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第七十六話 表彰式

 幸多こうた圭悟けいごが幻想空間上の戦場から現実に回帰するまで、幻闘げんとうの結果が発表されてからしばらくの時間を必要とした。

 会場中のみならず、レイラインネットワークを介して対抗戦の生中継を見ている観衆に対する、大いなる余韻を必要としたからだ。

 たっぷりとした余韻を味わったのは、幸多と圭悟もだった。

 二人は、思い切り勝利を喜び、分かち合った。

 天燎てんりょう高校対抗戦部の誰もが役割を果たし、十全じゅうぜんに活躍したといえる戦いぶりであり、その上で優勝が決まったのだ。

 余韻に浸らずにはいられなかった。

 そして、現実へと回帰すると、対抗戦部の皆が二人を盛大に出迎えた。

「お帰りいいいい!」

「お疲れ様でした!」

「二人とも、よくやったね!」

 真弥まや紗江子さえこらんの三人が真っ先に二人を褒め称えた。

 幻想空間から現実世界へと舞い戻るのは、一瞬の出来事だ。それこそ、刹那の時間もかからない。しかし、脳は、そのわずかな時間による変化についてこれず、一秒から数秒の誤差を経て、現実を認識する。

 逆もまた然りで、現実世界から幻想空間に意識が転移した際にも、同様の違和感が生じるのだ。しばらくして、順応する。

 幸多が、待機室の寝台に仰向けになっていることを理解したのは、やはり、数秒後のことだった。そして、部員たち、友人たちの満面の笑顔に迎えられている事実を認識し、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 こんな感覚は、生まれて初めてかも知れなかった。

「疲れたのは皆代みなしろだけだろ」

「生けにえ差し出して生き延びただけじゃねえか」

 そう毒づいたのは、怜治れいじ亨梧きょうごだ。二人にしてみれば、幸多と同じようにちやほやされる圭悟が気に食わなかったのだ。

「それが最善だったのだから、なにもいうことはあるまい」

「そうよねえ。圭悟くんの機転で優勝できたんだもの」

「それはそうなんですが……」

 法子ほうこ雷智らいちが圭悟の肩を持つものだから、亨梧も口籠くちごもらざるを得なくなった。無論、亨梧もそんなことはわかっている。悪態の一つや二つ、吐きたくなった、それだけのことだ。

「おう、身代わりの盾ども、助かったぜ」

「てめえ……」

「言うに事欠いてそれかよ」

 圭悟の悪い笑みに対し、亨梧と怜治は呆れ果てたような顔をした。

 そんな圭悟を法子は褒め称える。

「見事な作戦だったな、米田よねだ圭悟」

「それもこれも、先輩方が撃破点を稼いでくれたおかげっすよ!」

「それもその通りだが、しかし、あのとき、きみが機転を利かせ、彼らを盾にしてでも逃げ延びなければ、たとえ彼が草薙真くさなぎまことを倒したとしても、優勝はできなかった」

「まさに薄氷の勝利ねえ」

「ええ、本当に……」

 対抗戦部の顧問である小沢星奈おざわせいなは、感無量といった様子であり、涙ぐんですらいた。

 彼女自身、対抗戦部になにかしたわけではない。

 ただ、対抗戦部が部活動として成立させるために必要不可欠な顧問の役を引き受けただけだ。しかも、別の部活動の顧問を続けながら、だ。対抗戦部としては、部活動さえできれば、学校の部室や器材を使うことさえできればよく、そのために星奈の名と立場を借りられれば良かったのだ。

 だから、星奈である必要はなかった。が、星奈以外のだれも引き受けようとはしなかったかもしれない。それくらい、対抗戦部というのは、天燎高校で人気がない。

 そして星奈は、部員たちの二ヶ月余りの猛練習を見てこなかったわけでもなかった。彼らがいかに努力し、それこそ血の滲むような猛特訓を行ってきたのか、天燎高校で一番よく理解しているのは、星奈だと自負していた。

