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第七百四十六話 龍宮防衛戦(七)

「ほう」

 アグニは、右腕の肘から先が吹き飛ばされたのを見て、目を細めた。

 人間の魔法が、彼の鉄壁の魔晶体を貫いたのだ。

 あの人間の魔法が、である。

 人間とは、惰弱だじゃくな生き物だ。魔天創世まてんそうせいに耐えきれずに死滅した、かつての万物の霊長れいちょう。そのように名乗り、この地球上に君臨していた愚か者たち。

 だが、究極的に進化した生物の誕生によって、人類は衰退すいたいの一途を辿り、ついには滅亡した――はずだった。

 だのに、五十年ほどの昔、突如としてリリスを討ち滅ぼし、リリスの〈クリファ〉バビロンの跡地に新たな都市を築き上げたものたちがいた。

 それが人類の生き残りだということが判明したのは、いつごろだったか。

 しばらくは、そうした情報が北に流れてくることはなかった。

 バビロンが、リリスが滅び去ったという話もだ。

 リリスが暗躍しているという風聞ふうぶんすら聞かなくなり、ようやく、なにかしら異変が起きたのではないか、と、考えるようになった。

 だが、南方の様子を知るには、いくつもの〈殻〉を越えなければならず、故にアグニが人類が復興を始めようとしているらしいという話を知ったのは、つい最近といっても過言ではなかった。

 それほどまでに、この魔界の情報伝達速度というのは、遅い。

 そして、だからこそ、アグニは、人間たちの実力をあなどっていた。見くびり、見下していたのだ。

 それもそのはずだ。

 人間など、どれだけ束になろうとも、万にひとつも鬼級おにきゅうに勝てるはずがないのだ。

 リリスを打倒したという事実を踏まえても、だ。

 なにか策を弄したに違いなく、それがリリスや他の鬼級にとって効果的だっただけに違いないとすら考えていた。

 しかし、そうではなかったようだ。

 少なくとも、アグニと戦っている三人の人間は、並外れた魔素質量まそしつちょうの持ち主であり、相応の魔法技量を持っていることが判明した。

 広域に展開される結界が、常にアグニを狙い撃っている。魔法によって生み出された銃砲火器が、絶え間なく銃弾と砲弾を浴びせ、爆撃してくるのである。

 そこに物凄ものすさまじい激流が押し寄せてきては、彼の全身を飲み込んだ。

 さらにアグニの魔晶体が帯びる熱気を急激に冷却するのは、莫大な冷気であり、強大な魔力だ。

 三者三様の魔法が、アグニを攻撃し続けている。

 とはいえ、右腕が吹き飛んだところで、どうなるものでもない。

「やるではないか……だが」

 アグニは、右腕を瞬時に復元すると、全身から熱気を噴き出した。熱は渦を巻き、爆炎となって周囲の冷気を吹き飛ばし、洪水をも蒸発させる。

 銃弾も砲弾も、あらゆる魔力体のことごとくを融解させれば、人間たちの顔が驚きに歪むのが見えた。

 頭上には星々が瞬き、月が輝いている。人類が栄え、滅びるのを見届けてきた星々は、幻魔の繁栄をこそ、見通しているに違いない。

 アグニには、確信がある。

 爆炎とともに空高く舞い上がったアグニは、飛来した氷塊の数々に対し、虚空を撫でるように腕を振るった。熱波が生じ、氷塊を一瞬にして溶かし尽くす。

「この程度でおれをたおせるなどと思うなよ、人間ども!」

 アグニは、さらに炎を噴出させると、二本の槍を形成した。左右の手で柄を握り締め、振り回せば、槍の軌跡がそのまま波動となって直線上の敵へと到達する。

 だが、それらは、砲撃によって撃ち砕かれた。

 魔力体は、魔力体によって破壊できる。

 アグニの全身から満ち溢れる莫大な熱気によって全身から汗が噴き出すのを認めつつ、神流は、銃神戦域オールガンズアルカディアの砲撃をアグニ本体ではなく、アグニの攻撃にこそ集中させた。

 同時に、自分自身も魔法を想像する。

 銃神戦域の良いところは、攻防一体というところだと彼女は考えていた。星象現界せいしょうげんかいである。銃神戦域の放つ銃撃、砲撃、爆撃のいずれもが超火力といっていい。星神力せいしんりょくの塊を間断かんだんなく撃ち続けているのであり、それをさばききるのは至難のわざだ。

