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第七百六十四話 命が燃える(三)

 地獄のような戦場という表現が、よく使われる。

 この幻魔げんま跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界において、戦団の導士たちが本格的に戦う場所となれば、多かれ少なかれそのようなものとなるのだろう。

 当たり前だ。

 当然の、ごくごく自然の帰結。

 だれもが道理として理解していることだ。

 この戦場に動員された導士のだれ一人として、この有り様を想定していなかったものはいなかったし、だからこそ、この阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図の真っ只中にいても、我を失い発狂することなく、多少なりとも冷静さを保ち続けることができるのだろう。

(それこそ狂っているんだろうけど)

 龍野霞たつのかすみは、半ば自棄やけになっている自分に気づいたが、もはやどうすることもできないという現実も理解していた。

 龍野小隊は、半壊した。

 鬼級おにきゅう幻魔スルトの出現によって戦線が崩壊したが、その際、龍野小隊の導士三名が命を落としている。

 霞自身も重傷を負い、魔法による治療を必要としたが、回復するなり、部下の二名とともに今福いまふく小隊に合流している。即刻、今福小隊の一員として戦列に復帰したのである。

 五百名の導士からなる二個大隊は、大打撃を受けた。百名以上の導士が戦死し、重軽傷者は数え切れない。

 だれであれ、多少なりとも負傷しているはずだ。

 だが、それもわかりきっていたことだ。

 スルト軍が、戦団龍宮連合軍を圧倒的に上回る戦力を有し、物量でもって押し潰すつもりで進軍してきていたのは明らかだった。

 総勢一千万対二百万。

 その全てがぶつかるようなことがなかったとしても、絶望的としか言いようのない兵力差だ。

 オトヒメ軍の戦力では持ち堪えられず、ましてやスルト軍の鬼級一体を撃破することも敵わないからこその戦団との共闘なのだが、それにしたって、物量差たるや凄まじい。

 どう足掻いたところで勝負にもならないのではないか。

 短時間でも持ち堪えられただけでも十分過ぎるといえる。

 そんな中、スルト軍に大打撃を与えることに成功したという報せが前線に届けば、導士たちの戦意も大いに高まった。

 鬼級幻魔アグニ撃滅げきめつの報である。

 そしてそれこそが、当初の目標だった。

 スルト軍の主戦力たる三体の鬼級幻魔、そのうち一体でも撃滅できれば、スルトも矛を収め、撤退するのではないか、というのがマルファスの想定だったのだ。

 スルトにしてみれば、最高戦力である鬼級一体を失うことほどの痛撃つうげきはないはずであり、戦略の練り直しから始めなければならないはずだからだ。

 だが、スルトは、撤退しなかった。

 それどころか、もう一体の鬼級幻魔ホオリとともにその凶悪無比な力を振るい続けている。

 ちらり、と、霞は、星将せいしょうたちの戦場を見遣みやった。

 スルトとホオリという二体の鬼級幻魔に対するのは、四人の星将と六人の杖長じょうちょう、そして鬼級幻魔マルファスである。

 それだけの戦力を投入しているというのに、拮抗しているとすら言い難い戦力差であり、いかにスルトが強大な力を持っているかがわかろうというものだ。

 スルトの振るう炎が、この前線にまで影響を及ぼし、何体もの、いや、何十体、何百体ものスルト軍幻魔が爆散していくのを見た。そして、その爆発に巻き込まれたオトヒメ軍の幻魔たちや、戦団の導士たちが負傷し、あるいは命を落とす様を目の当たりにしている。

 スルト軍の幻魔たちは、特攻兵器といっても過言ではない。

 殻印かくいんに魔法が反応すれば、魔晶核が爆発し、周囲に多大な破壊を撒き散らす。

 しかも、それを理解して突っ込んでくるものだから、連合軍側としては防御を固めるだけでもどうしようもなかった。魔法壁を張り巡らせても、二重三重の自爆によって突破され、損害が膨れ上がるのだ。

 スルト軍の幻魔は、莫大極まりない。

 ムスペルヘイムの緋焔門ひえんもんは、伊佐那美由理いざなみゆりの大魔法によって大氷壁に閉ざされたが、飛行型は当然のように飛び越えてくるし、陸走型りくそうがたもなんとかして乗り越え、この最前線へと辿り着こうとしていた。

 オトヒメ軍も出せる戦力を最前線に投入してきたが、戦力差は膨れ上がる一方なのだ。

長田ながた小隊、大野おおの小隊と合流してください!』

明石あかし小隊、隊長負傷につき、後退!』

『金ヶかながさき小隊、明石小隊の穴を埋めてください!』

 最前線には、戦況を報せる情報官の通信が飛び交い、小隊は、陣形を崩さないように動いていく。地上には幾重にも魔法壁を張り巡らせ、頭上では空中戦を繰り広げながら、幻魔の浸透を少しでも防ごうとしているのだ。