 それだけに、なんとしてでも決勝大会で活躍して欲しい、とは思っていた。

 だが、まさか、優勝してしまうとは、想いも寄らないことであり、彼女には彼ら部員たちを、生徒たちを、褒め称えるための言葉が出てこなかった。


 幸多たち天燎高校対抗戦部一同は、しかし、勝利の余韻に浸る暇がなかった。

 いや、余韻に浸りながら、だったのかもしれない。

 表彰式が待っている。

 第十八回央都(おうと)高等学校対抗三種競技大会決勝大会における、全ての競技種目が、先程の幻闘げんとうをもって終了した。

 幸多たちが喜びを分かち合っている間、競技場の超特大幻板(げんばん)には、出場五校の総合得点が表示されており、それによって優勝校が明らかにされていた。

『熱戦に次ぐ熱戦が繰り広げられた第十八回対抗戦決勝大会、優勝は、初出場の天燎高校です!』

『決勝大会に出場したいずれの学校も、全ての選手も、持ちうる限りの力を発揮し、数々の素晴らしい試合を繰り広げました。その中でも、天燎高校は一つ飛び抜けていたからこその結果といえるのではないでしょうか』

 ネットテレビ局の実況と解説による当たり障りのない発言を聞きながら、幸多は、ようやく実感が湧いてくるようだった。

 やがて、場内音声案内によって、表彰式が行われるため、全ての参加者は競技場に移動するようにとの通達があった。

 幸多たちが待機室を出ると、他校の生徒たちも待機室を出てくるところだった。

 天神てんじん御影みかげ星桜せいおうの三校は、幻闘で一人の撃破もできず、ろくに活躍することもできなかったという事実に打ちのめされているようであり、どう見ても元気がなかった。

 他の競技で活躍できていればそうでもないのだろうが、競星けいせい閃球せんきゅうでも結果が出せなかった以上、空元気一つ出せなくなっても仕方がない。

 廊下を歩く彼らの顧問の教師たちも、そんな生徒たちに掛けるべき言葉が見つからないといった様子だった。

「同情すんなよ。おれたちだって、ああなってた可能性があるんだからな」

「わかってるよ」

 幸多は、圭悟の小声の忠告に苦笑した。

 実際、綱渡りの優勝だったのだ。

 辛勝といっていい。

 なにか一つでも違っていれば、天燎ではなく、叢雲が優勝していたのだ。

「あ……」

 幸多の口から声が漏れ出たのは、幻闘待機室の扉が開き、草薙真が出てきたからだ。銀鼠ぎんねず色の髪が特徴的な彼は、幸多たちの目の前を通り過ぎようとして、幸多を一瞥いちべつした。

「優勝、おめでとう」

「え?」

 幸多は、予期せぬ彼の一言に思わず聞き返してしまったが、そのときには草薙真率いる叢雲高校一同は、通路の先へ行ってしまっていた。

「なんなの?」

「まるでき物でも取れたような……そんな感じでしたが……」

「そんな殊勝しゅしょうな奴とも思えねえけど」

 口々に言う友人たちの評価とは無関係に、幸多は、彼のまなざしを思い返していた。

 群青の瞳は、いつになく澄み切っているようだった。昨夜瞳の奥に見えた暗い炎は、影も形も見えなかったのだ。

 彼にどういう心境の変化があったのか、幸多にはわからないし、幸多の気のせいなのかもしれない。本当のところは、本人に聞くことでしかわからないのだ。

「っと、おれたちも急ぐぞ、表彰式だ!」

「う、うん!」

 幸多は、圭悟に両肩を掴まれ、押されるままに前進した。

 廊下を進む間、大会運営や関係者らしき人々から祝福や賞賛の声を大量に浴びせられ、なにがなんだかわからなかった。

 

 競技場は、既に表彰式と閉会式を行うための準備を終えていた。

 会場の中心には、大袈裟なまでに飾り付けられた表彰台があり、そこには対抗戦運営委員会の会長を務め、決勝大会の開会式でも挨拶をした戦団副総長・伊佐那麒麟いざなきりんの姿があった。