 たとえ相手が鬼級であっても、火線を集中させれば、一方的に攻撃することも不可能ではない。

(アグニには難しいそうですが)

 だからこそ、神流は、アグニの炎の槍に注目した。アグニが魔力を練り上げて生み出した炎の槍は、さながら武装顕現型ぶそうけんげんがたの星象現界のようだ。それほどの魔素質量を感じるのだ。

 ただ虚空を斬っただけで、その斬撃は、強力な魔力体となって噴き出している。

 注意する必要がある。

「あの炎の槍にご注意を」

「わかっているわ!」

「ああ」

 瑞葉みずはが力強く頷きながら海神三叉トリアイナを振り回せば、穂先から溢れる水流が、意志を持っているかのようにうねりながらアグニに殺到する。

 アグニが炎の槍で激流を押し退ける様を見れば、炎の槍が星象現界と同質のものだということは明らかだ。

 元より鬼級幻魔が圧倒的な力を持っていることは理解しているが、星象現界が生み出す星神力の奔流ほんりゅうをこうまで容易く打開できるのは、それ相応の力でなければならないだろう。

 星神力に等しいだけの魔素質量が、そこにある。

 莫大な魔力を凝縮ぎょうしゅくし、さらに昇華したものが星神力であり、それが人間特有の技術たりえないことは、幻魔たちが当たり前のように魔法を使っていることからも明白だ。

 幻魔は、魔法の誕生によって発生した新種の生命体である。魔力そのものを生命力とし、故に、人間以上に魔法の扱いが巧みなのだ。

 鬼級がその身に満ちた膨大な魔力を練り上げ、星神力に至ったとしても、なんら不思議ではない。

(不思議ではないが)

 美由理みゆりは、苦い顔をしながらも、次々と魔法を発動させ、撃ち込んでいく。陸百壱式改ろっぴゃくいちしきかい飛冷槍ひれいそう陸百弐式改ろっぴゃくにしきかい轟氷礫ごうひょうれき陸百参式改ろっぴゃくさんしきかい雪月花せつげつかと立て続けに発動した魔法の数々は、全て、星神力によるものだ。

 その威力は、通常の魔法の数倍から数十倍である。

 そうでなければ鬼級幻魔を打倒するには至らないからだったし、そのために美由理は、全神経を集中し、星神力を錬り続けている。

 美由理が星象現界を使っていないのは、連携に不向きだからであり、また、負荷と消耗が激しいからだ。

 アグニを絶対に斃せるという確信が持てる状態まで追い込んでいるのであればまだしも、そうではない状況で発動させるには、少々、勇気がいった。

 蛮勇というべきか。

 勝算のない状況では、あるいは、なにか明確な目的がなければ、月黄泉つくよみは発動できない。

 アグニへの集中砲火ともいうべき美由理の魔法の数々は、しかし、当然のようにその莫大極まる熱量の前に溶けて消えた。

 アグニが獰猛どうもうな笑みを浮かべて、炎の槍を振り回せば、炎が渦となって逆巻さかまき、星将たちを吹き飛ばした。

 熱風が導衣を切り裂き、皮膚を焦がしたかと思えば、体内に浸透し、魔素をき尽くすかのようだった。全身が燃えるような感覚が美由理たちを襲う。

「はっはっ、こんなものではないぞ、我が焔槍えんそうの威力!」

 両手に握り締めた二本の槍を激しく振り回しながら、アグニが哄笑こうしょうする。超高熱を帯びた紅蓮の竜巻がアグニの周囲を旋回し、大地をえぐり、大気を掻き混ぜていく。

 星将たちは軽々と吹き飛ばされ、大地に叩きつけられたが、アグニの追撃は来なかった。銃神戦域の砲撃が、アグニを食い止めている。

「邪魔だ!」

 アグニがえ、槍を振るった。猛烈な熱波が嵐のように吹き荒び、銃神戦域内に荒れ狂えば、つぎつぎと銃砲火器が破壊されていく。

 だが、それらは次の瞬間には元通りに復元していて、砲撃を再開する。

 アグニが怒り狂う中で、美由理たちは立ち上がり、治癒魔法でもって体内から熱を取り除いた。

 アグニは、強大だ。

 だが、戦えない相手ではない。

 美由理は確信を持ち、神流と瑞葉に作戦を伝えた。

 そのときだ。

 遥か前方に光が降ってきたのである。

 それは、黒い火の玉だった。


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