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第七十五話 決着(三)

「うおおおおおおおおおお!」

「勝った勝った勝った勝ったああああああああ!」

「すっごおおおおおおおおおい!」

皆代みなしろくん!」

「すっご……」

「本当になんといったらいいのか……!」

 幻闘げんとう待機室内に割れんばかりの声が満ちたのは、決着がついた瞬間だった。

 待機室内には、阿弥陀真弥あみだまや百合丘紗江子ゆりおかさえこ中島蘭なかじまらん小沢星奈おざわせいなら大会に参加していない対抗戦部関係者がいて、幻創機げんそうきの女性技士がいる。

 そして、魚住亨梧うおずみきょうご北浜怜治きたはまれいじ黒木法子くろきほうこ我孫子雷智あびこらいちの幻闘に参加しながらも敗れ去り、現実に回帰してきたものたちも、いる。

 室内の誰もが昂奮していて、それは、部外者であるはずの女性技士も同様だった。彼女は、戦況を克明に映し出す幻板げんばんを食い入るように見ており、皆代幸多(こうた)草薙真くさなぎまことを倒した瞬間、握り締めた拳を天高く突き上げていたほどだった。

 彼女は天燎てんりょう高校の関係者ではなく、対抗戦運営が用意した人員である。にも関わらず、幻闘での天燎の奮闘ぶりを見ている間に、天燎に肩入れしたくなってしまったのだろう。

 そうなるのもわからなくはなかった。

「皆、語彙ごいがなくなっているな」

「当然だと思うわよ」

 雷智が法子をたしなめるようにいう。

「わかりきった勝利に浮かれる必要はないよ」

 法子は、ある種の確信を持って、幸多が草薙真に勝利する光景を見ていた。

 幸多の身体能力は、圧倒的だ。

 魔法による強化なしでは、法子が幸多に敵う余地は一切なかったし、だからこそ、幻闘での訓練では手を抜くことができなかった。幸多に対しては、常に全力で立ち向かわなければならなかったのだ。

 幸多との訓練において、法子には常に余裕がなかった。

 法子は、自分の身体能力が同年代の学生や魔法士まほうしの中では飛び抜けて高い方だと認識していたし、自負もあった。

 だが、幸多と初めて対戦した瞬間、彼女は理解した。幸多とは、まともにやり合ってはいけない。手練手管の限りを尽くさなければ、呆気なく倒されてしまうだろう、と、確信したのだ。

 それでは先輩としての、黒木法子としての威厳もなにもあったものではなかった。

 故に法子は、幸多に対しては特に厳しい訓練を行う羽目になったのだが、それもこれも幸多自身の能力の高さが悪いのだ、と、彼女は責任を転嫁する。

 幸多が並か、並以上程度の能力ならば、法子とて全力で訓練を強いる必要はなかったし、毎日の猛特訓で疲弊ひへいすることもなかったのだ。

 幸多が並外れた身体能力と、完全無能者であることの特性を持っているからこそ、法子は、全身全霊で彼と対峙しなければならなかった。

 そして、その猛特訓の日々が無駄にならず、この成果に結びついたといえるだろう。

 幸多は、草薙真の七支刀しちしとうによる熱光線を一切受けなかった。受けるわけがなかった。魔法の性質上、それはありえないことだった。

 法子は、七支刀に敗れ、現実に回帰するなり、その可能性に思い至ったのだ。

 それこそ、幸多だけが持つ特性だった。

 この宇宙において、万物には魔素まそが宿る。人間のみならず、あらゆる動植物にも、生物、非生物に関わらずに宿っている。水中にも大気中にも、真空中にすら、魔素は存在する。それがこの宇宙の原理であり、摂理だ。