 表彰台の前には、決勝大会出場校のうち、二位以下の学校の選手たちが、それぞれ学校ごとに整列している。

 左から、叢雲高校、星桜高校、天神高校、御影高校の順であることから、順位であるということがわかる。ちなみに、星桜と天神は同点の三位である。

 そして、優勝校である天燎高校は、運営委員によって、表彰台へと案内された。

 万雷の拍手と天地を揺るがすほどの声援が、競技場を埋め尽くす。

 幸多は、頭の中が真っ白になっていく感覚に抗うこともできなかった。体の動きがぎこちなくなっていることに気づいても、修正しようがない。

 背後で圭悟が笑っているのを睨み付けることもできない。

 余裕がなかった。

 凄まじい緊張感が幸多の意識を縛り付けていて、手足が連動して動くほどだった。

「まるでロボットだな」

「いつの時代のだよ」

「古い時代の」

「とんでもなく古いだろ、それ」

 圭悟たちの軽口が聞こえても、言い返しようがない。

 それくらい、幸多は緊張していたし、極限状態といっても良かったかも知れない。

 表彰台に向かう天燎高校対抗戦部には、選手である幸多たちだけでなく、顧問の星奈と、真弥たち部員も含まれていた。

 星奈も真弥たちも自分たちはなにもしていないのだから、表彰式に紛れ込むなんて烏滸おこがましいと恐縮しまくっていたが、幸多たちにしてみればそんなことがあろうはずもなかった。

 対抗戦部が今日まで戦ってこられたのは、皆の協力があればこそだ、と、幸多たちは確信している。

 星奈が顧問として、部室と器材を確保してくれたから、毎日のように練習できた。

 真弥と紗江子が応援してくれたり、練習前後に様々な世話をしてくれたことも、大きな力になった。

 蘭の情報収集能力、分析能力も、大いに役立った。

「全員がいてこその天燎高校対抗戦部だよ」

 幸多はそう言って譲らなかったし、圭悟もうんうんと頷いていた。

 だから、真弥たちは少しばかり気恥ずかしそうに、しかし、堂々とした足取りで表彰台へと向かった。

 全出場選手が整列する前で表彰されるというのは、なんともいえない気分だったが、対抗戦とは昔からこういうものなのだから致し方がない。全選手の健闘を称え、その上で優勝校の選手たちを表彰する。それが対抗戦決勝大会における表彰式なのだ。

 そして、幸多たちは、表彰台の手前で待たされる。

 対抗戦運営委員長による挨拶を待たなければならなかった。

「第十八回央都高等学校対抗三種競技大会の全日程が、終了致しました。予選を勝ち抜き、決勝大会に進出した全ての学校、予選大会を戦った全ての学校とその選手の皆さん、選手の皆さんを支えてくださった方々にただただ感謝をさせてください」

 伊佐那麒麟は、穏やかな、しかし誰もが聞き入ってしまうような力強い声で、いった。

「今大会も熱い、手に汗握る試合ばかりでした。どの競技も白熱し、誰が勝利してもおかしくない、極めて高い水準の中で行われた決勝大会だったことは、ご覧の皆さんもおわかりのことでしょう。その中で優勝することができたのは、ただの運や偶然などではありません。確かな実力が伴っていたからにほかなりません」

 麒麟が言い募る中、幸多たちは運営員に促されるまま、表彰台を登っていった。必要以上に飾り付けられた表彰台は、それなりの高さがあり、頂点からは会場内を一望できるほどだった。

 頭上には、満天の星空がある。全天候型にして開閉式の天井が、完全に開放されているのだ。月が遠くに輝き、無数の星々が夜空に瞬いている。

 まるで黒い布の上にばら撒かれた無数の宝石のようだ。

「今大会の優勝校、私立天燎高校の皆さんです」

 麒麟が幸多たちを示すと、満員の客席が総立ちとなり、会場そのものを揺るがすほどの拍手と盛大な歓声が沸き起こった。ただでさえ多かった拍手と歓声は、さらなる巨大な波となり、奔流となって会場全体を包み込んでいく。

 幸多は、全身が総毛立つのを認めた。凄まじいまでの熱量、その中心に自分が立っているという事実に興奮と感動を覚えている。

「今大会の新規則、予選免除権によって決勝大会に進出することとなり、前評判は芳しくありませんでした。しかし、そうした前評判を覆すような活躍ぶりには、誰もが驚き、昂奮したことでしょう。かくいうわたしも、皆さんの奮闘ぶりに熱狂していましたよ」

 麒麟が語りかけてきたものだから、幸多は、どうすればいいものかわからなくなった。圭悟に背中を叩かれ、背筋を伸ばす。見れば、主将がおろおろとするな、とでもいわんばかりの目で幸多を見ていた。

