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第七百六十二話 命が燃える(一)

 スルトの巨躯きょくが氷のおりを内側から打ち砕き、黒い炎が猛威もういを振るえば、星将せいしょうたちは散り散りに吹き飛ばされ、陣形は乱れに乱れた。

 スルトの力は、出現以来、おとろえることを知らない。

 それどころか、俄然がぜん勢いを増すばかりであり、その圧倒的としかいいようのない火力は、同じ鬼級おにきゅうであるはずのアグニとも比較にならないほどのものだった。

「鬼級にも上位下位の区分けが必要じゃないかしら」

「そうかもしれませんね」

「全く、同感だな」

「ははっ、冗談が言い合えるだなんて、結構じゃないか」

「さっすが、星将。ロックだねえ!」

 星将たちがスルトの猛攻を受けながらも、どこか平然とした様子で軽口を叩き合う様を見れば、瑠衣るいは、心がたかぶり、命が燃えるような感覚を抱くのだ。

 たぎりが、さらに魔力を練り上げ、星神力せいしんりょくへの昇華しょうかを促す。

 瑠衣の星象現界せいしょうげんかい燃えろわたしの反骨魂ロックンロール・エブリバディ化身具象型けしんぐしょうがたである。

 同時に二体の星霊せいれいを具現するという点においては、化身具象型でも稀有な星象現界だが、さらに特別なのは、星霊そのものが全く攻撃に関与しないという点かもしれない。

 一体はベーシストの星霊であり、まさに星霊力で編み上げた禍々しい弦楽器をかき鳴らしており、もう一体の星霊はドラマーとして、周囲に設置した打楽器を叩き続けている。

 瑠衣の周囲に刻まれる星神力の旋律は、そのまま複雑怪奇な律像りつぞうを織り成し、瑠依自身の歌声によって超強力な魔法を生み出す。

「あたしの歌を聴けえええええええええっ!」

 大音声が瑠衣の喉から迸れば、闇属性の魔法が無数に発動し、スルトを、そしてホオリを攻め立てた。

 マルファスに執心しゅうしんしていたホオリは、間一髪のところで瑠衣の放った音符型の魔力体を回避したものの、次の瞬間、全ての音符が炸裂したがためにその直撃を受けることとなった。強烈な衝撃が、魔晶体を貫く。

 ホオリが瑠衣を睨んだのも束の間、物凄まじい吹雪がその紅蓮の魔晶体を包み込み、一瞬にして凍結させる。

 鍵巴かぎともえの星象現界・雪白姫スノウホワイトは、武装顕現型ぶそうけんげんがただ。全身を白雪を想わせる白装束で包み込んだその姿は、おとぎ話の登場人物のように可憐であり、荘厳であり、神秘的だった。

 周囲には常に膨大な冷気が渦巻き、それによって、スルトやホオリの攻撃からも身を守っている。

 その上で、一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが攻撃に繋がるのだ。

 息吹が、無数の巨大な雹を生み出して叩きつけ、あるいは吹雪を起こし、または氷柱を乱立させて炎の幻魔たちを攻撃する。

 鬼級幻魔の攻撃に対抗するのは、大地護神グレートハートマザーである。

 小久保英知こくぼえいち空間展開型くうかんてんかいがた星象現界は、周囲の大地に作用し、結界内に存在する味方と認識した存在を自動的に防御する、とんでもない優れものだ。

 スルトやホオリの攻撃がこちらを圧倒しつつも、軽傷で済んでいるのは、大地護神の防御性能のおかげ以外のなにものでもなかった。その分、消耗も激しく、長時間の維持は不可能に近いのだが。

 そこを妻鹿愛めがめぐみの星象現界・愛女神ラブ・メガミックスが助けているのであり、星象現界同士による相互作用、相乗効果といったものが、星将、杖長じょうちょうたちの戦場に有効的に機能していた。

「アグニめ、この程度の人間どもに手間取り、挙げ句は滅ぼされよったか。不甲斐ない奴め」

「全く以て仰るとおり」

 全身を燃え上がらせて凍結を脱すると、ホオリは、スルトの右肩に舞い降りた。スルトは、左手に大剣を握って振り回し、黒い爆炎を撒き散らし、周囲から飛来する様々な攻撃魔法を吹き飛ばして見せる。

 四方八方から飛んでくる銃弾や砲弾も、氷塊や水撃も、なにもかもを消し飛ばし、戦場を圧する。

 戦力差は、圧倒的だ。

 確かに、アグニは滅ぼされた。

 だが、依然いぜんとしてスルト軍が優勢であることに代わりはない。

 緋焔門は、大氷壁によって閉ざされたが、そんなものでスルト軍の進撃が止まるはずもなければ、既に最前線には大量の増援が到着しているのだ。

 緋焔門前方の戦場にて繰り広げられるのは、スルト軍とオトヒメ軍の死闘であり、そこに人間たちがうろちょろしていたところで、どうなるものでもない。

 スルトは、油断しているわけではない。

 余裕を持って、戦場を見渡し、把握したのである。

「その割には、随分と手間取っているようだが」

「そう見えるか、マルファス」

「見えるとも。スルトよ。欲深き炎の王よ」

「ふはは、なんとでもいうがいい。欲望こそ、我ら幻魔の根源なれば、我は野心の赴くままに全てを飲み込もう。そして、この世の全てをき尽くし、灰燼かいじんと帰するのだ!」