 その魔素こそが魔力の源であり、魔法の根源だ。

 そして、追尾誘導式の魔法は、魔素の密度を対象とする場合がほとんどだ。その上で敵味方を識別するのが、通常使われる追尾誘導式攻撃魔法の原理である。

 七支刀が叢雲高校の生徒たちを撃破したのは、草薙真が敵味方の識別を付与しなかった、それだけのことだ。本来の追尾誘導式魔法の使い方ではない。

 そして、魔素密度方式以外で追尾誘導式魔法を使おうとすると、途端に難易度が上がる。

 固有波形識別という方法もあるが、これは極めて高度な方法であり、熟練の魔法士でもおいそれと使えるものではなかった。

 それにたとえその方式を用いたとしても、幸多を狙い撃つことはできなかっただろう。

 幸多がただの魔法不能者ならば、話は別だった。その場合、彼は為す術もなく、七支刀の熱光線に撃ち抜かれていたことだろう。

 だが、幸多は、完全無能者だ。彼の肉体には、魔素が宿っていない。その情報を元に完全に再現されて構築された幻想体も、当然のことながら、魔素を宿していなかった。

 もし、不完全な再現となり、ただの魔法不能者と同じような幻想体が用意されていたのであれば、この勝利はなかっただろう。

 七支刀が幸多を黙殺したのは、叢雲の合性魔法ごうせいまほうと同じ理屈だ。

 どちらの魔法も、戦場にいる全ての人間を対象にしたように見えて、実際は、そうではなかったのだ。

 一定上の魔素密度を持つ存在を対象とした魔法だった。

 だから、一切魔素を持たない幸多は、合性魔法に守られもしなければ、七支刀に攻撃されることもなかったのだ。

 となれば、幸多が勝つのは、火を見るより明らかだ。

 幸多の戦闘力は、法子が一番よく知っている。法子との激しい訓練の中で、幸多はさらに成長した。実戦的な攻撃魔法の乱射にも対応できるようになったのは、紛れもなくこの二ヶ月間に及ぶ猛特訓のおかげだったはずだ。

 幸多は、元々魔法士との一対一の戦い方を知っており、魔法の避け方も熟知していた。それがさらに磨き抜かれたのだ。

 法子は、そのようなことを掻い摘まんで雷智に述べた。

「磨き上げたのはわたしだがな」

「妬けるくらいべったりだったものねえ」

 雷智が、法子にべったりとくっつきながら、いう。

 雷智は、自分の法子が幸多に取られやしないかという不安に駆られることこそなかったものの、法子と幸多の日々の猛特訓を見守るだけの時間は、決して心穏やかなものでもなかった。

 とはいえ、そうした時間があったからこそ、幸多が圧勝したのだからなにもいうことはない。

 そして、幸多が草薙真を倒したということは、天燎高校の優勝は決まったも同然だった。 

 幻板には、各校の撃破点、生存点が常に更新されて表示されている。天燎高校の撃破点は七になり、生存点は二である。

 つまり、幻闘における得点は十四点であり、総合得点は二十八点となるのだ。

 やがて、圭悟けいごが姿を見せた。地中から飛び出してきた彼は、幸多と何事かを話し合い、笑い合っていた。

 その様子を見守る天燎高校対抗戦部の面々は、感極まっていた。

「優勝、優勝したんだよね、わたしたち……!」

「わたくしたちはなにもしていませんが……」

「そこは一緒になって喜ぶところでしょー」

「あ、はい、そうですね、そうですよね!」

「優勝……かあ」

 なにやら言い合っている真弥と紗江子に対し、蘭は、なんとも現実感がないとでもいわんばかりの反応だった。

「忌々しいが、圭悟の野郎の判断は間違ってなかったってことだな」

「まったくだぜ」

 怜治と亨梧が実に不満そうな、なんとも納得しがたいような素振りを見せる。

 それもそのはずだ。

 獅王宮しおうきゅうが草薙真に強襲され、絶体絶命の窮地に陥ったとき、まず、幸多が草薙真を強引に連れ去った。七支刀ごと獅王宮から引き離そうとしたのだが、しかし、七支刀は獅王宮に残されていた。