 霊級幻魔の浸透戦術は、凶悪だ。実体がなく、故に陣形の真っ只中へと溶け込んでくるのが霊級幻魔である。魔晶核を持っていないが故に自爆こそ恐れる必要はないが、幻魔は幻魔だ。油断をすれば、命を奪われる。

「数が多い!」

 今福亜佐美(あさみ)が怒鳴りながら風魔法を発動させれば、それに合わせるように隊員たちも攻型こうけい魔法を放つ。

 雷光を帯びた強烈な暴風が、オニビとサラマンダーという霊級幻魔の群れを吹き飛ばし、殲滅せんめつしていけば、その真っ只中を燃え盛る巨大な車輪が突っ込んできたものだから、霞は、透かさず自分以外の五人を吹き飛ばした。

 霞は、風属性の補型ほけい魔法を得意とする補手だ。風の帯を五人に絡みつかせて周囲に散らばらせることくらいお手の物だった。

「霞!」

 亜佐美の悲鳴にも似た声は、その炎の車輪を目の当たりにしたからこそのものだ。

 上位妖級幻魔カシャ。

 それは、紅蓮ぐれんと燃えながら突っ込んでくると、霞の眼前に構築された魔法壁を容易く粉砕し、そのまま霞を轢き殺そうとしてきた――のだが、どこからともなく押し寄せてきた激流が、カシャを飲み込んでいった。

 霞がはっとそちらに目を向ければ、天女のように美しい女幻魔が幾重にも律像りつぞうを展開していた。妖級幻魔アプサラス。オトヒメ軍の主戦力だ。

 幻魔に助けられたのだが、それ自体は、この戦場ではよくあることだった。

 オトヒメ軍の幻魔たちも、戦団の導士たちを多少なりとも当てにしているということだ。

 戦力としての価値を、正確に判断している。

 だから、見捨てない。

 利害の一致。

 それがこの連合軍の全てだ。

 だから、霞ももはや幻魔との共闘に関しては、なにも考えないようにしていた。

「た、助かったわ」

「感謝するのはまだ早いんじゃなくて?」

「そうね……!」

 アプサラスの指摘に頷き、霞は、その場から飛び離れた。炎の矢が地面に突き刺さり、火柱となって立ち上る。

 見れば、激流に押し流されたはずのカシャが舞い戻ってきており、車輪を展開していた。

 カシャとは、火車。

 燃え盛る車輪を左右の肩に装着した大柄の男の姿をした幻魔だ。先程のように車輪そのものとなって戦場を縦横無尽じゅうおうむじんに疾走するだけでなく、人型となり、凶悪な火魔法を使ってくるのである。

 アプサラスがオトヒメ軍の主戦力とすれば、カシャは、スルト軍の主戦力の一角を為すのではないか。

 いや、スルト軍の主戦力は、鬼級幻魔たちだろうが。

「人間風情(ふぜい)と手を組むとは、幻魔の風上にも置けぬ奴らめ!」

 カシャは、アプサラスを嘲罵ちょうばすると、全周囲に炎の壁を展開した。風や雷の魔力体が次々と激突していく。

 今福小隊による一斉攻撃だ。

 そこへ、アプサラスの水魔法が追撃を加えるが、カシャは、さらに高笑いを上げるばかりだ。

 物量差に基づく戦力差を覆すことは、不可能に近い。

 妖級幻魔一体一体が凶悪だったし、霞のような輝光級程度の導士では、足止めするのが精一杯というのが現実なのだ。

 妖級を容易く撃破できるのは、煌光級以上の導士であり、星将たちだ。

 それほどの力が、妖級幻魔にはある。

 もちろん、小隊で力を合わせれば、撃破も不可能ではないが、一体(たお)すために全力を振り絞らなければならないとなれば、慎重にならざるを得まい。

 敵の数は、あまりにも多く、尽きる気配がない。

 終わりが見えない。

(いえ……)

 霞は、胸中で頭を振りながら、その場から飛び離れた。 

 炎の車輪となったカシャが、霞の眼下を駆け抜けていった。火が尾を曳き、地面を焼き焦がしていく。

(死ねば、終わるわ)

 霞は、三名の部下が為す術もなく命を落とした様を目の当たりにした。彼女にとって死ほど圧倒的な現実はなかったのだ。

 そのときだった。

 突如、巨大な氷のはなが咲いた。

 右方の戦場で、だ。

 それは、スルトを飲み込み、ホオリさえもその半身を氷漬けにする巨大な氷の檻であった。


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