 マルファスの挑発をも一笑にすと、スルトは声高に宣言してみせた。再び大剣を振るう。漆黒の猛火が嵐のように吹き荒び、マルファスと人間たちを弾き飛ばす。

 大地護神と魔法壁の防御だけでは、その威力を軽減するのでやっとだった。

「だが、そのためにはまず、うぬらを滅ぼさねばならぬな」

「では?」

「うむ」

 スルトは、ホオリの問いに鷹揚おうように頷くと、大剣を手放した。燃え盛る炎の剣は、スルトの手を離れた瞬間、大量の魔素へと分解され、大気中に溶けて消える。

「なにをするつもりだ?」

「黙ってみていればいいのですよ」

 ホオリは、スルトの肩から飛び立つと、マルファスの攻撃を弾き返し、さらにマルファスそのものを蹴り飛ばした。そのまま、激しい空中戦が展開される中、スルトがその両手を自らの胸に突き入れる。漆黒の魔晶体が赤々と融解していく様は、異様というほかなかったが、見入っている場合などではないことは、誰の目にも明らかだった。

 故に、美由理みゆりたちは全力で攻撃したが、しかし、スルトには攻撃が届かなかった。

 巨大な炎の結界が、スルトを護っていたのだ。

 それは、溶けて消えたかと思われていた炎の剣が変質したものであり、大気中の魔素と混ざって、幾層もの魔法壁を為したのである。

 そして、スルトは、自らの胸をくり抜くと中から巨大な結晶体を取り出して見せた。禍々しく脈打つ紫黒の結晶体は、美由理たちにとってはつい最近目の当たりにしたものとよく似ていた。

 魔晶核ましょうかく

 しかし、マルファスのそれとは比較にならないほどに巨大なスルトの魔晶核は、内部から燃え滾る炎が溢れ出したかと思うと、粉々に砕け散った。

 スルトの二十メートルはあろうかという巨躯が崩壊を始め、大量の魔素が、魔晶核の在った場所へと収束していく。

『魔素質量の急激な増大を確認! 退避してください――』

 情報官の悲痛な叫び声は、轟音の中に掻き消え、黒い閃光がその場にいた全てのものの視界を黒く塗り潰した。

 一瞬、暗黒が訪れ、なにもかもが見えなくなったかと思えば、破壊的な衝撃と熱が全身を貫くようだった。

 少なくとも、美由理は、血反吐を吐きながら吹き飛ばされているのを認識していたし、自分以外の星将も、杖長たちも纏めて打ちのめされたのだと理解した。

 なにが起こったのか。

『魔素質量の急激な増大』

 脳裏のうりよぎるのは、情報官の絶叫であり、その直後の震撼しんかんである。脳が揺れるほどの衝撃を受け、不覚にも意識を失いかけた。

「無事ですか?」

「はい。なんとか」

 美由理は、神流かみるに支えられていることに気づくと、透かさず立ち上がり、顔を上げた。頭上高く聳えていたはずのスルトの巨躯は消えてなくなり、黒い炎の塊が、まるで太陽のようにそこにあった。

「我こそがスルトなり。頭を垂れ、ゆるしを請え。さすれば、全てを浄化し終えた後、新たなる命として誕生することを認めようぞ」

 黒い太陽のように見えていたそれは、人間と同等の大きさになったスルトであり、その姿形は、巨人状態とは大きく様変わりしていた。

 赤黒い双眸はそのままに、黒々と燃える頭髪を持ち、漆黒の肉体に絢爛けんらんたる装束を纏っている。いずれも炎と燃えており、その周囲には、莫大な熱気が渦巻いていた。

 そして、スルトの右手は、マルファスの首を掴み上げており、マルファスの全身が今まさに灼き尽くされようとしていたのだ。

「マルファス。哀れとはいわぬ。ただ、愚かといおう。我に降伏しておれば、このような最期を迎えずに済んだものを」

「なんとでもいうがいい。わたしはただ、オトヒメのため――」

 マルファスが最後まで言い切ることができなかったのは、漆黒の炎がその魔晶体をあっという間に灼き尽くしてしまったからだ。

 そして、黒い炎は、消し炭すら残さなかった。

 スルトは、眼下を見下ろし、人間たちのひ弱さに憮然ぶぜんとした。

 これでは、本気を出す意味がないのではないか。


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