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第七百五十二話 スルト(五)

 戦況は、いちじるしく悪化した。

 ただでさえ、スルト一体に悪戦苦闘していたというのに、そこへさらに鬼級おにきゅう幻魔が参戦してきたのだ。

『鬼級幻魔ホオリの出現を確認!』

「んなもん、わかってる!」

 紀律きりつは、情報官の無情とも言える宣告に対して怒号を発すると、それを真言しんごんとして魔法を発動させて見せた。

 だが、紀律の魔法は、ホオリに薙ぎ払われる。

 ホオリは、事前に判明していたスルト配下の二体の鬼級幻魔、その一体だ。

 スルト軍の鬼級幻魔は、三体とも火属性を得意とするというだけあって、ホオリもまた、猛烈な熱気を発散させていた。そして、緋色の衣がまさに炎そのもののように燃え盛り、火の粉を撒き散らせながら、戦場を飛び回るのだ。

 撒き散らされた火の粉が時間差で爆発し、そのたびに構築された大地護神グレーとハートマザーの防壁が、粉々に吹き飛ばされていく。

 祭壇の上で、英知えいちがうめいた。

 彼の星象現界せいしょうげんかいは、発動するだけでは意味がない。維持し続けることでこそ、その真価を発揮するのだ。そして、星象現界を維持するということは、即ち、星神力せいしんりょくを消耗するということにほかならない。

 しかも、大地護神は、鉄壁の守りを結界内の味方に付与するという星象現界なのだが、その防壁が発動するたびに、術者、つまり英知の星神力を削り取っていた。

 英知には、スルトとホオリが見境なく攻撃を繰り出している理由がそこにあるのだとわかっていた。

「奴ら、大地護神の唯一の欠点を見抜いたな」

「消耗戦を強いてきたってわけね」

「とはいえ、よくやったよ、おまえは」

 紀律は、自身の魔法が全く通用していないことに腹立ちさえ覚えながら、英知が祭壇の上から一歩も離れようとしない様を見ていた。

 英知の星象現界は、防御系の星象現界としても最高峰の性能があるのではないだろうか。

 英知がその星神力をさらに増大させることに成功すれば、彼は、今後の戦術、戦略の根幹にもなれるだろうと思えた。

 彼がいればこそ、紀律たちは持ち堪えることができている。

 そして、この時間稼ぎこそが、自分たちの使命なのだ。

 スルトをたおす必要はない。

 斃せるなどと考えてもいない。

 時間を稼ぐのだ。

 星将たちがアグニを撃破するための時間。

 それだけでいい。

 それだけで、良かったはずだ――。

「いや……もうそういう状況ではなくなったか」

 自分で自分の考えを否定して、紀律は、苦い顔をした。

 鬼級幻魔が三体、この戦場に出現した。

 その瞬間、戦団龍宮連合軍の目論見は、潰え去ったといっていい。

 連合軍の目論見とは、スルト軍の出鼻を挫き、龍宮への侵攻を諦めさせることだ。

 そのためには、スルト軍の幻魔たちを引き連れるであろういずれかの鬼級幻魔を討滅することが絶対的な条件だった。

 その条件さえ満たすことができれば、スルト軍も、龍宮への侵攻を諦めるのではないか。

 ムスペルヘイムは、強大だが、無敵の〈クリファ〉ではない。

 数ある〈殻〉の一つであり、周囲に無数の敵を抱えている。

 ムスペルヘイムが手薄になれば、近隣の〈殻〉が黙っているはずはなく、攻め込まれるのが落ちだ。そしてそのような事態は、スルト側としてもなんとしても避けたいはずだった。

 だから、スルト軍が鬼級を差し向けてくるとしても一体が限度ではないか、というのが、マルファスや神威かむいたちの見立てだった。

 だが、しかし、いままさに紀律たちの目の前には二体の鬼級がいて、もう一体の鬼級アグニが、星将せいしょうたちと死闘を繰り広げている最中だ。

 三体の鬼級が、〈殻〉の外に出てきたのだ。

 誰にとっても想定外の事態であり、戦団陣地が悲鳴を上げているのが通信機越しに伝わってくるようだった。

 スルトの猛攻とホオリの爆撃が、大地護神を、英知の星神力を削り続けている。英知は、もはや立ってもいられないほどに消耗しており、大地護神が崩壊するのも時間の問題に思われた。

「なるほど……理解した」

 マルファスの声が涼風のように聞こえると、ホオリの火の粉を上空へと舞い上げていった。遥か上空で一点に集まった火の粉は、凄まじい爆発を起こすものの、大地護神には影響を与えなかった。

