続だったし、消耗し続けていたのだ。

 よくもまあ。ここまで持ったものだ、と、幸多は部下たちを褒めてやりたかった。

 が、神威の言った通り、無事に帰投することをこそ、考えなければならない。

「美零さん」

「ん?」

「無事、帰れそうかな?」

「そうだね……」

 美零は、幸多に促されて、来た道を振り返った。真眼を用いれば、遥か先の魔素の動きを見ることができる。

 そして、大量の動態魔素が動き回るさまを目の当たりにした。しかし、それら幻魔の動きは、不安定極まりないものであり、殻主かくしゅと〈殻〉を失い、混乱しているようにも見えた。

 ムスペルヘイムは、消滅した。

 広大極まりない〈殻〉が、一瞬にして空白地帯となったのだ。

 近い将来、近隣の〈殻〉がムスペルヘイム跡の支配権を巡り、激しい闘争を繰り広げること間違いない。

 だが、いまは、そんなことを考えている場合ではない。

 帰路にこそ意識を集中するべきだ。 

 美零は、幸多に辿るべき道筋を指し示すと、彼の機械の腕に掴まった。真白と黒乃も、同じようにして幸多に掴まれている。

 幸多が縮地改を展開し、坂道を登り切るまで大した時間はかからなかった。

 そして、坂道を登りきったとき、美零は、声を上げた。

 それほどの魔素の高まりを視たのだ。

 遥か南方、超高密度の魔素が膨張する様は、星将せいしょうどころか鬼級幻魔とも比較にならないほどのものであり、絶望的としかいいようのない光景だった。

 魔素が、美零の網膜を塗り潰した。

 そして、竜がえ、天地が震撼しんかんした。


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