 幸多は、真っ直ぐに背筋を伸ばし、麒麟を見つめる。伊佐那麒麟の黄金色こがねいろの瞳は、透き通るように綺麗で、輝いてすらいた。なにもかも見通され、隠し事一つ出来ないのではないかという感覚があった。

 表彰式では、優勝旗と優勝杯の授与が行われることになっており、優勝旗と優勝杯、それぞれを抱えた運営員が表彰台の下に待機していた。

「では」

 麒麟が促し、運営員が優勝旗と優勝杯を壇上に運んでくる。煌めく無数の星が描かれた優勝旗と、星を象った優勝杯。そのどちらもが、競技場を照らすまばゆい光の中で輝いていた。競技場内の照明と、観客たちの携帯端末が放つ無数の光。それらが表彰台に集中しているのだ。

 麒麟は、優勝旗を運営員から受け取った。麒麟は一見華奢に見えるが、しかし、戦団の副総長を長年務めているだけあって、身の丈を遥かに超える大きさの優勝旗にも一切動じなかった。

 そして、麒麟は、優勝旗を幸多に手渡した。

「皆代幸多くん。きみは、主将としてだけでなく、選手として立派にやり遂げましたね。魔法不能者でありながら、魔法士まほうしの学生たちに一切引けを取らない戦いぶりには、ただただ驚かされるばかりでしたよ。特に優勝を決めた幻闘での活躍は、長く語り継がれることでしょう」

「あ、ありがとうございます!」

 幸多は、優勝旗を受け取りながら聞かされた麒麟の言葉の一つ一つに感極まってしまって、語彙ごい力を失ってしまった。元より語彙力などあるほうではなかったが、それにしても、頭の中が真っ白になってしまえば、出てくる言葉などたかが知れてしまうものだ。

 熱狂と昂奮と緊張が、幸多の中でない交ぜになっていた。そして、優勝旗を落とさないことだけを考えていた。

 優勝杯は、圭悟に手渡された。

「米田圭悟くん。きみが天燎高校対抗戦部の頭脳だそうですね。全ての競技で作戦を立てていたとか。そうしたきみの働きがあればこそ、天燎高校は初の優勝を飾ることをできたのでしょうね」

「そんなことは、ありますけれども」

「うふふ」

 こんな場に合っても普段通りの受け答えをする圭悟の気の強さには、幸多は、愕然とするよりほかなかった。緊張していないのか、とすら思ったが、そんなはずがないだろうとも思うのだ。

 幸多ですら緊張で凍り付いているというのに、圭悟が緊張しないわけがない。

 幸多の中で、圭悟の評価はそんな感じになっている。

 それから、麒麟は、選手一人一人に声を掛けていった。それぞれに相応しい、選び抜かれた言葉の数々には、誰もが感動し、涙すら流すものもいた。亨梧だ。

 優勝旗、優勝杯を授与された幸多たちは、表彰台から降りるように指示され、それに従った。

 表彰式は、優勝校を讃えるだけのものではない。

 最優秀選手、優秀選手の発表が行われる。

 最優秀選手は、基本的に優勝校から選出される。優勝校の中でもっとも活躍した選手こそ、最優秀選手と呼ぶに相応しい、という考えが根底にあるからだ。

 優秀選手は、決勝大会に参加した全ての高校、全ての選手の中から選ばれる。

 いずれも、運営委員会によって選ばれ、決められることになっている。

「誰だろうな?」

 圭悟がそれなりの大きさの声で問いかけてきたのは、天燎高校一同が一列になって、他校生の列の横に整列してからのことだった。

「黒木先輩だと思うけど」

「どうかな。わたしはきみだと思うぞ、皆代幸多」

 法子が会話に割り込んできたのはともかくとして、彼女の発言には幸多は目を丸くした。

「ぼくですか?」

「きみが優勝を決めたようなものだからな」

「天燎が優勝できたのは、競星で先輩が一位を取って、閃球で大量得点を取ってくれたからですけどね」

 さらにいえば、幻闘で法子と雷智が撃破点を稼いでくれたからこそ、逆転優勝を飾ることができたのだ。

「それはそうだが、しかし……」

 法子が考え込むような素振りを見せる中、麒麟の声が表彰台から響き渡った。

「今大会、最優秀選手賞は、二名、選出させて頂きました」

 麒麟の発言は、大きな波紋となって、会場全体に広がっていった。


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