 とはいえ、英知にそちらを見ている余裕はない。全神経を集中させ、あらん限りの魔力をさらに星神力へと昇華しょうかさせていくだけだ。

 命を燃やしてでも、守り抜かなければならない。

 でなければ、人類の未来さえ危ういのだ。

「それができるなら、最初からしろっての」

 紀律の吐き捨てるような一言に、莉華りかは、空を仰ぎ見た。黒い炎に照らされて、漆黒の堕天使だてんしの如き鬼級幻魔の姿がはっきりと見えていた。

 闇色の翼がくらい光を帯び、羽撃はばたくことで黒い風を巻き起こす。

 それはホオリが今も生み出し続ける火の粉を天高くへとかっさらっていくだけでなく、ホオリまでも上空へと打ち上げていった。

 スルトが、炎の剣をマルファスへと向ける。

「マルファス、選ぶがよい。我が元へと降るか、ここで滅びるか」

「選ぶ必要などない」

 マルファスは、力強く断言してみせた。

「わたしが主君と仰ぐのは、オトヒメだけだ」

「ならば、滅びよ」

 スルトが、炎の剣を振り翳せば、どす黒い炎が多重螺旋を描いて、マルファスへと殺到する。マルファスは羽撃こうとしたが、その翼を緋色の帯が拘束した。彼の視線の先で、ホオリがほくそ笑んでいた。黒焔こくえんの渦がマルファスを飲み込む。

「マルファス!」

 紀律は叫びつつも、スルトへの攻撃を諦めない。

 紀律は、火属性を得意とする。従って、本来ならばこの戦場には不向きだ。だが、そんなことはいっていられなかったし、火属性以外の魔法が使えないわけもない。そして彼は、いま、光属性の魔法を駆使していた。

七百参式ななひゃくさんしき輝閃条きせんじょう!」

 紀律の手の先から放たれた一条の光芒こうぼうは、スルトの肉体に直撃するも、傷つけることなく霧散《むsなn》する。

「こんなの自信をなくすよな、全く」

「鬼級を相手にするっていうことは、こういうことよ。知ってたでしょ」

「そりゃあ、まあ」

 知っていたし、理解していた。身に染みてわかっていたはずだ。

 幻想訓練で、何度となく鬼級幻魔の再現体と戦ってきた。

 杖長じょうちょうともなれば、鬼級幻魔との戦いを想定するのは当然のことだったし、日課のように訓練を行わなければならなかった。そしてそのたびに認識するのである。

 鬼級幻魔には、星象現界、あるいは星神力があって初めて、立ち向かえるのだ、と。

 ただの魔法など、ほとんど通用しない。

 通用するのだとすれば、それは、鬼級幻魔が手加減している状態だからにほかならないのだ、と。

 杖長ならば、そう認識していなければならない。

 だからこそ、星将なのだ。

 星象現界を体得し、極めた星将だからこそ、鬼級幻魔を打倒しうる。

 であれば、星象現界を体得した杖長にも同じことがいえるのだが、しかし、いま彼らの前にいるのは二体の鬼級である。

 そのうち一体は、殻主かくしゅであり、その幻躰げんたいなのだ。

 勝ち目は、薄い。

「こんなものか」

 マルファスの声が聞こえたのは、スルトの後方からだった。

 彼は、翼を広げ、莫大な魔力を放出した。黒い魔力の奔流ほんりゅうがスルトの背中に突き刺さり、巨体を大きく揺らす。そこへ、瑠衣るいの魔法の乱打が、巴の氷魔法が殺到し、スルトを飲み込んでいく。

「それは我が言葉ぞ」

 スルトは嘲笑あざわらい、炎の剣を掲げれば、黒い炎が雨となって降り注ぎ、マルファスと六人の杖長を同時に制圧していった。杖長たちは、大地護神に護られているものの、それも力尽きようとしていた。

 英知の力が、限りなく弱まっているのだ。

「済まない……みんな……これ以上は――」

 力が持たない。

 英知は、朦朧もうろうとする意識の中で、心の底から謝罪した。

 自分にもっと魔力があれば、魔法技量があれば、星神力があれば、大地護神を維持することができれば、時間稼ぎ程度、いくらでもできただろうに。

 もはや、命数めいすうが尽きる――そう思った矢先だった。

 白いなにかが、英知の視界を掠めた。

「よくやったよ、本当に」

 それは導士ならば誰もが聞き慣れた、戦団の女神の声だった。

 妻鹿愛めがめぐみである。


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