 怜治と亨梧、そして圭悟の三人は、七支刀が輝く瞬間を目の当たりにした。

 さすがにその瞬間は、法子も敗北を覚悟した。対応できるとは思えなかったからだ。そして三人が七支刀にやられれば、それで天燎の二位は確定する。

 しかし、圭悟は咄嗟とっさに思わぬ行動に出た。まず、亨梧を七支刀に向かって投げたのだ。すると、七支刀の熱光線は、亨梧に集中した。

 圭悟は、さらに怜治を放り投げて時間を稼ぐと、自身は、竜巻を纏って地中に逃れたのだ。

 その光景を目撃した待機室にいる全員が、口を開けて唖然とするほかなかった。

 当然だが、亨梧も怜治も七支刀の熱光線にき尽くされ、破壊され尽くした。幻想体が崩壊し、その意識は、光となって幻想空間の外へと送り返されてしまった。

 そうして現実に回帰した二人が圭悟に対しあらん限りの罵声を浴びせたのは、いうまでもない。

 熱光線に灼かれた激痛の余韻は残らないものの、記憶として、確かに存在するのだ。

 法子は、圭悟の機転を絶賛したが、そんな法子を見る雷智以外の部員たちの目は、ひどく冷たかった。

 法子にしてみれば、幸多と草薙真の一対一の状況に持ち込むことができれば、勝ち目があったからなのだが。

 そして、圭悟が生き残り、さらに主戦場から離脱したことをこそ、褒め称えたのだ。



 草薙真は、見知らぬ天井を見ていた。

 幻闘待機室の合成金属製の天井。汚れひとつ見当たらず、整備が徹底的に行き届いていることを示している。潔癖といっていいほどだ。

 そんな風にまじまじと天井を見つめることはなかった。

 だが、いまは、じっくりと観察していたい気分が、真の中にあった。

 幻闘が、終わった。

 それも彼の完全なる敗北によって、決着がついたのだ。

「兄さん……」

 しばらくして、彼の弟であるみのるが声を掛けてきた。なんといって声を掛ければ良いのか、声を掛けていいものかどうか、苦心の末の決断に違いない。

 この待機室にいる人間で、実以外の誰にも真に声を掛けることはできなかっただろう。

 自分がそういう存在であることくらい、真は熟知していたし、客観視も出来ていた。

 恐れられ、うとまれ、忌み嫌われている。

 それでも圧倒的に強いから、誰も文句を言えない。彼に従っていれば、彼のいうとおりにしていれば、負けることはない。必ず勝てる。部員の誰もがそう信じていたし、だからこそ、真の敷いた圧政にも等しい部活動が続いたのだ。

 叢雲高校の教員も、顧問の教師も、誰一人として口出しできない。

 結果が出ているからだ。

 対外試合でことごとく勝っている。

 昨年、一昨年の対抗戦では運悪く敗退してしまったが、だからこそ、この一年間、絶対的な優勝を掴み取るため、誰もが血反吐ちへどを吐くほどの猛特訓を積み重ねてきた。

 全ては、今日のこの日のためだった。

 それが、終わった。

「負けたよ」

 真は、ようやく、実に返事をした。

「負けてしまった」

 上体を起こし、幻板を見遣みやる。

 そこには幻想空間で抱き合う二人の少年の姿があり、天燎高校の大逆転勝利を示す得点表示があった。

 閃球せんきゅうでの大量得点は、このような最悪の事態でも揺らぐことなく優勝を掴み取るためのものだったのだが、しかし、幻闘で負けては意味がない。

 三種競技全てで大勝利を収め、圧倒的な優勝を飾り、この対抗戦の全てを否定する――。

「兄さんは、やれるだけのことはやったよ。兄さんの七支宝刀しちしほうとう、あれは誰にも真似の出来る物じゃなかったし、誰にも対応できなかったじゃないか」

「そうだな」

 実の負け惜しみにも似た言葉を聞きながら、静かに認める。

 それも事実だ。

 ただ一点を除いて。

「皆代幸多……か」

 真は、幻想空間で米田よねだ圭悟に抱え上げられている少年の名を口にして、不思議な感覚に襲われた。

 心の中を爽やかな風が吹き抜けていくような、そんな感覚だった。

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